目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報
第25話

夕食が終わり、妹が眠ったのを確認してから私は自分の部屋に戻った。

そして、ポケットの中から引き裂かれたドレスの一部を見る。

まさか、あの子が。

分からない。

それが事実か分からない。

証拠がない。

ただ、そこに切れ端があっただけ。


自室で、裂かれたドレスを開く。

同じ生地。

ああ、同じものだ。

違うものであったらよかったのに、と思ってしまう。

でも、こうなってしまったなら仕方ない。


私は、裂かれた布を眺め、こっちはリボンに、こっちは紐に、と様々なことを考える。

赤い生地が、ルイの目を思い出させた。

いや、彼の目はもう少し澄んでいるかも。

私はそんなことを考えながら、針と糸を引っ張り出してくる。


私に縫物を教えてくれたのは、メイド長だった。

母はあまり得意ではなかったので、年配のメイド長が縫物や刺繍を教えてくれたのだ。

あの人はとても多才だった。

本当にメイドなの?と疑問に思ってしまうくらい。

彼女は、丁寧に教えてくれて、教え方も上手かった。

まるで教師のように、褒めてさえくれる。

私は養女だけれどこの家の娘だから、褒めるのは当たり前だと誰もが思うだろう。

でも違うの。

あの人は、私の間違えも正してくれるし、𠮟ってもくれた。


きっと、私が養女で苦労すると分かっていたからじゃないだろうか。

でも、あの人はもういない。

父が辞めさせてしまったから。

あの人は、私にとってもう1人の母と言っても、過言ではない。

でもそんなこと、家族の誰も知らないことだろう。


今頃、田舎に帰っているのだろうか。

それとも、他所の屋敷でメイドをしているだろうか。

安否だけでも知りたいな、と思いながら、針を進める。


時間が深夜になった頃、私は物音に気付いた。

嫌だな、何の音?

でも、メイドの数を減らしてしまっているから、正直なところ恐い。

何かあったなら、対処できる人間が、兄しかいないじゃないか。

兄なんかじゃ役に立たないかもしれないけれど、どうしよう。

兄に声をかけようか。


部屋の窓から外を見ると、ポツ、と外に小さな灯りが見えた。

灯り?ということは、人がいるのではないか。

誰かが何かの作業をしているならいい。

メイドが片づけをしている、とか。

でも、こんな時間に見回り以外では何もしないだろう。


私は確認だけのつもりで、部屋を出た。

夜は冷える。

自分のランプを握り、どこかに人がいるのではないか、と思って歩き出す。

強盗とか、そんなのじゃないといいな。

きっと、メイドの誰かが明日の仕込みをしているんだ。

いいことを考えよう。


長い廊下を歩き、一番端の窓へ来た。

窓の外に人影が見える。

慌てて隠れると、外に人が2人いるようだ。


こんな時間に2人、となれば想像できるのは逢引だ。

メイドの誰かが、誰かと逢引しているのは、よくある話。

気づかれないように、静かに視線を向けると、そこにいたのはサリーだった。

サリーの悪い噂を思い出す。

あ、もしかしてアレは本当の話だったの?

あの真面目なサリーが、危ない男と会っている?

でも、もしも彼女が本気なら、それはそれでいいんじゃなかろうか、と思う。


男の顔はよく見えなかったけれど、とても体格がよくて、身長が高い。

フードを被っているから、鼻があるのは見えるけれど、それ以上は見えないといったところだ。

サリーも年頃だから、恋をすることもあるだろう。

物音の正体が分かったから、私は安心して戻ろうと思った。

でも、少しだけ嫌な予感がする。


怪我をした妹。

裂かれたドレス。

人数が減ったメイド。

両親がいない。

兄は頼りにならない。

私が、グラース家から戻っている。


なんとなく、すべてが重なっているような。

そんな気がする。

そんな、悪い予感。

胸元の赤いペンダントが、熱くなる。

部屋に戻ろう、と思ってとにかく急いで踵を返す。

部屋のドアには鍵をかけ、すぐにベッドに入る。

ペンダントを握り締めて、布団の中で祈った。


ああ、神様。

そもそもこの世界に神様はいるのか?

それは謎だけれど。

でも、神様。

お願いです。

どうか、何もありませんように。



◇◇◇



目が覚めた時、私は朝が来ることができてよかった、と思った。

こんな朝は初めて。

急いで着替えて、妹の部屋へ走った。


妹は、まだしっかり眠っていた。

可愛い寝顔は、何も変わらない。


「アリシア、朝よ」

「う、ん……もう、朝、ですかぁ」

「うん、そうよ。起きなさい」

「はい、お姉様!」


ニッコリと微笑んだアリシアは、起床し、着替えを始めた。

私が教えたから、ある程度は1人でできるのだ。

だから、メイドがいなくても日常的な着替えは自分でできる。


「お姉様、ここにあった私の裁縫道具を持っていきました?」

「いいえ、自分のものを使ったけれど」

「そうですか。ハサミがなくなっているような……」

「どうしたの、アリシア?」

「あの、ハサミがないような気がするんです。どこかに置いたかしら」


ハサミがない?

どういうこと?


「お姉様、私の裁縫道具って、ハサミは入っていましたよね」

「ええ、入っていたはずよ。誰かに貸したんじゃないの?」

「そうだったかしら」


アリシアは首を傾げ、それでも着替えを済ませて一緒に食堂へ移動した。


私の頭の中は様々なことが入り乱れている。

きっと、そのハサミは私のドレスを切り裂いたものだ。

そんなこと、正直、もう、どうでもいい。

そのハサミは。


「今、どこにあるの?」

「え?お姉様?」


たった1本のハサミ。

でもそれは、ドレスを裂くだけではなく、人を傷つけることもできる。

貴族の持っているハサミだから、切れ味もいいし、刺そうと思えばいくらでもできる。

そんなものが、なくなったなんて。


「アリシア、絶対に私から離れては駄目よ」

「お姉様?」

「誰かが、あなたのハサミを持っているのかもしれないわ」

「え、なんの為に……」

「考えなくていい。とにかく、一緒にいて。お兄様も呼びましょう」


妹の手を握り、兄の部屋へ急いだ。

兄の部屋のドアをドンドン叩き、寝間着姿の兄があくびをしながら出てくる。


「なんだい、2人とも。まだこんな朝だぞ?」

「お兄様!とにかく部屋に入れてください!」

「え?ちょ、ちょっと、待てよ、セシリア!」


私は妹を引き連れて兄の部屋に入った。

ドアに鍵をかけ、妹をソファーに座らせる。


「お兄様、最近屋敷の中がおかしいんじゃないですか?」

「え~、そうかな?」

「そうかなじゃなくて!」

「特にはおかしいとは思わないって意味だよ。まあ、父上がメイドを幾人か辞めさせちゃったけどさ、それくらいだよ」


厳しい目がなくなって、何かが変わってしまったのかもしれない。

私はそんなことを思う。

妹のハサミがなくなるなんて、有り得ない。

窃盗にもなるし、もしかしたら。

そんなことを思う。


「物は何もなくなっていませんか?」

「物?そんなのみんな、メイドに任せているだろ?」


兄はそう言って、アリシアを見る。

アリシアも、幼い顔で頷いた。


「そうなると、アリシアのハサミを盗んだのはメイドになります」

「おいおい、ハサミの1本や2本、大したことじゃないだろ?」

「……アリシアの使っていたハサミは、ウォーレンス家に代々受け継がれてきたハサミです。銀でできたハサミですよ」


高級品であり、受け継がれてきたものだから、なくなったりしたら大きな損失なのだ。

あれも我が家の財産なのである。

それをメイドが盗んだとなれば大事だ。

でも私が焦っているのは、盗みではない。

私のドレスを引き裂いたこと。

その先にあることは、誰かを傷つけることではないか。


「銀かぁ。それは高いものだろうね。父上に怒られるぞ、アリシア」

「私はなくしておりません!ちゃんと片付けていました!」


つまり、所在が分からなくなったことと、その理由が分からない。

この世界、あれくらいのハサミでも簡単に人を傷つけることができる。

できることなら、そのまま盗まれて、売られてしまった方がマシだと私は思った。


「お兄様、気を付けてください。メイドの誰かが、銀のハサミを持っている。そのハサミを何に使うか分かりません」

「うーん、持っているのが分かったら、処罰だよなぁ」


呑気に言っている兄を見て、私は大きなため息をついた。



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?