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第6話

「それで、アイラさん。新しいアジトを探すって話でしたけど、どこかアテはあるんですか?」

 地下シェルターを出た一行は、そのままバイクに乗り、道なき道を走り続けていた。地上は相変わらず大量の雪と氷が舞い上がり、人間がこの地上に住むことを拒み続けているような光景だった。

「いや、特にアテがあるわけじゃないよ。ただ、アジトとして使えそうな地下シェルターは、他にもきっとあるはずだ」

 二台のバイクが猛吹雪の中を疾走していく。一台のバイクにはガルディンが、もう一台のバイクにはハルとアイラが乗っていた。アイラがバイクを操縦し、ハルが後部座席に乗るという、あのアジトに来た時と変わらない位置取りをしていた。

「それって、どうやって見つけるんですか?」

「リーダーが持っている端末には、この世界中にある地下シェルターの情報が集められている。その地下シェルターの付近まで行って、生命反応を探るんだ。それで、地下シェルターの状況を知ることができる」

 バイクを走らせながら、アイラが淡々とした口調で説明をしていた。冷気を遮断する特殊なマスク越しに聞こえてくるくぐもった声が、猛吹雪にかき消されることなくハルの耳に届いてくる。

 元々地下シェルターを改造して自分たちのアジトにしていた経緯を考えれば、アイラの考えに矛盾するところはなかった。

 昔の言葉でいうところの「空き家」を間借りさせてもらう、というような感覚なのかも知れないが、この現状を考えれば、そこに文句を言うというのも、かえって野暮なのかも知れないと、ハルは思っていた。

「……止まれ。なにかおかしい」

 その時、先導していたガルディンが突然バイクを止めた。その声色は明らかに強い危機感を匂わせるものだった。

「どうしたんです、リーダー?」

「なにか来る。それも、かなり嫌な気配を持ったヤツだ」

 アイラもバイクを止め、ガルディンに何事か尋ねた。すると、ガルディンは険しい声色を崩さないまま危険が迫っていることをアイラに告げた。

「嫌な気配? まさか、巨獣でしょうか?」

「可能性はあるな。アイラ、例の薬はまだ残っているか?」

「もちろんですよ、リーダー。さっきので、一つ良いデータが取れましたので、今度は本物の巨獣相手に、この薬が効くかどうか試してあげますよ」

 ガルディンもアイラも、その嫌な気配の正体が巨獣である可能性を睨んでいた。政府にとっても厄介な存在であると認識されている巨獣。正体不明の怪物を相手に、人類が持ち合わせている対抗手段は、現状極めて限定されていると言わざるを得なかった。

「来るぞっ! コイツは、やはり巨獣か!」

 その時、ハルたちの目の前に巨大な影が出現した。巨大な山を思わせるその体躯は、その影の正体が巨獣であることを雄弁に物語っていた。

「う、ウワァッ! ま、また巨獣が! ど、どうするんですか?」

「大丈夫、アタシがなんとかしてやるよ。これでも喰らいなっ!」

 巨獣の出現に驚きわななくハルをなだめるように声を掛けながら、アイラが専用の銃に例の薬を装填した。そして、巨獣の頭部と思われる箇所に向けて一気に発射した。

 一般的な銃とは異なる鈍い銃声が周囲に響き渡るが、その銃声は猛吹雪によってすぐにかき消された。

 アイラが放った薬は、一分の狂いもなく巨獣の頭部と思われる箇所に命中した。たちまちのうちに大量の煙が巨獣の頭部を包み込み、その輪郭を覆い隠していく。

「……ど、どうでしょう……? う、上手くいったんでしょうか……?」

「それは分からない。このまま、ヤツが動かなくなってくれればいいんだけど……」

 アイラが放った薬を浴びた巨獣は、途端にその動きを止めた。しかし、これだけでは本当に薬が効いたのかどうか、アイラでさえも判断することができなかった。

 アイラは念のため、先程の薬を再度銃に装填していた。一発では効かないとしても、二発浴びせれば十分に効果を発揮するはずだと、アイラは考えていた。

 その時。動かなくなっていた巨獣が、突然動き始めた。そして、明らかにハルたちに敵意を向けるように襲い掛かり始めた。

「なにっ! 動き出したっ! 薬が効かなかったのか?」

 アイラが再度薬を発射するべく銃を構えようとした。しかし、それを許さないと言わんばかりに巨獣が猛然と襲い掛かってきていた。

「クソッ! マズイっ! 逃げるそっ!」

 このままでは巨獣に捕まってしまう。ガルディンはバイクを反転させて巨獣から逃げる態勢を取った。アイラも銃の発射が間に合わないと判断し、ハルと共に巨獣から逃げる態勢を取った。

 バイクをフルスロットルさせ、全速力で逃げていく一行。自分たちの志を果たさないまま、こんなとことで巨獣に捕まってしまうわけにはいかない。しかし、巨獣はそんな彼らを決して逃がすまいと言わんばかりに、巨体を振り回すようにしながら彼らの後を追ってきた。

「あ、あの巨獣、俺たちを追いかけてきますよ!」

「アタシに薬を浴びせられたことが、よっぽど気にくわなかったんだろうね。だけど、こっちだって、こんなところで捕まるわけにはいかないのさ!」

 怯えるハルに対し、アイラはなおも全速力でバイクを走らせ、巨獣の追跡から逃れようとしていた。ガルディンも同様に全速力でバイクを走らせ、巨獣から逃れるのに必死だった。

 大量の雪を巻き上げながら、エンジン音を轟かせて走り抜ける二台のバイクと、それを追いかける巨獣。正体不明の怪物との追いかけっこは、文字通り生死を賭けた壮絶な逃走劇だった。

 しかし、巨獣はなおも彼らの追跡を止めようとしなかった。それどころか、さらに速度を上げて彼らを追いかけてくる。そのため、彼らと巨獣との距離は、徐々にではあるが縮まっていった。

「だ、ダメです! こ、このままじゃ、追い付かれてしまいます!」

「クソッ! こうなったら、イチかバチか、この薬をもう一発……」

「無理ですよ! こんなスピードで走っているのに、そんなことをしたら、バランスを崩してしまいます!」

 このままでは巨獣に捕まってしまう。そうなっては自分たちの命はない。アイラは一旦は諦めかけた銃の再発射を今一度試みようとした。

 しかし、通常速度で走っているのならばともかく、限界寸前の全速力でバイクを走らせている状況では、とてもではないが銃を発射することなどできない。それは、後部座席に座っているハルにとっても同様だった。

「無理をするな、アイラ! ここは全力で、巨獣から逃げ切ることだけを考えるんだ!」

 焦りを募らせるアイラを、とっさにガルディンがたしなめた。確かにガルディンの言う通り、無理をしても事態が好転するとは限らない。それよりも、今あるコマで最善の手を尽くす方がよほど建設的である。

 巨獣に対して通常兵器が通用しないことは、ハルもよく理解している。ガルディンとアイラがそれを使おうとしないのは、態勢が不十分ということ以上に、そもそも巨獣相手にそのような兵器など役に立たない、という事実の方が大きかった。

「だ、ダメです! こ、このままでは、追い付かれてしまいます!」

「クソッ! ここまでか……。こ、こうなったら……」

 さらに巨獣が自分たちに接近してくる。迫りくる巨大な影。彼らを絶望へといざなう巨大な手が伸びていく。もうダメか、と思ったその時。突然、彼らを追いかけてきた巨獣の動きが鈍くなり始めた。

「……な、なんだ……? や、ヤツの動きが、鈍くなっていくぞ……?」

 あまりに予想外過ぎる事態を前に、アイラは一体なにが起こったのか、全く理解することができなかった。

 捕まる寸前まで接近していた彼らと巨獣との距離が再度開いていく。一秒ごとに巨獣の動きがさらに鈍くなっていくのがはっきりと見て取れる。そしてさらに数秒後、巨獣の動きが完全に止まり、全く動かなくなった。

「……う、動かなくなりましたね……。な、なにが、あったんでしょうか……?」

「ひとまず、近づいて様子を見てみよう。もしかしたら、アイラの薬が効いたのかも知れん」

 ハルたちは動かなくなった巨獣に慎重に近づいていった。もしかしたら、また動き出すかも知れない。その可能性もゼロではなかったからだ。

 ハルたちが接近しても、巨獣は一切反応を示すことはなかった。巨獣は、まるで雪原の中に一体だけポツンと存在する巨大な石像のように、一切微動だにすることはなかった。

「こ、コイツ、全然動きませんよ……。これって、アイラさんの薬が効いたっていうことなんでしょうか……?」

「恐らくそうだろうね。どうやら、あの薬は人間だけじゃなく、巨獣相手にも有効だってことが分かったね」

 ハルが恐る恐る尋ねると、アイラは険しい表情のまま答えた。元々巨獣対策として開発した薬ということであれば、その目的に沿う形で効果を発揮したことはアイラにとって喜ばしいことであるはずだった。

「だけど、人間相手ならともかく、巨獣相手にこれじゃ効くのに時間がかかり過ぎる。せめて、三十秒以内に効き始めるようにしないと、今のままじゃ、とても実戦では使えない」

 しかし、アイラにとって、この結果は決して満足できるようなものではなかったようだった。かつて政府の傘下にいたとはいえ、そこはやはり科学者としての誇りがあるのだろう。

「確かにアイラの言う通り、これでは、とてもではないが使い物にならない。薬が効いてくる前に捕まってしまっては、元も子もないからな」

 ガルディンも概ねアイラの考えに賛同する意思を示していた。地上の秘密を知るためには、どうしても巨獣対策を避けて通ることはできない。

 その意味においては、アイラが科学者としての本領を発揮する機会は、まだ十分に残されているといえた。ここからさらに改良を重ね、巨獣対策として十分通用するようにすれば、今後の巨獣対策もやりやすくなることが期待されるからだ。。

「さて、そろそろ行くか。このままコイツが止まっているうちに、できる限り離れておかねばならないからな」

「そうですね。それに、いつまでもこんな猛吹雪の中にいるわけにもいきませんし、早いうちに、新しいアジトとなるところを見つけないと」

 そして、一行は動かなくなった巨獣を一瞥した後、そのまま新しいアジトを探して、再度バイクを走らせていった。地上の秘密を知る彼らの旅は、まだ多くの困難が待ち受けている。そんな予感を残しながら。

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