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第13話

 時を同じくして、コンピュータールームでは、アイラとガルディンが周辺地域の調査を続けていた。

 ここの近くにあるらしい人間の集落跡。簡単に進入することができない、というところまでは判明したが、それ以外になにか手がかりになるようなものはないか。目下二人はその部分の調査に集中していた。

「なるほど。確かにこの地域には、前の地域にはない、いくつかの特徴がありそうですね。リーダー、そっちの方はどうですか?」

「あぁ。こっちも、キミと概ね同じ感じだ。ある意味、ここは我々にとって見知らぬ土地でもあるからな。手がかりになりそうなものは、どんな些細なものでも見逃すわけにはいかない」

 端末を操作しながら、二人は互いに目の前にあるディスプレイを凝視しつつ、それぞれに情報を交換する、というやり取りを続けていた。

 こうした調査を続けながら、一方で巨獣や政府の接近についても警戒を怠ってはならない。その意味では、二人は常に難しい判断を迫られる状況に立たされている、ともいえるのだった。

「そうですね。となると、もう少し情報を集める必要がありそうですね」

「そうだな。まずは少しでも怪しいと思ったものはとにかく調べる。今の我々ができることといえば、恐らくはそれぐらいしかないのだろうからな」

 そして、アイラとガルディンは互いに協力しながら、周辺地域の調査を続行した。

「……なるほど。この場所はかなり広い集落跡のようだな。広さだけで判断することはできないが、やはり、この場所にはなにか手がかりが隠されている可能性が高いと見るのが妥当か……」

 すでになにかしらの手がかりがあると睨んでいるガルディンにとって、集落跡の広さは、それだけでも自分の予測の正しさを裏付けるものとしては十分だった。

「確かに、かなり広い集落だったようですね。そうなると、やはり問題はどうやってこの場所に進入するか、ということになりますね。ですが、迂闊に外に出ると、巨獣に狙われる可能性もありますし、かといってこのままこの場所を放置しておくわけにもいきませんし……」

 端末の前で腕組みをしながら、ガルディンとアイラは重苦しい表情を浮かべていた。少しずつ進展を見せているはずの調査であったが、その背後でなにか恐るべきものがうごめいているような、そんな予感も抱かせていた。

 一方その頃、ハルはリーヴの部屋で、彼女と一緒の時間を過ごしていた。

 コンピュータールームでは、アイラとガルディンが周辺地域の調査を続けてくれていることであろう。そんな二人からリーヴの世話を任された以上、今は自分の役目をしっかりとこなすことに集中しなければならない。

「ぐっすり眠っているようだな。こうして寝顔を見ていると、この子が何者かなんて、正直どうでもよくなっちゃうよな……」

 文字通りあどけない少女の寝顔を見せているリーヴを見ながら、ハルは自分の心が少し穏やかになっていくのを感じていた。

 地上の秘密を探り当てると決意して地下シェルターを飛び出してからの自分は、常に緊張と隣り合わせの状態にあった。

 政府に追われることはもちろんのこと、巨獣の存在を知ってからは、そちらにも警戒しなければならなくなった。

 幸いにしてアイラとガルディンという志を同じくする者たちと出会うことができたものの、それは決してハルにとって状況を好転させるものになったとは現段階では断定できない。

「フゥ。今なら、少しだけ離れても大丈夫だよな。さすがに、アイラさんたちに任せっぱなしというのも、なんとなく失礼な気がするし」

 リーヴを寝かし付け、少し余裕ができたと感じたハルは、今一度コンピュータールームに戻り、二人から情報を聞き出そうと考えた。

「……んっ、ハル……」

 しかし、そこに、まるでハルが動こうとするのを予見していたかのように、リーヴが寝返りを打ちながら小さく寝言を発しているのが聞き取れた。

 それは明らかにそばにいるであろうハルに対して向けられているものであった。あるいは、もしかしたらハルと一緒に遊んでいる夢を見ているのかも知れない。

「……やっぱり、リーヴのそばから離れるわけにはいかないか。途中で目が覚めて、もし俺がいないことに気が付いたら、多分、もの凄く不安になってしまうだろうし」

 そんなリーヴの姿を目の当たりにしたハルは、やはり自分は彼女のそばにいるべきだと思い、ベッドの脇に座り直した。

 自分はあの二人のように調査が得意な性格ではないし、もしなにか気になることを発見したら、アイラたちの方からそれを知らせるためにここにやってくるだろう。

「あぁ、ハル。やはり、ここにいたのか。アイラから聞いていたおかげで、すぐに分かったよ」

 と、その時。部屋のドアが開けられる音と共に、アイラとガルディンが姿を現した。アイラの案内のおかげなのだろうか、ガルディンも特に迷うこともなくこの部屋に辿り着くことができたようである。

「あっ、アイラさん、ガルディンさん。調査の方はどうですか? なにか、新しいことは分かりましたか?」

「あぁ、そうだったな。実は、先程話していた、例の集落跡のことなんだが、どうやら、本格的な調査が必要になりそうなんだ」

 そう言いながら、ガルディンは持ってきた書類の束をハルに渡した。これに目を通してほしいということだろうと察知したハルは、それを受け取ると早速その内容を読み上げ始めた。

「……なるほど。つまり、あの集落跡には、この地上の秘密を知る手がかりがある可能性が十分にあると、そういう結論に至ったということですね?」

「そうだ。そこで、これから我々でその集落跡の調査に向かおうと思う」

 ハルが事情を理解したと判断したガルディンは、そこで今回の本題に話を移した。ハルは、やはりそうなるだろうな、という思いを抱きながら、すでに外に出る気持ちを固めていた。

「そうですね。こういうことは、できる限り早い方が良いと思いますし、政府に先を越されてしまう前に、俺たちの方で情報を掴んでしまいましょう」

 政府もその集落跡を狙っている可能性はゼロではない。そのことを考慮すれば、行動はできる限り早い方が良い。ハルの判断は、至極合理性の高いものであった。

「うむ、キミの言う通りだ。防寒着はここに来るときに着ていたもので間に合うだろう。私とアイラはバイクの用意をしてくる」

「分かりました。あっ、ガルディンさん。バイクって、もう一台ありますか?」

 そこで、ハルは別の疑問に思い当たった。いつまでもアイラと同じバイクに乗せてもらうわけにもいかない。

「そうだね。多分、もう一台ぐらいならあると思うけど、ハル、バイクの運転はできるのかい?」

「えっ? あっ、はい。一応、基本的な運転ならできますけど……」

「よし、なら十分だね。ここからは、一人一台体制で。調査を行うことにしようか」

 ハルは、アイラとガルディンと共にその集落跡に向かうべく、防寒着の準備を始めようとした。その集落跡になにがあるのかは分からないが、少なくとも自分たちの目的につながるものが見つからない、ということはないはずだ。

「……ハル。どこへ、行くの……?」

 と、その時。それまで寝ていたリーヴが、ハルを呼ぶ声を出しながら目を覚ました。恐らく、ハルとガルディンのやり取りが聞こえたことで、眠気が消えていったのだろう。

「あぁ、リーヴ、起こしちゃったね。これから、俺たち、ちょっと出かけないといけないんだ」

 目を覚ましたリーヴに対し、ハルが優しい口調で応えた。さすがに、あの極寒の大地に、リーヴを連れていくわけにはいかない。

「……で、出かける、の……?」

「うん。これは、俺たちの目的を果たすためにも必要なことなんだ。だから、キミは、ここで待っていてほしい。大丈夫、ちゃんと帰ってくるから」

 ハルは、詳細な内容を隠しながら、リーヴに自分たちの目的のために必要だからとだけ告げた。そして、リーヴを再度ベッドに横たわらせると、改めて防寒着の準備を始めようとした。

「……ハル、ダメ。ワタシ、一緒、行く……」

 すると、ハルの後ろから懇願するような小さな声が聞こえてきた。防寒着に着替えようとしていたハルが振り返ると、そこにはベッドから起き上がり、自分の足で立っているリーヴの姿があった。

「一緒に行くって、ダメだよ、リーヴ。これから俺たちが行くところは、どんな危険なことが待ち受けているか分からない場所なんだ。そんな場所に、キミを連れて行くわけにはいかない」

 ハルは、そこが危険なところだからと言って、リーヴにこの場に残ってもらうよう説得した。常識的に考えれば、ハルの判断になにも間違いなどないはずだった。

「……イヤ。ダメ。ワタシ、一人、怖い……。ハル、一緒、いいの……」

 しかし、リーヴはハルの足に抱き付きながら、まるで訴えかけるような視線を彼に対して向けた。それは、リーヴのわがままというより、本心からハルと離れるのが怖いと言っているようであった。

「うーん、まいったな。これじゃ、連れて行かないわけにはいかないな……」

「どうやら、彼女はキミのそばにいるのがよほどいいらしい。まぁ、そうなるだろうとは我々も思っていたし、そら、これを使え」

 リーヴに足を抱き付かれて困惑しているハルに対し、ガルディンがあるものを投げて渡した。それは、どうやら子供サイズの防寒着のようだった。一体どこから見つけてきたのか、という疑問がないわけではなかったが、とりあえずこれで寒さの問題はなんとかなるだろうと、ハルは考えていた。

「あっ、ありがとうございます。でも、随分と用意がいいんですね」

「当たり前だろう。これぐらい気を遣えないようでは、組織のリーダーなどやっていられんからな。さて、我々は外で着替えるとしようか」

「あっ、そうですね。それじゃ、リーヴ。着替え終わったら、また俺を呼ぶんだよ」

 子供サイズの防寒着をリーヴに渡しながら、ハルは彼女の頭を軽く撫でた。そして、リーヴが着替える時に恥ずかしい思いをしないようにという名目で、彼はガルディンとアイラを伴い、一旦部屋を出た。

 そうして、しばらく待っていると、部屋のドアが内側からノックされる音が聞こえてきた。

「あっ、リーヴ。着替え、終わったんだね」

 ハルが部屋のドアを開けると、そこには子供サイズの防寒着に身を包んだリーヴの姿があった。先程までのドレス姿とは打って変わって、しっかりとした防寒着を着込んだリーヴは、大昔のイヌイット族を連想させるものがあった。

「……うん。ハル、ありがとう……」

「いやいや、お礼なら、こっちの二人に言ってくれよ。……っと、結局、こうなるのか……」

 リーヴは、お礼の言葉を述べるや否や、再度ハルの足に抱き付いてきた。実際に防寒着を用意してくれたのはガルディンなのであるが、リーヴにとってそこは重要ではなかったようである。

「それじゃ、アタシたちはバイクの用意をしてくるよ。五分もあれば用意できると思うから、そうしたら、入口まで来ておくれ」

 そして、アイラとガルディンはバイクの用意をすると言って、アジトの入口に向かっていった。リーヴにそっけない態度を取られたことは、二人ともあまり気にしていない様子だった。

 リーヴのことはハルがきちんと面倒を見てくれるだろう。そういう安心感があったからこそ、アイラもガルディンも自分の役目に集中することができる、ともいえた。

「よし、それじゃ、俺たちももう少ししたら行こうか」

「……うん、ハル……。でも、もう少し、このままで……」

「そうだね。もう少しだけ、このままでいようか」

 ハルは自分の足に抱き付くリーヴを無理に振りほどこうとはしなかった。アイラが五分後に来いと言ったのも、もしかしたら二人だけで過ごす時間を少しでも多く持たせてあげたいという、彼女なりの配慮の仕方だったのかも知れない。

 雪と氷に覆われたこの世界で、ハルはリーヴからの小さなぬくもりを、確かにその身体に感じ取っていた。

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