「それ以上、話をするな。舌を切るぞ」
私の悪い考えを止めたのは、冷たいルイの声だった。
ルイは、サリーを知らないから、そんなことが言えるのだ。
「ルイ、どうか、サリーを助けてあげられませんか?ウォーレンス家が黙っていれば、治まる話でしょう!」
「セシリア、お前はまだわからないのか?」
「え……」
「そうだな、お前の目にはこの女が、ずっとサリーに見えているんだな」
見えている、とは。
どういう、意味だろうか。
「……この女は、サリーではない。サリーの皮を被った輩だ」
「え……?」
「グラース家の赤い瞳に、魔術は効かん。魔術だけではなく、幻術も、なんでも効かん。コイツはサリーを殺し、その皮をまとった化け物だ」
そんな。
嘘だ。
そんなこと、できるはずがない。
「そ、そんな、しょう、証拠は……」
「日も昇ったことだしな。そろそろ時間だろう」
「時間?」
「この程度の魔術ならば、1日程度しか効力がない」
だから、ルイは彼女を一晩部屋に閉じ込めたの?
新しく魔術を使うこともできず、水も食事もとれない。
生命活動だけしかできない状態。
時間が立てば魔術の効力がなくなって、勝手に結果が出る。
目の前のサリーは、少しずつ顔が変わり、老婆になった。
しわの多く入った、その老婆は、ジロリと私を睨む。
「惜しかった……惜しかった、もう少しで、手に入ったのに……」
「何が惜しいものか。貴様のような小手先だけの魔術師など、騎士団には通用せん」
「小娘に成り代わって、あの妙薬だけ手に入れば……」
だから!
うちにそんなもの存在しないって!
お父様はそんなに大きな貿易商ではない。
それなりに成り上がったけれど、それまでだ。
「じゃあ、殺したサリーはどうしたの?」
アリシアがつぶやいた。
私の手を握ったまま、その表情は平静だ。
「さあね、どこかに……捨ておいたかねえ……」
可哀想なサリー。
騙されて、殺されて、その遺体はどこに捨てられたのかもわからない。
なんてことだ。
私は、今度は殺されてしまったサリーを探したい、と思う。
どんなことになっているとしても、あのサリーは騙されて、殺されてしまったんだ。
この家で。
私の育ったこの家で、そんなことが起きてしまうなんて……!
この家は、そんな家じゃなかった。
アリシアがいて、両親がいて、時々兄が帰ってきて。
貴族の家と言えばそうだけれど、それってこの世界では普通だったんじゃない?
ルイは、サリーに化けていた老婆を引き連れて、外へ出て行く。
アリシアが私の手をしっかりと握り締めた。
「お姉様、大丈夫ですか?」
「ああ、アリシア……ごめんね、サリーが……」
「……お姉様、サリーのことは、お父様に相談しましょう。せめて、お葬式くらい……」
「そうね、どうして、こんなことに……」
2人で、ルイの後を追う。
外へ出ると、そこには騎士団の人たちが数人集まってきていた。
ルイよりも身長が高く、屈強な殿方もいる。
細身の人もいれば、女性もいた。
女性も騎士団にいるのか、と初めて知ったのだけれど、そういう強い女性も必要なのだろう。
ルイが何か話をしているようだったけれど、私が来たのを見ると、全員が私の前へ走ってきた。
頭をしっかりと下げて、挨拶だ。
「奥様、お初にお目にかかります!」
「あ、はい、初めまして……」
「結婚式は、我々がしっかりとお守りいたします!ご安心ください!」
「ありがとう、ございます……」
ちょっと想像と違っていた。
私の騎士団のイメージは、みんなルイみたいにクールなのかと思っていたのだ。
冷静で、沈着で、淡々としている。
でも、兄のことを考えるとそれだけではない、というのも、考えるべきだった。
「あの、結婚式はまだ、先ですので……あまりお気になさらず」
「団長、本当によい方を奥方にお迎えになられて……!」
騎士団の人たちは、目に涙をにじませて、嬉しそうに言う。
そ、そ、そんなにルイの結婚はみんなに心配をかけていたのだろうか?
私は困り果て、ルイを見る。
ルイは大きなため息をついて、騎士団の皆さんへ声をかけた。
「お前たち、時間だぞ」
「団長ぉ!!幸せになってくださいぃぃ!!」
「うるさい。今はこの魔術師を連れていけ」
「はいぃぃ!!」
騎士団の皆さんは、ルイの指示に従ってきちんと任務を遂行してくれた。
去っていく老婆は、最後までサリーの居場所を言わない。
ああ、サリー。
せめて、遺体だけでも見つかれば……。
私はとても暗い顔を、していたのだろう。
ルイが隣に来ていることに、気づかなかった。
「サリーの行方を探すように指示を出した」
「……ありがとうございます」
「お父上が数日で戻られるだろう。それまでカリブスとユーマッシュを残す。あの2人がいれば、心配は要らん」
「そうで……え、何言ってるんですか、ルイ!お兄様はお兄様です!剣を握れば強いかもしれませんが、それ以外は役に立ちません!それにユーマッシュ様は、アリシアの教育に支障が出ませんか!」
私は一気にまくし立てた。
だって、妹を守る為に、あの兄とあのユーマッシュ様では、教育上悪いだろう!
特にユーマッシュ様は他人で、他人と同じ屋敷にいるなんて!
あんな、筋肉ムキムキのゴリラのような人が、アリシアの側にいるなんて!
「よく知らない殿方と、アリシアが一緒だなんて!許せません!ダメです!」
「それはそうだが、そんなに気にすることか?」
ルイがそう言った瞬間、私は目を丸くした。
隣にいたアリシアも信じられない……という顔だ。
「失礼でございますが!ここは騎士団ではございません!アリシアはまだ子どもですし、ユーマッシュ様のことを詳しく存じ上げませんし!!」
「分かった、お前がそこまで言うなら……」
「ルイも少しは考えてください!あの兄と!見ず知らずの殿方ですよ!そんな家にか弱い家族を置いて、行けますか!?」
頭が爆発しそうだった。
2人のことを信頼しているとか、していないとか、その段階ではない。
まだ実際のところを何も、知らないのだ。
何も知らないのに、そんなところに、幼い妹を残して行けるか!
「そうだな、配慮が足りなかった。すまん」
「もうしばらくしたら、父が戻ります!父が戻ればユーマッシュ様のお仕事も終わるのでしょう!?でしたら、それまで待てないんですか!?」
「だから、わかった、と……」
「アリシアがぁ!!私の、私の妹のアリシアがぁ!!」
私は。
我慢が過ぎると、我慢が決壊する。
アリシアはそのことをよく知っているし、兄も分かっている。
「お姉様、落ち着いてください」
「落ち着けますか!嫁ぎ先の命令とあらば、何でも聞くつもりでした!でも、もう無理です!!」
その言葉を聞いて、ルイがギョッとした目を向ける。
私の扱いが分からなくて、彼の手は宙に浮いたまま。
慰めるも、止めるも、抱きしめるも、掴むも、何もできないのだ。
「私にとって妹は、とても大事なんです!!妹を大事にしてくださらないのなら、私も考えます!!」
「ちょっと待て、セシリア!!」
ボロボロ涙がこぼれてきて、ついにルイは困り果てた。
どうしたらいいのか、分からないのだ。
私にだって、分からない。
私にとって一番大事なのは、妹だ。
アリシアなの。
この子を大事にしてくれないなら……!
「おっとお嬢さん方、お父上は明日の午後にはお戻りのようだぜ?」
不意にそんなことを言ったのは、どこからともなく戻ってきたユーマッシュ様だった。
どこかで、父の情報を手に入れてきたのだろう。
でも、明日の午後に父が戻るのなら安心だわ。
「それにさぁ、俺の好みはそっちのちいせぇ嬢ちゃんじゃねえしな」
は?
なんの話をしているの?
目の前にいるユーマッシュ様は、わざとらしく腕を組み、それから私に微笑んだ。
営業スマイルでは?とも思ったけど、男前だから、悪くはない。
「俺はさぁ、オネーサンみたいな気が強い女が好きなんだわ」
そう彼が言った瞬間。
彼の喉元に剣先があった。
一瞬にして、ルイが剣を抜いていたからだった。