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第42話

貴族の家で、お金がないというのは、とても恥ずかしいことなのだと知った。

妹は、まだその事実を知らないだろうけれど、父や兄は分かっているはず。

いや、兄は分からないのかな。

傾いた家を戻すのは、とても大変なことなのだ。

妹と一緒に、父の持ってきた荷物を紐解く。

いつもと変わり映えしない、貿易の品ばかりが出てくる。

もっと幼い頃は、この荷解きが大好きだったな。

だって、この中からはお土産が必ず出てくるから。

養子である私にも、父はお土産をくれた。

兄より品としては劣るけれど、女の子としては十分なものをもらっていたと思う。

リボンとか、安物のネックレスとか、そんなものだったけれど。

アリシアにはぬいぐるみや人形が多かった。

でも、もうそんな年ではなくなってしまったわね。

荷物の中は、割れ物もあり、気を付けて片づけをした。


「お姉様、やっぱりメイド長がいてくれないと、大変ですね……」

「そうね。メイド長は長くうちにいてくれたから、何でも分かっていたし。仕事も早かったし……戻ってくれないかしら」

「いい人でしたから、もう勤め先を見つけているかもしれません」

「そうね、働かなきゃ食べていけないものね……」


メイド長はいい人だった。

アリシアの学園入学も楽しみにしてくれていたし、話もよくしてくれたし、仕事も早くて、気が利いていた。

年の功と言えば、そうかもしれないけれど、あれはあの人の人柄だと思う。


「お父様に、相談してみます、私」

「アリシア、それは私が」

「いいえ、お姉様!この家で過ごすのは私です。だから、私が伝えます」


そこにいたのは、私が守ってきた幼い女の子ではなかった。

自分のことは自分でする、と決めた強い子。

いい子になってくれた、と私は思う。


「アリシア、強くなったのね」

「はい!その、お料理は得意ではありませんが、それ以外のことなら、ある程度はできます!あ、その、お姉様のように乗馬はできません……」

「それはいいのよ、女の子は馬に乗れなくたって、素敵な王子様がいつか来てくれるわよ」

「そ、そうでしょうか……王子様」


女の子は、そういう話が大好きだ。

いつでも、みんな夢見ている。

素敵な殿方との結婚。

素敵な殿方が迎えに来てくれることを。

お金の為に結婚する人も、いないわけではない。

私のようなことは、よくある話。

でも、それでも夢には見ている。

素敵な殿方との恋愛を。


「お姉様は、グラース様がいますから」

「ルイは、そうね、うん、素敵な人なんだけれど」

「なんだけれど?お姉様、何かされたんですか!?」

「ふふ、いいえ、悪いことじゃないわ。彼はね、ああ見えてとってもよく食べるのよ。クランベリーパイなんて、おかわりもするの!茹でたジャガイモだって、なんだっていっぱい食べるんだから」

「まあ……その、やっぱり騎士団だからでしょうか?」

「きっとそうね、これからはクランベリーパイをたくさん焼かなくちゃ、私の分がなくなってしまうわ!」

「うふふ、そんなにですか?」

「そうなの、よ……あ」


妹と話をしていた時、ドアの近くにルイがいた。

きっと、気になってこちらへ来たのだろう。

ルイは、顔を真っ赤にしていた。


「ルイ」

「お、俺は、そ、そんなに、大食らいか……?」

「あら」

「マリアは、いつも何も、言わなかったぞ!ハンスだって、言わなかった!」


自覚がなかったのか。

ルイは細身だけとしっかりと筋肉のついた体をしている。

その見た目からは想像ができないくらい、よく食べるのだ。

騎士団はよく食べるのだろう、と思っていたけれど、兄はそうでもない。

ハンスやマリアさんは、ルイを気遣って言わなかったのかも。


「そ、そんなに、笑うほど、か……?」

「ルイ、妹との話を盗み聞きするから、こんな目に遭うんですよ。以前自分でもよく食べると言っていたでしょ」

「言ってはいたが、クランベリーパイをそんなには食べないぞ!セシリアが作ったクランベリーパイが美味いからいけないんだ!」


赤い顔をして、騎士団長はそう言う。

騎士団の皆さんには、見せられない顔。

でも、そんな彼も可愛いものだな、と思った。

妹がクスクス笑っている。

それを見て、ルイは怒って出て行ってしまった。


荷物の準備はほとんどできていたので、私はルイを追いかける。

隣を歩いて、彼のご機嫌をうかがった。


「怒ってますか」

「怒っている!」

「どうして、そんなに怒っているんですか」

「お、俺を、笑い者にするからだ……!」

「うふふ、妹に少しだけ話しただけじゃないですか」


ルイは、私の方を見た。

とても怒っている。

でも、子どもが癇癪を起したような感覚だと思った。


「アレは、魔女だ。まだ覚醒していないとはいえ、俺のことを話すな」

「はい、分かりました」

「……本当に分かったのか?」

「ええ、分かりました」

「……俺のことを笑うなよ、セシリア」

「はい、分かりました」


この人は、子どもっぽいところがある。

若くして騎士団長になってしまったから、同年代の男性たちとは責任の重さが違うのだ。

兄を見て。

あの人の自由さ。

それを、彼は持つことができずに、騎士団を背負うことになってしまったのだ。

だから、少しくらい子どもっぽくてもいいじゃないか、と思う。


「マリアさんにお土産を買って帰りませんか」

「……分かった」

「ルイは、マリアさんに頭が上がりませんね」


笑うなと言われたのに、私はまた笑ってしまった。

でもルイはマリアさんのことを、ゆっくりと話す。


「母親代わりのようなものだからな……母が生きている時から、世話になった」

「そうなんですね。マリアさんにご家族は?」

「マリアの夫と息子は、戦争に巻き込まれて死んだ。それからグラースの家に来てもらっている」

「そうだったんですね……」

「もう、だいぶ昔の話だがな」

「ルイが屋根に登って、降りれなくなった話を聞きました」


つい、その話を言ってしまった。

するとルイは顔を赤くする。


「山や空が見たいと思っていた時期があるんだ!俺は純粋な子どもだったからな!」

「そうなんですね……。そっか、あの場所からなら見えますね、きっと」


グラース家の屋敷の立地を思い出し、私は綺麗な山や空が見えるだろう、と思った。

それを子ども心に見たい、と思った彼は、確かに純粋な人だ。


「……今度、見せてやる」

「あら、屋根には登りませんよ、私」

「別の場所がちゃんとある!まったく、お前はどうしてそうなんだ!」


顔を真っ赤にさせながら、ルイは言う。

でも、こんな彼が自然な姿なのではないか、と私は思った。

大事な家族を失い、弟さえも死なせてしまった。

それでも、騎士団長として彼は前に進むしかなかったのだろう。

前にしか、行き場がないのはつらいよね……。


「変な顔をしているな」

「そうですか?では、ルイはそんな変な顔をした女を妻にするですね」

「だから、どうしてお前はいつもそんな言い方ばかりなんだ。塀の上にいる猫みたいだ」

「その例え、変わってますよ。猫は塀の上にいますけど」


お転婆だと言いたいのだろう、と思う。

私はお転婆で、お節介で、屋根にも壁にも登るような、女だと。

確かに、赤毛のアンなら、柵を飛び越えて、男の子たちを負かすことくらい、難なくやってしまうかも。

でも、私はまだまだ。

見た目だけが、異世界の赤毛のアンだから。


「父が、母によく言っていたんだ」

「あら……」

「父が母に、お前は塀の上の猫のようだな、と。どういう意味か尋ねたことがある。父上に、どうして母上にそんなことを言うのですか、と」


私の目には、そこにいたのは幼い少年だった。

父の足に縋り、見上げ、知りたいことを尋ねる子。

純粋な赤い目が、父と母を見ている。

きっと美少年だったんだろうなぁ、と思ってしまった。


「言うことを聞かず」

「はあ」

「夫より高い位置に立ち」

「はあ……?」

「空を見上げ」

「はあ?」

「こっちに手を差し出して、引っ張ってくれるような女のことだ、と父上は言ったんだ」


私は、正直意味が分からなかった。



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