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第43話

「意味が分からない……」

「俺も同じことを思ったさ。父上は少し独特な感覚がある人だったからな」

「でも、ちょっと独特すぎと言いますか」

「まあ、確かにな。だが、同時に母上もそんな人だったからな。塀の上でも屋根の上でも、どこでも1人で行くような人だった」

「ルイは、お母様が好きですよね」


そう言うと、ルイは私をジッと見つめてきた。

な、な、何だろうか。

その赤い目で見られると、緊張してしまう。


「母は、お前によく似ていたよ」

「そう、聞いております。赤毛に緑の瞳だったと」

「あの人から俺が生まれたのが不思議だと、自分でも思う」

「あ、そうだったんですか?実は私も同じことを思っていました。あまり、似ていないな、と」

「……弟はよく似ていたがな」

「え?」


ルイの弟は、兄と同級生で、一緒に騎士団に入った人だ。

どんな人なのか、兄は語ってくれなかったし、ルイもまだ教えてくれない。


「見た目も、中身も」

「はぁ」

「あのカリブスと友人だったから、分かるだろう」

「そうですね、とても説得力のあるお話です!」


兄と友達になれるなんて、確かにすごいことだ。

浮世離れしたような、そんな人と、会話が成り立っていたのだろうか。

それとも、弟さんは、兄を超えるような何かを持っていたの?


「母上にそっくりでなぁ、アイツは」

「ルイ、今のはとても大きなため息でしたよ?」

「母上を男にしただけなんじゃないか、と何度思ったことか」

「それは、それは……」

「でも、死んでしまった。アイツがいてくれれば、と何度も思ったが、死んでしまった者にその重責をかけても、いいことはないだろう」


その言葉は、ルイの本音なのか。

それとも、騎士団長として、グラース家を守る者としての言葉なのか。

彼は、1人でそれを背負っている。

でも、これからは、私も一緒にそれを背負うのだ。


「ルイ、この前の話なんですが」

「何の話だ?」

「あのクランベリーパイです。あのレシピをもう少し改良して、レシピを売るというのはどうでしょうか。最初の一歩としては、手間がかからないから、いいのではないかと思いました」

「ほう……やる気になったのか?」

「今回の父とユーマのやり取りを見ていたら、私もできるかなぁって」


安直な人間でごめんね、と思う。

でも、家を再建させる為、妹の為、お金は必要だ。

その為に、私ができることをやってみるのは、いいかもしれない。


「薬の調合は、作った薬の1割が国に支払われています。それは、調合方法を開発したのが国の魔術師だからだと聞きました」

「その通りだ」

「それをお菓子や、料理の作り方を教えたり、指南書にしてみたら、いいと思いませんか?例えば、読み書きができなくても分かるように、絵を描いてみるとか」

「読み書き……そうか。それなら、一般家庭にも普及させられるな」

「はい。子どもたちだって、読み書きがまだできません。その親ができる可能性は低いでしょう。それを考えたら、分かりやすくしていくのがいいと思ったんです」


私は、この世界で働くつもりはなかった。

それは貴族の娘になったから、とかそういうことが理由ではない。

今までは、ずっと妹を守ることが大事だった。

妹を守るためなら、どんなことでも頑張れる。

私を救ってくれたあの本に出てくる、大好きなアリシアだったから。

でも、今は。

新しい家族の為、大人になっていく妹の為に頑張っていこうと思う。


「本当にできそうなのか、セシリア」

「そうですね、色々工夫もいるでしょうし、時間のかかることもあるかもしれませんが……やってみたいかな」

「いいんじゃないか、お前がやりたいならな」

「ルイの方が前向きですね」

「俺は、正直な話、お前よりもカリブスを心配している。アイツはどうしてああなのか」

「同感です」


2人でゆっくりと廊下を歩き、庭へ出た。

なんとか庭の手入れは行き届いている。

庭師は辞めさせなかったんだな、と思う。


「……でも、それだけその女性を愛していたのでは」


輝くような恋を、兄も味わったのではないか、と思う。

あの人は、自由な人だ。

まるで風のような、でもどこか憎めない人。

その人が愛した人って、どんな人なのだろう、と私は知りたくなってくる。


「そうかもしれないな。あのカリブスが、愛したのだから」

「あの、もうその女性の行方は分からないのでしょうか……。その、せめて兄の心が整理できるように、と思って」

「そうだな……俺もそこまでは調べていなかった。騎士団でも調べてみよう。もし内戦が続いているならば、騎士団としても情報収集はしておきたい」


彼は、とても真面目に返事をしてくれた。

兄のことなのに。

きっと、ルイにとって兄は―――お兄様はとても大事な友人と思ってもいいのかもしれない。


騎士団は、絆の深い人たちだと聞く。

他の団体とは違って、試験を突破した者が集まり、寝食を共にし、命を懸ける。

学園にいる頃、元気な男の子たちは、夢見るように語っていた。

騎士団に入れる人は少なく、希望者がみんな入れるわけじゃない。

だからこそ、絆は深まっていく。

この国を守り、愛する人たちの為に命を懸けるのだ。


「セシリア、お前は何色が好きだ?」

「え、なんですか、急に」

「結婚式用とは別に、ドレスをやろう」

「ああ、そうだ、その話も……実は、以前いただいたドレスをサリーに破られてしまって」

「あの赤いドレスか?ううむ、あれは気に入っていたんだがな」


気に入っていた?

私は、ルイのことを見つめた。

気に入っていた、とは私の感想ではないからだ。


「む、あれは俺が贈ったドレスだろう。俺が気に入ったから、贈ったんだぞ」

「そ、そうですよねぇ……私も気に入っていたんですよね。生地は残しているので、リボンでも作ろうと思ってるですけど」

「……お前にリボンは似合わないぞ」

「どういうリボンをご想像しておられるのか分かりませんけど、ちゃんと考えて作ります。せっかくいい生地だったのに、勿体ないので!」


庭には、赤い花が咲いていた。

その赤に似たドレス。

勿体なかった、勿体ない。

そればかりを思ってしまう。


「怪我はなかったのか」

「はい、それは大丈夫です」

「そうか。それならいい。ドレスはまた作れるからな」


そう言って、ルイは私に手を差し出した。

静かにその手を握り、私はルイと手をつなぐ。

自分が育った家の庭で、夫になる人と手をつなぐなんて、夢にも思わなかった。


ルイの手は、とても固い。

騎士なのだから当たり前なのだけれど、その綺麗な顔からは想像もできない強さなのだ。

同時に、彼は別に童顔ではないのだけれど、とても若く見える。

私より10も年が上なのだけれど、それを感じさせない若々しさだ。

線が細いせいかも。


「国王は、俺の結婚を喜んでくれている」

「そうなんですか?」

「ああ。王子はまだ結婚の年ではないからな」

「た、確か、アリシアと同じくらいではなかったかと……」


だって、学園で2人は出会うんだもの。

まさか、そこも改変されている!?

希望の王子が、とんでもない男になっていたら、どうしよう?


「……そうだな。確かに」

「き、気づいてなかったんですか?」

「ああ、今気づいた。そうか、王子はまだそんなに幼かったか。王子は、国王のやっと生まれた一粒種でな。大事にされているんだ」

「他に、ご兄弟は?」

「残念ながら、王が亡くなった王妃以外を娶るつもりはないと、言われて」


この国の国王は、とても真面目なのだ。

だからこそ、ルイが従っているのかもしれない。

手をつないで、彼の横顔を見つめると、とても真っすぐな目をしている。

国王のことを信頼しているようで、きっと、王子のことも大事に考えているのだろう。

王子が国王になった時、アリシアが王妃になる。

そうしたら、ルイは妹のことも守ってくれるだろうか?


「真っすぐな国王だからな。まあ、剣の腕は俺の方が上だぞ」


ルイは、少しだけ子どものように言った。

彼はそう言えるくらい、国王のことを理解しているのだろう。




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