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第18話

「奥様、どうしたんですか?え、どうしてお荷物を?」

「マリアさん!」


私が慌てて実家へ帰る準備をしていると、慌ただしさに気づいたマリアさんがやってきた。

とても深刻そうに、真っ青な顔をしている。


「ま、まさか坊ちゃまと喧嘩を!?私から坊ちゃまに申し上げてきますから、どうか出て行かないでください!!」

「え?」

「奥様、坊ちゃまは素直じゃないんです!でもとってもいい子なんですよ!きっと口下手で、奥様を傷つけるようなことを言ったんでしょう!?」


事情を知らないマリアさんは、きっと私がルイと喧嘩をして彼の元を去ると思ったようだ。

慌てたマリアさんは涙目になって、私の手を握り締めてくる。


「マリアさん、心配しないで。私はちょっと実家の妹に会いに行ってくるだけです」

「ほ、本当ですか、奥様?」


私はしっかりとマリアさんの手を握って、事情を伝えた。

その時、部屋のドアが勢いよく開く。


「マリア!セシリアに何を言っている!」


部屋に入ってきたのは、きっとマリアさんの話を立ち聞きしていたルイだ。

顔を真っ赤にして、焦ったように部屋に入ってきた。


「坊ちゃまぁ!!だって奥様が出ていってしまうなら、どうしようかと思ったんです!!坊ちゃまはすぐ誤解されるから!!」

「俺は誤解されていない!」

「大旦那様も、坊ちゃまのことはずっと心配されていて……!」

「マリア!」


ルイは真っ赤な顔をして、マリアさんの腕を引っ張る。

私のことを見て、モゴモゴしていた。

とても気にしていたのか、顔が真っ赤だった。


「マリアが言ったことは!!き、気にするな、よ……!」

「は、はい……」


マリアさんはルイに引きずられて行き、私はポカンとしてしまった。

ちょっと2人のことが可愛いな、と思ってしまったのは黙っておこう。

私は実家に帰るための準備を進めたが、ルイのことも気になる。


マリアさんがあんなに慌てるくらい、彼は人から誤解を受けるのだろうか。

確かに、噂では戦場のライオンだとか、恐ろしい話ばかりを聞いていた。

この国を守る騎士団の長。

だから仕方ない。

恐ろしい血まみれの男だと、貴族の令嬢たちは笑いながら言っていた。

私との結婚が決まった時、ご令嬢たちが馬鹿にするような手紙を送ってきたのも事実だ。

馬鹿にしながらも、結婚式には呼んでもらえると思っているのである。


確かに、ルイは口が悪いし、言葉も少ないし、あんまり多くを話そうとはしてくれない。

でも少しずつ同じ時間を過ごすと、分かってくることもある。

彼は悪い人ではない。

むしろ、いい人だ。

領地のことも、家のことも、そして結婚相手の家のことまで考えてくれている。

こんなにいい人のことを、悪く思ってはいけないだろう。


荷物を握って立ち上がり、部屋を出る。

頭の中は、妹のことと、ルイのことが交互に浮かぶ。

どちらも私にとっては、大事な存在になっているんだな、とも思った。


廊下を歩いているとハンスがやってきた。

荷物を持ってくれて、馬車の準備ができていると説明してくれる。


「すみません、急にこんなことになってしまって」

「いいえ、奥様。お気になさらないでください」

「ありがとう……」


ハンスが馬車に荷物を乗せている時、マリアさんが急いで包んだお菓子を持たせてくれた。

必ず帰ってきてくださいね、とマリアさんは涙ながらに言ってくる。


「奥様~!!」

「ちゃんと戻りますよ、安心して、マリアさん」

「必ず!必ず!!帰ってきてくださいね!!」


もらったお菓子も馬車に乗せ、そろそろ出発しようか、という時にルイが来る。

真剣そうな面持ちは、ご令嬢には受けない恐ろしい顔だろう。


「セシリア」

「ルイ……」

「帰る時は一報を寄越せ。迎えに行く」

「あ、ありがとう……」

「これを」


ルイは彼の瞳の色と同じ赤いペンダントを私にくれた。

この赤いものは、何かな。

多分、ルビーとかそういった、高い宝石じゃないかなぁ。


「グラース家の宝石だからな。失くすなよ」

「な、失くしませんって!」

「ふ、気を付けて行ってこい」

「はい!」


馬車に乗って、窓からルイに手を振る。

彼が小さくなっていくのが、とても寂しいと思ってしまった。


馬車の中で、私はルビーのペンダントを見る。

これを見つめると、彼の赤い瞳を思い出す。


「きれいね……」


彼の瞳は、とてもきれいなのだ。


揺れる馬車の中、私は妹の怪我を心配していた。

あの子が怪我をするなんて、何があったというのか。

そんなことにならないように、しっかりと育ててきたと思っていたのに。


階段を踏み外したのか。

廊下で滑って転んだのか。


様々なことを考えていたけれど、答えは出ない。


ああ、心配だ。

私のアリシア。

どうして、こんなことになってしまったの?

こんなことじゃ、私は安心してお嫁には行けないし、あの子を学園に行かせられるわけがない!

学園ではもっとひどいイジメや裏切りが待っているんだから!


私はそんなことを考えながら、馬車の窓から外を見る。

外は少し曇り空、まるで私の心みたい。

妹のことを心配しすぎだと、周囲からは言われてきたけれど、あの子はただの妹ではないのだ!

私の最大の推しなのだから、そんな子の心配をしないわけがない。


もしかしたら、もうすでにライバル?からのイジメなんかが始まっているんじゃなかろうか。

もしもこれが劇場版だったりしたら、有り得る話なのだ。


「はぁああ、もう、どうしよう」


妹のことが心配すぎて、ため息しか出てこなかった。



実家に帰り着くと、久しぶりに会う兄が驚いた顔をして私を見た。

それはそうだろう。

結婚するために家を出ていった妹が、勝手に帰ってきたのだから。


「セシリア、お前……」

「お兄様!アリシアが怪我をしたというのは本当ですか!お医者様は呼んだんですか!容体は!?これから先の生活は!?」

「ちょ、そ、そんなに詰め寄るな!!」


私は兄に詰め寄ってしまっていた。

兄の顔面に向かってグイグイ突っ込んでいく。

さすがのことに、兄も面食らって困り果てている。


兄は、私を引きはがして口を開く。

少し面倒臭そうな顔をするのは、昔から。

彼にとって妹である私も、アリシアも、面倒臭いことでしかないのだ。

別に兄に何かをしてほしいと思ったことはない。

何をさせてもあまりいい結果を出さない兄は、私にとって、ちょっと避けておきたい部類の人間だったから。


「怪我は大したことないはずだ」

「なんですか、はずとは!」

「大きな声を出すな。これだから女ってやつは」

「……何をモテ男のキメ台詞みたいなこと言ってんだ?コイツ?」

「何か言ったか?」

「いいえ、何も。とにかくお兄様、アリシアの状態はどうなんですか?」


私が問い詰めると、兄は呆れた顔とため息をついて、自分で見て来いと投げやりに言った。

こうやって彼はいつも投げやりなのだ。

どこか中途半端で、どこか投げやり。

何かを一途になって追いかけたことがない。

ご令嬢のお尻さえ追いかけられない、情けない男。


私は兄の態度に腹を立て、そのまま妹の部屋へと突っ込んでいった。

ドアを勢いよく開けると、ベッドに横たわった妹がメイドに介抱されているところだった。


「アリシア!!」


私は叫び、妹のもとへ走り寄る。

すると妹はパッと目を見開いて、私のことを目視した。


「お姉様!!」

「ああ、アリシア!!どうしてこんなことに!」

「私が悪いんです、お姉様!私が、私が……!!」


メイドを下がらせて、私はアリシアの側についた。

ルイはこの子のことを魔女だと思って、ネズミだのなんだのというけれど、そんなことはまったくない!


この子は私のかわいいアリシアよ!

誰がなんと言おうと、絶対にそうなの!


「ああ、かわいい子。痛い思いをしたのね」

「お姉様!私、お姉様がいなくちゃ、生きていけません!」


両目から大粒の涙をこぼし、アリシアは言う。

まるで子犬のように私に縋ってくる姿は、愛しさしかない。

その金色の髪を撫でて、腕に巻かれた包帯を見る。

どうして、こんな怪我を。

信じられない。


「何があったの、アリシア?」

「……私が不注意で、転んでしまって、薔薇の植木に手を入れてしまったんです」

「そんな!」


そんなの、大事故じゃない。

私は妹の腕に巻かれた包帯を撫でた。


「お姉様、お願いします、どうか帰ってきてください!お嫁になっていかないで!」


青い瞳は涙をこぼして私に抱き着いてくるのだった。


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