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第27話

そそくさと馬車に乗って、あの男性のことは忘れようと思った。

嫌なことばかりが続くから、ちょっと気持ちがふさぎ込んでいるんだ。

そう思うようにする。


「お姉様、大丈夫ですか?さっきの殿方とぶつかって、お怪我でもしたのではありませんか?」

「大丈夫よ、アリシア。怪我はしていないわ。ちょっと気になることがあっただけよ」

「え、お姉様ってあんな殿方が気になるんですか?」

「へ!?変なこと言わないで!?そういう意味ではないわよ!?」

「そうですよね、グラース様がいらっしゃるから……」

「そ、そうよ!?私には、その、あの、ルイが、ルイがいるからね??」


私は、困り果て、焦ってしまっていた。

アリシアは不思議そうに眺めているし、サリーは恥ずかしそうに下を向いている。

ああ、恥ずかしい。

自分の中でも、恥ずかしくって、顔が真っ赤になってしまう。


馬車は屋敷に向かっていく。

馬車の中の雰囲気が、微妙になってしまった~。

ああ、ごめんね。

こんなことをになっちゃうなんて。


屋敷に到着して、馬車から降りる。

ふと、馬小屋の方を見ると真っ白な馬がいた。


「ユキ?」


そこには、ルイの馬であるユキがいたのだ。

似た馬?と思ったけれど、近づけば絶対にユキだと思った。


「ユキ?どうして、ここにいるの?」


ユキの顔を撫でると、ユキは私に顔を寄せてくれた。

ここにユキがいるってことは、もしかして。

ルイが来ているってこと?


「俺がここに来たからだ」


その声を聞いて、私は振り返った。

そこにいたのは、ルイだ。

まだ数日しか離れていないのに、なんだかとても懐かしい。


「ど、どうして」

「ふん、いつまで経っても、お前から連絡がないからな」

「い、今!今、手紙を出してきたんです!」

「遅い。妻なら到着した日に、安否を寄越せ」

「い、い、色々、あったんですよ……」


ルイは、私に近づき、顔を見てきた。

頬に触れ、顔色でも見ているのか。

赤い目が私を見つめている。


「太ったか?」

「それって!女の子に言っていい台詞じゃありません!!」

「冗談だ。顔色が悪いぞ。食べて、寝ているのか?」

「食べていますし!寝ています!」

「そうか。それならばいい」


私の顔から離れたルイは、視線を動かす。

その先にいたのはアリシアだった。

2人の間には、冷たい空気が流れている。


「まだ……」


ルイが小さくつぶやいたのが聞こえたけれど、その意味は分からなかった。

彼は妹のことを魔女として見ているのか。

それとも、まだ年齢相応の女の子として、見てくれるだろうか。


私は、妹を殺されたくない。

殺してほしくもない。

だから、どうにかして魔女に覚醒するのを止めたいのだ。


「お久しぶりです、グラース様」

「……少しは落ち着いているようだな」

「何のお話でしょうか。お姉様がお世話になっております」

「もう俺の妻だからな。お前が気にすることはない」


金色の髪の2人が、面と向き合っている。

いや、どっちも美人なのに恐いだろ!

睨み合う2人。

その間になんとか入り込んだ。


「お、お、お茶にしましょう!!」

「茶などいらん。帰るぞ、セシリア」

「え、もう帰るんですか?」

「お前も一緒に帰るんだ」

「え!?」


グイッとルイに腕を掴まれて、私は引っ張られてしまった。

それを見たアリシアが、私に飛びついてくる。

両目をウルウルさせて、私を見上げてくる。


「お姉様!!もう少しいてください!!」

「アリシア!?」

「お姉様がいなくちゃ、私、こわいですぅ!!」


泣き出すアリシアを見ていたけれど、ルイは視線を知らして気にしないようにしていた。

視界に入れないようにして、私の手を握ったままだ。

こんな時。

どうしたらいいか。


「クランベリーパイを食べましょ。まずはそれからよ」

「はい、食べます!」


妹はパッ明るい顔に戻った。

ルイを見ると、黙っていたけれど食べるのだろう。

黙って私たち姉妹の後ろをついてくるからだ。

クランベリーパイはたくさん買っておいてよかった。

ルイも好きだから、食べるだろうし、私もちょっと興味がある。

自分で作ることが多かったから、別の人が作ったものを食べてみたい。


アリシアは私にベッタリと引っ付いていて、ルイはそれを黙って後ろから見ていた。

でも、まるで穴が空きそうなくらいに、見られている……!

こわい。

恐いくらいにこっちを睨んでいるじゃないか!?

でも、アリシアは分かっていないのか、ずっと私の手を握っている。


屋敷内へ戻り、2人を食堂へ案内した。

できるだけ席を離して座らせ、間に私が入る。

メイドにクランベリーパイを持ってくるように頼み、私は緊張する中間にいた。


「アリシア、体調は大丈夫?」

「はい、大丈夫です、お姉様!」

「よかった。ルイ、お茶はいかがかしら?私のお気に入りなの」

「……いただこう」


私が話しかけなければ、誰も口を開かない。

なんて恐ろしい雰囲気なのか。

ルイは、この屋敷にやってきたことがないので、静かに家の中を見ている。

しかしそれは足を動かして、移動を持って見ているのではなく、席に座り、足を組んだまま、視線だけを動かしていた。


ルイにお茶を準備する時、そういえばこの家の中には兄がいたはず。

兄がルイの相手をできるかは分からないけれど、この雰囲気よりはマシだろうか。

メイドに兄を呼んでくるように頼んだら、兄は屋敷の中を走って、食堂に飛び込んできた。


「久しいね!ルイ!」

「ああ、お前か」

「いやあ、今度会うのは結婚式の時だろうと思っていたから、会えて嬉しいよ。元気にしていたかい?」

「お前よりは上手くやっていた。相変わらずうるさい男だな」

「来るなら来ると言ってくれよ。パーティーの準備でもしておいたのに!」


兄がそう言った瞬間、ルイはギロリと兄を睨みつけた。


「お前は!家のことなど何も分かっていないのか!」

「そんな大声を出すなよ、ルイ」


怒鳴られたというのに、兄はヘラヘラとしていた。

昔から、兄はこういう時にヘラヘラしている人なのだ。

争いごとや、嫌なことがあれば、それから逃げる。

逃げることが大得意。

ルイは今まで以上にイライラして、テーブルを激しく叩いた。


私は失敗だった、と思って愕然とする。

せっかくルイの相手を兄にしてもらおう、と思ったのだけれど、無駄だった。

期待するだけ無駄だったのである。


こうなったら、もう助けてくれるのはクランベリーパイしかない。


私はメイドのところへ走っていき、急いでクランベリーパイとお茶を急いで取りにいった。

まだお湯が沸いていないと、メイドたちは大慌てだ。

それでも、先にクランベリーパイだけを持っていく。


アリシアに渡し、それからルイへクランベリーパイを差し出した。

ルイは一瞬クランベリーパイを見て、機嫌を取り直し、静かにフォークを握った。


サクッ、と音を立てて、クランベリーパイがルイの口へ運ばれる。

しかし彼は食べた瞬間に、表情を曇らせた。


「お前が作ったパイじゃない」


子どもか!

ルイはパイを食べながら、不満そうにしている。

それでも食べているのは、好きだからだろう。


「なんだ、セシリアが作ったクランベリーパイじゃないのか」

「こ、これは、買って来たものですけど……」

「俺はお前の作ったクランベリーパイだと思ったんだぞ。あれはないのか?」

「つ、つ、作ってません……」


私は恥ずかしくなってきて、顔が赤くなる。

ルイはクランベリーパイをしっかりと食べてしまったのに、それでも私の作ったものの方がいい、と言い切った。


それを見た兄が笑う。

それは、それは、声高らかに笑ったのだ。


「なんだ、いい夫婦じゃないか!セシリアの作ったパイに惚れこんでいるなぁ、ルイ!」


そう言われた瞬間。

ルイは目を丸くして、みるみる顔が赤くなってきた。

ああ、きっと彼の限界だ。

私はそう思う。

彼は、赤くなった顔を隠すようにして席を立ち、窓の方を向いてしまった。


小さな声で何か言っている。


「セシリアの作ったものは、美味いんだ……」


嬉しい言葉だけれど、お互い恥ずかしくて、真っ赤になってしまっている。

私たちはまだまだ、夫婦にはなりきれていないのだ。





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