「でも、その先住民の娘様は、もうお兄様のことはお忘れなんじゃないでしょうか?そういう場所は、決まりなどが厳しいのでは……」
「詳しいことは分からん。他国の内戦に巻き込まれた、というところまでしか聞いていなくてな」
「他国の内戦……内戦をしている国がまだあるんですね」
「戦争の種類は多様だからな」
「でも、お兄様が結婚しないのって……」
「いや、それはただ単に馬鹿だからだろう」
「え?」
「事実、アイツは剣を振るう以外は馬鹿だった」
「そ、そうなんですね……」
でも、少しだけ兄が剣を振るって、楽しそうにしている姿を見てみたい、と思った。
あの人は、いつもヘラヘラしているけれど、どこか寂しそうなのだ。
もしも、想い人にもう一度会えるなら。
会えるなら……。
兄はかつての兄に戻れるのでは、ないだろうか。
どちらにせよ、家のことは兄に任せていても駄目だと、父も分かっている。
それなら、いっそのこと騎士団で、しっかりとしていてもらった方がいい。
家のことはそれからだ。
「と、話してしまったが、よかったか、カリブス」
「え?」
ドアの方から顔を出したのは兄だった。
兄は、私をジロリと見る。
「父上には言わないでくれよ~。父上は、昔自分が騎士団に入れなかったからって、逆恨みしちゃうからさぁ」
「そ、そうなんですか?」
「でも、僕はもう騎士団に戻るつもりはないよ。戻ったって、大したことはできないさ」
ヘラッといつものように笑う。
その姿が、その態度が、すべて偽物だと分かっていても、私はそれしか知らない。
本当の兄は、どこにいるのだろうか。
「お兄様」
「僕はちゃんと家のことをするって、決めたんだから。セシリア、紅茶は?ああ、アリシアも連れてきたから」
アリシアは兄の後ろからやってきた。
この子も話を聞いていたのだろうか。
4人でテーブルを囲んで、お茶を飲む。
お兄様の美味しいクッキーを、アリシアに与える。
嬉しそうに食べる妹の顔を見て、兄が少しだけ笑っているような気がした。
そうか、私たちは兄弟になるのだ。
ここにいる全員は、ルイと私が結婚することで、家族になる。
少し、ルイが嬉しそうな気がした。
そのまま、私たちは軽い夕食をとって、話をして、そして就寝した。
妹を寝かしつけ、私はルイのところへ行く。
「ルイ」
「なんだ、夜這いか?」
「二度とクランベリーパイは作りませんよ」
「う……」
客室に泊まっているルイは、ある程度くつろいでくれているようだった。
ルイに向かって、私は話を始める。
「兄のこと、教えて下って、ありがとうございました。それとは別なのですが、落ち着いたらでいいので、サリーと話をしたいのですが」
「今のところ落ち着いて反省しているようだ。一時的な魔術か、薬のような気もするが、原因も目的も分からん。まだ危険だぞ」
「だからこそ、落ち着いてからでかまいません。理由を知りたくて。サリーって、あんな子じゃなかったんです。それに、最近、ちょっと悪い男性と一緒にいるところを見たと聞いて……」
メイドたちが見た、と言っていた話をルイに話す。
ルイはその存在を知って、表情を曇らせた。
悩んだような雰囲気になる。
「お前も夜中に男を見たのか?」
「はい……でも、どうして、この家なのか分からなくて」
「……あまり考えたくはないが、俺とお前の結婚かもしれないな」
「やはり、そうでしょうか。私が騎士団長の妻になる、ということなのかと、私も思って……」
やはり、私のせいなのだろうか。
色々なことを不安に思ってしまう。
一番不安なのは、今回のように誰かが怪我をしたり、妹が巻き込まれたりすることだ。
「不安なら、この部屋で寝るか?」
「な!」
「ふ、冗談だ」
「変なこと、言わないでください!」
結婚するとはいえ、まだ、正式に結婚はしていないのだ。
まだ同じ部屋で寝るほどではない。
でも、笑ったルイの顔は穏やかだった。
「お前は気にするな。心配なら、妹と一緒に寝るといい」
「い、いいんですか、妹と……」
「……まだ、覚醒はしていない。そう感じた」
「それは、よかった……」
私は胸をなでおろした。
だって、妹がもう魔女に覚醒している、と言われたら。
あの子の命がどうなってしまうのか。
「もう休め。何かあったらまた来るといいさ」
「はい、ありがとうございます」
そう返事をして、私は部屋へ戻った。
◇◇◇
「あれぇ?ルイ?何してるんだい?」
「お前こそ、何をしているんだ、カリブス」
「ん~、僕は紳士だからね。夜の散歩だよ?」
「こんな夜中に、散歩をする紳士がいるのか?」
「僕の家なんだから、いいだろ?」
ヘラヘラと笑って、カリブスはいつもの様子だ。
ルイフィリアは、静かに歩き出す。
2人の考えは同じだったのだろう。
サリーにつながっている存在が、今晩も来るかもしれない。
それを捕まえる。
2人は多くを語らずとも分かっているようだった。
特に話をすることもなく、歩いていく。
すると、使用人用のドアを静かに叩く音が聞こえる。
数回叩き、間が空いて、また数回。
明らかに合図をしているのが分かる。
ルイフィリアとカリブスは視線を合わせた。
カリブスがドアを開けると、そこにはフードを被った男が立っている。
男は、出てきたのがカリブスであるのを見て、急いで逃げようとした。
だが、そんなことが上手くいくはずもなく―――ルイフィリアの剣が、突き刺さる。
しかし、それでも男は逃げていく。
「傭兵か」
「うーん、そうかもね。強いというか、体力があるというか。ルイの剣を受けても平気っていうのは、なかなかいないからねぇ」
「追うぞ!」
ルイフィリアの言葉を聞いて、カリブスも走り出した。
男はどこまで行ったのか。
しかし、血が落ちているのでそれを追っていく。
相手の体格も覚えているので、見つけられるだろう、とルイフィリアは思った。
その時、男の悲鳴が聞こえた。
建物の裏、裏路地のあたりだ。
その方向へ行くと、男が倒れているではないか。
カリブスは、一瞬別の誰かがいたような気がしたが、それよりも目の前の存在を捕まえることの方が重要だ。
「貴様、何者だ」
フードを取ると、傭兵と呼んでもおかしくはない容姿の男だった。
顔には傷があり、きれいな顔とは言い難い。
体格はよく、マントの間からは筋肉質な腕や足が見えた。
「へッ、貴族のお坊ちゃまが直々にご登場とはね。あの娘は失敗したってことかい」
「お前がサリーを操っていたのか?」
「さあ、どうだろうね?悪魔に魂を売ったのは、あの娘だけじゃあ、ないんじゃないか?」
「なんだと?」
ルイフィリアは、まさかアリシアが魔女の魂を持っていることを知られているのか、と思う。
魔女の転生は、基本的に一部の者しか知らない。
たとえば、騎士団の上位者であったり、グラース家に関わるものであったり、というところだ。
「あの娘は、簡単だったよ。死にかけた親の為に、薬が欲しいと言ってな。まあ、そこら辺の雑草を煎じたカスを握らせたら、喜んでたぜ」
「サリーを騙したのかい、君?」
カリブスが男の顔を見て言った。
男は笑っている。
「はは、偽物の薬でも喜んで働いてくれたからな」
「サリーに魔術はかけてないってことかい?それとも、別の薬を与えた?」
「さあ、どうだったかな?」
はあ、とカリブスは大きなため息をついた。
「まあ、サリーのことはどうでもいいや。どうして、我が家に入り込んできたのかな?目的は?」
「目的?ああ、馬鹿な貴族の家に入り込んで、金目のものを盗みたかったのさ!」
本当にそれだけだろうか、とカリブスは思う。
それならば、最初から自分が入り込んでいればよかった話だ。
しかし、わざわざサリーを使ったのは何なのか。
ルイフィリアも同じことを思っているようである。
「………貿易の商品が欲しかったのさ。今回の貿易で、珍しいものが入ってくるようでね」
別の存在の声がした。
驚いて、ルイフィリアとカリブスが見る。
そこにいたのは、フードを被った別の男だった。