私の二度目の人生。
本当は妹のためだけに生きていこうと思っていた。
あの子が王子と出会って、見初められて王妃になるその日まで。
でも、今はそれ以外のものが発生している。
「シシィ、行くぞ」
「はい!」
「先に行くからな!」
「ちょ、ちょっと!!」
ルイはまるで少年のような顔をして、馬を走らせた。
金色の髪が風になびいて、美しい。
イケメンすぎる。
その後を追いかけて、私も馬を走らせた。
楽しいのかなと、思ったのは私だけだろうか?
本当はどう思っているのだろう。
「見ろ、シシィ」
「なんですか……って、すごい」
「国内屈指の交易街だ。お前は来たことがないのか?」
「だから、私は父の仕事は」
「行くぞ」
どうしてこの人は私の話を、ちゃんと聞いてくれないのだろうか。
でも楽しそうにしているならいいかと、思うようにする。
馬を預けて街に入る。
街はとても活気があった。
物流が滞ることなく、十分に行き届いている。
果物や野菜は綺麗だし、働いている人も笑顔で、街が綺麗だ。
街が綺麗なのは、治安がいい証拠。
それくらいは分かる。
「グラース家が支えてはいるが、今はほとんどが街の自由にしている。気になるところがあるか?」
「そうですね……」
「気になる店があるなら入れ。好きにしろ」
「それなら、仕立て屋で布や糸を買うことはできますか?」
「服を買うんじゃないのか?」
「私は自分のドレスを仕立てるのが好きなので」
ルイが目を丸くする。
この世界の令嬢が自分で何かを作るなんて、珍しい話しだからだ。
私は、昔から自分の衣類を仕立てるのが好きで、よく作っている。
要は和服と同じ。
かつて祖母に仕立ての基礎を叩きこまれたこともあり、自分のドレスや小物なら自分で作ることができる。
私はルイを伴って小さな店に入った。
店に入ると、早速店主がやってきた。
私には目もくれず、ルイの方へ。
まあそうだろう。
ここでの上客は、彼なのだから。
「はぁ、俺はコイツの買い物についてきているだけだ」
「こちらは」
「来月結婚する。今は婚約者だが、もう屋敷に住まわせている」
「つ、つ、ついにあのグラース様が奥方を!?」
店主は驚きのあまり声を上げ、それからすぐに結婚式では何が必要か、あれやこれやと言い出した。
私にしてみれば、そんなもの特に気になることはない。
この結婚は、いわば契約のようなものだ。
魔女を倒したい彼と妹を守りたい私。
家のことを任せたい彼と何かやりたい私。
ちょうどいい契約結婚だとでも思っておけば、気が楽になる。
「シシィ、必要な物はなんだ」
「そうですね、今日はこちらの糸をいただきたいです」
「ただの麻糸だぞ」
「ええ。でも色が綺麗ですし、便利だと思って」
「女の考えることはよくわからん」
そうは言ったものの、彼は代金を支払ってくれた。
本当に服は要らないのかと、店を出てから問われても困ってしまう。
要るにしても、要らないにしても、聞くタイミングが悪すぎだ。
この男は、そうやって生きてきたのだろうか。
街を並んで歩きながら、人の視線に気づいた。
そうか、ルイは騎士団長。
この街の人たちからすれば、領主というよりも騎士団長としての方が周知されているのかもしれない。
そんな騎士団長が女を連れて歩いているなら、誰でも気になって視線を向けるだろう。
「ルイ、そろそろ街を出ませんか」
「まだ案内は終わっていないぞ」
「そうかもしれませんが、この視線はさすがに」
「気にするな。これからそういったことに、度々あうことになるんだからな」
騎士団長、ルイフィリア・レオパール・グラースの妻。
その重みがこの街ではかなりのものなのだ。
「マリアに何か買って行ってやれ」
「はい、そうですね」
「それを買った後に街の外を案内する。そこで昼食だ」
「はい」
ルイの指示した店は、昔ながらのパンと焼き菓子の店だった。
焼き菓子と言っても庶民的なもの。
それでも並んでいるのを見ると、ちょっとワクワクしてしまうのが乙女心だろう。
いくつかのお菓子を選び、支払いを済ませて店を出ようとした時に人とぶつかった。
相手はフードを被った旅人で、顔はよく見えないが男性のようだ。
「すみません。平気ですか」
「はい、大丈夫です」
些細なことであったけれど、その旅人が去ってしまうとそれを見ていたルイが不機嫌そうに眉を吊り上げている。
腕まで組んで、こちらを睨みつけてきた。
「なんだ、さっきのは」
「私が転びそうになったんです。それを助けていただいただけですよ」
「お前は本当に令嬢の教育を受けているのか?男に触られて平気そうな顔をしていたぞ」
「荷物を落とさないようにすることで精一杯だったんです!」
どうして彼がこんなに怒っているのか、この時の私にはまったく理解ができていなかった。
彼の気持ちを知る由もない私は、ただ彼に盾突くばかり。
痺れを切らした彼の方が、歩き出してしまった。
追いかけるけれど、言葉はない。
かける言葉も、返す言葉も、何もない。
唇を噛んで、堪えるだけ。
昔も今も、我慢することには慣れていた。
馬のところまできて、ルイが大きなため息をつく。
「お前は本当に、猫と一緒だな」
「おっしゃる意味が分かりません」
「気分屋で勝手に動いて、勝手にどこにでも行って、何でもする。そのうち塀に飛び乗るんじゃないのか?」
「だから、よくわから……」
「自重しろと、言っているんだ。お前は俺の妻になる。騎士団長の妻だ。命を狙われることもあるかもしれん」
「え……」
撫でられたユキはまるで分っているかのように、頭を動かす。
そうか、私は今まで甘かったのだ。
貴族の令嬢として、箱庭で育ってきた。
日本もそんなに危ない国ではなかった。
だからすっかり忘れてしまっていたのだ。
騎士団長の妻になるということは、この街の人たちから見られることが重要なのではない。
彼の代わりに死ぬかもしれない。
人質にとられたり、襲われたりするかもしれない。
そんなところに私はお嫁に行くのだ。
家の財政が傾いているから仕方がないと、そんなことだけではなかったのだ。
まさに私は売られた。
家族に売られて、彼のところに来たのだ。
「まあ俺がいるうちはそんなことにはさせんがな」
「ルイ……」
「苦労はかけるぞ。特に俺にはもう家族がいないからな」
「それは……」
先の戦争で家族を失った人。
その赤い瞳には、血の色がたくさん映ってきたのだ。
可哀想と言ってはいけないのだろう。
誇り高く、それでも生きることを選んだ彼。
魔女を倒すと決めて、私まで娶ると決めたのだ。
その決断を1人でしてきた。
「……これからは、私がいます」
「塀には登るなよ」
「塀には登りませんが、馬には乗ると思います」
「お前の手綱さばきは、騎士団でも驚くさ。上手いもんだ」
素直に褒められて嬉しくなり、言葉は出なかったけれど顔が赤くなるのが分かった。
変だな、私はこの家に売られたと自分で思ったのに。
それでも少しずつこの生活が楽しくなってくる。
彼の側にいることが、少しずつだけれど愛しいもののように思えてしまうのだ。