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第24話

妹のクローゼットを開くと、懐かしいドレスばかりが目に入った。

これは10歳の誕生日、これは春のドレス、こっちは夏をイメージしたもの。

それぞれに思い出が詰まっている。

でも、私の中には妹への不安が大きくなりつつあった。


もしかしたら、魔女に覚醒してしまったのではないか。

完全に覚醒してしまったのではなく、時々そういうことがある?ような、そんな感じかもしれない。


自分で何をしているか分かっていない、自分の行動を制御できない、まるでドラマや映画に出てくるような、そんなことになっているのかもしれない。

人って、そんな時に限って過去のことを思い出すものだ。

転生する前の日本の情報が、こんな時に思い出される。

大してたくさんのドラマを見たりしていたわけでもないのに、こんな時ばかりそんなことを思い出してしまうのだ。


「アリシア、この色はもう持っているから、別のものがいいかしら」

「それはお姉様のお好きな色でしょう?ふふ!」

「ふふ、それもそうねぇ。せっかくだから、新しいデザインがいいかなぁ……」

「おっきなリボンをつけてくださいね!」

「そんなに大きなリボンがいいの?そうねぇ」


そんな話をしながら、私は幾つかドレスを手に取って、妹に振り返る。

可愛らしい妹の笑顔。

どうして、この子が。

どうして。


何度もそんなことを思いながら、妹と一緒に話をする。

こっちにこんなリボンをつけて、ここには飾りが欲しい、と年相応のことを妹は語る。

これが本物のアリシアだ。

この子を守りたい。

守りたいの。


長く話をしていたら、サリーが夕食ができたと呼んでくれた。

もうそんな時間なのか、と思って妹の顔を見る。


「アリシア、気分転換に食堂へ行ってみる?」

「はい、お姉様と一緒がいいです!」

「サリー、ドレスを戻したいから、手伝ってくれる?」


サリーは颯爽と部屋に入り、一緒に片づけを手伝ってくれた。

3人が集まると、本当に姉妹みたい。

そんなことを思いながら、私は微笑む。


「アリシア、手をつないで行きましょう」

「はい!」

「痛みはない?」

「ありません!大丈夫です!」


妹に靴を差し出した時、私は床に落ちていたドレスの切れ端を拾い、自分のポケットに隠した。

確かに私のドレスの切れ端だ。

でも、これだけでこの子がドレスを切り裂いたとは、決めきれない。

疑ってしまっているけれど、決定打はできない。


両親のいない食堂では、端の席で2人並び、質素な夕食を口にする。

卵があるからとのことで、柔らかいオムレツを作ってもらった。

アリシアはこのオムレツがとても好きなのだ。

2人で食事をしながら、他愛ないことを話していく。

もうすぐ学園生活が始まるね、と話すと妹は行きたくない、と言い出した。

大勢の中で頑張れない、と言い出したのだ。


「お姉様もいないし、知らない人ばかりだし……」

「そんなこと、言わないの。頑張りなさい。あなたなら大丈夫よ」

「でも、お姉様も学園には長くおられなかったじゃないですか」

「うう、それを言われるとちょっとねぇ」


学園とは、貴族などの子どもが通う学校のことである。

遠距離になる子は寮に入ることもできるが、多くの子は実家の金持ち暮らしが好きだから通うことが多いらしい。


ちなみに、学園のシステムは日本とはまったく違う。

13歳から18歳で卒業になる。

その次は更に勉学を進めたい子が通う場所もあるのだが、そちらは本当に好きな子だけが進学する。

要は専門学校や大学のようなものである。


どうして、こんな中途半端な年齢なのか、というと、貴族の子どもは『結婚』という一大イベントがあるからだ。


特に大きな家やお金持ちの場合、学園生活に入る前から許嫁がいたり、婚約した状態で学園に入ることもある。

もしくは、学園にいる間に婚約するのが当たり前くらいの世界観なのだ。


だから18歳になって、相手も見つけずにただ卒業した私は、婚期を逃したご令嬢という烙印を押されてしまったのだ。

自分自身では特に気にしていなかったけれど、社交界ではなかなかの烙印なのである。


特に私の場合、兄も同じように相手がいなかった。

兄が結婚していれば、妹だけ、というところだったのだが、この家はあまり結婚に向いていないらしい。


中には、18歳になって卒業とともに騎士団に入ったり、王宮勤めになる場合もあるので、必ずしも結婚だけがすべてではない。

けれども、何もなくただ卒業した、となれば変人扱い。

兄は少なからず家業を継ぐという名目をもらえたから、よかった。

まあ、家としては失敗だったかもしれないけれど。


「お母様は、学園で素敵な殿方を見つけてくるのよ、と言われたんですけれど、私はあまりそういうのは……」

「気にしなくていいのよ、アリシア。まずは勉強をしに行くのだから」

「そうですけれど……お父様も、素敵な人を見つけろって」

「はぁ……そんなことの為に学園に行ったって、楽しいことは何もないのに。アリシア、学園では自分のしたいことをするのよ。ご友人を増やして、楽しい話をして、たくさん本を読むの。学園には、大きな図書室があるわよ」

「たくさん本があるんですか!?」

「ええ。私もたくさん通ったわ」


学園は貴族の子どもが集まるだけあって、しっかりと設備が整っていた。

寮も十分なものだし、食堂や出てくる食事も立派なものだ。

運動をする場所も確保してあり、図書室は国一番の書庫である。

時々、国のお偉い様が本を借りに来る、という噂さえあるくらい。

運がよければ、そういう人に見初められて結婚する人もいた、と噂を聞いた。


確かに私が通っていた時に、外部の人が来ていることはあったけれど、それが誰なのかはよく分からなかった。

学園に通う学生が、外部の人と話をすることなんてできるわけがない。

だから、見初められたなんて噂もいいところだ。

きっと夢物語だろう。

女の子の噂話。


「本がたくさんあるのは、ちょっと嬉しいです」

「アリシアも読書が好きだものね」

「はい!」

「きっと、卒業するまでには全部読めないわよ。それくらいたくさんあるんだから」

「そんなにたくさんですか!?すごい!」


アリシアは微笑んで、これから先の未来を考えている。

このまま、どうかこのままいてくれないかな。

辛い学園生活もあるかもしれない。

でもそんな時は、お姉ちゃんに手紙を書いて。

私が読んでいた本の中で、あなたは必死に日記を書いていた。

日記に自分の気持ちをぶつけて、それでも前に進んでいたじゃない。

でも、今度はそれをお姉ちゃんがしてあげる。

あなたを傷つける人は、お姉ちゃんがぶっ飛ばしてあげるわ。


「お姉様にも手紙を書いていいですか?」

「もちろんよ。たくさん書いてちょうだい」

「嬉しい!じゃあ、便箋と封筒をたくさん買っておかなくてはいけません!」

「そうね。お気に入りをたくさん買っておきましょうね」


この子の成長を見守ること。

それが私にとって大事なこと。

でも。

でも、今。


私の中にはルイという人がいた。

本の中にはなかった、騎士団長の結婚。

しかも異世界転生した私との。

どうしてこんなことになってしまったのか。

なんの因果なのか。

ここにも何か、運命があるのだろうか。


日本で、恋も結婚もしてこなかったのに、転生して結婚だ。


上手くいくはずがない……!

だって、原作にはそんな話がなかったんだもの。

私の大好きな本の中に、私の結婚はなかったの!

でも、もう時間は戻らない。

時間は前に進んで行くだけ。

彼と一緒になる運命は、逃れられない。


「お姉様?」

「どうしたの?」

「いえ、何か考えておられるようだったので」

「そうね……少し、これからのことを」

「結婚式のことですか?私、結婚式って参加したことがありませんから、どんなものか、よくわかりません」

「ふふ、私も初めてよ。グラース家でお世話になっているメイドさんがね、ぜーんぶ準備してくださるの。だから私は、何をしたらいいのやら……」


私はそんなことをつぶやきつつ、妹と楽しいひと時を過ごした。


ポケットの中には、まだ、ドレスの切れ端があるけれど。



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