庭を歩きながら、ルイに問いかける。
「父とユーマは大丈夫でしょうか」
「……あの男は信用に値するだろう」
「どうして、そう思うのですか?」
「……剣を交えて、アイツの信念を感じた。悪い男ではない」
ルイがそういうのなら、安心してもいいだろうか。
私は、自分が嫁いだあとの家がどうなっていくのか、とても気になっている。
これから私は家を離れ、グラース家の人間になる。
今のように自由に出入りができなくなることもあるだろう。
そんな時、家を支えるには、お金に換えられる何かがなければ。
「そんな顔はお前に似合わないぞ」
「……もとからこんな顔です」
「そうか。なら、そんな顔はもうやめろ。お前には似合わない」
「どんな顔ですか?」
私が問いかけると、ルイは押し黙った。
いや、黙っているというよりは、笑いを堪えているようだ。
「な、なに?」
「……ふ、なに、守銭奴の顔をしている、と思ってな」
「はぁ!?それはひどくないですか!?」
「金の心配をさせてすまないな」
握られた手は温かく、その心配をさせているのは彼ではないのに、彼が謝ってくれた。
謝るならば、こちらの方だ。
お兄様があんな人でなければ、何も心配はいらなかったのに。
「いえ、それを言うならばお兄様の方が」
「アイツが駄目なのは知っていて、退団を許したんだ。馬鹿だったのは俺だ。もっと引き止めればよかったんだがな。そのうち帰ってくる、くらいに思ってしまっていた」
「あの、お兄様はやはり、騎士団に戻る気はないのでしょうか……家のことが得意でないのならば、せめて騎士団で」
「……決めるのは、アイツだからな」
ルイの目には、きっとお兄様のことがしっかり見えているのだろう。
家族にも見せることのなかった、剣士としての才能。
騎士団での活躍、仲間からの信頼。
そして、愛する人。
「そうだわ!」
「どうした?」
「国に帰るユーマに、お兄様の恋人を探してもらいましょう!」
「おいおい、そんなことをすれば幾ら請求されるかわからないぞ?それに、そんなことはカリブス自身が認めないだろうしな」
「それでも!せめて、行方だけでもはっきりしたら、少しはお兄様も前に進めないでしょうか?」
もしも、この世界が本の世界なら!
ここは恋愛ルートの王道でしょう!?
脇役にだって恋愛は必要よ!
私は、渋っているルイを何とか説得し、お兄様には伝えないということで、ユーマへ相談することになった。
ユーマは私からの相談に2つ返事で了承してくれた。
聞けば、戻る道中にできそうなことであり「アンタに恩を売りたいから」とニヤリと笑われた。
アンタ、と言うのは私だけではなく、一緒にいるルイのことも含めている。
「お前に恩を売られたくない……」
ルイは頭を悩ませていた。
こんな傭兵のような人、しかも他国の人間に、騎士団長が恩を作ってしまってはいけないのだろう。
私は申し訳なくなってくる。
でも、今、兄の恋人に関して調べることができるのは、彼くらいしかいないのだ。
「いいさ、依頼料はアンタじゃなくて嬢ちゃんにもらえばいいだろ?雇い主は嬢ちゃんってことさ」
「私、そんなにたくさんお金は持ってませんけど……」
「金以外のモン、持ってんだろ?」
ニヤリと笑ってユーマは言う。
私はそんなものを持っていただろうか?と首を傾げる。
その横で、ルイが目をギラギラさせていた。
「おい!人の妻に手を出すな!」
「ちげぇって!アンタの目は確かだ。物の見定めが上手いと思ったんだよ。まるで長年仕事でもしてきたかのような、職人のような、そんな洗練された感性があるっつー話」
「それは……」
それは、かつて私が老舗旅館の跡取り娘として、懸命に生きてきたことの証だろう。
祖母は厳しい人だったから、私に何でも教えていた。
料理の材料選びから、畳の質、お湯の加減、従業員の教育、お客様に対してのこと。
できないことと言ったら、旅館が持っている送迎バスの運転くらいだったかもしれない。
最後にすべてを決めるのは―――女なのだ、と。
「……最後に、すべてを決めるのはその家の女ですから」
「セシリア……」
「お父様やお兄様では足らないところを、私が手伝います。でも、私はあくまでもグラース家に嫁ぐ身。多くはできかねます」
手伝いくらいなら、と思った。
父も年を取っていくし、お兄様はあんな感じだから物の目利きなんてできないのだ。
「重要なモンだけでいいさ。例えばそうだな、今回交渉で出た薬や、原材料なんかはアンタに見てもらいたい」
「質だけでしたら、花でも植物でもできます。でも種類や効能までは……」
「そっちの心配は要らねぇよ。俺もある程度はできるし、こっちにゃ薬屋もいるからな」
「分かりました。でも、本当にお願いしてしまって大丈夫ですか?道中、何かあったなら……」
セシリアは不安そうにユーマを見つめた。
その緑色の目を、彼は愛しそうに見つめてくる。
「アンタの目は、深い緑だなぁ。俺ンとこはもう少し明るいんだぜ。でも、同じようにいい目をしてやがる。……大事にしろよ、騎士団長さん」
「うるさい、黙れ」
「こんなにいい女、そこらへんには落ちてねぇぞ。まるで人生何回目だってくらいじゃねぇか!」
うぐ!?
転生のことは何も言っていないのに、この人には何か見えているのかしら?
それくらい、ユーマは私のことをよく見ていた。
そして、ルイのことも。
馴れ馴れしいと言えば、そうかもしれないけれど。
「人生がそう何回も巡ってくるわけがないだろう」
「あー、知らねぇの?俺らの魂ってやつは、グルグル回るんだとよ。色々な世界、色々な国、色も形も、家族もなんもかんも変わってな。俺はそう教えられてる」
「……それは」
「そ、俺の母親は暗殺稼業の生まれでな。まあ、魔術の方が得意ってところもあったんだが。だから見ろよ、生まれた俺の髪。変な色になっちまってさぁ」
ユーマは自分の髪をチョイチョイと引っ張って言った。
噂には聞いていたが、魔術の使い過ぎや影響で、生まれてくる子どもに異変があることもあるらしい。
特に、生まれてきた子に魔術が受け継がれていたり、呪いを持って生まれたり、見た目が変化することも多いらしい。
つまり、ユーマの髪の色は生まれつきなのね……。
「アンタの目もそうだろ。ま、そっちは確実な遺伝だろうけど」
「そうだな」
「魔術関係なら何でも見える、赤い瞳。俺の知り合いにもいるんだわ、同じ目のヤツ」
「な……グラース家以外にいるはずがない!」
ルイはユーマに飛びかかった。
私には少し難しい話で、よく分からなかったのが本音だ。
けれども、遺伝ということなら、私も知っておかねばならない話になる。
だって。
私が、この人の子どもを産むのだから……。
「いや、アイツも外からの血が入っているって言ってたからなぁ。見た目は正直、アンタにそっくりだよ。金色の髪に白い肌、そして赤い瞳。グラース家ってのも外の国から血が入ってるんだろ」
「……グラース家は」
「アンタ、父親からきちんと家のことを教えてもらう前に、引き継いだんだろ。知るべきことを教えられずに、その地位だけ引き継いだって話」
とても落ち込んだ表情をするルイを見て、私は間に入ってしまった。
今の彼に、そんなことを言っても無意味だ。
だって、もうグラース家の人間は彼しかいないのだから。
今から聞こうと思ったって、無理な話よ。
「ユーマ!もうやめてください!」
「別に、やめるもなんも……」
「家のことは正直、私も人に言えたものではありません。養女ですし……その家で色々、あるのです。だから、もういいでしょう?」
「分かったよ、嬢ちゃんがそこまで言うならもうやめるわ。まあ今度、機会があったらまたちゃんと話そうぜ、ルイ」
ユーマは、初めてルイのことを名前で呼んだ。
そして、ヒラヒラと手を振って去っていく。
もう帰り支度を済ませているのだろう。
そして、私の後ろにいるルイは、哀しそうな顔で黙ってしまっていた。