明けて翌日。猛吹雪の中を疾走していくバイクの集団があった。それはガルディンを筆頭とするレジスタンスの一団だった。先頭にガルディン、その後方にアイラとアッシュ。さらに後方にアッシュが途中で仲間にした護衛集団、そして最後尾にハルとリーヴが乗るバイクがいる、という陣形だった。
目的は、先日調査を中断したあの集落跡の再調査を行うことである。環境浄化ナノマシンの研究がその後どうなったのか、というところを中心に、地上がこのような極寒の大地になってしまった本当の原因を探り出す。
もちろん、今回の再調査でそれらの情報が全て入手できるとは誰も思っていなかったが、あの集落跡がかつて地球救済センターと呼ばれていたのが事実であるとすれば、少なくとも手がかりがなにもない、ということは考え難い。
「リーヴ、大丈夫かい? 寒かったら、言ってくれていいんだよ?」
「……ううん、大丈夫……。ワタシ、こういうの、平気、だから……」
ハルが子供用のシートに座っているリーヴに声を掛けると、リーヴは小さいながらもしっかりと聞き取れる声でこれに応えた。
いくら高性能の防寒着を着込んでいるとはいえ、この雪と氷に閉ざされた世界で、よくも平気でいられるものだなと、ハルは内心驚くばかりだった。
そうこうしているうちに、集団は例の集落跡に到着した。前回解除したセキュリティロックは、余計な侵入者を防ぐために再度施錠された状態になっている。
「よし、着いたぞ。ハル、リーヴにまたセキュリティロックの解除を頼めるか?」
「あっ、はい、分かりました。ちょっと聞いてみます」
ガルディンがハルにセキュリティロックの解除を依頼すると、ハルは返事をしながらリーヴと共にセキュリティロックの前に足を運んだ。
「どうだい、リーヴ? この間入力した番号、覚えているかい?」
「……うん、覚えているよ……。確か、ココと、ココと、ココ……」
ハルがリーヴの身体を持ち上げ、セキュリティロックが彼女によく見えるように示した。ハルが入力を促す言葉を掛けると、リーヴはそれに応えるように端末を操作していった。
すると、小さな電子音と共に、目の前の扉がゆっくりと開かれていくのが見て取れた。それは紛れもなく、リーヴがセキュリティロックの解除に成功したことを雄弁に示すものだった。
「ありゃあ。こんなに簡単に解除されちゃ、僕たちの出る幕ないですなぁ。僕たちでさえ、解除するのに何時間もかかりましたのに」
アッシュはため息交じりにそう言った。高度な科学技術が、たった一人の少女の直感に負けてしまうというのは、彼にとって複雑な心境を抱かせるものだったのだろう。
とはいえ、これで先日の報告に嘘がないことが証明される形となったことは、アッシュにとって決して悪いことではなかった。
「よし、行くぞ。今回は私とアッシュ、そしてアイラとハル、二手に分かれて行動する。なにか怪しいものを見つけたら、すぐに連絡するように。いいな」
そして、集落跡に入っていった一行は、ガルディンとアッシュ、そしてアイラとハルの二手に分かれて調査を行うことになった。もちろん、リーヴがハルと一緒なのは言うまでもない。
「さて、どこから調べるかねぇ。これだけ広いと、一つ一つしらみつぶしに調べていくのもあまり効率が良くないし。かといって、研究施設がどこにあるのか分からないと、そこを狙って調べるのも難しいしね」
ガルディンとアッシュを見送りながら、アイラはさてどこを調べるべきか思案していた。
これだけ広い集落となると、一日や二日で全てを調べ切ることは到底不可能であろう。
だからといって、どこを調べるのが効率的か、という情報も彼らはあまり持っていない。となると、まずは怪しい施設はどこにあるか、それを特定するのが先決になるだろう。
「アイラさん。まずは手近な建物から調べていきましょう。その中で、手がかりがありそうな施設の場所も、きっと分かるはずです」
ハルがその思いをアイラに告げると、彼女は納得したように頷いて、これに賛同する意思を示した。そして、まず最初に目に付いた建物の中に入ってみることにした。
この建物は、比較的高いビルであったが、やや細長い造りをしていることから、いわゆる雑居ビルの可能性が高かった。
このような雑居ビルになにか重要な情報が隠されているとはあまり思えなかったが、なにもしないでウロウロしているよりははるかにマシ、というものだった。
「このビルも、随分キレイだねぇ。放棄されてかなり時間が経っているはずなのに、あまり朽ちている様子がないよ」
「それだけ、大昔の建築技術が相当に優れていたってことだと思いますよ。まぁ、そのおかげで、俺たちはこうして崩壊の危険を心配することなく調査ができるんですけどね」
アイラが指摘した通り、このビルも実にキレイな状態が維持されていた。ハルが指摘した通り、非常に高度な建築技術を持っていたのは間違いないとしても、ここまで長期間状態を維持することが本当に可能なのだろうか。
できればそのあたりについても調査をしたかったところであるが、今は地上の秘密を突き止めることの方を優先しなければならない。アイラは気を取り直し、ハルやリーヴと共にビル内の調査を開始した。
「……うーん、このビルは、どうやら色々な会社が入居していたみたいだねぇ。一階は、多分製薬会社で、二階は、きっと建築事務所かなにか、だったんだろうねぇ」
各解に残されている資料を読み漁りながら、アイラはこのビルがどのように使われていたのかを推理していた。
しかし、肝心の地上の秘密につながるような情報は、現状発見することができなかった。それは、別の階を調査していたハルとリーヴにとっても同様だった。
「そうですね。どうやら、このビルはハズレ、だったみたいですね」
「うーん、残念だね。でも、まだ上の階にはカギがかかっているみたいだし、念のため、そこも調べてみようかね」
ハルとアイラはまだ調べていない階があることを思い出した。ひとまずカギがかかっていない階を調べてはみたものの、より上の階には入口にカギがかかっているため中を調べることができていないところがある。
調べてみよう、とアイラは言っていたが、どうやってカギを開けて中に入るのだろう。まさか、強引にカギを打ち壊す、ということはしないとは思うが、あまり荒っぽい真似だけはしないでほしいと、ハルは内心思っていた。
「……ねぇ、ハル。これ、カギ、かかって、いるの……?」
そして、上の階の入口まで足を運んだ時、それまでなにも言わずにハルのそばに付いていたリーヴが、なにかを思い立ったようにドアノブを見つめながらつぶやいた。
「んっ? あぁ、そうだね。さて、これをどうやって開けようか……」
ハルが返事をしながらカギを解除する方法を考えていた、その時。リーヴがカギ穴に対して人差し指の先端を押し当てた。すると、カギが外れる音と共に、入口のドアが静かに開かれていった。
「えっ? い、今のって、り、リーヴがやったのかい……?」
「な、なんだ、今のは……? リーヴ、今、一体なにをしたんだ……?」
あまりに予想外の展開を前に、アイラもハルも思わず言葉を失うほどの衝撃に襲われた。カギを持っているはずがないリーヴが、何故このカギを開けることができたのか。
「……んっ? なんとなく、こうしたら、できるかなって、思って……。わ、ワタシ、いけないこと、しちゃった、の……?」
アイラだけでなく、ハルまでもが信じられないというような表情でリーヴを見つめていた。その視線を浴びせられたリーヴは、もしかしたら自分がやってはいけないことをしてしまったのではないかと思い、その場で泣き崩れそうになってしまった。
「あぁ、いや、大丈夫だよ。リーヴは、なにも悪いことなんてしていないから。うん、大丈夫。ねっ?」
ハルがとっさにリーヴを抱き締め、彼女の頭を優しく撫でて彼女を慰めようとした。もちろんリーヴになにも悪気がないことは、ハルもよく理解していた。リーヴにとっては、ただ好奇心が発露した結果であるに過ぎない、そういう可能性もあるのだから。
「まぁ、これでアタシたちの調査もスムーズに進むっていうのは事実だろうし、とりあえず、アタシだけでちょっと調べてみるよ。ハルは、そこでリーヴのことを見てあげてやりな」
アイラはリーヴをハルに任せると言い、一人部屋の中に入っていった。泣き崩れそうなリーヴを慰めてあげられるのは、ハルの他には誰もいない。
アイラもそれをよく理解していたからこそ、この場はハルに託してみようと思ったに違いない。今、ハルがいなくなってしまったら、リーヴは生きていくことさえできないのだから。
「……ハル、ゴメンなさい……。わ、ワタシ、ワタシ……」
「大丈夫だよ、リーヴ。俺がずっとそばにいてあげるから。だから、キミはなにも心配することなんてないんだよ」
「……うん……、うん……」
リーヴが力ない声で謝るのを聞いたハルは、今はとにかくリーヴを落ち着かせることを優先しなければならないと思い、彼女を優しく抱き締め、彼女を励ます言葉を掛けた。
その言葉に、リーヴは小さく頷きながら、ハルの胸元に顔をうずめた。幸い泣いている様子は見られなかったが、ハルには今のリーヴの心境が泣きたくなるほど理解できた。
「……リーヴは、本当に自分のことが、まだよく分かっていないんだ……。だから、ふとしたことが、こうして、この子を混乱させてしまう……。俺たちが、この子のことを、ちゃんと理解して教えてあげないと……」
ハルはこう思っていた。リーヴは、いうなればまだヨチヨチ歩きができるようになったばかりの赤ん坊に過ぎないのだと。
その外見的な特徴や、比較的しっかりとした口調から、時々勘違いしてしまうことがあるが、今のリーヴは他人はおろか、自分自身のことさえよく分かっていない状態なのである。
リーヴがハルにだけ心を許しているように見えるのも、誰かの庇護下になければ生きていけない赤ん坊の、いわば生存本能によるものなのだろう。
その意味では、リーヴにとってハルは自分を生かしてくれる大切な存在なのだ。それは親同然であるとか、そういう次元すら超越した、もっと深い意味を持つものであるに違いない。
「……ここで、アイラさんが戻ってくるのを待とう。こういう調査は、俺よりもアイラさんの方が手慣れていると思うし……」
小さなリーヴの身体から生み出されるぬくもりを感じながら、ハルは自分たちがこの先どうなるのだろうと、内心わずかな不安に苛まれているのを同時に感じ取っていた。