目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第39話

『昔々、海の神様は、海にもお花畑が欲しいと思って、海にお花畑を作りました。でも、そのお花畑は、なかなか成長しません。海水で植物は育ちにくいからです』

『それでも諦めきれなかった神様は、花を成長させることに、長い時間をかけました。そしてついに海のお花畑を作ることができました』

『海の神様は、とても喜びました。そして花が咲く季節には、海のみんなにその花が行き渡るように海流に乗せて、流してくれるようになりました』


『それが、海の白い花です』


「って話じゃないの?子どもの頃に僕も聞いたなぁ、セシリアから」

「なんで、セシリアから聞いてるんだ」

「だって、あの子は本を読むのが上手いんだよ?使わない手はないだろ?」


なんて兄だ、と思いながらルイフィリアはユーマッシュの顔を見る。

ユーマッシュはその海の花を知っている、という。

海の花は、海を漂う真っ白な花で、それを回収する。

回収された花は、希少価値が高いとのことで、どの国でも高値でやり取りされるのだ。


「まあ、今回はそれが貿易船に乗ったと聞いたからなぁ。運がよかったわ」

「ふーん。まあ、もう少しすれば父上が帰ってくるから、色々分かるだろうよ。ルイは、父上に挨拶してから帰ればいいじゃないか。そんなに急ぐものでもないしね」


きれいなカップの中には、ぬるくなった紅茶が入っている。

ルイフィリアはそれを見つめてから、静かに視線をカリブスへ移す。


「挨拶はしよう。その後は、セシリアとすぐにグラースの家に戻るぞ」

「はいはい。せっかちなのは昔からだねぇ。でもさ、その海の花ってのは何に使うんだい、ユーマ。何かの薬になるの?」

「詳しくは俺も知らねぇけどな。でも薬になるのは確かだろうよ」


詳しいことを教えられていないのか、それとも理解ができなかったのか。

どちらなのかはっきりとしなかったが、ユーマッシュは海の花が何に使われるのかは知らないようだった。


横暴な客人が2人。

カリブスは久しぶりに家の中が、にぎやかだと思う。

こんなににぎやかなのは、久しぶりすぎて、面白い。

メイドの給金を払うのが苦しくなってきたから、と父はメイド長を辞めさせた。

優秀な人間を辞めさせ、安い金でそこそこの仕事しかしない者を雇う。

そんなことをするから、今回のようなことが起きたのだ。

そう思いながらも、家の金を増やすことができない自分は、意見も聞いてもらえないと分かっている。


「あの小さい嬢ちゃんは」


不意にユーマッシュが口を開いた。

カリブスがその顔を見る。

嫌な顔だな、と思った。

戦場でよく見てきた顔だ、と思う。


「あの小さい嬢ちゃんは、魔術師か何かなのか?」

「どうして、そんなことを聞くんだい」

「ん~、まあなぁ」

「まあなって、他人の妹を侮辱するつもりってことなのかな?」

「いや、あの嬢ちゃん……ずっと俺とアンタを殺そうとしてただろ?」


ユーマッシュの言うアンタ、とは、カリブスではなくルイフィリアだ。

ルイフィリアは視線だけを、ユーマッシュに向ける。

赤い瞳が、これ以上何も話すな、と言っていた。


「あの中身は何なんだ?」



◇◇◇



「アリシア、この刺繡はもうできあがりね。また今度新しいものを作りましょう」

「はい、お姉様」

「今晩の夕食は、お父様が帰ってくるなら、何を出したらいいかしら……」


私は、妹と時間を過ごしながら、もうすぐ帰ってくるであろう父のことを考えた。

父とは言っても、私と血縁関係はない。

私を養女に欲しい、と言ったのは母だと聞いているから、父にとって私は厄介者だった。

ルイとの結婚が決まって、それだけが救いというか。

彼と結婚することで、多額の支援を得られることだけが、父にとって私を娘にした意義になるだろう。

悪い人ではないけれど、いい人でもない。

商売は上手いけれど、子育ては下手だった。


「お姉様、お母様はもうしばらく、ご友人と旅行だと思います」

「ああ、お母様ね……本当に、旅行が好きで、お友達の多いこと」

「でもお元気な証拠です。お父様も家を空けておられることが多いから、家にこもっているよりは、いいのではないでしょうか」

「そうは言ってもねぇ」


母は、アリシアを大人にしたような感じの女性だ。

年齢の割にはとても若々しく、そして、私たち以上に【貴族のご令嬢】なのである。

どうやって父と知り合い、結婚したのかは分からないが、母の家はかなりの資産を持っていて、そこに生まれた末の娘だった、とのこと。

母の実家はすでに母の兄弟が整えており、嫁いだ母が心配することなど何1つなかった。

私とはまったく立場の違う人だ。

でも、私の赤い髪を見て「可愛い女の子が欲しかった」と言う。

それは、この赤い毛が可愛くないという意味なのか、可愛いという意味なのか、いまだに私には分からない。


でも、家にいると私やアリシアは、母の着せ替え人形だ。

髪型も流行に合わせて、とか、新しい飾りをつけて、とか。

一度髪が捻じれて戻らなくなってしまったことがあって、私はあれ以来、母の遊びに付き合うのが嫌でたまらなかった。


アリシアとは、別物。

別のお嬢様、お姫様。

でも私を選んで引き取って、育ててくれたから、文句は言えなかった。

結婚が決まった時も、ただ喜んでウェディングドレスはどうしましょうか、と言うだけ。

私と引き換えにルイからお金をもらうことなんて、夢にも見ていないんじゃなかろうか。


「お姉様は、あんなお母様でも平気なんですか」

「うーん、それを言われるとちょっと返答に困っちゃうわね」

「だって、私のことを育ててくれたのは、ほとんどお姉様じゃないですか。お母様はパーティーに出たり、時々は顔を出してはくださいますけど」

「うーん、うーん、そうなのよねぇ」

「お姉様がいなかったら、私はきっと……」


きっと?

そう言うアリシアの表情は暗かった。

こんな顔を妹にさせちゃダメだ。

私は、アリシアを抱きしめる。


「アリシア、お父様やお母様がどんな人であっても、あなたは何も変わらないわ。私の可愛いアリシアよ」

「お姉様……」

「あなたの笑顔が、私の支えなんだから!」

「はい、お姉様」

「学園に行くのも、もうすぐよ。サリーのことは辛かったけど、学園に行けばきっと楽しいことばかりになるはず」


はず。

ああ、いじめや陰口満載のところだけど!

でも、アリシアの輝きは消えないわ!

絶対に消えたりなんか、しないんだから!


「私、お姉様の妹でよかったです」

「どうしたの、急にそんなことを言って」

「……なんでもありません!お伝えしておきたかっただけですから」


微笑んで言うその顔は、少しだけ何かを隠している時の顔だと私は知っていた。

きっと、サリーのことは辛かっただろう。

そして、ルイやユーマの登場も、この子にとっては辛かったはず。

そうよね、自分の大事な家の中に、土足で入って来られたようなものだもの。


「アリシア、グラースのお家にはね、マリアさんっていうとても素敵なメイドがいるのよ。料理が上手で、なんでもできる人なの」

「あの、私が食べたお菓子を作ってくれた人ですか?」

「ええ、そうよ!この前、マリアさんと2人で作ったクランベリーパイなんて、最高傑作だったんだから!」

「食べてみたいです、お姉様!」


女の子は、甘いものだ。

お菓子の話をすると、アリシアは目を輝かせて、年齢相応の表情を見せる。

こういう顔をしていなきゃ、女の子はつまらないじゃない!

可愛い格好をして、甘いものを食べて、輝いて生きていくの!


「クランベリーがね、こっちではちょっと手に入らないの。だから何か別のもので代用できないかなって、探しているのよね」

「木苺なんて、どうでしょうか、お姉様」

「そうね、それはいい案だわ!」


2人で楽しく話をしていると、外から音がした。

窓から外を見れば、門が開かれ馬車が入ってきている。


ついに、お父様が帰ってきたのだ。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?