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第12話

馬に乗って、街を出た。

街の向こうには草原が広がっていて、先へ進めば次の街へ行けるという。

この世界に来て、自分の家以外を知らなかった私にとって、これ以上先は未知の世界になる。


「ルイ、お昼にしましょう。せっかくマリアさんが持たせてくれたから」

「そうだな」


馬から降りて、木陰に入り、昼食の準備をした。

2人で芝生の上に座り、食事を広げる。

ルイは遠くを眺めていた。


「騎士団はいつ死んでもいいという奴らばかりではない」

「勇ましい殿方ばかりだとは聞きますが」

「そうだな。そういう奴らは多いが、それでも皆、家族や恋人がいる」

「それはそうでしょう……」

「俺はそんな奴らを束ねてきたから、こんな物言いしかできない」


パンを口に運びながら、ルイはそう言った。

ああ、つまりは謝っているのかと、私は思う。

妹のこと、さっきの強い言い方。

端々にきつさのある物の言い方を、気にしてはいたということである。


「気にしていないとは、言いませんが」

「文句があるか」

「文句と言いますか、私は他所の令嬢とは違いますので、旦那様になる人は苦労するだろうなと」

「俺に言っているのか?」

「私の旦那様になる人に申し上げているんです。馬にも乗りますし、そのうち塀を飛び越えて木登りくらいするかも」

「……とんだ令嬢だ。どこのどいつがそんな令嬢を嫁に迎えるつもりなんだ?頭のおかしい奴め」

「本当、どこのどなたでしょうね。赤毛の猫でも拾った気分になると思いますよ」

「それだけ頭のおかしな奴でも、妻くらい大事にするさ。やっと手に入れた家族なんだからな」


家族。


私はその言葉がずっと引っかかっていた。

日本でも大事にされなかった。

転生しても、妹がいなかったら愛情を知らなかったかもしれない。

この世界が特別なわけではなく、人はみんなそうなのだろうか。

家族を求めているのか。

家族って、結局はなんなのだろう。


温かい風が吹いて、私の赤毛が揺れる。

ルイがそれを手に取って眺めていた。


「痛んでますか」

「いや」

「そうですか」

「……母の髪はもっと痛んでいた。あの人は魔女を殺すために生き続けた人だったからな」

「本当に、魔女を殺さねばならないのでしょうか。妹が魔女であったとしても、覚醒させない方法はないんですか?」

「あるなら俺が知りたいさ」


髪から手を放し、ルイは言った。

立ち上がって街の方を眺める。

ここは彼の領地だ。

でも彼だけに背負わせるには、少し大きすぎないか?


「さて、もう帰るぞ」

「はい」

「屋敷まで競争する」

「は?」

「負けた方が馬の世話をすることにしよう」


何を言っているんだと思って、止めようとしたけれどルイは颯爽と馬に跨ってしまう。

私も負けじと馬に乗った。


彼は、少し子どものようなところもある。

急に怒ったりもするけれど、悪い人でないことはよく分かった。

きっと彼の中にあるのは、一族の悲願を達成することだけなのだろう。

はあ。

嫁入り早々になんだか大変なことになってしまいそうだ。


馬を走らせながら、ルイの後を追う。

林の木々を抜け、もう少しで屋敷だろうと思った時。

私の目の前に狼が出た。


「うそッ!?」


馬は驚いて大きく仰け反り、私は必死に手綱を握ったけれど振り落とされてしまう。

落ちた衝撃で、頭が揺れる。

視界がぼやけてしまって、身動きが取れない。

目の前に狼が来ると思った時、ルイの怒号と血の臭いが広がった。

ルイは私の目の前で狼を殺し、私を助けてくれたのだ。

でもその恐怖が私には、自分が死んだ時のことと重なってしまう。


「うッ……!!」

「セシリア!!」


恐怖に身動きが取れなくなり、私はただルイに縋るしかできなかった。

腰が抜けて歩けないとは、本当にあるのだ。

そんな私を見て、ルイは私を抱き上げる。

こ、これは、お姫様抱っこ……!?と思ったがルイはそのまま私を肩に担ぎ上げた。

違う。

これはお姫様じゃない。

これじゃ私は、米俵だ。


「ル、ルイ……」

「黙っていろ、舌を噛むぞ」

「いや、せ、せめて、もちかた……」


そこまで言って、私は目が回って意識を失った。


夢の中で、私は庭に座り込む小さな女の子だった。

金色の髪をした人形を抱きしめて、うつむいている。

そこへ誰かが来た。

見上げると、顔はよく見えないが優しく手を差し伸べてくれるから、取ろうとした。

女の人だと思う。


その手を取ろうとして、誰かに止められたから驚いた。

女の人が舌打ちをして、闇に消えていく。

どこにいくのと思ったけれど、返事はない。

その代わりに、ルイの声が響いた。


「セシリア、目を覚ませ!」

「うう……ここ、は」

「家だぞ」


ベッドに寝かしつけられていたのか、私はマリアさんとルイに支えられて体を起こした。

何があったのかを思いだそうとしたけれど、まだ混乱している。

むしろ、夢の方が鮮明だった。

あの人はどこかで会ったことがあるような、そんな気がするのだけれど、分からない。


「奥様、よかった。うなされていたんですよ!」

「私が……?」

「はい!だから坊ちゃまを呼んできたんです!」


私は寝つきがいい人間だと自負している。

そうやって躾けられたから、早く寝られるなら早く寝たい人間なのだ。

そんな私がうなされるなんてこと、ありえない。

ルイは私の顔を見つめて、何か言いたそうな顔をしていた。


「どうしたの……?」

「何か夢を見なかったか?」

「夢?見たと思うけど、そうね、庭にいて誰かがいたような」

「その夢のことは忘れろ。夢の中で誰かに会っても、ついては行くな」

「ついて、行く?どこに?」

「魔女の夢園、そこに引き込まれると二度と戻れないと言われている」


私の頬を撫で、ルイは私の目を見ていた。

その赤い瞳に見られると、息を飲んで、すべてが止まってしまう。

それくらいに美しい瞳を彼は持っていた。

触れていた手が離れると、彼は背中を向けてしまう。


「マリア、セシリアに食事をさせろ。体力の消耗は命に係わる」

「は、はい!」


マリアさんは急いで部屋を出て行き、ルイもゆっくりと歩き出した。

私は部屋に1人取り残されてしまうと思い、つい彼の背中を呼んでしまう。


「ルイ……」


振り返った彼は、金色の髪がゆっくりと動き、その輝きが綺麗だった。

彼は少しだけ私に顔を向ける。


「今は休め。魔女の干渉はお前の身を滅ぼす」

「まだ魔女かどうかは分からないでしょう?ただの夢かもしれない」

「いや。俺には分かる。お前の目は魔女を捉えた目だ」

「どういう、こと……?」

「すぐに消えるだろうが、魔女の足跡が見えた。グラース家の人間にはそういったモノが見えるんだ」


とにかく休めと、強めに言われて、私はまたベッドに戻った。

あの夢が魔女の夢なのか、はっきりとは分からない。

私は幼い子どもだったし、相手の顔なんて見えなかった。

そういう観点から考えれば、妹でもない。


じゃあやっぱり妹は魔女ではない?


ため息をついているところに、マリアさんが食事を持ってきてくれた。

あまり多くを食べれないと話すと、フルーツに変えてくれたので助かる。

甘酸っぱいベリーを口に運んで、今日の出来事を整理しようと思ったけれど、上手く思い出せない。


きっと、自分が死んだあの瞬間を、今でも思い出すからだろう。


高いところから落ちて。

凄まじい痛みと苦しみ。

人間は簡単には死ねないのだと、初めて知った。

そして、薄れていく視界と意識。


あんなもの、二度と味わいたくない。


「奥様、大丈夫ですか?」

「え、ああ、うん。平気よ。ありがとう、マリアさん」

「すみません。屋敷の周辺はいつもハンスが見回りをしているんですけれど、あんな狼が入り込んでいたなんて」

「野生の狼でしょう?仕方がないわ」

「……野生なら、ですね」

「え?」

「さあ、奥様。もう少し食事をしてください。水分はしっかり摂らなくちゃ」


私は、マリアさんが一瞬だけ表情を変えたような気がしたけれど、はっきりとは分からなかった。

まだ疲れているんだろう。

食べたら、寝よう。

それが一番だ。

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