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第15話

可愛い妹のアリシアへ。


私は、結婚をする先でも奉公に……とそこまで書いて、手を止める。

いかん、いかん。

あんなに可愛い妹に、愚痴を言ってはいけない。

きれいな便箋を折りたたんでゴミ箱に捨てる。

紙は高価なものなのに、いつも無駄にしてしまう。

コスト意識が足りないからだわ。

そんなことを一瞬考えて、待て待て、と自分に言い聞かせた。


ルイは私に仕事をしてみないか、と言い出したので断固拒否した。

もちろん、屋敷の中のことや子どもたちの世話なんかはしていく。

それは平気だ。

でもお金が関わるようなことは、二度としたくない!


うっかり口が滑って自分は老舗旅館の跡取り娘だったんだぞ!と叫びそうになるのを止める。

違うのよ、私はそんなことをしたいわけじゃない。

私は、この世界では妹を立派な女性に育てて、ハッピーエンドを迎えさせるためだけに生きてきた。

それがどうして騎士団長のルイと結婚することになってしまったのか。

そして、今度は仕事と言い出す。


騎士団長、ルイフィリア・レオパール・グラースは真面目で勤勉、戦場に出れば負けなしとまで言われる。

金色の髪と彼の一族特有の赤い瞳から、戦場の赤獅子だとか、赤目のライオンだとか、様々な呼ばれ方をしているくらいに有名だ。

同時にその有名さゆえに、多くの淑女から嫌われてもいる。

見た目はいいのに、女にきつい。

結婚する気がないのだろう、戦場の方が好きなのだ、と専らの噂だった。


しかし実際の彼は違う。

本来の彼は、騎士団の予算管理から部下の指導、領地のこと、屋敷のこと、様々なことを知的に考えることもできる人だった。

てっきり私は、ライオンとゴリラを組み合わせたかのような容貌だと思い込んでいたけれど、ルイの見た目は優男だ。

着やせするタイプなので、騎士団の正装をしていても、何をまとっていても細く見えるほど。


そんな彼の方から私に結婚を申し込んできたのは、私の見た目が自分の母親に似ていたからだ。

案外マザコンなんだな、と思いつつ、そこには転生した魔女を倒すための宿命があるようだった。

でも転生した魔女が私の妹だなんて、誰が信じられる?

今のところ、文通を続けている妹に変化はない。

いつも通りの可愛らしい文字に、今日は何をした、明日は何をする、なんて可愛らしいことしか書いていない子だ。

そんな子が魔女だなんて、誰が信じるものですか!


結婚のこと、実家のこと、妹のこと、仕事のこと。


たくさんのことが私に降り注いできて、まるで津波のように押し寄せる。

いやだな、このかんじ。

この世界に生まれる前に感じていたような、そんな嫌な感じ。

必要とされているはずなのに、大切にされていない。

愛されるべき存在なのに、そうでもない。

なんでもこなせるはずなのに、意外にそうでもなくて。


はあ、と大きなため息がついた。


ルイは、私が作ったクランベリーパイをとても気に入った。

本来ならアリシアのために試行錯誤して作っていたはずのお菓子を売ってみてはどうか、と言い出したのだ。

売るわけないでしょ、妹のものなのに!

お姉ちゃん大爆発で、私はルイと少し喧嘩をした。


それもこれも、私の実家が傾いていることが一番の原因なのだけれど。

兄は商才のかけらもない、どちらかと言えば波風立てられないタイプの人だ。

アリシアとは血がつながっているので、男性なのに美しいと思ってしまう顔面でもある。

だから、本来ならすでにどこかのご令嬢と結婚もしくは、婚約していてもおかしくない。

しかし、人の口に戸は立てられぬと言ったものだ。

兄の情けない噂は瞬く間に社交界に広まり、どこのご令嬢たちも兄に振り向きもしなかった。

しかも家が傾いているとなれば、なおさらだ。


だから私が売られた。

実家に資金提供をしてくれる、とルイが提案したからだ。

でも実際にはそれでも酷すぎるくらいの傾きが、すでに始まっているのである。


「アリシア、私は……」


残してきた幼い妹が、心配でたまらない。

あの子は私の憧れであり、私の大事な妹だ。

でもあの子が生き抜くために、家を支えるために、イレギュラーとしてこの世界に登場した私は、そのイレギュラーを受け入れるしかない。


姉に生まれたことだけでも、幸運と思うしかない。


「奥様、いらっしゃいますか?」


ドアの向こうからマリアさんの声がしたので、私は椅子から離れた。


「どうしました?」

「奥様、この前からあまり食べていないでしょう?」

「いえ、ちゃんと食べてますよ」

「そうですか?何か食べたいものでもあるなら、すぐに準備できるのでちゃんと言ってくださいね」

「ありがとう、マリアさん」

「奥様には、立派な跡取りを産んでもらわなきゃいけないですから!」

「あ、あ、あと、跡取りィ!?」

「そうですよ!普通、坊ちゃまくらいならお子の1人や2人いたっておかしくないんですよ!」


おおお、嫁としての重大な役割がここにィ……。

でも私があの人の子どもを産むことなんて、できるんだろうか?

疑問でならない。

赤ちゃんはコウノトリが運んできてくれるか、キャベツ畑に落ちているんじゃないんだろうか。

人生2回目のくせに、馬鹿みたいなことを考えている!


「あら、そろそろ茹で上がる時間だわねぇ」

「マリアさん、何か茹でているんですか?」

「ジャガイモがたくさん収穫できたのでぇ、茹でたんですよ」

「ジャガイモ!」

「あら、奥様もいただかれますか?」

「はい!」


可愛い妹のアリシアへ。

ちょっと食い意地の張っているお姉ちゃんを許してね。

また、手紙を書きます。


今はジャガイモが先!

可愛い妹に心の中で謝って。

夫婦喧嘩?のイライラを解消するために、私はマリアさんと一緒に厨房へ向かうのだった。


茹でたジャガイモは、なんとも素晴らしい、皮ごと茹でてある。

熱いですよ~と笑顔で言いながら、マリアさんは私にそれを1つ渡してくれた。

熱い。

熱いけど、これが美味しいんだ。

私は塩をもらってジャガイモに振りかけ、一口いただく。


「はふ、おいし……!」

「残りは潰してマッシュポテトにしましょうね」

「あ、待ってください、マリアさん!」

「どうしました?」

「ジャガイモにバターを載せて……」

「あら!」


2人でジャガイモにバターを載せて頬張る。

美味しい…!

なんて美味しさなの?


「美味しいですねぇ、奥様」

「はい、これはもう絶品!」

「そうだわ、コレを持って坊ちゃまのところに行ってきてください!喧嘩中なんでしょう?」


屋敷の中で起こったことは、知れ渡っていた。

あはは、そうだよね。

お恥ずかしながら、まだ正式な夫婦でもないのに、夫婦喧嘩をしています。


マリアさんが持たせてくれたジャガイモに塩を振って、バターを載せる。

溶けたバターがいい香りを出して、美味しそうだ。

この地域の名産であるバターは、酪農家が多いこともあって他の地域より質がよくて、安価で手に入る。

それもあって、ルイが私にお菓子を売り物にしてはどうか、と言い出したのは分かっていた。

一財産築くにはちょっと時間がかかるかもしれないけれど、お菓子屋やパン屋を充実させるのは、悪くない方法だと思う。

それはこの世界の技術的な面や、貴族の流行に乗れれば大きなお金が動くと思うから。

老舗旅館に行けば、素晴らしい板前が作る懐石を食べられるのは当たり前、という、その当たり前を作り出してしまうこと。

そこに勝算がある。

グラース家の領地へ来れば、良質な食材が手に入り、美味しいものが食べられるとなれば、人の足が向く。

お金が動き、人が動く。


でもなぁ。

この世界で私が作ってきたお菓子は、全部妹のためだったから、まだ抵抗がある。

貴族の娘がお菓子作りをしている、厨房に入るってだけで、大騒ぎの世界だ。


私は悩みながら、ルイを探した。

部屋に行ったけれどいなくて、それならどこか、と探していると少しだけ思い当たる場所がある。


それは、きっと馬小屋だ。

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