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第40話

私とアリシアが、お父様を出迎えに行った時、すでに兄がそこに立っていた。

馬車のすぐ近くにいて、お父様の荷物を持っている。

こういう時だけ、行動が早いのだ。


「お帰りなさいませ、お父様」

「ん……?セシリア、なぜお前がここにいるんだ?まさかグラース家で失態でも犯してきたんじゃないだろうな!?」


帰ってきて早々に、父はそう叫んだ。

アリシアがムッとしたのを、私は見逃さない。

波風を立てないように、丁寧に説明する。


「お父様がいらっしゃらない間に、アリシアが怪我をしたんです。ルイフィリア様に許可をいただいて、戻って参りました。ちなみに、ルイフィリア様なら、あちらに」

「む!?いらっしゃっているのか!?」

「はい!」


来ていない、とは言っていない。

兄もそれは教えなかったのだろう。

父の荷物を持って、後ろを向いて笑っていた。


ルイは、と言えば、ドアの前に不機嫌そうに立っている。

腕を組み、お父様を睨んでいた。


「こ、これはグラース様!!娘がご迷惑をおかけしました!!」

「それは構わん。それよりも、俺の妻になる女に対して、言葉が過ぎるぞ」

「は、はあ……し、失礼致しました。その、娘は、不出来なところが多く……」

「そうか?セシリアはグラースの家でも、十分にやっていける器量のいい女だ。むしろそちらのカリブス殿を、どうにかした方がいいのではないかと思うがな」


褒められている。

ルイから褒められて、まあ、悪い気はしないな、と私は思った。

逆に兄は「ひどいよー!」と子どものように言っている。

お父様は、兄が騎士団にいたことは知らないだろうけれど、ルイの弟と同級であることは知っているはず。


「客人を連れてきている。商談相手だ。しくじるなよ」

「グラース様のお知り合いでございますか!?」

「いや。そのあたりで出会って、カリブスが家に入れた。他国からの貿易商だ。傭兵もやっているようだからな、下手をして首をとられるなよ」

「は、はい、心して……商談を、させていただき、たく……」


ルイの前で、あの父が小さくなっている。

いつもは家で大きく踏ん反り返っているような人なのに。

事業を幾つも手掛けてきたから、自信があるのは分かる。

でも、ちょっと態度が悪いのは私も気になっていた。


でも、やっぱり騎士団長という目上の地位にあるルイには、敵わないんだ。

それを目の前で見て、私は少し気分がよかった。

この調子では、筋肉隆々のユーマを見て、まともな商談なんてできないんじゃなかろうか。


「商談には僕も同席するよ。ユーマは僕の客人だからね」

「お前は黙っていろ。同席するなら、セシリアが同席すればいい」


ルイからきっぱりと、そう言われてしまった兄は、父の荷物をその場に落とした。


「え、ルイ、何を言ってるの?僕だよ?なんでセシリアなの?」

「自分の金勘定もできん奴が同席して、どうなる。それなら、セシリアの方が向いている」

「え~~!!なんでそんなこと言うのさぁ!!」


もう、子どもの喧嘩だ。

さっきはユーマと、今度は兄と。

ルイは、案外子どもっぽい。

マリアさんが言っていたのを思い出す。


私は、兄が落とした父の荷物を拾い上げ、アリシアと一緒に屋敷の中へ戻った。

これから始まるであろう、地獄の商談。

それに、父は耐えられるだろうか。


ルイの指示通り、私は商談に同席した。

兄は後ろの方でグズグズ言っているが、こんなだから事業ができないのである。

ルイは見届け人として立ち合うことを、ユーマから提案された。

騎士団長の立ち合いがあったとなれば、それだけで商談は成立する、と。

確かにそれだけの信頼を騎士団長は持っているだろう。

少しだけルイは嫌そうな顔をしたけれど、ユーマからの提案を飲んだ。

騎士団長の名を出されては、引けなかったのだ。


「え、あ、の、ユーマッシュ様は、ど、どのようなものをご所望で……」


筋肉隆々のユーマッシュを見て、すでに父は腰が引けていた。

確かに、彼はどう見ても商人ではない。

むしろ、傭兵だ。

兵士だ。

商談決裂の瞬間に、殴られそうな雰囲気だ。

父よ、頑張って。

ユーマの商談が成立したら、結構な額がうちに入るのは分かっていた。


「俺が探しているのは、海の花だ。今回のアンタの荷物の中にあるのは、分かっている」

「た、確かに海の花はございますが……すでに、買い手が」

「それも分かっている。こっちは国王の証明書も持ってきた。それから金だ」

「こ、小切手……!初めて見ました、小切手!!」


ユーマが出したのは小切手。

この世界でも、大きな金額になると現金でのやり取りはしない。

小切手を使用するのだけれど、小切手なんて発行できるのは国王か、騎士団長か、それくらいの地位がなければ無理だった。

つまり、うちのような弱小貿易商上がりの貴族では、無理な話。

恥ずかしいことに、父は初めて小切手を見て、興奮してしまっている。

光りに透かしたり、息を吹きかけたり、など馬鹿な行動をとっていた。

それを見て、ああこの人から兄は生まれたんだな、と思ってしまう。


「それから、今回この海の花を手に入れたルートも知りたい」

「それは……」

「アンタに損をさせるわけじゃねぇ。いや、むしろ、次に海の花を手に入れるなんて、アンタの人生じゃ無理だろう。海の花欲しさに海に飛び込んで、船ごと溺れちまうのが関の山だ」

「は、はあ……今回の海の花は、海の国にいる海の民から買い付けました。ですが、交換条件です。彼らは薬が欲しいと言ったので、薬と交換しています」

「海の民か……運がよかったな、オッサン」


オッサンって、子どもたちがいる前で言わないでくれるかなー。

でも、ユーマは本気の目をしていた。

彼の中では、今回以上の海の花が欲しいのだろう。


「今後も薬はうちで用立てます。距離を考えれば、その方が得策ではございませんか、ユーマッシュ様」

「へぇ……さすがは騎士団長が同席を勧めたお嬢さんだね」


私は、父が出し渋っているところを突いた。

確かに、今後も父が海の花を追いかけて海に出れば、いつか戻らなくなるだろう。

そういう曰くつきの花であることも確かだ。

それならば、海の民が欲しいと望んだものをこちらが準備する。

それをユーマに買ってもらえばいい。


「でも、こちらに薬屋はいるモンでね。別にこの家から買わなくてもいいんだわ。悪いね」

「父が扱っている薬は、すべてこの地域に原材料があります。だから、優先的にこの地域に卸されていることも、ご存じですか」


国で作られた薬は、すべて管理されている。

しかし、原材料を作っている土地は、少しだけ優遇されるのだ。

だから、父が貿易に持って行った。

この地域の名産である、とでも謳ったのだろう。


「……負けたよ、お嬢さん。薬は今後も、この家から買おう。こっちの国王と薬屋にも伝えておく。娘が帰って来てて運がよかったな、オッサン。娘がいなかったら、今頃アンタは大損食らってたぜ」


ユーマの言葉に、父は情けなくうなだれた。

本当なら、こういったことを兄にしてほしいのだけれど、兄は「そっかー!」とやはり子どものような顔で言うばかり。

なんなのこの人……!


「異論はないよな、騎士団長さんよ。嫁さんの実家が潤うなら、アンタも心配は要らないはずだ。俺は怪しい業者でもねぇしな。国王のお墨付きとあらば、心配は要らねぇ」

「俺からの異論はない。後は、供給できる数を話し合え。無理強いをして、契約破棄に持ち込むなよ」

「そんなことはしねぇさ。お嬢さん、アンタは頭がいいね。この地域は原材料がいいから、薬は高値だし、効力もいい。アンタが兄貴に代わって、仕事した方がいいんじゃねぇの?」


私の顔を覗き込むようにして、ユーマは笑った。

商談が成立したせいか、彼の緊張はすでにない。

私は、転生してからこの地域のことを調べまくった。

だって、転生した意味も分からず、何も分からないまま過ごすのが恐かったからだ。

だから、地域のことを調べ、何があり、どういうことが行われているのかを子どもの頃から知っている。


私は、別に頭がいいんじゃない。

ただ、恐がりだっただけのこと。


転生したと理解した時、私はこの世界がとても、恐かったのだ―――



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