「厨房を貸していただけますか?」
笑って、いつものように厨房に入った。
メイドたちは焦って、自分たちがする、というけれど、それではアリシアが納得しないのも分かっているだろう。
私は、すぐに厨房でミルク粥を作る。
アリシアの好きな柔らかいパンとミルクを鍋に入れて、温める。
パンがトロリとなったら、形が崩れるまで混ぜて、器に入れ、ハチミツをかけた。
温かいミルク粥とハチミツの香り。
アリシアはこれが大好きだ。
お菓子も大好きだけれど、こういったものも好きだった。
「夜は野菜を中心にしたスープを作ってもらえる?」
「はい、承知しました、セシリア様」
「これは私が持っていくわ」
私はそれを持って厨房を出た。
妹の部屋に入ると、アリシアは目を輝かせてミルク粥を手に取る。
「あったかい……!」
「ふふ、美味しそうでしょ」
「お姉様が作ってくださったから、美味しいに決まってます!」
「夜は野菜のスープを頼んだからね。ほら、早く食べて」
「はーい!」
笑いながら、妹はパクパクとミルク粥を口に運んだ。
可愛らしい妹を見ながら、私は寝具を整える。
妹が食べている途中、ドアがノックされた。
「セシリア様、その、申し訳ありませんが……」
「サリー?どうしたの?」
顔を出したのはサリーだった。
心なしか落ち込んでいるような気もするけれど、何かあったのだろうか。
「どうしたの?」
「あの、申し訳ありません!お部屋に来ていただけますか!?」
あまりにもサリーが言うので、私は部屋に行った。
部屋に入ると、何が起きていたのかをすぐに把握する。
私の衣類がすべて引き裂かれていた。
あーあ。
なんてこった。
高いドレスを破れたことよりも、すぐに浮かんだのは凶悪な顔で怒りに震えるルイの姿だ。
彼がマリアさんにわざわざ頼んで作らせたものを、こんな目に遭わせられたなら、彼ならぶっちギレても仕方ないだろう。
彼はそういう男だ。
「す、すみません、お荷物を運んで、お部屋に入った時にはすでにこの状態で……!」
「あなたのせいじゃないわ、サリー。気にするなとは言えないけれど、そうね、破れた布を全部集めておいてくれるかしら」
「セシリア様……」
「面倒なことを頼んじゃって、ごめんなさいね」
私は、床に落ちる布を拾った。
ハサミが入っているなら人間の仕業か。
でも、正直なところこれに未練があるわけではない。
ただ、ルイへの言い訳をどうすべきか悩む。
ブチギレて、兄を殺すかも。
いや、犯人は兄ではないだろうけど。
腹いせというか、なんというか、そういう感じで兄が犠牲になりそうな気がする。
「もっと、その、早くお部屋に戻っていれば……」
「いいのよ、サリー。物はいつか朽ちるものだから。でもまあ、それがちょっと早かったというか。でもルイは怒るだろうなぁ」
「お、お、怒られます、よね、グラース様に……」
「なってしまったものは仕方ないわ。でも生地は上等だから、一片でも捨てないでね」
そう、生地は上等だから、ただ捨ててしまうなんて勿体ない。
使えるところは使おう、と思って私はサリーから破れた布をもらった。
他の荷物も確認したけれど、けっきょく駄目になったのはこれだけのようだ。
ルイには、命があって怪我もしていないからよかった、とだけ伝えておこう。
そうでもしなければ、怒り狂って何をするかわからない。
馬で家に突っ込んでくるかも。
「アリシアを見てくるわ。サリーは、夕食の準備に行ってちょうだい」
「はい!」
サリーは仕事に戻った。
変な噂も聞いたけれど、あの子もあの子なりに頑張って生きているのだ。
集まった布を見つめ、どうしようかなぁ、と思う。
私が気にしないというのは事実だ。
ドレスも何もかもが消耗品。
着ることができれば十分。
そう思っている。
でも、これは初めてルイからもらったドレス。
私が考えるべきなのは、これを贈ってくれたルイの気持ちだろう。
きっと恥ずかしい気持ちを堪えに堪えて、マリアさんに言ったに違いない。
そういう意味では悪いことをしたな、と思う。
ルイはそういうことを話すのが苦手な人だ。
マリアさんだから、なんとか言えたという感じかもしれない。
私は、引き裂かれたドレスを見つめていた時、ポタポタと涙が落ちてきた。
「あ、うそ、なんで」
こんなことで泣くなんて。
今まで、自分のものがなくなっても、壊れても、泣くことはなかった。
でも、今は涙が落ちてくる。
ルイが私を想って準備してくれたものを、誰かが嫌がらせなのか、引き裂いた。
そこにどんな意味があるのか、理解はできない。
でも、寂しさや哀しさは残った。
涙を無理矢理拭って、私は立ち上がる。
この布は全部、リメイクする!
絶対に何かに作り替えて見せる。
私は、自分の部屋に鍵をかけ、部屋を出た。
今は、妹の為に時間を使おう。
あの子と一緒にいられる時間を大事にするんだ。
今までもそうやって前を向いてきたじゃない。
アリシアは、ベッドを出て窓辺で外を見ていた。
もう起き上がって大丈夫なのだろうか、と不安に思い、走り寄る。
「アリシア、起きていても大丈夫なの!?」
「お姉様」
「もう少し休んでいた方がいいわ。ほら」
妹の小さな手を握り、ベッドに一緒に座る。
アリシアは私の顔をジッと見つめた。
「お姉様、泣いておられたんですか?」
「え?」
「涙の跡があります」
「あ、大丈夫よ、目にゴミが入っただけ。なかなか取れなくって、痛かったのよ」
誤魔化して笑うと、アリシアは薄っすらと微笑んで私の顔を覗き込む。
なんだろ、少し、近すぎるような。
「本当ですね、もう入っていないみたいですわ」
「アリシア?」
「もう入っていないかなって、思ったんです」
「あ、ありがとう、もう大丈夫よ」
妹の雰囲気が変わったような気がする。
こんなに大人びた子だった?
ニコニコ微笑んでいるようにも見えるけど、何かそこに今までとは違うものを感じてしまった。
だから、話を変えようと思う。
「アリシア、結婚式の時には、あなたも新しいドレスが必要ね。何色のドレスがいいかしら?」
「結婚式のドレス……」
「水色や黄色なんか、とてもよく似合うと思うわ」
「……私は、グラース様に嫌われていますから」
静かに妹は言った。
そんなことはない、と私はすぐに反論する。
「大丈夫よ、ルイはあなたも結婚式に来ていいと言ってくれたんだから」
「そうでしょうか……私は、お姉様に結婚していただきたくないんです。お姉様がお嫁に行ってしまうくらいなら、私が……」
「アリシア!なんてこと言うの!結婚式には来てちょうだい。約束よ?」
握った手に力がこもる。
妹の目が、今までの妹に戻って、潤み、ポロポロ涙がこぼれてきた。
そして、私に抱き着いて泣き出した。
「おねえさまぁぁ~!!!」
「よしよし。いい子ね。明日にでも、ドレスを仕立てましょうね」
「おねえさまが選んだドレスじゃなきゃ、いやですぅ~!!!」
可愛い妹の頭を撫でて、頬を寄せる。
この子に似合うドレスを考えて、お茶をして、お菓子を食べよう。
そうすれば、きっと楽しくて幸せで、温かい時間が来るはず。
泣いている妹を抱きしめながら、ふと、ベッドの脇に視線が移る。
そこに、赤いドレスの切れ端が落ちていた。
違う。
絶対に違う。
この子が、私のドレスを引き裂いたんじゃない。
頭の中で何度も何度も、自分に言い聞かせた。
違う。
あれは、似ているものが落ちているだけ。
偶然、そこに落ちていただけ。
気にしちゃいけない。
「お姉様、どうかしました?」
「ううん、大丈夫よ。なんでもないわ」
「そうですか?」
きょとんとする妹の顔はとても可愛らしかった。
私は今、変な顔をしていないか。
顔色は悪くないか。
不安になる。
でも、気づかれては駄目。
駄目よ。
私は、妹に微笑んだ。
「アリシア、あなたの持っているドレスをもう一度見てみましょうか。似たようなものは作りたくないものね」
そう言って、私は妹のクローゼットを開いた。