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第22話

ルイフィリア・レオパール・グラースは、騎士団長になると同時に家族を失った。

それは、家族全員が騎士団に所属することが家の決まりなのだ。

だから、あまり女の子が生まれないとも聞いたことがある。

そんなことはないだろうけれど、ルイの母親も騎士団にいたらしいので、女性でも関係なく騎士団であるのは事実かもしれない。


グラース家は、とにかく警戒心が強く、この国を守るために命を懸ける。

騎士団をまとめる為に、常に精進し、常に学び続ける。

ルイを見ればよく分かった。

彼は何にも手を抜かない。

だからとても冷たい印象に見えるし、普通の令嬢が恐怖を感じて近づけないのが分かる。


ルイとの結婚が決まった時、両親はメイドを1人だけ連れて行っていい、と言ってくれた。

私は必要がない、と思っていたのだけれど、これは令嬢の結婚では当たり前の流れなので、受け入れるしかなかった。

でも、それはグラース家の方から断られる。

いや、あれは断るという緩やかなものではない。

はっきりと、花嫁以外の存在は必要ない、と拒絶されたのだ。

父としては、働き手が減らないので助かる、と喜んでいたが、母は結婚するのになんてこと、と少し嘆いていた。


普通の令嬢ならば、長年自分の世話をしてくれていたメイドを複数人引き連れて輿入れするもの。

でも私にはそれすらなかった。


その理由をルイは詳しく語ってくれなかったけれど、マリアさんが教えてくれた。

それは、グラース家が騎士団の家だから、他人を入れて情報が漏洩したり、敵国に隙を突かれると困るから、ということだった。

グラース家に嫁に来れば、危険と隣り合わせになる。

特に騎士団長の妻ともなれば、当たり前だろう。

私も、ルイから怒られた。


少しでも危険を減らす為、少しでも問題が起きないようにする為、彼は厳しかったがそうするしかなかったのだ。

マリアさんは、そのことをルイが少し気にしている、とも聞いた。

知らない土地に嫁に来て、知らない男の、しかも年上の騎士団長と結婚するだけでも不安なのに、気心知れたメイドの1人も連れて来られない―――それを気にしている、と。


そんなに気にしているような顔は、見たことがなかった。

でもマリアさんには「セシリアの面倒をよく見てくれ」「セシリアに必要なものは準備を頼む」と何度も言うらしい。

ああ見えて、とても気にしているんですよ、とマリアさんが優しく笑ったのが印象的だった。



「セシリア様についていくのが、夢でした」

「サリー」

「いつか、セシリア様もお嫁に行かれるだろうから、その時はぜひ私をって思っていたんです。でも、それも先方からお断りさせるなんて……残念で」

「貴方のせいではないわ。騎士団の家ですもの、そういうところまで注意を払わねば、この国を守れないってことよ」

「セシリア様……」


サリーはとてもいい子だ。

料理はまだ下手なことが多いけれど、洗濯や掃除は時間よりも早く済ませられるようになった。

買い出しもできるし、足腰が丈夫で、明るい子。

まるで、もう1人の妹のように思っている。


「セシリア様、どうか、今からでも一緒にグラース家へ参ることはできませんか?私、どうしても、セシリア様と一緒に……」

「サリー、グラース様は我が家よりも地位が上よ。決められたことは守らなくちゃ」


妹を諭すように、サリーにもそう言った。

薄っすらと涙を浮かべる彼女の頭を撫でて、私は微笑むしかなかった。


街で、私は色々なものを見た。

悪いものは売っていないのだけれど、少し物価が高い。

グラース家の領地は、グラース家が物価を一定に安定させているから、大きな変動はないのだ。

でもこちらはそうではない。

悪徳な店もあるし、入荷の状況や、不作などが続けば、一気に物価は上がってしまう。

嫌なものだな、と私は思った。


誰が、その土地を治めるかで、何もかもが変わってしまう。


「セシリア様、こちらのお花、アリシア様もお好きですよ」

「そうね、それをいただきましょう」


サリーは、アリシアのこともよく考えてくれていた。

そう、サリーはアリシアの輿入れについていくメイドなのだ。

だから、私なんかについてきてはいけない。

アリシアが王子と結婚する時に、王宮に行くことになる。

いい子だもの、素敵な旦那様を見つけて、王宮のメイドになれれば、絶対にいい生活ができる。


笑顔で買い物に付き合ってくれるサリーは、本当に可愛らしかった。

このままアリシアの側にいてあげて欲しい。

そう願う。


私は、マリアさんへ新しいエプロン用の布を買った。

しっかりした生地なので、これでエプロンを作れば長く持つだろう。

時間があれば、刺繍をちょっと入れようかな。

そんな気分にもなれた。


屋敷の買い出しを頼まれたサリーは、両手いっぱいに荷物を持った。

私も少し持つことを伝えても、受け入れない。

彼女は1人で大丈夫だと、鼻息荒くしている。

それは少し笑ってしまった。


2人で歩きながら、私はグラース家での話をポツポツと語る。

子どもたちの面倒を見ていることや、綺麗な馬がいること。

お菓子が好きな旦那様のことも。


「幸せそうで、よかったです……」

「あら、旦那様からはいつも怒られてばかりよ」

「ふふ、でも、セシリア様の笑顔が素敵なので、グラース様と上手く過ごしておられるんだなって思いました」

「そ、そうね……」


サリーは人をよく見ている。

優しい子だ。


屋敷に戻り、私は妹の部屋へ花を飾りに行った。

声をかけると目を開けた妹が、花を見て喜ぶ。


「綺麗ですね、お姉様……!」

「サリーが見つけてくれたのよ」

「サリーが?私が好きな花を覚えててくれたんだぁ」


こんな笑顔を見ると、まだまだ子どもだと思う。

ニコニコしているこの子は、本当に可愛らしい。


「アリシア、包帯が緩んでいるわ。巻いてあげる」


妹の腕は怪我をした為に、包帯が巻かれていた。

包帯が緩んでいたので巻き直すが、私はその時見てしまう。

傷が、ない?

ううん、見えない位置にあるだけよ。


「どうしました、お姉様?」

「い、いいえ、なんでもないわ。もう痛まない?」

「はい。もう大丈夫です!」


嘘をついているようには、見えない。

でも、傷がないような。

初めから傷がなかったのか、もしかしたら魔女の力ですでに治癒したのか。

少しだけ、背筋が寒くなる。


「アリシア、何か食べましょうか」

「お姉様が作ってくださる、ミルク粥がいいです」

「分かったわ。少し待っていてくれる?」

「はい!」


可愛い妹を撫でて、私は部屋を出た。

厨房へ向かうと、メイドたちが何人か集まっていた。

また彼女たちの話を立ち聞きするのは嫌だなぁ、と思うのだけれど、いつも私はこのパターンである。


「ねえ、サリーが会ってる男、見た?」

「ええ、見たわよ。まあ顔はしっかり見えなかったけど、あれって傭兵じゃないの?」


傭兵……?

この国には騎士団がいるので、傭兵を雇うということは滅多にない。

他の国ではあると聞いたことはあるけれど。

でも、サリーがそんな男と会う理由があるの?

まさか、恋人……?


「サリーも騙されてるわよねぇ。あんなの、すぐに国を出て行っちゃうような男じゃない」

「アンタも昔はそんな男に惚れてたでしょ」

「だから、痛い目を見たのよ。二度と戻ることのない人よ。どんなにいい男でも、戻らないんじゃねぇ」


サリー。

あなたはもしかしたら、危険な道に進んでいるというの?

私はとても不安になってきた。

同時に、そんな状況なのに、グラース家について来たいと言ったのは……なぜ?

私の頭の中には、悪いことが浮かぶ。

まさか、と。

でもルイが私に注意するように言ったのを思い出す。

私は、騎士団長の妻になる。

グラース家の人間になる。

嫌な想像だけれど、もしかしてそこに取り入ろうとしていたんじゃないのか。


ううん、大丈夫。

あの子はそんな子じゃない。

そもそも、ルイが連れてくることを拒否したのだから、大丈夫。


私は、大きく息を吸い込んで、ドアを勢いよく開けた。


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