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第41話

私が自分の状況、つまり転生者であることに気づいたのは、アリシアが生まれた時だった。

それまでは、孤児院から貴族の家にもらわれてきた、ただの赤毛の子として、すごしていた。

でも、アリシアの誕生がきっかけで、私は転生前のことを思い出してしまった。


自分がどこで生まれ、どんな扱いを受けてきたのか。

最期はどうなったのか。

人は、そういったことが分かった時、普通に暮らしていけるものなのかしら。


少なくとも、私は無理だった。

この世界が急に真っ暗になって、この世界が異質であると思ってしまったのだ。

だから、私はとにかくこの世界のことを考え、学んだ。

もちろん、幼い女の子が学べる範囲でしかない。

この世界の仕組みが、少なからずは分かって成長できたと思う。


そして、自分の家が貿易商上がりの貴族であることも知った。

この家は、貿易という事業がちゃんとできなければ成り立たない家だったのだ。

貿易を家業とする父。

美しい母。

ぼんやりとした兄。

愛しい妹。


本の中に転生するなんて、信じられなかったけれど、信じるしかなかった。

そして、私が知っているはずの本の中の世界とは、段々と離れていくことにも気づいた。

もともと、アリシアに姉はいなかったのだから、私の存在自体がイレギュラーなスタート。


そして、今がある。


ユーマは父から今回の貿易はどうだったのか、海の民の様子などを詳しく聞いていた。

彼がどんなことを誰としているのかは、分からない。

でも、彼にも事情があるのだろう。

緊張してぎこちなく説明する父は、ユーマのことが恐いのかもしれない。

確かに、ルイが緊張するようなことばかり言ったので、そのせいはある。

でも、もとから父は小心者なのかも。


父の話を聞き終わったユーマは、仕入れた海の花が見たい、と父に言った。

私も見たことがなかったので、一度は見てみたいと思う。

それは、この場にいる誰もがそうだった。


「海の花は、海水に触れていないと枯れてしまうので、専用の箱を作りまして……」

「へぇ、じゃあその箱ごと買い取るわ」

「は、はい、ではこちらに」


そこに出てきた箱は、女の私でも抱えられるくらいの箱だった。

昔、この中に女の子の首が入っている、なんて小説を読んだっけ。

そんなことをぼんやり思い出しながら、父が蓋を開けるのを待った。

蓋を開ける前から、とてもいい香りがする。

潮の香りと、花。


「悪くないねぇ」


ユーマは満足しているようだ。

蓋が開かれると、そこには真っ白な蓮のような花が並んでいる。

とても綺麗だった。


「おう、十分に質もいいじゃねぇか」

「ありがとうございます」

「これなら、この代金でも文句ねぇ。うちの薬屋も満足だな」

「ご満足いただけましたなら、よかったです」


やっと安心できた父は、愛想笑いを浮かべながら、汗を拭った。

綺麗な花をみんなで眺め、品に間違えがないこと、質もいいことを確認した。

兄は始終うんうん、と頷いていたけれど、分かっているのだろうか。


「お兄様、これから忙しくなりますよ」

「なんで?」

「なんでって、薬の仕入れがあるじゃないですか!」

「ああ、そっかー!わかった、わかった!」


本当に、この人は大丈夫なんだろうか。

父ががっくりとうなだれる気持ちも、よく分かった。


「お兄様、ちゃんと薬の仕入れはできるんですか?」

「できるよ、大丈夫だって!」

「分かりました……何かあれば、ルイに相談してくださいね」


こんな時、頼りになるのはルイだけだろう。

ルイは大きなため息をわざとらしくついて、兄を見た。


「勝手な行動はするなよ」

「そんなことしないよ~!」

「お前のその台詞はあまり信用ならんからな……」


過去に何かあったんだろうなぁ、と感じられるようなことをルイが言う。

騎士団でも兄はきっと、何かやらかしていたのだろう。

ニコニコしながら、兄はやる気満々だ。

失敗しないだろうか……。

でも、相手がユーマだと分かっているから、少しは安心してもいいのかな。

まったく知らない人を相手にできるほど、兄は優秀ではないと思う。


「ユーマ、何かあれば俺にも連絡を寄越せ」

「え~それって、人に頼む態度かぁ?嬢ちゃんにならするけどなぁ」

「おい……」

「本気にするなって!人の嫁さんになんか、手ぇ出さねぇよ。でもまあ、嬢ちゃんに連絡すれば、どっちにもすぐ連絡がつくだろ?俺としてはそっちの方が便利だな。頼んだよ、嬢ちゃん」

「え、そんなこと言われても……」


ユーマは子どものようにニコニコ笑い、何もかもの連絡が私に来そうな予感。

うう、そんなこと、どうして私が……。

ガックリする自分と、また後ろで「なんでー!」と子どものように言う兄。

ああ、早く兄が独り立ちしてくれて、しっかりと家業を守ってくれるといいのに!!


「ユーマッシュ様、花を持っていつ頃、出立されますでしょうか?その、花も長くはもちませんので……」

「おう、準備が整えば、もう出るぜ」

「もう出られますか!?そ、それは困った、では、準備を!」


その時、父はメイド長の名前を呼んだ。

しかし返事はなく、誰も来ない。


「お父様、メイド長は暇をお与えになられたのでは」

「あ、そ、そうだったな……」

「私でよければお手伝いいたします。よろしいでしょうか?」


こんな時になって、メイド長を辞めさせたことの大きさに、父は気づいたようだ。

私が名乗り出ると、ルイがチラッとこちらを見た。

怒っている。

妻がそんなことをするのを、騎士団長は許せないのだろう。


「ルイ、お客様のお相手をするだけですよ。その後は、私たちの帰り支度もいたしましょう」

「……馬の様子を見てくる」

「はい、お願いいたします」


私たちは、とてもサッパリした夫婦になりそうだな、と思う。

ルイが出て行くと、兄がユーマに笑って話しかけていた。


「見た見た!?絶対、嫉妬してるよね!?」

「おうおう、聞こえちまうぜ~?あの人、キレるとマジでこえーからなぁ」

「ふふ、まあ、ルイは騎士団長だからねぇ。ああ見えて、努力家なんだよ」


まるで友達のように話す、2人。

兄にもこういう人が近くにいてくれたなら、違ったのかな。

ああ、そうか。

本当は、そういう人がいたのだ。

ルイの弟。

学園で同級生、一緒に騎士団に入った人。

そんな人がいたなんて、兄は何も教えてくれなかった。


「では、ユーマッシュ様、準備をしてまいります」

「おう、よろしくな。あー、そこの小さい嬢ちゃんも連れてってくれるか?」

「妹は、準備の手伝いはできませんが……」

「いや、俺の視界から出て行ってくれればいいーわ。悪りぃな」

「……妹が、何か?」


私は、ユーマを睨んでいたかもしれない。

けれども、傭兵である彼にとって、私みたいな女の睨みなんて、恐いわけがない。

彼は私からも視線を逸らし、遠くを見ていた。


「んー、きれいなモンは、すぐに飽きちまうんだよ、俺は」


それは、嘘だろう。

笑って嘘がつける人だ、と思う。

でも、彼の嘘は人を傷つけない為の嘘。

そういう嘘があることを、私は知っている。


アリシアを連れて、部屋を出た。

廊下を歩きながら、妹を気遣う。


「大丈夫?」

「はい、お姉様」

「ユーマッシュ様ったら、お世辞がひどいわね」

「本当です!こんな小娘に、あんなことお言いになって……」


そうアリシアは言ったけれど、あまり元気はなかった。

まだ子どもとはいえ、あの言葉の意味は分かっていたはず。

自分が気に入られていないこと。

まるで、最初のルイと同じ。

あの人にも、何か分かるのかしら……。

考えてみれば、ユーマッシュという名前で、海の花を買い付けに来て、傭兵もしている、ということ以外、何も知らない。

どこで生まれ、どこから来たのか、誰と一緒にいるのか。

分からない相手を、知らない相手を、お客にすることは恐いことだと、私は知っている。


でも、今のうちはそんなこと言ってられない!

だって、お金がないんだもの!


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