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第12話

 巨獣からレジスタンスのアジトを護り抜いたハルとリーヴは、二人でコンピュータールームへと戻るために廊下を歩いていた。

 実際にはリーヴの能力によって巨獣から入口をカモフラージュしたため、ハルは実質なにもしていないに等しい状況だった。

 しかし、ハルに抱き上げられながら寄り添うように運ばれていくリーヴを見ていると、ハルはなんとなく自分も少しは貢献することができたのだろうか、と思わずにはいられなかった。

「それにしても、この子は一体何者なんだろう……? あの純白の壁を、どうやって作ったんだろう……? まさか、大昔の魔法使い、なんてことはないよな……」

 ハルは、自分の思考に対して、思わず苦笑せざるを得なかった。魔法使いなどというおとぎ話の産物が、このような時代に現れるはずがない。

 そんなハルの思いなどどこ吹く風と言わんばかりに、リーヴはハルをしっかりと抱き締め、なおも身体を密着させ続けていた。

「コンピュータールームに戻ったら、とりあえず今回のことを正直に話すか。もしかしたら、アイラさんならなにか分かるかも知れないし」

 そんなことを思いながら、ハルはリーヴを抱いたままコンピュータールームに戻った。二人が戻った時、アイラとガルディンは端末の前で作業を続けていた。

「ただいま戻りました」

「あっ、ハル、戻ったんだね。その様子だと、どうやら、上手く巨獣の目を欺くことができたみたいだね」

 戻ってきたハルとリーヴを、アイラが出迎えた。ガルディンはその様子を見ながら、なおも端末の前で作業を続けていた。

「あっ、はい。それで、少し報告しておきたいことがあるんですが……」

 ハルは、リーヴを抱いたまま事の顛末をアイラに説明した。そこであの純白の壁のことを話した時、アイラがいつになく興味津々という表情を浮かべていた。

「なるほどね。この子が、その純白の壁を作り出して、巨獣からアタシたちを護ってくれたなんてね」

 アイラが顔を覗き込むと、リーヴは怯えるような表情を見せた後、まるで見たくないものから目を背けるかのようにハルの胸元に顔をうずめた。

「アハハ、やれやれ。アタシのことは、あまり気に入っていないみたいだねぇ」

 アイラは、自分に対してそっけない態度を示したリーヴを見ながら、仕方ないという風に言葉を連ねていった。

 もしかしたら、純白の壁の話を聞いた時点で、リーヴが政府が研究開発した人間兵器であるという疑惑をさらに強めているのだろうか。

 しかし、今のところ、リーヴが自分たちに対して明確な敵意を向けている様子は確認されていない。

「仕方があるまい、アイラ。我々はその子のことをほとんどハルに任せっきりでいたのだ。それでその子がハルに懐いたとしても、我々にはなにも文句は言えんよ」

 ガルディンは、そんなリーヴに対して冷静な応対をする素振りを見せていた。アイラと違い、ガルディンはリーヴに対してそこまでの疑惑を抱いている様子はなさそうである。

 とはいえ、リーヴの正体についてほとんどなにも分かっていないに等しい状態である以上、事態が急転する可能性は常に考慮しておく必要がある。

「まぁ、そうだろうね。そういうわけだから、その子の面倒は、これからもハル、アンタにお願いできるかな?」

「あっ、はい。分かりました。それに、俺がこのレジスタンスで役に立てそうなことっていったら、今のところこのリーヴの面倒を見るというぐらいのものでしょうからね」

 結局、リーヴの面倒は引き続きハルが担当することになった。一定レベルで心を開いているハルが相手であれば、リーヴも多少なりとも安心してここで暮らすことができるだろう。

「そうですね。ところで、アイラさん。そっちの方はなにか分かりましたか?」

「そうだね。それについては、アタシよりもリーダーから話してもらった方がいいかも知れないね」

 リーヴの問題が一段落したところで、ハルは次の問題についての話を進めようと思い立った。そこで、アイラは話し手を自分からガルディンにバトンタッチする素振りを見せた。

「あぁ、そうだったな。キミがその子の世話をしている間、我々はこの周辺地域について調査を進めていた。そして、どうやら、さほど遠くない場所に、かつて人類が住んでいたと思われる形跡が残されている、ということが判明した」

 アイラからバトンを渡されたガルディンは、そのまま淀みない口調で説明を始めた。

「人類が住んでいた?」

「そうだ。まだ確証はないが、そこに地上の秘密が隠されている可能性は十分にある。とはいえ、もう少し調べてからその場所に行ってみようと思ったんだが、今はあの子の問題もあるしな……」

 今すぐその場所を詳しく調査したいのはやまやまだが、まだ十分に回復しているとはいえない少女をここに残しておくわけにはいかない。

 もしその間に政府の監視員たちが来てしまったら、あの少女だけでは到底対処しきれないだろう。

「そうですね。それじゃ、あの子のことは、俺が面倒を見ます」

「そうか。あの子のことは引き続きキミに任せよう

「分かりました。ところで、どうすればその場所に入ることができるんですか?」

「うーん、そのことなんだが、それが、どうも一筋縄ではいかないようでな……」

 リーヴを抱きながらさらに続けてハルが尋ねると、そこでガルディンは急に表情が険しくなった。もしかして、発見したはいいが、進入を阻んでいるなにかがあるのだろうか。

「一筋縄ではいかない? どういうことですか?」

「それが、アタシたちにもよく分からないんだけど、その場所の入口に、なにか奇妙なものが仕掛けられているらしいんだよね」

 ハルが尋ねた時、それに答えたのはアイラだった。アイラもまた、ガルディンと同様、その表情には険しさの色が強く浮かび上がっていた。

「入口に奇妙なもの、ですか……」

「あぁ。それが、外部から進入するのを困難にしているようなんだ。ただ、ここからの調査だけじゃ、その詳細を調べるのはちょいと難しくてね」

 アイラの話を聞く限り、それは単なるカギのようなものとはまた一味違うようだった。詳細を知るためには、その集落跡に実際に行ってみないと分からない。

「そうなんですね。でも、そこまで分かったら、あとは道を塞いでいるものをどうやって取り除くか、というところになりますね」

「確かにな。だが、それが一番難しい。確かにそこはこのアジトからはそれほど離れていないが、だからといって、途中で巨獣に襲われる可能性はゼロではない」

 ガルディンの指摘は至極もっともだと、ハルは思った。巨獣がいつ現れるか分からない状況において、迂闊に外に出ることはそれこそ自殺行為になりかねない。

 とはいえ、大昔の言葉に『虎穴に入らずんば虎子を得ず』というのがある。危険を承知の上で、それでもその危険に挑まない限り、自分たちが望む結果を得ることはできない。

「そういえば、あの幻覚薬についてはどうなっていますか、アイラさん?」

 巨獣対策としてアイラが目下開発中の幻覚薬。効果が現れるのに時間がかかり過ぎるという問題点を改善しない限り、実戦では到底使い物にならない。

「うーん、それが、どうも思い通りにいかなくてね。最初の試薬の段階で、調合比率は徹底的に計算したつもりなんだけど、ここからさらに最適な比率を割り出すとなると、なかなか骨の折れる話だよ」

 どうやら、新型の幻覚薬の開発は思い通りに進行していないらしい。ありていな表現を用いれば、暗礁に乗り上げた、というところなのだろう。

 ハルは、他の成分を混ぜてみたらどうかと提案しようとしたが、素人が下手に口を挟んだとしても、大した成果を挙げることはできないだろう。

 手がかりがすぐ近くにあるかも知れないという状況で、そこに手を伸ばすための手段が思う通りにいかない。このような時に、なにもできない自分がなんとも恨めしいと、ハルは自分の無力さを痛感させられていた。

「そうですか。すみません、変なことを聞いてしまって……」

「いや、いいんだよ、ハル。どの道、まだ次の薬を試すことができる状況にないことは事実なんだし、ここは焦ることなく、別の方法を探していけばいいさ」

 ハルが自分の発言を謝る態度を見せると、アイラはそれほど気に病むことはないという意思をもってそれに返事をした。

 科学の分野において、失敗はつきものである。当然失敗が許されない領域も存在するが、今のところはリーヴのおかげもあって、多少時間を作ることができるだけの余裕が生まれた。

「我々は引き続き調査を進めていく。ハル、リーブのことは任せたぞ」

「はい、分かりました。それじゃ、俺はリーヴを寝かし付けに行きますね」

 そして、ハルはリーヴを抱き上げた状態のまま、コンピュータールームを後にし、リーヴを寝かせていた部屋に戻っていった。

「……ハル、話し合い、終わった……?」

 その途中、リーヴがハルの胸元にうずめていた顔を上げ、状況がどうなったかについて尋ねてきた。ハルたちの会話は聞こえていたであろうから、そこから多少状況の推移を知ることも不可能ではないはずだった。

「うん、終わったよ、リーヴ。あとのことは二人に任せて、今日はもう休もうか?」

「……うん。ワタシ、休みたい……」

 リーヴも、やはり疲れていたのだろう。返事をする声には、先程よりも若干元気が消えている様子を窺い知ることができた。

 現在調査中の集落跡に、本当にこの地上の秘密を知る手がかりがあるのだろうか。しかし、今のハルにとっては、そのことよりもリーヴのことがはるかに気がかりだった。

「さて、部屋に戻ったよ、リーヴ。なにか、食べたいものはあるかな?」

「……うぅん、大丈夫。ワタシ、お腹、空いて、いない……」

 部屋に入ったハルは、リーヴに食べ物をあげようと思った。しかし、リーヴは小さく首を振りながら、食べるものは大丈夫と言って応えた。

 実際のところ、あまり派手に動いていないリーヴが、それほど空腹感に襲われているとはハルも思っていなかった。

 しかし、何事も確かめてみないと分からない部分も多い。その部分を明確にするという意味でも、このような些細な問いかけは必要なものだった。

「そうか。それじゃ、おやすみ、リーヴ」

 ハルは、リーヴをベッドに寝かせると、優しく布団をかぶせておやすみの言葉を掛けた。そして、そのまま部屋を出ようとした、その時だった。

「……待って……」

 すぐ背後から、自分を呼び止めるリーヴの声が聞こえたハルは、そこで足を止めて、今一度彼女の方に戻っていった。もしかしたら、まだなにか用事があったのかも知れない。

「んっ? どうしたんだい?」

「……ハル。そばに、いて……。ワタシ、怖いの……」

 ハルの問いかけに答えながら、彼の手をそっと握るリーヴ。その手は小さく震えており、言葉通りなにかに対して怖がっているという印象を映し出していた。

「分かったよ。それじゃ、今日は俺がこのまま、そばにいてあげる」

「……うん。ありがとう、ハル……」

 ハルは敢えてそれ以上の詮索をしようとはしなかった。リーヴがどんなことに怯えているのかは彼女自身にしか分からないことであるし、そもそもそれを知ったところで、自分にできることは恐らく限られてくるだろう。

 それよりも、今のリーヴにとって、自分が心の拠り所になっているのであれば、その役目を果たすことこそが自分に課せられた責任であるに他ならない。

 小さなリーヴの手を静かに握り返しながら、ハルは束の間の平穏な時間に身を委ねていた。

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