きれいな見た目の兄は、普通の女性が見れば恋に落ちるような存在だろう。
でも私はその中身を知っていたので、きれいだな、と思う程度で終わる。
アリシアの方がもっときれいで、もっと可愛い!
もっともっと可愛いのよ!
私はそんなことを思いながら、兄の横顔に残念なため息をついていたら、兄が笑った。
「そろそろルイが、戻るんじゃないかなぁ?」
「ルイは買い物に行っているんでしょう?」
「うん、そうだよ。でも、早く帰って来なきゃ意味がないからね」
「どういう意味ですか?」
そんな話をしていると、馬の走ってくる音がした。
本当に帰ってきたのか、と思って、私は兄を置いてそちらへ向かう。
ルイはユキから降りてくるところだった。
「ルイ、お帰りなさい。出ておられたんですね」
「セシリア……!」
ルイは荷物を持っていたようなので、私はユキの手綱を握る。
馬から降りたルイがこちらを見ていた。
ユキは私に顔を寄せてくれて、とても可愛い。
本当にきれいで、いい馬。
よしよし、と鼻筋を撫でていると、私も馬に乗りたくなってくる。
「セシリア」
「はい」
「お前にだ」
「なんでしょうか?」
差し出されたものを受け取ったけれど、ルイは黙っている。
なんで、黙っているのだろうか。
あ、恥ずかしいのか!
そう気づいた時、すでにルイはユキの手綱を握って馬小屋に連れて行っていた。
袋の中を見れば、私の好きなパンが入っている。
どうして、これが好きだって知っていたんだろうか。
「ルイ、これを買いに行っていたんですか?」
「……まあな」
「ありがとうございます。夕食はこのパンに合うものにしましょうね」
「おい、セシリア」
「はい」
馬小屋にユキを入れ、ルイは私の方へやってきた。
彼は私を見つめ、静かに問いかける。
「いつ、戻れる」
「あ、そうですね……」
「まだ戻れんのか」
「その、妹の様子を見てから……」
「アイツがいるから、心配は要らんだろう」
「兄のことですか?でも、あの人は、何もしないので」
2人で屋敷までの道をゆっくりと歩いた。
整った庭を歩きながら、2人で話をする。
ルイはあまり視線を合わせようとはしなかったけれど、それは恥ずかしいからだ。
「アイツからは口止めをされているのだが」
「え?」
「やはり、何も聞いていないか」
「ええ、兄のことは何も」
「そうか。アイツと俺は、深い付き合いをしていないということで、周囲には伝えているんだ」
「では、何か深い関係ですか?兄はパーティーで会った程度、と」
「そういう話にしているだけだ」
そういう話、とは。
つまり、本当は違うということ?
でも、そんな雰囲気は兄にはなかった。
「アイツは」
ルイがそう言った時、遠くで物が割れるような大きな音と、悲鳴が聞こえる。
何があったのか、と思っているとルイがその音のする方向へ走り出した。
私も後を追ったけれど、速い。
さすが、騎士団長。
その足の速さは、目を見張る。
でも、これくらいなきゃ、騎士団長なんてできないのかもしれない。
声のした先では、メイドが集まっていた。
窓ガラスが割れて、怪我をしている者がいる。
兄もその状況を見ていた。
「何があったの?」
「セシリア様!誰かが外から石を投げてきて……!」
「そんなことありえ……」
「セシリア、絨毯が汚れるから、傷の手当てを先にしてくれないか?」
怪我をしたメイドの目の前で、兄は私を遮って言った。
確かに、怪我をした者の手当の方が先なのは、当たり前。
私は、メイドたちに指示をして、怪我の手当てや片付けをさせる。
「うーん、修繕に費用がかかりそうだねぇ。父上に怒られるかな?」
「カリブス、そんなことを言っている暇はないだろう。早く業者を手配しろ」
「分かったよ、ルイ」
兄は、ルイの指示を素直に聞いていた。
こんな兄を見るのは初めてだ。
驚いた、正直、本当に驚いた。
兄はメイドに話をして、すぐに業者を呼ぶ手配をしている。
「ルイ、片付けはさせますから、あなたは離れてください」
「ああ、頼む」
ルイは場所を離れ、私は割れてしまった窓を見る。
窓は確かに割れているけれど、おかしいのだ。
だって、ここはウォーレンス家の屋敷。
屋敷の建物までには、庭がある。
たとえば、通りから石を投げて犯人が逃げる、なんてことができないのだ。
正確には、できるけれど時間がかかる。
こんな真昼間にできることではないから、おかしい。
「もしかして……誰かが屋敷の」
私がそれを言おうとした時、また兄が目の前に来た。
「セシリア、アリシアを見に行かなくていいのかい?」
「あ、アリシア!!」
兄を押しのけて、私はアリシアの部屋へ急いだ。
あの子は部屋で眠っているはず。
もしも誰かが屋敷に入ってきているなら。
侵入者がいるなら。
アリシア!
「行ったねぇ」
「カリブス。お前は妹が心配ではないのか?」
「心配だよ。でも、今はそれだけじゃないだろ?」
私は、兄とルイの会話など耳にも入らず、アリシアの元へ急いだ。
アリシアの部屋に飛び込んで、まだ眠っている妹を見つけられて安心した。
よかった、と小さな妹を見つめて思う。
額にかかった前髪を梳いて、上がった息をできるだけ抑える。
「アリシア……よかった……」
もしも侵入者がいるのなら、何の為に?
何が目的?
でも、それすらはっきり分からない。
嫌だな、気分が悪い。
「ん、お、姉様?」
「起こしちゃった?ごめんなさいね、アリシア」
「いえ、大丈夫です」
ベッドから起き上がろうとする妹を抱きしめようと、腕を広げた。
その時、妹の目が見開いて、叫ぶ。
「お姉様!!」
「え?」
振り返ろうと思った時、後ろに誰かがいることに気づいた。
振り上げられたもの、狙われた私の背中。
それを見ている、妹。
「ダメ!!」
私はアリシアを抱きしめて、彼女は私の腕の中にいた。
この子は守る。
絶対に、守る。
何か痛みがくるかもしれない、と想像していたけれど、何もなかった。
え、と思って見れば、アリシアがその人物の方へ手を向けているだけ。
その先には、倒れたサリーがいる。
「サリー?」
ああ、違う。
もうこの子は私の知っているサリーではない。
その目は汚く淀んで、私を睨んでいた。
手に握られているのは銀のハサミ。
アリシアのハサミを盗んだのはサリーだったのか。
じゃあ、私のドレスを引き裂いたのも?
「サリー、どうして?」
「う、うう、う……!!」
サリーはハサミを握って部屋を飛び出した。
「待って!!サリー!!」
「お姉様!!行かないでください!!危険です!」
アリシアに捕まれて、私はそこから動けなくなる。
でも、今行かなければ、逃げられてしまうかもしれない。
逃げられてしまったら、真相も理由も何もかもが分からなくなってしまう。
「アリシア、ここにいて!」
「お姉様!!」
私は、妹をベッドに残し、走った。
サリーは階段を駆け下りて行く。
「サリー!!」
あの子はこんな子じゃなかった。
真面目で一生懸命で、笑うと可愛い子だった。
そして、王子のところに行くアリシアに、ついっていってくれる子なのよ!!
こんな危険なことをするような子じゃない!
「サリー!!」
サリーは、信じられないくらい足が速かった。
ど、どうしてこんなに足が速いの?
なんでこんなに速いのよ!?
その時、視線の先に兄とルイが見えた。
ルイはすぐにその状況が理解できたようだ。
おかしくなったサリーの様子と、私が追いかけていること。
すべての状況を察して、腰の剣に手を伸ばす。
いや、剣で斬ったら危ないでしょ!?
「ダメーッ!!」
私が大声で叫んだから、ルイの手が止まった。
サリーは兄の方を睨み、そちらに向かっていく。
銀のハサミが兄に向けられた。
「ねえ、ルイ?女の子に剣を向けるなんて野暮なことするなよ」
兄は、何も変わらなかった。
いつもと同じ調子で、口調で言う。
でも、向かってくるサリーを上手にかわして、後ろの首筋に手刀を入れた。
サリーは意識を失って、ドサリとその場に倒れてしまう。
「はぁ、疲れるねぇ」
いつもと同じ調子の兄がそこにいる。
疲れた、と言ってわざとらしく肩を自分で叩いたりしていた。
何が、起こったの?