「んっ? これは、生命反応? しかも、複数。この部屋に向かってくる」
突然、ガルディンが持っている携帯端末が、なんらかの危険を知らせる信号音を発した。それを聞いたガルディンが携帯端末を取り出し、様子を確かめると、そこには複数の生命反応が接近してくる状態が表示されていた。
「生命反応? アッシュ、あんたの護衛部隊が付いてきたのかい?」
「いえ、彼らには入口付近で待機しているように命令しているはずですので、それはないと思いますが……」
アイラがアッシュに事情を尋ねようとしたが、彼はすぐさま首を左右に振り、これを否定した。確かに、アッシュの護衛部隊であれば、味方であることを示す信号が発せられるはずである。
「……ま、まさか、政府の監視員たちが……?」
その時。ハルはある一つの可能性に思い至り、とっさにそれを口にした。それと同時に、その言葉が意味する危険性も察知し、気が付けばハルは全く意識することなくリーヴを自分の近くに抱き寄せていた。
「……ハル、なにか、大変、なの……?」
「大丈夫だよ。なにがあっても、キミだけは、俺が全力で護ってあげるからね……」
これまでハルと一番長く時を過ごしてきたリーヴは、その態度でハルが異変を感知したことに気が付いたようだった。
自分たちにとっての危機的状況がここに近づいている。しかし、ハルの言葉はあくまでリーヴを護ることに自分の神経を集中させるというものだった。
「政府の手の者か。確かに、現状ではその可能性は十分に高いだろうな。恐らく、この集落跡には別の入口があって、政府はそこから入ってきたのかも知れん」
ガルディンが努めて冷静に振る舞いながら、ハルの言わんとしていることを噛み砕こうとしていた。とはいえ、それが事実である可能性は非常に高く、そこから逃れる術は、今のところ自分たちの側は持っていない。
「念のため、僕のところの護衛部隊も呼んでおきます? 正直、向こうの数が多すぎるみたいなんで、あまり期待はできないと思いますけど……」
「あぁ、頼む。今は少しでも戦力をここに集めておく方が先だ」
ガルディンがそう返事をすると、アッシュは自分の携帯端末を操作し、外にいる護衛部隊に今自分たちがいる施設の部屋に向かうように指示を出した。
もちろん、同じ部屋に政府の監視員たちが接近している可能性もあるため、十分注意するように、という但し書きを添えることは決して忘れたりしなかった。
「……生命反応がさらに近づいているようだ。それに、この数は……。もし、本当に政府の監視員たちだとしたら、はっきり言ってかなりマズイ状況だぞ」
アッシュの動きを見ながら、ガルディンが改めて自分の携帯端末に視線を移した。先程確認した時と比較して、生命反応はさらにその数を増やしている。
「どうします、リーダー? ここ、個室みたいになっているので、すぐには見つからないと思いますけど、あまり隠れ続けることもできないと思いますし……」
アイラがコンピューター端末のディスプレイの電源を一旦切った。不用意に明かりが付いている状況を見られてしまっては、わざわざ相手に自分たちの存在を知らせるようなものだと、アイラは判断したからだ。
ガルディンは早急に対策を練り上げる必要に迫られていた。生命反応が近づいているだけでは、その正体を知ることはできない。しかし、これまでの経緯を考えれば、いよいよ政府が自分たちを排除するために本格的に動き出した、と考えても不思議ではない。
あるいは、政府も以前からこの集落跡に目を付けており、調査に向かう機会を窺っていた、ということも考えられる。いずれにせよ、実に悪いタイミングだった、という事実が覆ることはなかった。
「……なにか、隠し部屋のようなものがあれば、なんとかなるかも知れないんですけど、そんなものが都合良くあるとは思えませんしね……」
ハルがリーヴを抱き寄せながら、全く自分でも酷い希望的観測を言ったものだなと、内心呆れ返るばかりだった。
どこぞの安いファンタジー小説でもあるまいに、そんなご都合主義的な展開など、このような場面で存在するはずもない。しかし、ハルが言ったその言葉が、思わぬ展開を生み出すことになった。
「んっ? 隠し部屋、隠し部屋か……。よし、これだ!」
しばらく思案にあぐねていたガルディンが、突然なにかを思い立ったかのようにハッとした表情を浮かべた。そして、用意していた調査用の道具一式が入ったカバンの中から、あるものを取り出した。
ガルディンがその取り出したものを、部屋の比較的広い床の上に投げ置いた。すると、それは小さな音と共に、一瞬にしてコンテナのようなものに姿を変えていった。
「あっ、リーダー。そうか、この携帯式コンテナがありましたね」
「うむ。遠方への調査に向かう時に、寝泊りできるところを確保するために用意したものだが、これなら、なんとか隠れることができるだろう」
アイラがその携帯式コンテナを見ながら、なるほどという様子で得心した表情を浮かべていた。確かに、これなら誰にも怪しまれることなく隠れることができるだろう。
「ですけど、このコンテナ、あまり大きくないみたいですねぇ。僕たち全員が入るには、ちょっとサイズが足りないんじゃないですか……?」
これでどうにかなると思ったのも束の間。アッシュが新たな問題を指摘した。確かに、携帯式ということもあり、サイズとしてはそれほど大きく設計されていない。
見たところ、大人三人入るのが限界、というレベルの大きさだった。仮にリーヴが入ることができたとしても、結局一人は外に残らなければならない、ということになる。
「ならば、私が外に残ろう」
その時。ガルディンが一言、そうつぶやいた。決して大きな声ではなかったが、その声色には明確な意思と尋常ではない覚悟を感じ取ることができた。
「り、リーダー! し、しかし……」
「お前たちを巻き込んだのはこの私だ。それに、レジスタンス、などと名乗っている以上、いずれこうなることは覚悟している。その時のために、私というリーダーがいるのだろう?」
アイラがガルディンの意思を読み取ったかのように、それだけはダメだと言いながら引き留めようとした。しかし、すでにガルディンの意思は一つのベクトルで固まっている様子だった。
「ちょっと、リーダー。なに勝手に巻き込んだ、なんて言っているんですか? 僕たちは、ただ自分の意思でリーダーに付いてきているんですよ。それを、まるで自分一人の責任みたいに言われても、納得できませんよ」
「それは分かっている。だが、私がいなくなっても、お前たちが残っていれば、いずれこの地上を元に戻してくれると信じている。ここで我々全員が捕まってしまったら、この地上は永遠に雪と氷に覆われたままだ」
アッシュの説得も、ガルディンの意思を覆すには至らなかった。裏を返せば、地上を元に戻すというガルディンの思いは、それほどに強く固いものだったのだ、ということになる。
ハルは、そんなガルディンの情熱を感じ取りながら、この状況に対してなにもできない自分の無力さに、怒りさえ湧き上がってくるのを感じていた。
本当に、なにも方法はないのか。ガルディンが犠牲になる以外に、この状況を打開する方法はないというのだろうか。
「ハル、短い間だったが、世話になったな。リーヴのことは、引き続きよろしく頼む。できれば、彼女を元に戻った地上に住まわせてあげてくれ」
「が、ガルディンさん! お、俺は……!」
ハルに別れの弁とも受け取れる言葉を放つと、ガルディンは静かに携帯端末を操作した。すると、携帯式コンテナの中から三本のアームが伸び、アイラとアッシュ、そしてリーヴを抱き締めているハルを捕まえた。
あまりに突然の事態を前に、三人とも抵抗する間もないまま、アームに引っ張られる形で携帯式コンテナの中に収められていった。
「……これでよいのだ、これで……。さて、最後の仕事を果たしに行くとするか」
携帯式コンテナの蓋が閉じられる様子を見届けたガルディンは、小さく息を吐きながら個室を出ていった。その表情は驚くほど穏やかで、到底最期の時を覚悟した人間のそれとは思えないものだった。