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第3話

「……なるほど、事情は大体分かったよ。それで、地上がこんな具合になってしまった原因を知りたくて、一人で地上に出た、というわけだね?」

「はい、そうです。俺も、まさかいきなり、あんな連中に追われることになるなんて、思いもしませんでした」

 一通り説明を終えたハルに対し、アイラが確認を求めるように問い質した。対するハルはその通りという意味合いの返答がもたらされた。その返答を聞いたアイラは、納得した様子で頷きながら、両手を腰に当てていた。

「では、今度は我々の方からキミに伝えておくべきことを説明しよう。これから、キミが本気でこの世界の真実を知りたいと願うのであれば、必ず知っておかなければならないことになるだろうからね」

 ハルとアイラのやり取りを見ていたガルディンが、静かに椅子から立ち上がり、なにかを語り掛けるような素振りを見せた。

「キミには信じられないことかも知れないが、はるかな昔、この地上は今よりもずっと気温が高く、温暖な気候だった。地上には我々人類を始め、数多くの動植物が生息し、まさに生命の楽園だった」

 ガルディンが説明を始めた時、ハルは一瞬信じられない思いにとらわれた。

 地上に多くの生物が生息していたこと。それに適した温暖な気候だったということ。

「えっ? こ、この地上に、俺たち人類だけじゃなく、他の生物たちも棲んでいたんですか……?」

「そうだ。キミが地下シェルターの人工農場で栽培していた作物も、その大半はかつて地上で普通に栽培されていたものだ。だが、ある時。この世界を原因不明の天変地異が襲った」

 驚いたように聞き返すハルに対し、ガルディンはいたって冷静な様子で返事をした。そして、ガルディンはその原因を謎の天変地異だと言った。

「げ、原因不明の、天変地異……?」

「うむ。政府の連中は、それを『大異変』と呼んでいるようだ。もっとも、実際に起こったことは、そのような短い単語で収まるようなものではなかったのだがね。空は分厚い雲に覆われ、太陽の光が一切届かなくなった。その結果、地上はこのような状態になってしまったのだ」

 そこまで説明を聞いていた時、ハルはふとガルディンが聞き慣れない単語を発したことに気が付いた。

 太陽とは一体なんだろうか。どうやら、その太陽と呼ばれているものが、この地上の気候に大きな影響をもたらしていたようなのだが。

「あ、あの。た、太陽って、一体、なんですか……?」

「あぁ、そうか。アンタは太陽のこと、一切聞かされていないのか。太陽ってのは、はるか天空の彼方からこの地上を照らしていた星のことさ。もの凄い光と熱を発する星でね、その光と熱のおかげで、地上は生物が棲むのに適した気候になっていたんだけど、今はもう、誰もそれを見た者はいないのさ」

 そんなハルの疑問に答えたのはアイラだった。アイラの話が本当のことであれば、この地上はその太陽によってある意味護られていた、ということができるだろう。

「我々は、その大異変の原因を探り、この地上を再び生命の楽園にするために活動をしている。レジスタンス、と聞くと物騒な物言いになってしまうかも知れないが、我々は決して誰かと敵対しようというつもりはない」

 そして、アイラから再度バトンを受け取る形で、ガルディンが説明を続けた。どうやら、今のところ彼らはハルにとって敵ではないらしい。とはいえ、ハルにはどうしても聞いておきたいことが残されていた。

「あ、あの。あの時俺を追っていた連中は、一体何者なんですか? ただの強盗にしては、随分としつこく俺のことを捕まえようとしていたんですが……」

「あぁ。あいつらは、多分政府が送り込んだ『監視員』だよ」

 その疑問に対し、アイラが再度口を開いた。監視員。その言葉が示すものは概ね一つしかあり得なかった。

「か、監視員……?」

「うむ。政府は、何故か我々が地上に出ることを好ましく思っていないようでな。初めは、単に我々を地下シェルターに連れ戻すためだと思っていたのだが、色々調べていくうちに、どうもそれだけが理由とは思えなくなってきてな」

 ガルディンの話によれば、政府は自分たちがあの地下シェルターから出てこないように監視している、ということのようだった。しかし、あの時彼らはハルに向けて何度も発砲をしてきた。しかも、ただの威嚇射撃ではない、明確な殺意を伴った発砲だった。

「どういう理由なんでしょうか……?」

「今のところは我々にも分からぬ。だが、少なくとも、政府がなにかを隠している、ということは間違いないだろう。あるいは、この大異変の秘密も、政府はすでに握っているのかも知れん」

 政府が自分たちに対して情報工作をしている。ガルディンはそのような疑惑の目を政府に対して向けている様子だった。話を聞けば聞くほど、ハルは自分が今までなにも知らずに過ごしてきたという事実を思い知らされずにはいられなかった。

「そ、そうなんですか……。あ、あの、ところで、もう一つ聞きたいことがあるんですけど……」

「んっ? なにかね? 我々が知っていることであれば、できる限り答えよう」

「アイラさんが俺を助けてくれた後、俺たちの目の前にもの凄く巨大な影が現れたんですが、あれは一体なんなんですか?」

 しかし、ハルにとってはもう一つ、知らなければならない疑問が残されていた。それは、アイラと一緒に彼女のアジトに向かっていた途中に現れた、あの巨大な影に関することだった。

「あぁ、あれか。ちょうどいい。あれについても、ちょっと説明しておく必要があるだろうね。あれはただの生物じゃない。あれは、政府が『巨獣』と呼んでいるものさ」

 その説明役を引き受けたのはアイラだった。アイラが説明するところによれば、あの巨大な影は、やはりただの生命体ではなかった。そして、それは政府も危険視している存在であるらしい。

「き、巨獣、ですか……?」

「あぁ。政府もその巨獣の正体を突き止めようと、色々研究をしているんだが、今のところ、アタシたちじゃとても太刀打ちできるような相手じゃない、というぐらいのことしか分かっていないんだ。ちなみに、アタシは昔その政府の科学者として、巨獣の研究に携わっていたこともある」

 アイラの話を聞いているうちに、ハルはふとある疑問が脳裏をよぎるのを感じていた。アイラも昔政府の科学者だとしたら、どうして彼女は今こうしてレジスタンスとして政府に抵抗しようとしているのだろうか。

「なるほど、そうだったんですか……。って、アイラさんって、政府の科学者だったんですか……?」

「あぁ、そうだよ。といっても、もうだいぶ昔の話だから、「元」政府の科学者、って言った方がいいだろうね」

 ハルの疑問に対し、アイラはなにも隠すことなく返事をした。そこまでは納得していたハルだったが、もう一つ、ハルには解けない疑問が残されていた。かつて政府の科学者だったアイラが、政府を離れた本当の理由。

「そ、それで、アイラさんは、どうして政府を離れることになったんですか……?」

「えぇと、まぁ、そこはちょっと色々あってね。それで、政府のやり方にどうしても付いていけなくなって、アタシの方から政府にバイバイしてやったのさ」

 その疑問に対して、アイラは何故かお茶を濁すような返答をして、ハルを納得させようとしていた。理由は分からないが、とにかくなにかの出来事がきっかけとなって、アイラは政府を離れる決断をしたらしい。

「そこは、キミが今知るべきことではない。大事なのは、政府の科学者だった彼女が、こうして今我々に協力してくれているという、その事実なのだからな」

「あの監視員たちも、もしかしたらアンタじゃなくて、アタシを探していたのかも知れないね。多分、政府はアタシのことを裏切り者だって思っているだろうからさ」

 ガルディンがこの話題について、アイラにこれ以上追求しないでほしいと、ハルをたしなめる言葉を投げかけた。それと同時に、アイラは自分が今も政府に追われている立場であることを改めて表明した。

 ハルは、地上に出て早々、なんとも大変な事態に巻き込まれてしまったものだな、と思いながら小さくため息をついた。

 しかし、冷静に考えてみれば、彼らレジスタンスに出会うことができたのは、ハルにとって文字通り僥倖であるのかも知れなかった。

 当面は、彼らと共に行動しながら、地上の秘密を少しずつ探っていくのが良いだろう。

「……そ、それにしても、地上が大昔、今よりもずっと温かったなんて、想像もしていませんでした。もしかして、この地上を覆う雲を消し去ることができれば、その太陽というのがまた地上を照らして、もう一度温かくなるんでしょうか……?」

「さぁ、それは正直なんとも言えないね。今も天空の彼方に太陽が浮かんでいるという保証はないだろうし、もしかしたら、太陽もこの地上と同じく、冷たくなっちゃっているかも知れないからね」

 ハルは、この地上の真実を知るためには、まずなによりもこの地上を昔のような温暖な気候に戻す必要があるのではないか、と考えていた。

 しかし、それに対するアイラの返答は、なんとも歯切れの悪いものだった。今も太陽が天空の彼方に浮かんでいるという保証などなに一つできるものではないからだ。

「そ、そんな……。で、でも、アイラさんって、元政府の科学者なんですよね。だったら、雲を取り払う研究とかも、色々できるんじゃないですか……?」

「まぁ、できる、って言いたいところだけど、今のところ、それはちょっと望みが薄いねぇ。一時期、政府もそういう研究をしていたことがあるんだけど、そこに、あの巨獣が現れたものだから、そっちの研究ばかりが優先されるようになっちゃってね」

 アイラの返答を聞いたハルは、愕然とする思いにとらわれた。あの巨獣は、自分たち人類の生存を脅かしているばかりか、雲を取り払う研究にとっても、大きな障害になっているらしい。

 そして、実際に巨獣の脅威がこの地上に残っているということは、政府もまだ巨獣を倒す方法を発見することができていない、ということになる。

「さて、ハル。キミも色々あって疲れただろう。今日は、ここでゆっくり休むとよい。アイラ、確かしばらく使っていない部屋があったはずだな。もし、そこが使えるようであれば、彼をそこに案内してやってくれ」

「分かりました、リーダー。じゃあ、付いてきな、ハル」

 事の成り行きを見守っていたガルディンが、ここで話は終わりだと言わんばかりにハルに対して休むように告げた。ハルは、自分はそれほど疲れていない、と言おうとしたが、ひとまず当面の危機は去ったのだから、ここで無理をしてまた地上に戻ることもない、と思い直した。

 ガルディンの指示に従いながら、アイラはハルを伴ってその部屋を後にした。そして、先程来た道を引き返していく途中、アイラの足がある部屋の入口の前で止まった。

 アイラが懐から例の携帯端末を取り出し、それを入口のドアに向けながら操作すると、小さな信号音と共にそのドアがゆっくりと開かれ、同時に中の照明が点灯した。

「……あっ、この部屋で、今日俺は寝泊まりすればいいんですね?」

「あぁ、そうだ。最近まで誰も使っていなかったせいで、少し埃っぽいが、そこは我慢してくれ」

 その部屋は比較的キレイに整えられていた。家具や調度品の類は必要最低限のものしか置かれておらず、全体的に質素な印象を与える部屋だった。

 一応部屋の隅にはベッドが用意されている。これで、床の上で雑魚寝させられる、ということはないだろう。ハルはアイラに招かれるようにしながら部屋の中に入った。最初は若干空気が埃っぽい感じがしていたが、すぐにその空気にも慣れ、なにも感じなくなった。

「すみません、なにからなにまで気を遣わせてしまって。俺があんなところにいなかったら、アイラさんも楽にアジトに帰ることができたかも知れませんのに……」

「気にするな。この地上の秘密を知ろうという同志が増えたというのは、アタシたちにとっても嬉しい話さ。とはいえ、政府もこのまま黙っているとは思えないだろうし……」

 ベッドの上に腰掛けながら、ハルは久しぶりにゆったりとした時間を過ごすことができることに、内心安堵していた。と同時に、自分の行動はあまりに無計画過ぎたと、ハルは改めて反省しきりだった。

 そのベッドは病院などで使われているような特別頑丈なものではないが、作りそのものはしっかりしていた。これなら、寝ている途中でベッドが壊れてしまうような心配をする必要もないだろう。

「政府が黙っていない、ですか。でも、どうして政府は、アイラさんたちの邪魔をしようとするんでしょうか? 地上の秘密を知りたいという思いは、アイラさんたちも政府も同じなはずなのに……」

「さてね。アタシはもう政府の関係者じゃないから、そこまでのことは分からないよ。ただ、リーダーも言っていたけど、政府がアタシたちには知られたくない、重要な情報を隠していることは間違いないだろうね」

 ハルは、アイラが指摘した「政府もこのまま黙っているはずがない」という言葉の意味するところが気になっていた。そして、ガルディンも「政府が情報を隠蔽している」と言っていた。

「重要な情報を隠している、ですか。でも、政府がもしアイラさんのことを本当に裏切り者だって思っているとしたら、どんな手段を使ってでも始末しようとすると思うんですけど。その、重要な情報が外部に漏れないようにするために、とか、いくらでも理由は付けられるでしょうし」

「それは、その通りだろうね。ただ、政府もそこまでバカじゃないさ。アタシの動きを知りながら、敢えて泳がせている、ということもあり得るだろう。実際、アタシを泳がせることで、このレジスタンスを間接的に監視している、ということも平気でしてくるだろうし」

 アイラの話を聞けば聞くほど、ハルは政府について分からないことが多すぎる、と思うばかりだった。

 それは、ハルの目の前にいるアイラにとっても同様であるのかも知れなかった。政府の科学者という地位を捨てたことで、彼女も政府から裏切り者の烙印を押されている。

「そうですか。それは、ちょっと怖いですね。今も、あの監視員たちが俺たちを探しているかも知れませんし」

「まぁ、ここならひとまず安心だから。さて、アンタはそろそろゆっくり休みな。アタシは、もうちょっとやらなくちゃいけないことがあるから、そろそろ失礼するよ。あっ、なにか用事があったら、そこのボタンを押しな。すぐに来てやるよ」

 そして、アイラはまだ自分にはやることが残っていると言って、ハルとの会話を切り上げた。そして、用事があったらベッドの隅に置かれているボタンを押すように言い残しながら、部屋を後にした。

「フゥ、今日は本当に色々とあったなぁ。色々とあり過ぎて、まだ状況が整理できていない感じだな。政府の監視員といい、あの巨獣といい、一体、この地上はどうなっているんだ……?」

 なんの飾り気もない無機質な天井を見上げながら、ハルは一人今日の出来事を振り返っていた。そして、この世界は自分が思っているほど単純なものではない、というのが現状における一つの結論だった。

 ベッドの上で様々な思案を巡らせていくうちに、次第に身体が重くなり、眠気がハルの身体を包み込むようになってきた。ハルは、今日のところはこれ以上考えるのをやめようと思った。そして、襲い掛かってくる眠気に身を任せるように、ハルはそのまま眠りに就いた。

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