そそくさと馬車に乗って、あの男性のことは忘れようと思った。
嫌なことばかりが続くから、ちょっと気持ちがふさぎ込んでいるんだ。
そう思うようにする。
「お姉様、大丈夫ですか?さっきの殿方とぶつかって、お怪我でもしたのではありませんか?」
「大丈夫よ、アリシア。怪我はしていないわ。ちょっと気になることがあっただけよ」
「え、お姉様ってあんな殿方が気になるんですか?」
「へ!?変なこと言わないで!?そういう意味ではないわよ!?」
「そうですよね、グラース様がいらっしゃるから……」
「そ、そうよ!?私には、その、あの、ルイが、ルイがいるからね??」
私は、困り果て、焦ってしまっていた。
アリシアは不思議そうに眺めているし、サリーは恥ずかしそうに下を向いている。
ああ、恥ずかしい。
自分の中でも、恥ずかしくって、顔が真っ赤になってしまう。
馬車は屋敷に向かっていく。
馬車の中の雰囲気が、微妙になってしまった~。
ああ、ごめんね。
こんなことをになっちゃうなんて。
屋敷に到着して、馬車から降りる。
ふと、馬小屋の方を見ると真っ白な馬がいた。
「ユキ?」
そこには、ルイの馬であるユキがいたのだ。
似た馬?と思ったけれど、近づけば絶対にユキだと思った。
「ユキ?どうして、ここにいるの?」
ユキの顔を撫でると、ユキは私に顔を寄せてくれた。
ここにユキがいるってことは、もしかして。
ルイが来ているってこと?
「俺がここに来たからだ」
その声を聞いて、私は振り返った。
そこにいたのは、ルイだ。
まだ数日しか離れていないのに、なんだかとても懐かしい。
「ど、どうして」
「ふん、いつまで経っても、お前から連絡がないからな」
「い、今!今、手紙を出してきたんです!」
「遅い。妻なら到着した日に、安否を寄越せ」
「い、い、色々、あったんですよ……」
ルイは、私に近づき、顔を見てきた。
頬に触れ、顔色でも見ているのか。
赤い目が私を見つめている。
「太ったか?」
「それって!女の子に言っていい台詞じゃありません!!」
「冗談だ。顔色が悪いぞ。食べて、寝ているのか?」
「食べていますし!寝ています!」
「そうか。それならばいい」
私の顔から離れたルイは、視線を動かす。
その先にいたのはアリシアだった。
2人の間には、冷たい空気が流れている。
「まだ……」
ルイが小さくつぶやいたのが聞こえたけれど、その意味は分からなかった。
彼は妹のことを魔女として見ているのか。
それとも、まだ年齢相応の女の子として、見てくれるだろうか。
私は、妹を殺されたくない。
殺してほしくもない。
だから、どうにかして魔女に覚醒するのを止めたいのだ。
「お久しぶりです、グラース様」
「……少しは落ち着いているようだな」
「何のお話でしょうか。お姉様がお世話になっております」
「もう俺の妻だからな。お前が気にすることはない」
金色の髪の2人が、面と向き合っている。
いや、どっちも美人なのに恐いだろ!
睨み合う2人。
その間になんとか入り込んだ。
「お、お、お茶にしましょう!!」
「茶などいらん。帰るぞ、セシリア」
「え、もう帰るんですか?」
「お前も一緒に帰るんだ」
「え!?」
グイッとルイに腕を掴まれて、私は引っ張られてしまった。
それを見たアリシアが、私に飛びついてくる。
両目をウルウルさせて、私を見上げてくる。
「お姉様!!もう少しいてください!!」
「アリシア!?」
「お姉様がいなくちゃ、私、こわいですぅ!!」
泣き出すアリシアを見ていたけれど、ルイは視線を知らして気にしないようにしていた。
視界に入れないようにして、私の手を握ったままだ。
こんな時。
どうしたらいいか。
「クランベリーパイを食べましょ。まずはそれからよ」
「はい、食べます!」
妹はパッ明るい顔に戻った。
ルイを見ると、黙っていたけれど食べるのだろう。
黙って私たち姉妹の後ろをついてくるからだ。
クランベリーパイはたくさん買っておいてよかった。
ルイも好きだから、食べるだろうし、私もちょっと興味がある。
自分で作ることが多かったから、別の人が作ったものを食べてみたい。
アリシアは私にベッタリと引っ付いていて、ルイはそれを黙って後ろから見ていた。
でも、まるで穴が空きそうなくらいに、見られている……!
こわい。
恐いくらいにこっちを睨んでいるじゃないか!?
でも、アリシアは分かっていないのか、ずっと私の手を握っている。
屋敷内へ戻り、2人を食堂へ案内した。
できるだけ席を離して座らせ、間に私が入る。
メイドにクランベリーパイを持ってくるように頼み、私は緊張する中間にいた。
「アリシア、体調は大丈夫?」
「はい、大丈夫です、お姉様!」
「よかった。ルイ、お茶はいかがかしら?私のお気に入りなの」
「……いただこう」
私が話しかけなければ、誰も口を開かない。
なんて恐ろしい雰囲気なのか。
ルイは、この屋敷にやってきたことがないので、静かに家の中を見ている。
しかしそれは足を動かして、移動を持って見ているのではなく、席に座り、足を組んだまま、視線だけを動かしていた。
ルイにお茶を準備する時、そういえばこの家の中には兄がいたはず。
兄がルイの相手をできるかは分からないけれど、この雰囲気よりはマシだろうか。
メイドに兄を呼んでくるように頼んだら、兄は屋敷の中を走って、食堂に飛び込んできた。
「久しいね!ルイ!」
「ああ、お前か」
「いやあ、今度会うのは結婚式の時だろうと思っていたから、会えて嬉しいよ。元気にしていたかい?」
「お前よりは上手くやっていた。相変わらずうるさい男だな」
「来るなら来ると言ってくれよ。パーティーの準備でもしておいたのに!」
兄がそう言った瞬間、ルイはギロリと兄を睨みつけた。
「お前は!家のことなど何も分かっていないのか!」
「そんな大声を出すなよ、ルイ」
怒鳴られたというのに、兄はヘラヘラとしていた。
昔から、兄はこういう時にヘラヘラしている人なのだ。
争いごとや、嫌なことがあれば、それから逃げる。
逃げることが大得意。
ルイは今まで以上にイライラして、テーブルを激しく叩いた。
私は失敗だった、と思って愕然とする。
せっかくルイの相手を兄にしてもらおう、と思ったのだけれど、無駄だった。
期待するだけ無駄だったのである。
こうなったら、もう助けてくれるのはクランベリーパイしかない。
私はメイドのところへ走っていき、急いでクランベリーパイとお茶を急いで取りにいった。
まだお湯が沸いていないと、メイドたちは大慌てだ。
それでも、先にクランベリーパイだけを持っていく。
アリシアに渡し、それからルイへクランベリーパイを差し出した。
ルイは一瞬クランベリーパイを見て、機嫌を取り直し、静かにフォークを握った。
サクッ、と音を立てて、クランベリーパイがルイの口へ運ばれる。
しかし彼は食べた瞬間に、表情を曇らせた。
「お前が作ったパイじゃない」
子どもか!
ルイはパイを食べながら、不満そうにしている。
それでも食べているのは、好きだからだろう。
「なんだ、セシリアが作ったクランベリーパイじゃないのか」
「こ、これは、買って来たものですけど……」
「俺はお前の作ったクランベリーパイだと思ったんだぞ。あれはないのか?」
「つ、つ、作ってません……」
私は恥ずかしくなってきて、顔が赤くなる。
ルイはクランベリーパイをしっかりと食べてしまったのに、それでも私の作ったものの方がいい、と言い切った。
それを見た兄が笑う。
それは、それは、声高らかに笑ったのだ。
「なんだ、いい夫婦じゃないか!セシリアの作ったパイに惚れこんでいるなぁ、ルイ!」
そう言われた瞬間。
ルイは目を丸くして、みるみる顔が赤くなってきた。
ああ、きっと彼の限界だ。
私はそう思う。
彼は、赤くなった顔を隠すようにして席を立ち、窓の方を向いてしまった。
小さな声で何か言っている。
「セシリアの作ったものは、美味いんだ……」
嬉しい言葉だけれど、お互い恥ずかしくて、真っ赤になってしまっている。
私たちはまだまだ、夫婦にはなりきれていないのだ。