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第44話

庭を歩きながら、ルイに問いかける。


「父とユーマは大丈夫でしょうか」

「……あの男は信用に値するだろう」

「どうして、そう思うのですか?」

「……剣を交えて、アイツの信念を感じた。悪い男ではない」


ルイがそういうのなら、安心してもいいだろうか。

私は、自分が嫁いだあとの家がどうなっていくのか、とても気になっている。

これから私は家を離れ、グラース家の人間になる。

今のように自由に出入りができなくなることもあるだろう。

そんな時、家を支えるには、お金に換えられる何かがなければ。


「そんな顔はお前に似合わないぞ」

「……もとからこんな顔です」

「そうか。なら、そんな顔はもうやめろ。お前には似合わない」

「どんな顔ですか?」


私が問いかけると、ルイは押し黙った。

いや、黙っているというよりは、笑いを堪えているようだ。


「な、なに?」

「……ふ、なに、守銭奴の顔をしている、と思ってな」

「はぁ!?それはひどくないですか!?」

「金の心配をさせてすまないな」


握られた手は温かく、その心配をさせているのは彼ではないのに、彼が謝ってくれた。

謝るならば、こちらの方だ。

お兄様があんな人でなければ、何も心配はいらなかったのに。


「いえ、それを言うならばお兄様の方が」

「アイツが駄目なのは知っていて、退団を許したんだ。馬鹿だったのは俺だ。もっと引き止めればよかったんだがな。そのうち帰ってくる、くらいに思ってしまっていた」

「あの、お兄様はやはり、騎士団に戻る気はないのでしょうか……家のことが得意でないのならば、せめて騎士団で」

「……決めるのは、アイツだからな」


ルイの目には、きっとお兄様のことがしっかり見えているのだろう。

家族にも見せることのなかった、剣士としての才能。

騎士団での活躍、仲間からの信頼。

そして、愛する人。


「そうだわ!」

「どうした?」

「国に帰るユーマに、お兄様の恋人を探してもらいましょう!」

「おいおい、そんなことをすれば幾ら請求されるかわからないぞ?それに、そんなことはカリブス自身が認めないだろうしな」

「それでも!せめて、行方だけでもはっきりしたら、少しはお兄様も前に進めないでしょうか?」


もしも、この世界が本の世界なら!

ここは恋愛ルートの王道でしょう!?

脇役にだって恋愛は必要よ!

私は、渋っているルイを何とか説得し、お兄様には伝えないということで、ユーマへ相談することになった。


ユーマは私からの相談に2つ返事で了承してくれた。

聞けば、戻る道中にできそうなことであり「アンタに恩を売りたいから」とニヤリと笑われた。

アンタ、と言うのは私だけではなく、一緒にいるルイのことも含めている。


「お前に恩を売られたくない……」


ルイは頭を悩ませていた。

こんな傭兵のような人、しかも他国の人間に、騎士団長が恩を作ってしまってはいけないのだろう。

私は申し訳なくなってくる。

でも、今、兄の恋人に関して調べることができるのは、彼くらいしかいないのだ。


「いいさ、依頼料はアンタじゃなくて嬢ちゃんにもらえばいいだろ?雇い主は嬢ちゃんってことさ」

「私、そんなにたくさんお金は持ってませんけど……」

「金以外のモン、持ってんだろ?」


ニヤリと笑ってユーマは言う。

私はそんなものを持っていただろうか?と首を傾げる。

その横で、ルイが目をギラギラさせていた。


「おい!人の妻に手を出すな!」

「ちげぇって!アンタの目は確かだ。物の見定めが上手いと思ったんだよ。まるで長年仕事でもしてきたかのような、職人のような、そんな洗練された感性があるっつー話」

「それは……」


それは、かつて私が老舗旅館の跡取り娘として、懸命に生きてきたことの証だろう。

祖母は厳しい人だったから、私に何でも教えていた。

料理の材料選びから、畳の質、お湯の加減、従業員の教育、お客様に対してのこと。

できないことと言ったら、旅館が持っている送迎バスの運転くらいだったかもしれない。

最後にすべてを決めるのは―――女なのだ、と。


「……最後に、すべてを決めるのはその家の女ですから」

「セシリア……」

「お父様やお兄様では足らないところを、私が手伝います。でも、私はあくまでもグラース家に嫁ぐ身。多くはできかねます」


手伝いくらいなら、と思った。

父も年を取っていくし、お兄様はあんな感じだから物の目利きなんてできないのだ。


「重要なモンだけでいいさ。例えばそうだな、今回交渉で出た薬や、原材料なんかはアンタに見てもらいたい」

「質だけでしたら、花でも植物でもできます。でも種類や効能までは……」

「そっちの心配は要らねぇよ。俺もある程度はできるし、こっちにゃ薬屋もいるからな」

「分かりました。でも、本当にお願いしてしまって大丈夫ですか?道中、何かあったなら……」


セシリアは不安そうにユーマを見つめた。

その緑色の目を、彼は愛しそうに見つめてくる。


「アンタの目は、深い緑だなぁ。俺ンとこはもう少し明るいんだぜ。でも、同じようにいい目をしてやがる。……大事にしろよ、騎士団長さん」

「うるさい、黙れ」

「こんなにいい女、そこらへんには落ちてねぇぞ。まるで人生何回目だってくらいじゃねぇか!」


うぐ!?

転生のことは何も言っていないのに、この人には何か見えているのかしら?

それくらい、ユーマは私のことをよく見ていた。

そして、ルイのことも。

馴れ馴れしいと言えば、そうかもしれないけれど。


「人生がそう何回も巡ってくるわけがないだろう」

「あー、知らねぇの?俺らの魂ってやつは、グルグル回るんだとよ。色々な世界、色々な国、色も形も、家族もなんもかんも変わってな。俺はそう教えられてる」

「……それは」

「そ、俺の母親は暗殺稼業の生まれでな。まあ、魔術の方が得意ってところもあったんだが。だから見ろよ、生まれた俺の髪。変な色になっちまってさぁ」


ユーマは自分の髪をチョイチョイと引っ張って言った。

噂には聞いていたが、魔術の使い過ぎや影響で、生まれてくる子どもに異変があることもあるらしい。

特に、生まれてきた子に魔術が受け継がれていたり、呪いを持って生まれたり、見た目が変化することも多いらしい。

つまり、ユーマの髪の色は生まれつきなのね……。


「アンタの目もそうだろ。ま、そっちは確実な遺伝だろうけど」

「そうだな」

「魔術関係なら何でも見える、赤い瞳。俺の知り合いにもいるんだわ、同じ目のヤツ」

「な……グラース家以外にいるはずがない!」


ルイはユーマに飛びかかった。

私には少し難しい話で、よく分からなかったのが本音だ。

けれども、遺伝ということなら、私も知っておかねばならない話になる。

だって。

私が、この人の子どもを産むのだから……。


「いや、アイツも外からの血が入っているって言ってたからなぁ。見た目は正直、アンタにそっくりだよ。金色の髪に白い肌、そして赤い瞳。グラース家ってのも外の国から血が入ってるんだろ」

「……グラース家は」

「アンタ、父親からきちんと家のことを教えてもらう前に、引き継いだんだろ。知るべきことを教えられずに、その地位だけ引き継いだって話」


とても落ち込んだ表情をするルイを見て、私は間に入ってしまった。

今の彼に、そんなことを言っても無意味だ。

だって、もうグラース家の人間は彼しかいないのだから。

今から聞こうと思ったって、無理な話よ。


「ユーマ!もうやめてください!」

「別に、やめるもなんも……」

「家のことは正直、私も人に言えたものではありません。養女ですし……その家で色々、あるのです。だから、もういいでしょう?」

「分かったよ、嬢ちゃんがそこまで言うならもうやめるわ。まあ今度、機会があったらまたちゃんと話そうぜ、ルイ」


ユーマは、初めてルイのことを名前で呼んだ。

そして、ヒラヒラと手を振って去っていく。

もう帰り支度を済ませているのだろう。

そして、私の後ろにいるルイは、哀しそうな顔で黙ってしまっていた。



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