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第17話

「うーん、一通り見てみたけど、俺たちが探している情報はなかったみたいだね」

 さらに同じ頃。ハルはリーヴと共にメモリーチップの内容に目を通していた。それは、いずれも大昔の地上の風景を撮影したものが大半で、ハルたちが求めている地上の秘密を知る手がかりからは程遠いものだった。

「……ハル、ごめんね。ワタシ……」

「気にしなくていいよ。別にリーヴのせいってわけじゃないし、俺だってそう簡単に情報が手に入るなんて思っていないから」

 自分があまり役に立てなかったことを知ったのか、リーヴが落ち込んだ表情でハルに謝った。ハルはリーヴの頭を撫でながら、あまりに気にしていないから大丈夫と返事をした。

「……本当? 本当に、気にして、いないの……?」

「だから、大丈夫だって。さぁ、次の部屋に行こう」

 ハルはそう言いながら、リーヴを抱き上げてその部屋を後にしようとした。すると、そこに通信機から連絡が入る音が聞こえてきた。

「……んっ? アイラさんからだ。はい、ハルです。……えっ? はい、分かりました。すぐに行きます」

 それはアイラからの通信だった。アイラからの通信を受け取ったハルは、そのただならない口調から、なにか大きな発見をしたに違いないと確信した。

「……ごめん、リーヴ。ちょっと急がないといけなくなったから、このまま行ってもいいかな?」

「……うん、分かった。ハル、ワタシ、大丈夫……」

 ハルはリーヴを抱き上げながら、アイラの通信記録を頼りに目的地へと向かっていった。アイラが別の建物を調べていたことは、すでに通信記録から明らかになっている。

 途中でガルディンの通信記録が確認されたところを見ると、彼も一足先にアイラと合流している可能性が高い。ならば、自分の目的地はおのずと一か所に集約されることになる。

「よし、ここだ。この建物の、確かこの部屋からだ」

 ハルは通信記録を頼りに、目的の部屋に入っていった。さらに部屋の中を調べようとした時、床に人が十分入ることができる程度の大きさの穴が空いているのを発見した。

「この穴は、隠し通路ってことか……? アイラさんの通信記録もこの奥からっていっているし、行ってみるか」

 ハルは携帯用の照明で穴の中を照らしながら、はしご状の手すりに手を伸ばしつつ、そこに足を掛けた。

「リーヴ、ここから下に行くから、ちゃんと俺に掴まっていてね」

「……うん、わかった、ハル……」

 そう言うと、リーヴはしっかりとハルに抱き付き、決して離れない態勢を取った。素直に言うことを聞いてくれるリーヴの存在は、こういう時にありがたいと、ハルは正直に思った。

 リーヴを抱きながら、一歩一歩ゆっくりとはしごを下りていくハル。携帯用の照明を首にぶら下げ、灯りを真下に向けて足場を確かめながら穴の中を進んでいく。

「……よし、ここが一番下のようだな。リーヴ、もう大丈夫だよ」

「……うん。でも、もうちょっと、このままで……」

 穴の一番下まで降りてきたハルは、そこで一旦リーヴを下ろそうとした。しかし、リーヴはハルに抱き付いたまま、離れようとしなかった。

「分かったよ。それじゃ、このまま行くか」

 そう言いながら、ハルはリーヴを抱き止めたまま、横に伸びている通路を先に進んでいった。アイラの通信記録はこの先から発せられている。やはり、この隠し通路の奥にはなにか大事なものが隠されているのだ。

 そして、照明で前方を照らしながら通路を進み、突きあたりにある扉を勢いよく開けた。

「んっ? おぉ、ハルか。待っていたぞ」

「その様子だと、ここからそんなに遠くないところを調べていたみたいだね。まぁ、その間にこっちも準備ができたところだけどさ」

 部屋の中に入ってきたハルに対し、それに気が付いたアイラとガルディンが声を掛けてきた。やはり、二人が先になにか重要な情報を発見したようだった。

「アイラさん、ガルディンさん。急に呼び出したりして、一体どうしたんですか?」

「んっ? あぁ、実は……」

 ハルの問いかけに答えたのはアイラだった。アイラは目の前にある巨大なコンピューター端末のパスワードを解析し、内部のデータにアクセスした。そこで、信じられない情報を発見したというのである。

「信じられない情報? それって、どういうものなんですか?」

「それを、今からキミたちにも見てもらいたいと思ってね。つい先程、そのデータをこの携帯端末にコピーし終わったところだ」

 リーヴを下ろしながら情報の内容を尋ねるハルに対し、ガルディンがこれからそれを見せると言って携帯端末を机の上に置いた。

 リーヴも事の重大性を察知したのか、ハルに抱き付こうとはしなかった。このあたりの勘の良さは、ある意味天性のものなのかも知れなかった。

 ハルとリーヴが携帯端末を覗き込もうとするタイミングに合わせ、ガルディンが携帯端末を操作し、データの内容を表示させた。

「んっ? な、なんですか、これ……?」

 そこに表示されたのは『環境浄化ナノマシンの開発と実用化に向けた研究報告書』と書かれたファイルの表紙ページだった。

「こ、この『環境浄化ナノマシン』って、なんなんですか……?」

「まぁ、落ち着いて。アタシたちも、まだちゃんと全部見たわけじゃないからさ。でも、このタイトルは、なかなかにインパクトがあると思わないかい?」

 アイラの発言に、ハルは同意する意思を示した。浄化という言葉を使うからには、なにかの汚染を取り除く意味があると考えるのが自然の成り行きだろう。

 その対象が、地球環境というあまりに規模の大きい話ということになれば、なおさらこの話に注目しないわけにはいかなくなる。

「では、いくぞ。私がページをめくっていく」

 ガルディンがそう言いながら携帯端末を操作し、ファイルのページを慣れた手つきでめくりながら、そこに書かれていた内容を静かに読み上げ始めた。


【人類の文明発達と共に浮上した地球環境の破壊問題。それは生態系への影響だけにとどまらず、人間社会の存続に関わるほどに深刻化していた。温室効果ガスの増加に伴う気温上昇が引き起こす数々の異常気象。それに伴う海水面の上昇。そして一部の国家の帝国主義的な政策が引き金となった汚染物質の散乱。これらを放置しておけば、いずれ地球環境は深刻な破綻を迎えてしまう。そこで我々は、地球環境をいかに改善すべきかを検討するプロジェクトを発足し、その中心的な役割として、この地球救済センターを建設した】


「地球救済センター? これって、なんのことでしょうか?」

「恐らく、この建物の名前だろう。あるいは、この集落そのものの名前だった、ということも考えられる」

 ハルの問いかけに対し、ガルディンは冷静な口調で答えた。今も地球環境は深刻な事態にはあるが、過去には別の問題が発生していたということなのだろうか。

 だが、少なくとも、この時はまだ地上は人間たちが住むことができる環境にあった、ということができる。それがどうして、このような極寒の大地になってしまったのだろうか。

 その真相は、きっとこの先に書かれているはずである。ハルはガルディンが続きを読むのに耳を傾けていた。


【様々な研究が進められていく中、特に有望視されたのが、地球環境の破壊の元凶である温室効果ガスや数々の汚染物質を浄化するナノマシンの開発だった。このナノマシンは、汚染物質を強力に無毒化する機能だけでなく、必要に応じて自らの複製を自動的に作り上げる、自己増殖機能も備えていた。これにより、ある一定量のナノマシンを散布すれば、後はナノマシンの側で勝手に増殖するタイミングを判断し、その数を増やしてくれる。数が増えれば、より強力な浄化効果が期待でき、大気中のみならず、水中や地中に溶け込んだ汚染物質も十分に浄化することができる。我々はそのナノマシンを早期に実環境に投入するべく、開発を急がせた】


「ナノマシン? なんだい、そりゃあ? アタシも聞いたことないねぇ」

「アイラさんが聞いたことがないなんて。それじゃ、俺にはなにも分かりませんね」

 途中で書かれていたナノマシンがどういうものを指すのかは分からなかったが、少なくともこのナノマシンが環境浄化に関係するものであるということはなんとなく理解することができた。

 とはいえ、今のところそのナノマシンがどういう効果を発揮したのかは分からない。研究報告書、というからには、恐らくその結果も書かれていることだろう。

 ガルディンがさらに続きを読み上げていく。その口調には、徐々にではあるが緊張の色が浮かび上がり始めていた。


【実験レベルでは一定の効果を示した環境浄化ナノマシンであったが、実環境に投入するには一つの問題があった。それは、人間を始めとした生態系に対する影響である。環境浄化ナノマシンは、汚染物質の浄化だけでなく、強力な自己増殖機能も備えている。それは、生体細胞の細胞分裂をモデルとしており、その増殖の際に何らかの変異が生じる可能性は否定できなかった。しかし、事態は一刻を争うほどに猶予の許されないレベルにまで達していた。我々は、現在のモデルで生態系への影響が生じないことを確認した後、実環境での効果が期待できる数のナノマシンを生産した。そして、上層部の最終承認を取り付け、ナノマシンを実環境に散布した】


「なるほど。結局、この環境浄化ナノマシンとかいうのは一応完成はしたわけか」

「どうやら、そうみたいですね。そのナノマシンというものがなんなのか、ちょっと興味ありますね」

 途中、ガルディンとアイラがファイルの内容を見ながら口々に言葉を交わしていた。しかし、全く内容が理解できないハルにとっては、どのようにその話の中に入ればよいか分からない状態だった。

「リーヴ、退屈じゃないかい?」

「……平気、だよ。ワタシ、ハルと、一緒なら、大丈夫……」

 リーヴが退屈していないかハルが尋ねたが、リーヴはファイルの内容にはそもそも興味がないようだった。それよりも、ハルがそばにいてくれることの方が、彼女にとってはよほど大事なことのようだった。

 ハルにとっても理解するのが難しい内容であることは間違いないが、それでも最後まで読まないことには真相を暴くことはできない。ここは我慢して、ガルディンが読み上げるのを聞き取る必要があった。


【環境浄化ナノマシンの効果は上々であった。すでに世界中に散乱していた汚染物質は、そのことごとくが無毒化され、温室効果ガスもナノマシンが強力に吸収し、温室効果をもたらさない物質へと変化させていた。自己増殖機能のおかげで再生産の必要がなく、勝手に数を増やしてくれることで浄化能力は何倍にも膨れ上がった。これで、地球は深刻な環境破壊から救われる。誰もがそう信じて疑わなかったその時、ある奇妙な報告がもたらされた】


「んっ? これは、どういうことだ?」

「どうしたんですか、リーダー?」

「ここから先の内容が書かれていない。奇妙な報告がどういうものか気になったんだが、このファイルからでは、それを読み取ることはできないようだ」

 途中、ガルディンが怪訝な表情を浮かべながらファイルの内容を何度も確認していた。どうやら、続きが途切れ、読めない状態になってしまっているらしい。

 ハルも、詳しい内容を理解することはできなかったが、そのファイルの最後に書かれた「奇妙な報告」という文面がなにを意味するのか、ということはある程度察知することができた。

 恐らく、この計画は途中でなにか予想外の事態が発生したのだ。しかも、奇妙という単語をわざわざ使っているということは、その事態がかなり複雑なものである、ということも予想できる。

「そうですか、それは残念ですね。せっかく、重要な情報に辿り着いたと思ったのに、また探し直しですか」

「仕方があるまい。情報を分散して記録している可能性もある。恐らくは別のコンピューター端末に、この続きが記録されているのだろう」

 アイラが残念そうな表情を浮かべた。自分の手柄になるかも知れないと思っていただけに、彼女の心に渦巻いているであろうもどかしい感情は想像に余りある。

 しかし、ガルディンの指摘ももっともなことだとハルは思った。この報告書が機密性の高いものであるならば、その漏洩を防ぐために分散記録している可能性は高い。

「さて、では調査の続きといくか。……んっ?」

 そして、ガルディンが調査を再開すべく動き出そうとした、その時だった。ガルディンが部屋の入口に視線を向けながら、険しい表情を浮かべた。

「なにかあったんですか、リーダー?」

「静かにしろ。足音が聞こえる。それも複数、こっちに近づいてくる」

 何事かとアイラが尋ねると、ガルディンは人差し指を口元にあて、沈黙を促す指示を出した。そして、この部屋に向かって接近してくる複数の足音を再度確認した。

「あ、足音? で、でも、こんなところに、一体誰が……?」

「分からん。だが、政府の監視員の可能性もある。ひとまず奥の部屋に隠れるぞ」

 ハルはその足音の正体が全く分からなかった。ガルディンは政府の監視員の可能性を指摘したが、そうなるとこの集落跡のセキュリティロックをどのようにして解除したのか、というところが気になる。

 とはいえ、ここで政府の監視員に見つかってしまうのは色々と都合が悪い。一行は奥の部屋に向かい、全員が移動すると同時にカギを掛けた。

「これで、とりあえずは大丈夫だろう。ヤツらがここまで来てくれなければよいのだが」

「そうなったら、アタシたちも覚悟を決めないといけないでしょうね。まぁ、いずれそうなることは分かっていましたから」

 ガルディンとアイラは、別に用意した拳銃を取り出し、弾丸が装填されていることを確認していた。レジスタンスとして活動をしている以上、いざという時は戦わなければならない。

「……ハル、ワタシたち、どうなっちゃう、の……?」

「大丈夫だよ、リーヴ。なにがあっても、キミは俺が最後まで護ってあげるから」

 リーヴの両肩が小さく震えている。彼女も事態を把握できていないながらも、今が緊急事態であるということは理解しているのだ。

 ハルはそんなリーヴを優しく抱き締めながら、彼女の心を襲っている恐怖を少しでも取り除いてあげようとしていた。たとえこの身がどうなろうと、彼女だけは護らなければならない。

「……誰か来たぞ。気を付けろ」

 扉の前で聞き耳を立てていたガルディンの表情が、さらに険しさを帯びていくのが見て取れた。扉の向こうから複数の足音が聞こえてくる。

「どうやら、その誰かさんがここに入ってきたみたいだね。上手いことやり過ごせればいいんだけど……」

 アイラが拳銃を構えながら、ガルディンの隣で扉の向こうの様子を窺っていた。その表情はガルディンと同様、強い険しさがにじみ出ていた。

「……ハル、怖い。ワタシ、怖いよ……」

 ハルの両腕の中で、リーヴが今にも泣き出しそうに訴えてくる。恐怖というのは、得てしてその正体が分からない、あるいは分かったとしても理解できない、というところに起因することが多い。

「大丈夫、怖くないよ、リーヴ。怖くない、怖くないからね……」

 今の自分にできることはリーヴの心を少しでも和らげてあげることだ。ハルはリーヴを抱き締め続けながら、彼女を励ます言葉を何度もかけ続けていた。

「向こうがこっちに気付かなければ、アタシたちとしても結果オーライなんですが」

「そういう甘い期待は、すぐに打ち砕かれるぞ。お前も科学者ならば、希望的観測などなんの役にも立たないことは理解しているはずだ」

 アイラとガルディンの表情は、相変わらず強い険しさを帯びたままだった。額からは冷や汗のようなものさえ垂れ落ちているのがはっきりと見て取れる。

「……来たっ! 全員、伏せろっ!」

 そして、足音の一つが扉の前までやってきたことを知ったガルディンは、全員に向けてその場に伏せるよう指示を出した。ガルディンが伏せるのと同時にアイラが伏せ、それに続くようにハルもリーヴを抱きながら伏せる姿勢を取った。

 扉の向こうにいる何者かは、カギが掛かっていることに気付いたらしく、しばらくすると、数発の銃声と共にドアノブが砕かれる音が響いてきた。

 これでもうダメだ。自分たちは政府に捕まり、厳しい尋問を受けることになってしまう。ハルはそう覚悟していた。だが、できればリーヴだけは護らなければならない。

「……んっ? あ、あなたたちは……?」

 そして、扉が勢いよく開け放たれる音と共に、何者かが部屋の中に躍り込んできた。そこで目の前にいるアイラとガルディンの姿を認めた直後、突如動きが止まった。

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