私は、目の前で起こっていることを見て、理解ができなかった。
え?ええ??
ルイが、ユーマッシュ様の首に剣を突き付けている。
でも驚くことに、彼は剣が首にあろうが、ルイからどれだけ睨まれようが、気にしていないのだ。
日本でいうところの屁の河童とはこのことか!と初めて思う。
「人の妻に手を出すつもりか!」
「こわいねぇ。こんなのの奥さんになって、大丈夫なわけ?」
「黙れ!貴様、カリブスが家に置くことを許可したから、黙っていたが、何が目的だ!」
ギラギラとした視線で、ルイはユーマッシュ様を睨み、剣を突き付けたままだ。
このままでは、ここで殺し合いが始まってしまうじゃないか!
しかし、ユーマッシュ様はヘラッと笑って、自分の腰にある短剣を抜き、ルイの剣を弾いた。
剣を弾かれて、ルイは驚いている。
当たり前だろう、ルイはこの国の騎士団長。
この国で最も強い男と言っても、過言ではない。
「貴様……!」
「騎士団長の名が、聞いて呆れるな。このままじゃ嫁さんも家も、何もかもを人質にとられたっておかしくねぇぜ?」
短剣1本で向かうユーマッシュ様には、余裕があるのか、穏やかな表情の中に、何かを隠している気がした。
一方ルイは、プライドを傷つけられたこと、間に私がいることなどで、ほぼ憤慨している。
彼を止めることはできるのだろうか。
「まあ、俺はいいぜ?ここで、アンタの実力を知っておくのも、面白いってもんだ。俺は武闘派だからなぁ、でも騎士団みたいに礼儀正しくはねぇってもんよ」
「貴様……カリブスが気にっているから、当面は黙っているつもりでいたが、その発言!何を考えている!」
「俺はただの興味さねぇ。アンタみたいに強い男を倒すのは、面白いってもんよ!」
短剣を握り直したユーマッシュ様と、剣をしっかりと握り締めるルイ。
ルイは冷静さを忘れ、ここで決闘でもするつもりなのか。
さすがに目の前の交戦に、アリシアが怯えていた。
私の手を握り締めて、視線は2人を捉えている。
どうしよう。
だから、言ったじゃない!
アリシアの教育によくないって!
こんな貴族の屋敷で、剣を抜くような殿方があってなるものですか!
私は止めに入らねば、と思ったけれど、こんなところに入れるか!
入れるわけがないでしょ!?
「はーい、喧嘩は終わりィ!」
ルイの剣と、ユーマッシュ様の短剣が宙に飛んだ。
宙に飛んだ剣は回転して、そのまま庭に突き刺さる。
そこにいたのは、兄だった。
どこからかに行っていた兄は、騎士団の皆さんが帰ったタイミングで戻ってきたのだろう。
兄は、自分の持っていたステッキで2人の剣を弾いたのだ。
まさかそんなことが、できるなんて……。
お兄様、本当に、強いんだ……。
「ねえ、ルイ?なんで僕の家で喧嘩しちゃってるの?ユーマも、せっかく僕の家に泊まらせてあげるって言ったのに、何してるの?」
騎士団長と筋肉質の客人は、あの兄から怒られている。
まさか、兄が怒るなんて思わなかった。
「ねえ、2人はここでは客人だってわかってる?僕の、家の、客人、だよ?分かってるのかなぁ?」
「お兄様、もう……」
「セシリア、父上がいないここでは、僕がルールだよ。まったく、客人には困ったものだねぇ」
2人はしっかり黙ってしまっていた。
あの兄から、こんなに言われるとは思わなかったのだろう。
正直、私も同じことを思った。
兄がこんなに人間らしいことを言うなんて。
「よし、セシリア、お茶にしよう!」
兄はパン、と手を叩いて言った。
それには私も賛成だ。
「はい、お兄様」
「ほら、美味しいクッキーがあっただろぉ?」
「それは、昨日お兄様が全部食べてしまいました。他の物を出します」
「え~、仕方ないなぁ。分かったよ」
仕方なさそうに言いながら、兄はアリシアの手を引いて屋敷の中へ戻っていく。
私は残された殿方2人の前に立つ。
「お客様、この屋敷の主人がお茶の時間にすると申しております。こちらへどうぞ。お2人の剣は、片付けてきてください」
「セシリア……」
「ルイ、今はお兄様の言うことを聞いてください」
「う……」
ルイは、さすがに何も言えなくなっていた。
他人の家の敷地で、暴れたのだ。
騎士団長として、恥ずかしい行いだ。
まさか、彼が感情的になって、貴族の家で暴れるなんて思わなかった。
「……すまない、申し訳ないことをした」
「謝罪は兄へ。まずはお茶の席へどうぞ」
「ああ」
「ユーマッシュ様も中へどうぞ」
ルイは反省しているようであったけれど、ユーマッシュ様を見るとボーッとしていた。
え、そういう態度なの?と思うと、彼は私を見て笑う。
「ユーマでいいわ」
「ユーマ、とは」
「俺のこと」
「はぁ」
「ルイのことはルイって呼んでるんだろ?じゃあ、俺はユーマで」
「はぁ」
まるで私を友達かのように彼は言ってくる。
ルイは、とてもイライラしているようだったけれど、私は頷いた。
「分かりました、ユーマ。まずは、あなたの短剣を片付けてください。危険ですから」
「分かったー」
「では、行きましょう。ルイ、大丈夫ですか?」
とにかく、ルイは我慢しているのがよく分かった。
だから、私は彼の手を取って、顔を見る。
「ルイ、ユーマは子どものようなものです。あなたはこの国の騎士団長。そして、私はあなたの妻です」
「……分かった」
「弟が増えたとでも、思ってください」
「……俺の弟は、もっと優秀だった」
「今度、そのお話も聞かせてくださいね。さあ、行きましょう」
私はルイとユーマを連れて、歩き出す。
2人はただ私のあとをついてくる。
うーん、まるで小鴨みたいだな、と思ってしまった。
兄とアリシアは、食堂ですでにお茶とケーキを食していた。
そのケーキはアリシアがあまり好きではないものだけれど、兄はそんなことは知らないのだろう。
兄はニコニコしながら、黙って紅茶を飲んでいるアリシアを見ている。
私はルイとユーマを席に座らせ、お茶の準備をする。
お茶を持ってくると、また兄がユーマに怒っていた。
「足を上げるな!紳士はテーブルに足を上げたりなんかしないんだよ!」
「ふーん、俺、紳士じゃねぇしぃ」
「男はみんな紳士じゃないといけないんだよ!」
「へー、初めて知ったわぁ」
このユーマという男は、どこで生まれて、どこで育ってきたのだろうか。
教養というものを持ち合わせていない様子がうかがえ、やはり傭兵とか、用心棒的な、そういう危ない世界の人間なのだろう。
この人のパワーで、うちのカップが割れないことを願う。
「教養がないだけだろう、気にするな、カリブス」
「あのねぇ、ルイ!男は腕っぷしだけじゃ、駄目なんだよ?」
「家の事業を傾かせているお前が言えることでは、ないだろう」
「あ、酷いなぁ、人間には得手不得手ってものがあるんだよ」
ルイと兄の間では、大きな言い合いにはならなかった。
不思議なことに、2人はお互いのことを理解しているようなのだ。
ルイが兄にきついことを言っても、兄は大して気にしていない。
それだけ信頼が厚いのか……。
戦場で背中を預けてきた、というのは、嘘ではないのだろう。
「ユーマ、人様の家でなくとも、テーブルに足を乗せてはいけません。テーブルは食事をする場所、命をつなぎ、家族が集まる場所だから」
私が彼にそう説明すると、彼は私をジッと見つめてから、笑った。
その顔はまるで子どものようで、教養がない、というのは事実だろう。
こういった世界で生きてこなかったから、分からないだけ。
「アンタさ、知り合いによく似てるんだわ。赤髪で」
「そうですか?」
「アイツもいい奴だよ。俺に色々教えてくれた。だから、俺はアイツの頼みを聞いてここまできたんだ」
「そうなの。じゃあ、その約束をきちんと守れるようにしないといけないわ」
ユーマという男は、不思議な男だった。
その場を揺らがせることも多いのに、彼を中心におさまっていくこともある。
割と嫌いなタイプではないな、と思いながら、でも妹の教育にはちょっと、と思ってしまう姉心は分かって欲しい。