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第32話

「でも、その先住民の娘様は、もうお兄様のことはお忘れなんじゃないでしょうか?そういう場所は、決まりなどが厳しいのでは……」

「詳しいことは分からん。他国の内戦に巻き込まれた、というところまでしか聞いていなくてな」

「他国の内戦……内戦をしている国がまだあるんですね」

「戦争の種類は多様だからな」

「でも、お兄様が結婚しないのって……」

「いや、それはただ単に馬鹿だからだろう」

「え?」

「事実、アイツは剣を振るう以外は馬鹿だった」

「そ、そうなんですね……」


でも、少しだけ兄が剣を振るって、楽しそうにしている姿を見てみたい、と思った。

あの人は、いつもヘラヘラしているけれど、どこか寂しそうなのだ。

もしも、想い人にもう一度会えるなら。

会えるなら……。

兄はかつての兄に戻れるのでは、ないだろうか。


どちらにせよ、家のことは兄に任せていても駄目だと、父も分かっている。

それなら、いっそのこと騎士団で、しっかりとしていてもらった方がいい。

家のことはそれからだ。


「と、話してしまったが、よかったか、カリブス」

「え?」


ドアの方から顔を出したのは兄だった。

兄は、私をジロリと見る。


「父上には言わないでくれよ~。父上は、昔自分が騎士団に入れなかったからって、逆恨みしちゃうからさぁ」

「そ、そうなんですか?」

「でも、僕はもう騎士団に戻るつもりはないよ。戻ったって、大したことはできないさ」


ヘラッといつものように笑う。

その姿が、その態度が、すべて偽物だと分かっていても、私はそれしか知らない。

本当の兄は、どこにいるのだろうか。


「お兄様」

「僕はちゃんと家のことをするって、決めたんだから。セシリア、紅茶は?ああ、アリシアも連れてきたから」


アリシアは兄の後ろからやってきた。

この子も話を聞いていたのだろうか。

4人でテーブルを囲んで、お茶を飲む。

お兄様の美味しいクッキーを、アリシアに与える。

嬉しそうに食べる妹の顔を見て、兄が少しだけ笑っているような気がした。


そうか、私たちは兄弟になるのだ。

ここにいる全員は、ルイと私が結婚することで、家族になる。

少し、ルイが嬉しそうな気がした。


そのまま、私たちは軽い夕食をとって、話をして、そして就寝した。

妹を寝かしつけ、私はルイのところへ行く。


「ルイ」

「なんだ、夜這いか?」

「二度とクランベリーパイは作りませんよ」

「う……」


客室に泊まっているルイは、ある程度くつろいでくれているようだった。

ルイに向かって、私は話を始める。


「兄のこと、教えて下って、ありがとうございました。それとは別なのですが、落ち着いたらでいいので、サリーと話をしたいのですが」

「今のところ落ち着いて反省しているようだ。一時的な魔術か、薬のような気もするが、原因も目的も分からん。まだ危険だぞ」

「だからこそ、落ち着いてからでかまいません。理由を知りたくて。サリーって、あんな子じゃなかったんです。それに、最近、ちょっと悪い男性と一緒にいるところを見たと聞いて……」


メイドたちが見た、と言っていた話をルイに話す。

ルイはその存在を知って、表情を曇らせた。

悩んだような雰囲気になる。


「お前も夜中に男を見たのか?」

「はい……でも、どうして、この家なのか分からなくて」

「……あまり考えたくはないが、俺とお前の結婚かもしれないな」

「やはり、そうでしょうか。私が騎士団長の妻になる、ということなのかと、私も思って……」


やはり、私のせいなのだろうか。

色々なことを不安に思ってしまう。

一番不安なのは、今回のように誰かが怪我をしたり、妹が巻き込まれたりすることだ。


「不安なら、この部屋で寝るか?」

「な!」

「ふ、冗談だ」

「変なこと、言わないでください!」


結婚するとはいえ、まだ、正式に結婚はしていないのだ。

まだ同じ部屋で寝るほどではない。

でも、笑ったルイの顔は穏やかだった。


「お前は気にするな。心配なら、妹と一緒に寝るといい」

「い、いいんですか、妹と……」

「……まだ、覚醒はしていない。そう感じた」

「それは、よかった……」


私は胸をなでおろした。

だって、妹がもう魔女に覚醒している、と言われたら。

あの子の命がどうなってしまうのか。


「もう休め。何かあったらまた来るといいさ」

「はい、ありがとうございます」


そう返事をして、私は部屋へ戻った。



◇◇◇



「あれぇ?ルイ?何してるんだい?」

「お前こそ、何をしているんだ、カリブス」

「ん~、僕は紳士だからね。夜の散歩だよ?」

「こんな夜中に、散歩をする紳士がいるのか?」

「僕の家なんだから、いいだろ?」


ヘラヘラと笑って、カリブスはいつもの様子だ。

ルイフィリアは、静かに歩き出す。

2人の考えは同じだったのだろう。

サリーにつながっている存在が、今晩も来るかもしれない。

それを捕まえる。


2人は多くを語らずとも分かっているようだった。

特に話をすることもなく、歩いていく。

すると、使用人用のドアを静かに叩く音が聞こえる。

数回叩き、間が空いて、また数回。

明らかに合図をしているのが分かる。

ルイフィリアとカリブスは視線を合わせた。

カリブスがドアを開けると、そこにはフードを被った男が立っている。

男は、出てきたのがカリブスであるのを見て、急いで逃げようとした。

だが、そんなことが上手くいくはずもなく―――ルイフィリアの剣が、突き刺さる。

しかし、それでも男は逃げていく。


「傭兵か」

「うーん、そうかもね。強いというか、体力があるというか。ルイの剣を受けても平気っていうのは、なかなかいないからねぇ」

「追うぞ!」


ルイフィリアの言葉を聞いて、カリブスも走り出した。

男はどこまで行ったのか。

しかし、血が落ちているのでそれを追っていく。

相手の体格も覚えているので、見つけられるだろう、とルイフィリアは思った。


その時、男の悲鳴が聞こえた。

建物の裏、裏路地のあたりだ。

その方向へ行くと、男が倒れているではないか。

カリブスは、一瞬別の誰かがいたような気がしたが、それよりも目の前の存在を捕まえることの方が重要だ。


「貴様、何者だ」


フードを取ると、傭兵と呼んでもおかしくはない容姿の男だった。

顔には傷があり、きれいな顔とは言い難い。

体格はよく、マントの間からは筋肉質な腕や足が見えた。


「へッ、貴族のお坊ちゃまが直々にご登場とはね。あの娘は失敗したってことかい」

「お前がサリーを操っていたのか?」

「さあ、どうだろうね?悪魔に魂を売ったのは、あの娘だけじゃあ、ないんじゃないか?」

「なんだと?」


ルイフィリアは、まさかアリシアが魔女の魂を持っていることを知られているのか、と思う。

魔女の転生は、基本的に一部の者しか知らない。

たとえば、騎士団の上位者であったり、グラース家に関わるものであったり、というところだ。


「あの娘は、簡単だったよ。死にかけた親の為に、薬が欲しいと言ってな。まあ、そこら辺の雑草を煎じたカスを握らせたら、喜んでたぜ」

「サリーを騙したのかい、君?」


カリブスが男の顔を見て言った。

男は笑っている。


「はは、偽物の薬でも喜んで働いてくれたからな」

「サリーに魔術はかけてないってことかい?それとも、別の薬を与えた?」

「さあ、どうだったかな?」


はあ、とカリブスは大きなため息をついた。


「まあ、サリーのことはどうでもいいや。どうして、我が家に入り込んできたのかな?目的は?」

「目的?ああ、馬鹿な貴族の家に入り込んで、金目のものを盗みたかったのさ!」


本当にそれだけだろうか、とカリブスは思う。

それならば、最初から自分が入り込んでいればよかった話だ。

しかし、わざわざサリーを使ったのは何なのか。

ルイフィリアも同じことを思っているようである。


「………貿易の商品が欲しかったのさ。今回の貿易で、珍しいものが入ってくるようでね」


別の存在の声がした。

驚いて、ルイフィリアとカリブスが見る。


そこにいたのは、フードを被った別の男だった。

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