目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第9話

 自分たちレジスタンスの新しいアジトとして使える無人の地下シェルターを発見したハルたち。そこを整備していた時、一人の少女がこの地下シェルターに迷い込んできた。

 少女を保護したハルは、彼女の様子が気になりながら、まずは身元を確認するのが先決だと考えていた。

 しかし、ハルが名前を訪ねても、少女は一切口を開こうとしなかった。

「うーん、困ったな。名前も聞き出すことができないんじゃ、どうにも話が前に進まないな……」

 ハルが何度問いかけても一向に口を開いてくれない少女。ハルは少し思案した後、質問の方向性を変えてみようと思い立った。

「そうだ。それじゃ、キミの好きな食べ物を教えてくれるかな? お腹が空いているなら、用意できるかどうかは分からないけど、なにか食べたいものがあれば言ってごらん?」

 とりあえず食べ物の話題で緊張感を和らげてあげれば、彼女も少しずつ口を開いてくれるようになるだろう。そう思ったハルだったが、またしても事態は彼の思惑通りに進展しなかった。

「好きな食べ物も答えられないの? それじゃ、キミにご飯を食べさせてあげることもできないよ?」

 なんとか少女からなにかしらの言葉を引き出そうとしていたハルだったが、それでも少女はハルを見つめるばかりで、口の動きを認めることはできなかった。

「これは一体どういうことだ? 答えられないなら、答えられませんって言えばいいのに、それすらもできないなんて……」

 あまりに頑なに過ぎる少女の態度に対し、ハルは違和感を抱いていた。記憶喪失などで自分の名前が思い出せないのであれば、恐らくは違った反応を示すことだろう。

 しかし、今この少女が見せている反応は、単なる記憶喪失とはまた質を異にするものだ。まるで、答えるべき言葉そのものを持っていないために、答える手段すら使うことができない。そんな印象だった。

「仕方がないな。とりあえず、アイラさんに相談してみるか。会話すらもできないんじゃ、どう対応すればいいかも分からないからな」

 ハルは、一旦アイラに事情を説明するべく、少女の部屋を後にした。部屋から出る前にハルが少女の頭を軽く撫でるが、それに対してさえも少女は一切無反応だった。

「あぁ、戻ったね、ハル。で、あの子の様子はどうだい?」

 コンピュータールームに戻ってきたハルに対し、アイラが少女の様子を尋ねてきた。ハルは事の経緯をアイラに説明し、どうすればよいかアドバイスを求めた。

「なるほど。確かにそれは奇妙だね。それで、アンタはその子が重度の記憶喪失なんじゃないかって、そう思っているんだね?」

「えぇ、そうです。名前だけじゃなくて、言葉そのものを忘れているんだとしたら、俺の質問に答えられないのも説明が付きますし」

 事情を聞いたアイラは、腕を組みながら思案する様子を見せていた。もしハルの指摘が正しいとすれば、まずは言葉を取り戻させてあげないと、情報を聞き出すどころの話ではない。

「となると、なんとかしてその子に言葉を教えてやらないといけないってことになるね。ちょっと待っていておくれよ。確か、この端末に、そういうプログラムがあったような気がするんだけど……」

 アイラは、目の前にある端末を操作しながら、同時に近くにあったイヤホンのようなものを自分の近くに拾い寄せていた。

「……あぁ、あった、あった。これだ。このプログラムを、このメモリーチップ付きイヤホンにインストールして、っと……」

 さらにアイラは端末を操作し、イヤホンの様子を窺っていた。そして、イヤホンケースから小さな電子音が聞こえたのを確認すると、それをハルに手渡した。

「待たせたね。これを使いな」

「これは、なんなんですか?」

「このイヤホンに、最新バージョンの睡眠学習プログラムをインストールした。これを、あの子の耳に付けさせてあげれば、自動的にプログラムが起動して、睡眠学習が始まるって寸法さ」

 アイラの説明を聞いたハルは、なるほど、その手があったかと、得心した表情を浮かべていた。

 この手の対応が臨機応変にできるあたり、やはりアイラは今でも科学者としての心意気を失っていないのだなと、ハルは感心せずにはいられないのだった。

「ありがとうございます、アイラさん。それじゃ、早速あの子の耳に、これを付けてみますね」

「頼んだよ、ハル。アタシはリーダーと一緒に、ここの周辺地域のことを調べておくから」

 アイラにお礼を言いながら、ハルは睡眠学習プログラムがインストールされたイヤホンを手に少女の部屋に戻っていった。

「ただいま、遅くなってゴメンね。ちょっと、キミのために、あるものを用意してきたんだ」

 ハルが部屋に入ってくると、少女は彼が出ていった時と変わらない態勢を維持しながら、入ってきた彼に視線を向けた。

 相変わらず、なにも話してくれないらしく、おかえりなどの一言すら発することはなかった。

「これはね、睡眠学習プログラムがインストールされたイヤホンなんだ。これを付けて眠っていれば、キミもそのうち会話ができるようになると思うよ」

 イヤホンを見せながら、ハルが少女に使い方を説明した。といっても、今の少女がハルの言葉を理解しているとは思えなかったが、いきなり付けようとするよりは幾分かマシになるだろうと、ハルは考えていた。

「さぁ、これをキミに付けてあげるね。あとはゆっくり休んでいていいよ」

 ハルは少女の両耳に余計な力を入れないように気を付けながらイヤホンを装着した。イヤホンが少女の両耳にしっかりと収まった直後、両方のイヤホンから小さな電子音が聞こえてきた。

 恐らく、インストールされた睡眠学習プログラムが作動したのだろう。あとはある程度会話ができるようになるまで、このイヤホンを少女に付け続けてもらえばよい。

「それじゃ、またあとで様子を見に来るから。それまで、そこでゆっくり寝ていてもいいよ。それじゃあね」

 ハルは、ベッドの脇に置かれているキャビネットの上に、携帯式の非常食を置いた。もし、少女が途中でお腹が空いた時に、すぐに食べられるものがあるようにするためである。

 そして、少女の部屋を出たハルは、踵を返すように再度コンピュータールームに戻っていった。

「お帰り、ハル。あの子の様子はどうだった?」

「えぇ、とりあえず、例のイヤホンを付けさせてあげました。あとは、これであの子と会話ができるようになればいいんですが」

 アイラがハルに首尾の確認を求めると、ハルは特に問題ないといった口調で返事をした。これで当面の問題がクリアできる道筋を一つ立てたことになる。

「ご苦労だったね、ハル。着いて早々、あちこち移動させてしまって申し訳ない」

「いえ、いいんですよ、ガルディンさん。今の俺にできることといえば、これぐらいしかありませんからね。ところで、アイラさん。あのプログラムは、大体どれぐらいで完了するものなんですか?」

 ガルディンが端末を操作する手を一旦止め、ハルをねぎらう言葉を掛けた。ハルは特別気にしていないという風に返事をしながら、アイラに例のプログラムの稼働時間について尋ねてみた。

「あぁ。個人差はあるが、大体一週間もあれば一通りのプログラムは完了するよ。ここからさらに一か月もかかるとか言われたら、アンタだってさすがに嫌になるだろう?」

 アイラの返答を聞いて、その程度の日数であれば問題ないだろうと、ハルは判断していた。

 三日もあれば、あの子の体力も多少は回復するだろうし、定期的に様子を見に行って、彼女の状態をチェックすることもできるだろう。

「それじゃ、俺はもう一度あの子の様子を見に行ってきます」

「あぁ、頼んだよ。アタシたちは、もう少しこの辺の状況を調べてみるから」

 そして、ハルは再度少女の様子を見に行くべく、彼女が眠っている部屋へと戻っていった。これから始まる、ハルの新たな日常が、ようやく幕を開けようとしていた。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?