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第37話

私は、目の前で起こっていることを見て、理解ができなかった。

え?ええ??

ルイが、ユーマッシュ様の首に剣を突き付けている。

でも驚くことに、彼は剣が首にあろうが、ルイからどれだけ睨まれようが、気にしていないのだ。

日本でいうところの屁の河童とはこのことか!と初めて思う。


「人の妻に手を出すつもりか!」

「こわいねぇ。こんなのの奥さんになって、大丈夫なわけ?」

「黙れ!貴様、カリブスが家に置くことを許可したから、黙っていたが、何が目的だ!」


ギラギラとした視線で、ルイはユーマッシュ様を睨み、剣を突き付けたままだ。

このままでは、ここで殺し合いが始まってしまうじゃないか!

しかし、ユーマッシュ様はヘラッと笑って、自分の腰にある短剣を抜き、ルイの剣を弾いた。

剣を弾かれて、ルイは驚いている。

当たり前だろう、ルイはこの国の騎士団長。

この国で最も強い男と言っても、過言ではない。


「貴様……!」

「騎士団長の名が、聞いて呆れるな。このままじゃ嫁さんも家も、何もかもを人質にとられたっておかしくねぇぜ?」


短剣1本で向かうユーマッシュ様には、余裕があるのか、穏やかな表情の中に、何かを隠している気がした。

一方ルイは、プライドを傷つけられたこと、間に私がいることなどで、ほぼ憤慨している。

彼を止めることはできるのだろうか。


「まあ、俺はいいぜ?ここで、アンタの実力を知っておくのも、面白いってもんだ。俺は武闘派だからなぁ、でも騎士団みたいに礼儀正しくはねぇってもんよ」

「貴様……カリブスが気にっているから、当面は黙っているつもりでいたが、その発言!何を考えている!」

「俺はただの興味さねぇ。アンタみたいに強い男を倒すのは、面白いってもんよ!」


短剣を握り直したユーマッシュ様と、剣をしっかりと握り締めるルイ。

ルイは冷静さを忘れ、ここで決闘でもするつもりなのか。

さすがに目の前の交戦に、アリシアが怯えていた。

私の手を握り締めて、視線は2人を捉えている。

どうしよう。

だから、言ったじゃない!

アリシアの教育によくないって!

こんな貴族の屋敷で、剣を抜くような殿方があってなるものですか!


私は止めに入らねば、と思ったけれど、こんなところに入れるか!

入れるわけがないでしょ!?


「はーい、喧嘩は終わりィ!」


ルイの剣と、ユーマッシュ様の短剣が宙に飛んだ。

宙に飛んだ剣は回転して、そのまま庭に突き刺さる。

そこにいたのは、兄だった。

どこからかに行っていた兄は、騎士団の皆さんが帰ったタイミングで戻ってきたのだろう。

兄は、自分の持っていたステッキで2人の剣を弾いたのだ。

まさかそんなことが、できるなんて……。

お兄様、本当に、強いんだ……。


「ねえ、ルイ?なんで僕の家で喧嘩しちゃってるの?ユーマも、せっかく僕の家に泊まらせてあげるって言ったのに、何してるの?」


騎士団長と筋肉質の客人は、あの兄から怒られている。

まさか、兄が怒るなんて思わなかった。


「ねえ、2人はここでは客人だってわかってる?僕の、家の、客人、だよ?分かってるのかなぁ?」

「お兄様、もう……」

「セシリア、父上がいないここでは、僕がルールだよ。まったく、客人には困ったものだねぇ」


2人はしっかり黙ってしまっていた。

あの兄から、こんなに言われるとは思わなかったのだろう。

正直、私も同じことを思った。

兄がこんなに人間らしいことを言うなんて。


「よし、セシリア、お茶にしよう!」


兄はパン、と手を叩いて言った。

それには私も賛成だ。


「はい、お兄様」

「ほら、美味しいクッキーがあっただろぉ?」

「それは、昨日お兄様が全部食べてしまいました。他の物を出します」

「え~、仕方ないなぁ。分かったよ」


仕方なさそうに言いながら、兄はアリシアの手を引いて屋敷の中へ戻っていく。

私は残された殿方2人の前に立つ。


「お客様、この屋敷の主人がお茶の時間にすると申しております。こちらへどうぞ。お2人の剣は、片付けてきてください」

「セシリア……」

「ルイ、今はお兄様の言うことを聞いてください」

「う……」


ルイは、さすがに何も言えなくなっていた。

他人の家の敷地で、暴れたのだ。

騎士団長として、恥ずかしい行いだ。

まさか、彼が感情的になって、貴族の家で暴れるなんて思わなかった。


「……すまない、申し訳ないことをした」

「謝罪は兄へ。まずはお茶の席へどうぞ」

「ああ」

「ユーマッシュ様も中へどうぞ」


ルイは反省しているようであったけれど、ユーマッシュ様を見るとボーッとしていた。

え、そういう態度なの?と思うと、彼は私を見て笑う。


「ユーマでいいわ」

「ユーマ、とは」

「俺のこと」

「はぁ」

「ルイのことはルイって呼んでるんだろ?じゃあ、俺はユーマで」

「はぁ」


まるで私を友達かのように彼は言ってくる。

ルイは、とてもイライラしているようだったけれど、私は頷いた。


「分かりました、ユーマ。まずは、あなたの短剣を片付けてください。危険ですから」

「分かったー」

「では、行きましょう。ルイ、大丈夫ですか?」


とにかく、ルイは我慢しているのがよく分かった。

だから、私は彼の手を取って、顔を見る。


「ルイ、ユーマは子どものようなものです。あなたはこの国の騎士団長。そして、私はあなたの妻です」

「……分かった」

「弟が増えたとでも、思ってください」

「……俺の弟は、もっと優秀だった」

「今度、そのお話も聞かせてくださいね。さあ、行きましょう」


私はルイとユーマを連れて、歩き出す。

2人はただ私のあとをついてくる。

うーん、まるで小鴨みたいだな、と思ってしまった。


兄とアリシアは、食堂ですでにお茶とケーキを食していた。

そのケーキはアリシアがあまり好きではないものだけれど、兄はそんなことは知らないのだろう。

兄はニコニコしながら、黙って紅茶を飲んでいるアリシアを見ている。


私はルイとユーマを席に座らせ、お茶の準備をする。

お茶を持ってくると、また兄がユーマに怒っていた。


「足を上げるな!紳士はテーブルに足を上げたりなんかしないんだよ!」

「ふーん、俺、紳士じゃねぇしぃ」

「男はみんな紳士じゃないといけないんだよ!」

「へー、初めて知ったわぁ」


このユーマという男は、どこで生まれて、どこで育ってきたのだろうか。

教養というものを持ち合わせていない様子がうかがえ、やはり傭兵とか、用心棒的な、そういう危ない世界の人間なのだろう。

この人のパワーで、うちのカップが割れないことを願う。


「教養がないだけだろう、気にするな、カリブス」

「あのねぇ、ルイ!男は腕っぷしだけじゃ、駄目なんだよ?」

「家の事業を傾かせているお前が言えることでは、ないだろう」

「あ、酷いなぁ、人間には得手不得手ってものがあるんだよ」


ルイと兄の間では、大きな言い合いにはならなかった。

不思議なことに、2人はお互いのことを理解しているようなのだ。

ルイが兄にきついことを言っても、兄は大して気にしていない。

それだけ信頼が厚いのか……。

戦場で背中を預けてきた、というのは、嘘ではないのだろう。


「ユーマ、人様の家でなくとも、テーブルに足を乗せてはいけません。テーブルは食事をする場所、命をつなぎ、家族が集まる場所だから」


私が彼にそう説明すると、彼は私をジッと見つめてから、笑った。

その顔はまるで子どものようで、教養がない、というのは事実だろう。

こういった世界で生きてこなかったから、分からないだけ。


「アンタさ、知り合いによく似てるんだわ。赤髪で」

「そうですか?」

「アイツもいい奴だよ。俺に色々教えてくれた。だから、俺はアイツの頼みを聞いてここまできたんだ」

「そうなの。じゃあ、その約束をきちんと守れるようにしないといけないわ」


ユーマという男は、不思議な男だった。

その場を揺らがせることも多いのに、彼を中心におさまっていくこともある。

割と嫌いなタイプではないな、と思いながら、でも妹の教育にはちょっと、と思ってしまう姉心は分かって欲しい。

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