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第36話

「それ以上、話をするな。舌を切るぞ」


私の悪い考えを止めたのは、冷たいルイの声だった。

ルイは、サリーを知らないから、そんなことが言えるのだ。


「ルイ、どうか、サリーを助けてあげられませんか?ウォーレンス家が黙っていれば、治まる話でしょう!」

「セシリア、お前はまだわからないのか?」

「え……」

「そうだな、お前の目にはこの女が、ずっとサリーに見えているんだな」


見えている、とは。

どういう、意味だろうか。


「……この女は、サリーではない。サリーの皮を被った輩だ」

「え……?」

「グラース家の赤い瞳に、魔術は効かん。魔術だけではなく、幻術も、なんでも効かん。コイツはサリーを殺し、その皮をまとった化け物だ」


そんな。

嘘だ。

そんなこと、できるはずがない。


「そ、そんな、しょう、証拠は……」

「日も昇ったことだしな。そろそろ時間だろう」

「時間?」

「この程度の魔術ならば、1日程度しか効力がない」


だから、ルイは彼女を一晩部屋に閉じ込めたの?

新しく魔術を使うこともできず、水も食事もとれない。

生命活動だけしかできない状態。

時間が立てば魔術の効力がなくなって、勝手に結果が出る。


目の前のサリーは、少しずつ顔が変わり、老婆になった。

しわの多く入った、その老婆は、ジロリと私を睨む。


「惜しかった……惜しかった、もう少しで、手に入ったのに……」

「何が惜しいものか。貴様のような小手先だけの魔術師など、騎士団には通用せん」

「小娘に成り代わって、あの妙薬だけ手に入れば……」


だから!

うちにそんなもの存在しないって!

お父様はそんなに大きな貿易商ではない。

それなりに成り上がったけれど、それまでだ。


「じゃあ、殺したサリーはどうしたの?」


アリシアがつぶやいた。

私の手を握ったまま、その表情は平静だ。


「さあね、どこかに……捨ておいたかねえ……」


可哀想なサリー。

騙されて、殺されて、その遺体はどこに捨てられたのかもわからない。

なんてことだ。

私は、今度は殺されてしまったサリーを探したい、と思う。

どんなことになっているとしても、あのサリーは騙されて、殺されてしまったんだ。


この家で。

私の育ったこの家で、そんなことが起きてしまうなんて……!

この家は、そんな家じゃなかった。

アリシアがいて、両親がいて、時々兄が帰ってきて。

貴族の家と言えばそうだけれど、それってこの世界では普通だったんじゃない?


ルイは、サリーに化けていた老婆を引き連れて、外へ出て行く。

アリシアが私の手をしっかりと握り締めた。


「お姉様、大丈夫ですか?」

「ああ、アリシア……ごめんね、サリーが……」

「……お姉様、サリーのことは、お父様に相談しましょう。せめて、お葬式くらい……」

「そうね、どうして、こんなことに……」


2人で、ルイの後を追う。

外へ出ると、そこには騎士団の人たちが数人集まってきていた。

ルイよりも身長が高く、屈強な殿方もいる。

細身の人もいれば、女性もいた。

女性も騎士団にいるのか、と初めて知ったのだけれど、そういう強い女性も必要なのだろう。


ルイが何か話をしているようだったけれど、私が来たのを見ると、全員が私の前へ走ってきた。

頭をしっかりと下げて、挨拶だ。


「奥様、お初にお目にかかります!」

「あ、はい、初めまして……」

「結婚式は、我々がしっかりとお守りいたします!ご安心ください!」

「ありがとう、ございます……」


ちょっと想像と違っていた。

私の騎士団のイメージは、みんなルイみたいにクールなのかと思っていたのだ。

冷静で、沈着で、淡々としている。

でも、兄のことを考えるとそれだけではない、というのも、考えるべきだった。


「あの、結婚式はまだ、先ですので……あまりお気になさらず」

「団長、本当によい方を奥方にお迎えになられて……!」


騎士団の人たちは、目に涙をにじませて、嬉しそうに言う。

そ、そ、そんなにルイの結婚はみんなに心配をかけていたのだろうか?

私は困り果て、ルイを見る。

ルイは大きなため息をついて、騎士団の皆さんへ声をかけた。


「お前たち、時間だぞ」

「団長ぉ!!幸せになってくださいぃぃ!!」

「うるさい。今はこの魔術師を連れていけ」

「はいぃぃ!!」


騎士団の皆さんは、ルイの指示に従ってきちんと任務を遂行してくれた。

去っていく老婆は、最後までサリーの居場所を言わない。

ああ、サリー。

せめて、遺体だけでも見つかれば……。


私はとても暗い顔を、していたのだろう。

ルイが隣に来ていることに、気づかなかった。


「サリーの行方を探すように指示を出した」

「……ありがとうございます」

「お父上が数日で戻られるだろう。それまでカリブスとユーマッシュを残す。あの2人がいれば、心配は要らん」

「そうで……え、何言ってるんですか、ルイ!お兄様はお兄様です!剣を握れば強いかもしれませんが、それ以外は役に立ちません!それにユーマッシュ様は、アリシアの教育に支障が出ませんか!」


私は一気にまくし立てた。

だって、妹を守る為に、あの兄とあのユーマッシュ様では、教育上悪いだろう!

特にユーマッシュ様は他人で、他人と同じ屋敷にいるなんて!

あんな、筋肉ムキムキのゴリラのような人が、アリシアの側にいるなんて!


「よく知らない殿方と、アリシアが一緒だなんて!許せません!ダメです!」

「それはそうだが、そんなに気にすることか?」


ルイがそう言った瞬間、私は目を丸くした。

隣にいたアリシアも信じられない……という顔だ。


「失礼でございますが!ここは騎士団ではございません!アリシアはまだ子どもですし、ユーマッシュ様のことを詳しく存じ上げませんし!!」

「分かった、お前がそこまで言うなら……」

「ルイも少しは考えてください!あの兄と!見ず知らずの殿方ですよ!そんな家にか弱い家族を置いて、行けますか!?」


頭が爆発しそうだった。

2人のことを信頼しているとか、していないとか、その段階ではない。

まだ実際のところを何も、知らないのだ。

何も知らないのに、そんなところに、幼い妹を残して行けるか!


「そうだな、配慮が足りなかった。すまん」

「もうしばらくしたら、父が戻ります!父が戻ればユーマッシュ様のお仕事も終わるのでしょう!?でしたら、それまで待てないんですか!?」

「だから、わかった、と……」

「アリシアがぁ!!私の、私の妹のアリシアがぁ!!」


私は。

我慢が過ぎると、我慢が決壊する。

アリシアはそのことをよく知っているし、兄も分かっている。


「お姉様、落ち着いてください」

「落ち着けますか!嫁ぎ先の命令とあらば、何でも聞くつもりでした!でも、もう無理です!!」


その言葉を聞いて、ルイがギョッとした目を向ける。

私の扱いが分からなくて、彼の手は宙に浮いたまま。

慰めるも、止めるも、抱きしめるも、掴むも、何もできないのだ。


「私にとって妹は、とても大事なんです!!妹を大事にしてくださらないのなら、私も考えます!!」

「ちょっと待て、セシリア!!」


ボロボロ涙がこぼれてきて、ついにルイは困り果てた。

どうしたらいいのか、分からないのだ。

私にだって、分からない。

私にとって一番大事なのは、妹だ。

アリシアなの。

この子を大事にしてくれないなら……!


「おっとお嬢さん方、お父上は明日の午後にはお戻りのようだぜ?」


不意にそんなことを言ったのは、どこからともなく戻ってきたユーマッシュ様だった。

どこかで、父の情報を手に入れてきたのだろう。

でも、明日の午後に父が戻るのなら安心だわ。


「それにさぁ、俺の好みはそっちのちいせぇ嬢ちゃんじゃねえしな」


は?

なんの話をしているの?

目の前にいるユーマッシュ様は、わざとらしく腕を組み、それから私に微笑んだ。

営業スマイルでは?とも思ったけど、男前だから、悪くはない。


「俺はさぁ、オネーサンみたいな気が強い女が好きなんだわ」


そう彼が言った瞬間。

彼の喉元に剣先があった。


一瞬にして、ルイが剣を抜いていたからだった。



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