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第33話

「誰だ、貴様」


ルイフィリアは、その男をどこかで見たことがあるような気がした。

しかし、はっきりとは思い出せない。

一度しっかりと顔を見たことがあるならば、忘れることはないはずだ、とルイフィリアは思う。

それでこそ騎士団長、団長として人の上に立つならば、それくらいできるのが当たり前だと思っている。

だが、自分の記憶の中に、目の前の男ははっきりと存在しない。

道端ですれ違っただけか、遠征先で顔を見ただけか。

それくらいのことであれば、思い出せなくても仕方がないな、と彼は自分に言い聞かせた。


「名乗るような名前はないさ。俺は依頼を受けて、その商品を買い付けに来た。証明書もある。しかし、そいつに横取りされそうになってね」

「買い付け?父上はまだ戻っていないよ」

「そのうち戻るだろ。その時に持ってきた荷物の中に、俺が依頼を受けたものが入っているという話なんだ」

「ふーん。珍しいね。あまり父に、直接買いに来る人間はいないんだけど」


そう言うカリブスは、男の姿を見ていた。

倒れている男とは、格が違う。

自分たちと同じか、それ以上とも思ってしまうくらいの強さを感じる。


「希少なものなんだ。国王からの命令で来ている」

「国王から!?それならば、俺の耳にも入るはずだ!だが聞いていないぞ!」

「アンタんとこの王様じゃねぇよ。俺は他国の国王から命令されてるんだ」


男はそう言って、フードを取る。

紫の髪、黒い瞳。

異国の人間だとすぐにわかる容姿であった。

突飛な髪色の存在は、他国ではよく見るが、この国ではあまりいないのだ。


「他国の王となれば、話は違うか」

「まあ、正確に言うとうちの花屋に頼まれてね」

「花屋……?ああ、魔術師のことか」

「ちぃと違うが、まあ、そんなところだ」


カリブスは、ルイフィリアと目の前の男が話しているのを聞いていた。

他国には、国を支える魔術師が多くいるという。

この国では騎士団の方が地位は高いが、国によって大きく変わる。

魔術師が地位が高い国も珍しくはない。


「君さ、名前は?」

「ユーマッシュ。それだけで十分だろ」

「へぇ、いい名前しているねぇ」


目を輝かせてカリブスは言ったが、ルイフィリアは苦い顔をしている。

どう考えても、ルイフィリア、カリブス、ユーマッシュが並べば、おかしな名前じゃないか。

カリブスの美的センスは昔から疑わしかったので、ルイフィリアは当てにしていない。


「いい名前かねぇ。顔も知らねぇ親父が付けていったとかなんとかでね。まあいいわ、取り合えず、その男はどうする?」


3人の視線が、地面に倒れる男に集中した。

男は逃げ出す気満々だったのだが、この男たちに囲まれては逃げられない、と思う。


夜は更けて行った。




◇◇◇




セシリアは、アリシアの部屋で一緒に眠った。

この家はどうなってしまったと、言うのか。

こんな家になってしまっているなんて、思わなかった。

そして兄の、本当の兄の姿。

まさか、兄が騎士団だったなんて。


兄はいつものらりくらりとしていた。

だから、学園を卒業してしばらく家に戻らなくても、あまり気にはならなかったのだ。

正直な話、どこかで遊び歩いているんだろう、と誰もが思っていた。

しかし、実際は違ったのだ。

騎士団の中で五指の指に入るほど、と言えば、それはかなりの強さ、かなりの剣技を持っていることになる。

今でもルイが戻って欲しいと思うのだから、兄はそれだけ実力があって、それだけ信頼されていた証拠じゃないかな。


そんな人だとは思ってもみなかった。

同時に、恋もしていたなんて。

しかも、身分差の恋。

女の子はこんな話が大好きに決まっている。

お兄様の好きになった女性は、今、どうしているのだろうか。

もう一度出会うことは叶わないのだろうか。


「はぁ……」

「お姉様、眠れませんか?」

「ごめんね、アリシア。眠れなかった?」

「いいえ、私は大丈夫です。でも、お姉様の方が」


私は薄く笑って、アリシアを見た。

青い瞳は少し眠そうになっていて、下ろした髪はきれいな金色。

この金色の髪が、私は大好きだ。

生まれた時から、いいえ、この子が生まれる前から、本で読んでいた時から大好きだった。


アリシア。

世界は変わってしまっているかもしれないけれど、あなたはどうかこのままでいて欲しい。


そんなことを考えて、妹を抱きしめる。

いい夢を見たい。

痛くなくて、辛くなくて、花があふれていて、甘い香りがして。

そんな、夢を見たい。


私は気づけば夢の中に落ちていたのだと、思う。



朝になり、妹が私の腕の中で眠っているのを見た。

よしよし、と頭を撫でると私の腕の中でモゾモゾ動く。

その姿がとても可愛らしかった。


朝食の準備をしなければ、と思ってベッドから出る。

今日は、サリーが騎士団に引き渡されるから、忙しい日になるかもしれない。

どうして、こんなことになってしまったのだろうか。

あんなにいい子だったのに。

赤毛にブラシを入れて、着替えを済ませる。

アリシアはもう少し寝せておこう。


階段を降りて、厨房へ向かう。

忙しそうな声がしていたので、サリーの抜けた穴を誰かが補っているのだろう。

私でよければ、力になりたかった。


「えっと、今日の朝食の人数は……」


兄とルイの分も含めて、と考えた時に後ろから声をかけられた。

知らない男の声。


「オネーサン!俺にも朝飯作ってくれる?」

「だ、だ、誰!?」


そこには髪を紫に染めた、若い男性が立っていた。

シャツの上からでも分かるくらいの筋肉!

す、すごい。

こんな殿方、見たことがない。

つまりは、貴族ではない可能性が高い。

顔は兄やルイとは、違う系統の男前だ。

日本で言うところの、体育会系とか、スポーツマンというか、そういう雰囲気だった。


「俺?俺はぁ」

「ユーマッシュ!!貴様、勝手に屋敷の中を歩き回るな!!」


ユーマッシュ?

聞いたことのない名前が、ルイの声で飛んでくる。

男性は声のした方を見ると、ニヤニヤしていた。

何なんだ、この人は。


「へぇ、やっぱり自分の婚約者に男が寄ってくるのは、面白くないわけなぁ」

「なんでお前は下品なんだ!」

「俺、貴族じゃねーし?ただの旅人だし?」


だし?と言いながら、彼はチラリと私を見てきた。

旅人、この筋肉質な体。

あ、と私は言葉をもらす。

思い出した。


「あなた、あの時の!」

「そ、オネーサン思い出してくれたぁ?」


アリシアとサリーと3人で出かけた時、ぶつかった人だ。

顔までは覚えていなかったけど、雰囲気を思い出す。

まさか、こんなに男らしくて、格好いい人だったなんて。


その時、私と彼のやり取りを見ていたルイが、みるみる青ざめて、そこから一気に真っ赤になった。


「お前は!!俺の妻という自覚があるのか!!」

「お~こわ!騎士団長が怒ってるぜぇ~こわ~!!」

「うるさいぞ、ユーマッシュ!!」


子どものように振舞う男性---ユーマッシュは、怒られているというのに、どこか嬉しそうだった。

ニヤニヤしたり、ニコニコしたり、まるで子どもだ。

それを怒っているルイとは、まるで兄弟のようである。


「あの、でも、どうして……ここに?」

「ん、俺さぁ、お使い頼まれ……」

「お使い!?」


まさに子どもじゃないか!?

彼の言葉を遮ってしまうくらいに、私は驚いた。

こんな筋肉ムキムキの成人男性に、お使いなんて頼める?

ルイは怒って筋肉質な肩を、バシリと叩いた。


「他国のことをベラベラ話すな!」

「あ、そーだったわぁ」

「まったく。セシリア、お前はまた別で説教だぞ!」


とばっちりだ。

どう考えたって、私はとばっちりにすぎない。


「ど、どうして、私も怒られなきゃいけないの!」

「他所の男に優しくするな!」

「優しく……?」


どこが?と言いたくなるのを止めた。

それを言ったら、彼がどれくらい怒ってしまうか、私には想像できたからだ。

そうしているうちに、またユーマッシュがニヤニヤ笑って、言う。


「嫉妬してるだけって言えば?」

「カリブス!!この家にある剣という剣を全部持ってこい!!」

「あ、それはちょっと待って~、俺、腕相撲の方が得意だからぁ」

「カリブス!!まだ寝てるのか!!」


ルイは兄を名前を叫びながら、去っていく。

その後ろをついていくユーマッシュは、まさに子どものようだった。

ニヤニヤ笑って、ルイに見えないように私に手を振る。

でもバレバレで、いい大人なのに、ルイから拳骨を食らっていた。


家の中が騒がしくなる。

ど、どうしよう。

お父様が帰ってくるまでに、みんな出て行ってくれるだろうか?



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