「どうですか、リーダー? そっちに、なにか怪しいものは見つかりましたか?」
「いや、私の方は全然だ。その様子だと、アッシュの方もあまり収穫がなかったようだな」
一方、アイラやハルたちとは別行動を取る形で、ガルディンとアッシュが別の建物の調査を行っていた。
しかし、こちらも彼らが望むレベルの情報を入手することができず、調査は難航していることが二人の会話から読み取ることができた。
「そうですか。ですけど、ここが地球救済センター、なんて大層な名前が付いていたんだとしたら、なにかしら僕たちがビックリするような情報が隠されていてもおかしくないと思うんですけどねぇ」
「確かにな。あの環境浄化ナノマシンの研究が、最終的にどうなったのか、というところも、もしかしたらこの地上の現状につながっているかも知れんからな」
調査が思うように進展しないことに疑問を抱きながら、アッシュはどこかに自分たちが腰を抜かすほど驚くような情報が隠されている可能性を指摘した。
その部分については、ガルディンも概ね同意している様子だった。とりわけ、ガルディンは途中までしか情報を入手できていない環境浄化ナノマシンの研究について注目していた。
「それじゃ、別のところに行きますか。アイラさんたちからも連絡がありませんし、向こうも思うように調査が進んでいないのかも知れませんねぇ」
「そう考えるのが自然だろうな。さて、次は隣のビルにでも行くとしようか」
これ以上この建物を調べても時間の無駄だと判断した二人は、ここでの調査を終了し、隣にある別のビルに向かうことにした。
この集落跡には、間違いなく自分たちが求めている情報が隠されている。あるいは、そのレベルさえを軽く凌駕するような、極めて重要性の高い情報が眠っている可能性も、全くゼロではない。
その証拠に、前回の調査で自分たちが全く知る由もなかった環境浄化ナノマシンの研究に関する情報を、途中までとはいえ入手することができたのだ。
これを足掛かりとし、さらなる情報を求めて掘り進めていく。そして、自分たちが求める地上の秘密に辿り着く。それこそが、自分たちの最終目的であり、最高レベルの情報であるに違いないのだから。
「さて、リーダー。ここでも有力な情報が手に入らなかったら、一旦アイラさんたちと合流して、調査方針について検討し直しますか?」
「うむ、そうだな。向こうも悪戦苦闘している可能性があるし、一度お互いの状況を共有した方がよさそうだな」
隣のビルに入りながら、アッシュとガルディンはお互いにそんな会話を繰り広げていた。とはいえ、有力な情報がそう簡単に入手できてしまうというのも、この施設のセキュリティーシステムがどうなっているのか、という疑問を抱かせる要因になり得るのであるが。
いくら放棄されてかなりの年月が経過している集落だとしても、やはりセキュリティーシステムに穴が存在するというのはあまり好ましいことではない。その意味においては、こうして情報の入手に苦労するというのは、それだけこの施設がかつて良好に稼働していたことを示唆するものでもあった。
「……うーん、これもダメ、こっちもハズレ。やっぱり、どうにも上手くいきませんかねぇ……」
手当たり次第に本棚を物色していたアッシュだったが、全く的外れな情報しか載っていないことに対し、思わずため息を付いていた。
「そうだな。ここまでくると、正直、私も今回の再調査を決断したことが間違いだったのではないかと思えてきてしまうよ……」
ガルディンもまた、アッシュと同様目的の情報に到達しないことに対して、若干ではあるが弱気の虫が顔を覗かせ始めていた。
この集落跡には、これ以上なにも情報が隠されていないのだろうか。なにかしらの手がかりが得られると思い再調査を指示した自分の判断は間違っていたのだろうか。ガルディンがそう思い始めていた、その時だった。
「……んっ? なんですかね、これ……?」
本棚の物色を続けていたアッシュが、あるものを発見したようだった。アッシュはある本の最終ページに、あるものが挟まっている気配を感知した。その挟まっているものがなにかを確認した時、アッシュは何故このようなものがここにあるのかと、思わず首を傾げた。
「どうした、アッシュ? なにか怪しいものを見つけたのか?」
「あっ、リーダー。いえね、これ、メモリーチップみたいなんですが。どうも、僕たちが知っているものよりもかなり形式が古いものみたいなんですよ」
なにか発見したのかと思い、ガルディンが駆け寄りながら問い質した。アッシュは本の間に挟まっていたものを手に取りながら、それをガルディンにもよく見えるように示した。
すると、それはアッシュが指摘した通り、確かにメモリーチップのようだった。内部のデータにアクセスするための端子もはっきりと確認することができるが、形状からしてどうもかなり古い時代のものであるようだった。
「どれどれ……? うぅむ、なるほど。確かに、これは相当古いタイプのもののようだな。恐らく、我々が持っている携帯端末には適合しないだろう」
「そうでしょうね。どうします、これ? せっかく見つけたのに、このまま放置するのももったいないような気がするんですけど」
ガルディンがそのメモリーチップをアッシュから受け取ると、自分たちが所有している携帯端末には適合しないタイプのものであることが判明した。
とはいえ、せっかく見つけた手がかりへの扉を、内部のデータを確かめることができないからという理由で捨て置くのはあまりにもったいない。その部分については、ガルディンもアッシュの意見に賛意を示していた。
「確かにそうだな。ということは、我々の携帯端末では無理でも、この施設にあるコンピューターであれば、このメモリーチップを使うことができる、ということか」
「そうなると思います。もっとも、それがどこにあるかを探さないと、どうにもならないんですけどねぇ」
メモリーチップを発見することができたものの、今度はそれを使うことができるコンピューターを探さなければならなくなった。
これほどに古いタイプのメモリーチップが使えるコンピューターとなると、それ自体も相当に形式が古いものになる、という可能性は十分に考慮しなければならない。
「一応、アイラさんたちにも連絡、入れておきますか? このメモリーチップが使えそうなコンピューターも、ついでに探しておいてほしいって」
「あぁ、そうしてくれると助かる。どの道、このままでは調査は全く進まないのだからな。もしかしたら、アイラの側で上手くやってくれるかも知れん」
そして、アッシュはアイラの携帯端末に自分が見つけたメモリーチップが使えるコンピューターを探してほしいという旨の連絡を入れた。程なくして、アイラから了解した、という意味の返事がもたらされた。
これで、向こうの側でもなにかしら動いてくれるだろう。仮に見つけることができなかったとしても、その時はその時でまた別の対策を考えればよいことである。
「これでよし、と。さて、僕たちの方でも、もう少しなにかないか、探してみますか、リーダー?」
「よし、それがいいだろう。また別のメモリーチップが見つかる可能性も、ゼロではないだろうからな」
その後、ガルディンとアッシュは手分けして情報の捜索を再開した。しかし、これといって興味をそそられるような類の情報を発見するには至らず、今のところ頼みの綱はあの古いメモリーチップだけだった。
「しかし、この施設、一体どうなっているんでしょうね?」
その時、アッシュがなにかを思い立ったかのようにあることをガルディンに尋ねる素振りを見せた。ガルディンが何事かと問い返すと、アッシュの口からは思いもよらない言葉が返ってきた。
「んっ? どうなっているとは、一体どういうことかね?」
「いや、僕、ずっと気になっていることがあったんですよ。地上が今のこんな状態になる前にも、かなり大規模な環境危機に直面したって、あのファイルには書かれていましたよね」
アッシュの言葉には、なにか大きな意味が含まれているような気がする。そのことを察知したガルディンは、敢えて余計な口を挟むことなく、その言葉の続きを促すことに意識を向けていた。
「そうだな。それが、どうかしたのか?」
「もし、もしですよ。その時に開発された環境浄化ナノマシンっていうのが上手く機能して、その環境危機を克服したと仮定すると、その後、そのナノマシンは一体どうなったんでしょうかねぇ」
ガルディンは、続けて放たれたアッシュの言葉に対し、なるほど、その通りだな、という思いを抱いた。とはいえ、それを確かめるためにはあのファイルの続きを入手しなければならない、ということも紛れもない事実だった。
「なるほど。だが、それを知るためには、やはりあのファイルの続きを入手するしか……、んっ? これは?」
その時。ガルディンの携帯端末から通信が入ったことを知らせるデジタル音が聞こえてきた。何事かと思ったガルディンが携帯端末を取り出すと、そこにはアイラが先程のメモリーチップが使えそうなコンピューターを発見した、という旨の連絡が記されていた。
「……どうやら、その疑問も、もしかしたら意外に早く答えが出るかも知れないぞ。アイラが、先程のメモリーチップが使えるコンピューターを見つけたようだ」
「えっ? そうなんですか? 思っていたよりも早かったですね」
「うむ。恐らく、向こうも思うように情報を入手することができずに四苦八苦していたのだろう。行くぞ、アッシュ。事態は一刻を争うかも知れんからな」
そして、ガルディンとアッシュはアイラたちと合流すべく、彼女たちが待っている施設へと向かっていった。アッシュは内心複雑な思いだったが、これも地上の真実を解き明かすためだと考え、それを口にすることはしなかった。