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第18話

「アイラさん! ガルディンさん! 無事だったんですね!」

 扉を開け放ったその人物は、アイラとガルディンの姿を見るや否や、二人に対して声を掛けた。それは、明らかに二人のことを以前から知っているという口ぶりだった。

「そ、その声は、もしや、アッシュ! アッシュか!」

 その推測が正しかったことが、その直後のガルディンの反応によって証明されることとなった。なるほど、確かにこの二人はなんらかの形で面識があるらしい。

「なんだい、誰かと思えばアッシュだったのか。全く、ここに来るなら来るって、通信を送ってくれればよかったのに」

「すみません、僕たちも色々忙しくて。ようやく僕たちの体制が整ったので、お二人と合流しようと思っていたんですが、アジトがもぬけの殻になっていましたので、どうしたものかと思いまして」

 彼らのやり取りを、ハルはなかば呆然としながら見つめていた。敵ではないことは分かったが、それ以上のことが分からない以上、ハルとしてはなにも対処することができない。

「ところで、アイラさん、ガルディンさん。あそこにいる二人は、誰なんですか?」

 ふと、『アッシュ』と呼ばれた男性がハルとリーヴを指差しながら問いかけてきた。初対面となる以上、その問いかけは至極当然のことだった。

「んっ? あぁ、彼らは最近我々の仲間になってくれた者たちだ」

 それにガルディンが答えた。二人を見つめるアッシュの目には、今のところ二人に対する明確な敵意は認められなかった。

「そうなんですか。とりあえず、一旦ここを出ましょう。お二人の新しいアジトのことも知りたいですし、他にも色々と情報を共有しておかなければなりませんからね」

「うむ、そうだな。ここの調査はまた別の機会に再開するとして、ひとまず体制を立て直そう」

 そして、アッシュは引き連れていた仲間たちにこの集落跡から撤収することを命じた。それを受けて、仲間たちが部屋を後にしていくのを見ながら、ハルたちも続けて集落跡を後にしていった。

「……ハル。ワタシ、たち、大丈夫、なの……?」

「うん。とりあえず、痛いことはされないと思うよ。リーヴのことも、ちゃんと話せばきっと分かってくれるさ」

 ハルはそう言ったが、あのアッシュという男性がリーヴのことをきちんと理解してくれるかどうかというと、正直全く保証はできなかった。

 一見して物腰の柔らかそうな印象を受けるが、こういう人物ほど裏ではなにを考えているか分からない、というのがハルの人生論の一つだった。

 そんな思いを抱きながら、ハルはリーヴと共に集落跡から離れていった。バイクのエンジン音が、荒れ狂う猛吹雪にかき消されながらわずかに耳に届くのを感じていた。

「へぇ、なるほど。ここが今のお二人のアジトなんですね」

 アジトに戻った一行は、アッシュを奥のコンピュータールームに案内した。彼が連れていた仲間たちは休憩名目で別の部屋に待機させていた。

「うむ。まぁ、こちらも色々とあってな。だが、お前が戻ってきてくれたおかげで、これから少しは楽になりそうだよ、アッシュ」

 ガルディンが返事をしながら、アッシュを適当な椅子に座らせた。ガルディンとアイラも近くの椅子に座り、話をする態勢を整えた。

 そんな彼らのやり取りを、ハルとリーヴは少し離れた位置で見つめていた。恐らく、自分たちが不用意に立ち入るべき状況ではない。そう判断した上でのことなのだろう。

 防寒着を脱いだアッシュは、黒い短髪に細い眉毛を持ち、目も眉毛と同様に細く吊り上がっている。体格もいわゆる優男と呼ばれるような細身の身体だったが、アイラやガルディンの仲間であることを考えれば、身体能力は決して低くはないはずである。

「さて、まずはアッシュ、お前の方から今までのことを話してもらおうか」

「そうですね。単独行動を許可してくれたおかげで、僕の方でも色々と情報が掴めましたよ。まずは……」

 そう言うと、アッシュはこれまでの行動経過について報告を始めた。政府の動きが今まで以上に活発化していること。その割に巨獣対策は思うように進行していないこと。

 地上の秘密につながる情報は断片的には入手できているものの、現状それらをつなげる確信に至る情報には届いていない、ということ。

「……というわけです。すみません、あまり大した報告ができなくて」

「いや、構わん。我々の方も、状況は似たようなものだからな。では、次は我々の方だな」

 アッシュの報告を一通り聞いた後、ガルディンが自分たちの状況を報告し始めた。特に、ハルとリーヴに関することはきちんと伝えておく必要があると判断したようだった。

「なるほど、そういうことですか。で、そのリーヴっていう女の子が、彼女なんですね」

 アッシュがハルとリーヴの方を振り向くと、リーヴは途端に視線をそらし、ハルの胸元に顔をうずめた。

「なるほどね。その子は今のところ、キミにしか心を許していないってわけか。でも、できれば僕も、その子のこと、もう少し知りたいんだけどなぁ」

 興味津々といった様子でアッシュがハルとリーヴの元に近づいてきた。リーヴが怖がっていることをすでに把握してたハルは、彼女を強く抱き締め、絶対に渡さないという意思表示とした。

「そんなに怖がらなくても、別にとって食べたりなんてしないから。一応、僕たちは仲間なんだし、アイラさんとガルディンさんも助けてくれたそうだから、そこはちゃんと感謝しないとね」

 アッシュはそう言ったが、そのどこか軽さを含んだ口ぶりに対し、ハルは言い知れない不自然さを感じていた。

 こういう話し方がこのアッシュという男性の本来のものであるとしたら、それはそれで今のこの時代に沿うものではないのかも知れない。それを思うと、ハルはアッシュのことがどことなくかわいそうにも思えてきた。

「さて、そろそろ本題に入ろうか。先程我々があの集落跡で発見した、この報告書の内容を、お前にも見てもらいたい」

 ガルディンは携帯端末を目の前のコンピューター端末に接続し、あの集落跡で発見したファイルのデータを転送した。

 転送が完了すると、慣れた手つきで端末を操作し、そのファイルの内容を端末の目の前にある大型ディスプレイに映し出した。

「これが、あの集落跡で発見したっていうファイルですか。ちょっと僕も読ませてもらいますよ。どれどれ……」

 ファイルの内容に目を通しながら、アッシュの細い眼の奥に鋭い輝きが宿っていくのを、ハルは見逃さなかった。やはり、レジスタンスをやっているというだけあって、目の前にある情報の重要性の高さについてはすぐに把握することができるのだろう。

「……なるほど、なかなか面白い内容ですね。ですが、この続きが途切れているのが残念ですね。できれば、この計画がどうなったのか、というところが、僕も知りたいんですが」

「やっぱり、アッシュもそう思うかい。あの集落が、本当に地球救済センターなんて仰々しい名前で呼ばれていたのかどうかはともかく、大昔にあそこで大規模な研究が行われていたことは間違いないんだよね」

 やはり、アッシュもファイルの内容が尻切れトンボになっていることに対し、今一つ納得いかない思いを抱いている様子だった。かつてこの地上で起こった一大事の真相を暴くこともまた、地上が現在のような姿になってしまったことの原因につながるかも知れないからだ。

「そうですね。となると、もう一度、あの集落跡を調査しないといけなくなりそうですね。実際、かなり広い集落だったようですし、あそこでなにがあったのか、ということもちゃんと調べておきたいですしね」

「やはり、お前もそう思うか、アッシュ。我々としても、あれほどの規模の集落の調査は初めてのことだからな。政府に先を越される前に、なんとしても情報を掴んでおきたい、というのが本音だ」

 アッシュとガルディンの意見は、概ね方向性の一致を見ていると考えて間違いなかった。ハルもその話を聞きながら、恐らくそうなるのだろう、ということはすでに予想していた。

「……ねぇ、ハル。ワタシ、眠いの……」

 その時、傍らで様子を見ていたリーヴが、眠たそうな表情を浮かべてハルに訴えかけてきた。とっさにハルがリーヴに視線を移すと、そこには今にも眠りに落ちてしまいそうなリーヴの姿があった。

「んっ? 眠いのかい、リーヴ? まぁ、そうだよね。大したことはできなかったけど、キミにとっては初めての大仕事だったからね」

 ハルは、リーヴの体力がそろそろ限界に迫っていることを感じ取った。不思議な力を持っているとはいえ、まだ幼いリーヴにとっては、そろそろ休まないといけない状態であることは間違いなかった。

「あの、アイラさん。俺、リーヴを休ませてきますので、ちょっとここを離れてもいいですか?」

「あっ、あぁ、構わないよ。元々その子の面倒は、アンタに任せるって話だったからね。こっちはアタシたちでやっておくから、アンタはその子のこと、しっかり面倒見てあげな」

 ハルが念のためにアイラに部屋を出てもいいか尋ねると、アイラは特に問題ないという口ぶりでこれに答えた。最初からそういう約束だったのであれば、ハルがリーヴの世話に集中することができるようにすることも、自分たちの大切な務めに他ならない。

「ありがとうございます。それじゃ、失礼します」

 ハルは一言お礼を言うと、リーヴを抱きながらコンピュータールームを後にした。そして、そのまま廊下を静かに歩き、リーヴの部屋へと戻ってきた。

「フゥ、やっと帰ってこられたね。俺にとっても結構大変な調査だったけど、キミにとっても、それは多分同じことだろうからね」

 リーヴをベッドの上に座らせながら、ハルはようやく一息付くことができると思い、小さく息を吐いた。地上の秘密を知る直接的な手がかりを得ることはできなかったが、大昔の地上の姿とかつてこの地上で繰り広げられていたであろう計画の一端を知ることができただけでも十分な成果だった。

 特に、あのナノマシンとかいうものを使った環境改善計画については、その方面にあまり詳しくないハルも一定の興味を示していた。その計画の顛末を知ることが、もしかしたら今の地上が極寒の大地になってしまった原因につながってくる可能性も否定できないからだ。

「……ハル。ワタシ、役に、立てた……?」

 ふと、リーヴがハルの顔色を窺うように尋ねてきた。もしかしたら、自分が大して役に立てなかったのではないか、と思っているのかも知れない。

「もちろんだよ、リーヴ。キミがいたから、あの集落跡にも入ることができたんだし、面白いものを見つけることができたからね」

 ハルはそう言いながら、リーヴの頭を優しく撫でていった。いつの間にかリーヴの世話係を任されている状況ではあるが、ハルはそのことに特段悪い思いは抱いていなかった。

「……エヘヘ。ワタシ、嬉しい……」

 ハルに頭を撫でられたリーヴは、はにかみながらまんざらでもないという様子で微笑みながら返事をした。

 リーヴが何者で、どこから来たのかというところは今でも気になっている部分ではあるが、こうして笑顔を浮かべているのを見ていると、自分の心にも晴れやかな感じが広がっていくような気がする。

「それじゃ、さっきのメモリーチップの中身を、もう一度見てみようか。向こうのことはとりあえずアイラさんたちに任せるとして、またどこかに調査に行くことになったら、俺たちにも声が掛かると思うからね」

「……うん。ハル、一緒に、見よう……?」

 そして、ハルは携帯端末を取り出し、密かに持ち帰ったメモリーチップの内容を再度ディスプレイに映し出した。ハルはリーヴの隣に腰掛けながら、次々と映し出されていく大昔の地上の光景に目移りしていた。

 地上の秘密を解き明かし、この極寒の時代に終止符を打つ。それを志してあの地下シェルターを出たにも関わらず、気が付けばこうしてリーヴの面倒を見るようになっている。

「……これ、楽しそう……。ワタシも、行けるの、かな……?」

「うん、行けるようになるよ、きっと。そのために、俺たちはこうして色々と調べているんだからね」

 一つ一つの映像を食い入るように見つめながら、リーヴはもしかしたら心の中で自分がこの地上の光景の一部になっていることを想像しているのだろうかと、ハルは思っていた。

 状況は決して好転しているとはいえない。巨獣対策は一向に進展せず、自分たちの邪魔をする政府の本当の目的も今だ明らかになっていない。

 しかし、たとえ歩みは遅いとしても、こうして一歩一歩本来の目的に向かって進んでいるという実感はあった。アッシュという仲間と合流することができたことも、文字通りその一端であるに違いないものだった。

「んっ? どうしたの、リーヴ……? もしかして、どこが具合が悪いの……?」

 そうして二人だけの時間を過ごしていると、ふとリーヴがハルに向かってもたれかかるように身体を寄せてきた。なにかあったのかとハルが問いかけようとした時、リーヴの口から小さな寝息が漏れるのを、ハルはその耳で確かに聞いていた。

「……そうか。やっぱり、疲れていたんだな。これ以上無理をさせるわけにもいかないし、今日はそろそろ寝かせてあげようかな」

 リーヴが眠りに就いたことを知ったハルは、二人だけの時間がこれで終わりと判断し、リーヴを起こしてしまうことのないよう優しく身体を動かし、ベッドの上に寝かせた。

 ハルが毛布をかぶせると、リーヴは目を閉じたまま小さく寝息を立てていた。その安らかな寝顔を見ながら、今一体どんな夢を見ているのだろうかと、それを想像しないではいられなかった。

「この子のためにも、必ず地上を元の姿に戻さないと。こんな世界は、彼女が生きるにはあまりに辛すぎる……」

 ハルは、この地上を必ず元の姿に戻すという決意を新たにしながら、その先にリーヴと共に暮らす未来をふと脳裏に思い描くのだった。

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