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第21話

いけない……!

私はこんなこと、考えている場合じゃない。

今は、妹のことが大事だし、そんな、仕事のこととかを考えている暇はないんだから!


私は意を決してドアを開け、ティーセットを持って中に入った。

メイドたちが一斉にこちらを見る。


「セシリア様……!!」

「セシリア様、片付けは私たちがします!」

「いいのよ、気にしないで。アリシアはまだ調子が悪いみたい。また後からお茶をお願いしますね」


私がそう言うと、メイドたちは胸をなでおろしたような顔をしている。

きっと、ベテランのメイド長たちが辞めてしまって、不安と疲れが多かったんだろう。

可哀想に……。

私がお嫁に行っても、それでも家が傾いている。

父や兄はどれだけ事業を傾かせれば、気が済むのだろうか。


「食事は軽いものを準備してあげて。私も同じものでいいわ」

「そんな!グラース家の奥様になられるのに……!」

「大丈夫よ。私も急いで戻ったから、少し疲れているんです。軽いものがいいと思って」

「わかりました……」


豪華なものなんて、勿体ない。

もちろん、アリシアは体調のことがあるから仕方がないけれど、私なんかにまともな食事を出していたら、勿体なくて食べられないわ。


厨房を出て、私はかつての自分の部屋へ行く。

かろうじてまだベッドは残されていたし、置いてきた家具も売り払われてはいないようだった。

だから今日はここで休むつもり。

どこにいても、なんだか落ち着かない気分になってしまうのは、どうしてかな。

変な気分。

もっと、妹の為に、明るくありたいのに。


そんなことを考えながら、ベッドに横たわると、眠くなってくる。

グラース家では、意外にもすることがたくさんあった。

子どもたちの世話や、食事の準備も手伝った。

馬の世話もしていたし、時々庭を見たり、マリアさんとお菓子を作ったり。

ハンスはとてもいい人で、知識人だから、本や芸術の話もできる。

楽しかったな……そんなことをぼんやりと考えた。


売られた娘だと、分かっている。

でも、売られた先が、思っていたものとは違って、居心地がよすぎた。

ルイは騎士団長だから、いつか戦場で命を落とすかもしれない。

そうなる前に、後継ぎも必要だろう。

私が産むのか。

そうだ、私が産まねばならんのだ。

どうしよう。


ベッドで悩んでいると、荷解きをするのをすっかり忘れていたことに気づいて、急いで荷物を開いた。

バッグの中身からは、グラース家の香りがする。

まだ正式に結婚したわけでもないのに、あの家での生活は、私の中にしっかりと浸透しつつあるのだ。


マリアさんが丁寧に洗ってくれる衣類は、いつも太陽の香りがして、セッケンの柔らかくて清潔な匂いが好きだ。

子どもたちもたまにはお風呂に入れてあげないといけないって、今度ルイに相談しようと思っていた。

男の子は水浴びくらいでいいかもしれないけれど、女の子はちゃんと髪を洗ってあげたい。


「まあ、ルイ自身が髪の手入れなんて、大してしていないから……」


そう言葉が漏れると、恥ずかしくなった。

顔が赤くなるのが分かる。

久しぶりに帰ってきた実家で、夫になる人のことを考えると、気持ちが揺れてしまう自分。

こんな人間じゃなかったのに。

ずっと妹のことが大事で、大事で、それだけだったのに。


荷物を整理しながら、まだ短期間だったのに、グラース家であったことを思い出す。

ユキは元気かな、と思うと乗馬もしたくなる。

この家では、両親に見つからないようにして馬に乗るしかなかった。

女の子が馬に乗るなんて、と母が卒倒してしまうから。

父もため息をついて、だから嫁にもらってくれる先がない、と何度嘆かれたことか。


この世界では、女の子はキラキラ輝いて、綺麗なドレスを着て、笑顔でいればいいのだ。

何ができるとかじゃない。

何もできなくていいのだ。

可愛い、美しい、穏やか、そんな言葉通りの娘であれば、いい。


でも私は、そんなことができなかった。


いつか来る日の為に、必死になって、あの子の為に頑張ってきた。

あの子が幸せになる為に、とにかく私は頑張ったのだ。

自分自身も成長させたし(まあ、転生前のチートなところはあったけど)、妹の教育だって頑張った。

あの子は、それにもついてきてくれた。

だから、一緒に頑張ってこれた。


あの子の未来は、明るいんだ。

私が憧れた、あの輝くような子になるんだ。


それだけが、私の支え。


でも、今は私の方が先に花嫁になろうとしている。

私、ずっとあの子の側にいるつもりだったのにな。

しかも相手は、よく知らない、騎士団長。

本の中でも、騎士団長と出てくることはあっても、多く登場する人ではなかった。

それなのに、その人の嫁になるのだ。

そんなことになるなんて、夢にも思わなかった。


そもそも、転生して大好きな本の中に生まれ変わるなんて!


「まあ、仕方ないか」


もう転生してしまったのだから、それを戻すことなんてできない。

もう一度死んで、やり直すなんて、そんな能力は持っていない。

持っていないというか、そんな恐いことできるはずがなかった。


バッグに詰めてきたドレスを広げて、これはルイがマリアさんに頼んで見繕ったものだ、と思う。

私の瞳の色に合うもの、私の髪色に合うもの、私の為に選んでもらった。


それが、こんなに嬉しいなんて、思わなかった。

ずっと、妹を優先してきたから、自分に合うものなんてなかった。

着ることができればいい、人前に出て恥ずかしくなければいい、そういったものだけだった。


「この赤は……けっこう好きなのよね」


赤を基調にしたドレス。

派手過ぎず、動きやすいもの。

袖がまとまっていて、動きやすくしてある。

私の好みをしっかり分かってくれているのが、素晴らしい。

またマリアさんにお礼を伝えなきゃいけないなぁ。

あ、こっちで何かお土産を買っていこう。

何がいいかなぁ。


ドレスを見つめて、それから外を見た。

いい天気だ。

妹の様子を見て、調子がよければ買い物に出ようかな。

そんな気分になる。


部屋を片付けて、メイドを1人呼んだ。

さすがに買い物に出るのに、1人では出られない。

少し忙しそうにしていたけれど、付いてきてくれるとのことで、私は街へ買い出しに出ることになった。


メイドの名前はサリー。

茶色の巻き毛が可愛らしい娘だ。

私の少し下くらいの年齢で、母親が病気をしているという話だった。


「えっと、卵に、ニンジン、ジャガイモ……」

「それくらいで足りるの?」

「あ、はい、セシリア様。本日は旦那様も奥様もお出かけですので、坊ちゃまとセシリア様、アリシア様の分だけなんです」

「お父様はどちらへ?」

「西の方へ商談だと聞いております。奥様はご級友と小旅行だとか」

「そう……」


父が商談へ向かうのは分かる。

でも、西はあまり栄えていないという噂だ。

ちゃんと理解して、商談に行ったのだろうか。

兄を連れて行かなかっただけ、マシというところかもしれない。

そして母は小旅行。

愛人でないだけ、いいのかな。

母は、学生時代のお友達ととても仲が良く、今でも一緒に旅行に出たり、お茶会やパーティーに行ってばかりだ。


でも、それがこの世界の妻のあり方なのである。

妻はそういったところで、上手く情報を得てくることで、自分の家を優位に保つ。

母はそれが上手いのかどうかわからないけれど、知り合いが多く、友人知人と称される人に何かと支えてもらっているのも事実だった。


この家は、自力で立っているわけではないのだ。

嫌な家、と思いながら、その恩恵でここまで育ててもらったから、文句はこれ以上言えないだろう。


「セシリア様」

「どうしたの、サリー」

「あの、その、グラース様との生活は、何かご不便なことはありませんか」

「大丈夫よ、今のところは、まあ、心配ないわね」

「そうですか……こちらからはメイドを1人も連れてくるな、とのお話でしたので、少し不安で」

「仕方がないわ、騎士団長の家ですもの」


そう、ルイは他人が家に入ることを、とても嫌うのだ。



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