ルイはすでに男の子たちに剣の扱いを教えていた。
その中にハンスさんもいたので、あの人も剣が扱えるのですごいと思う。
この世界の執事は剣士の鍛錬も、積んでいるのだろうか。
女の子たちはテーブルに向って、編み物をしていた。
これは私が教えてあげたものだ。
「綺麗にできていますね」
「奥様!」
「貴方は器用ですね。これからも続けてください」
「はい!」
素直な子たちは、何が自分にできるのか何でも挑戦する精神がいい。
今はまだ与えられたものかもしれないけれど、これから先はどう成長していくか分からない。
子どもたちの姿が、妹と重なって寂しくなる。
あの子は本当に魔女の生まれ変わりなのだろうか。
でもそれが間違えだったら?
魔女に覚醒しないこともあるかもしれない。
「おい、シシィ!」
叫ばれて、そちらを見る。
私を猫みたいに呼ばないでと、思った時、ルイが私を見ていた。
息を飲むくらいに格好いい。
金色の髪に汗が飛んで、輝いている。
私はルイに近づき、タオルを手渡した。
「ちゃんと寝たのか」
「寝ました」
「そうか」
ぶっきら棒な言い方だったけれど、彼は私を心配してくれる。
それを感じながら、複雑な気持ちだった。
「どうした」
「いえ……」
ため息交じりに返事をすると、ルイはタオルを戻してきた。
強引な感じだったけれど、その時に口を開く。
「昼間は時間があるか」
「私、ですか?」
「ああ」
「ありますけれど」
「この近辺をまだ案内していなかったので、連れて行く」
彼はそれだけを言うと、また子どもたちの方へ戻って行った。
この近辺を案内してくれるのか。
そうか。
ルイが連れて行ってくれるのか。
そうか。
え、それってデートじゃない?
そう思った瞬間に顔が真っ赤になってしまう。
日本でもこの世界でも、私はデートなんてしたことがない。
したことがないのだ。
貴族の令嬢として稀にパーティーは参加したけれど、それも数えるほど。
嬉しさと恥ずかしさ。
様々な感情が私の中に入り混じっていった。
朝食の時間になって、黒いパンをみんなで頬張りながら、私は隣に座るルイを見れなかった。
彼は何も言わず、何もせず、子どもたちに食事を勧めながら、自分も口に運ぶ。
そんな繰り返し。
不器用な私たちは、本当に夫婦になれるのだろうか。
出かける話をハンスにすると、マリアさんが昼食を持たせてくれるという。
要はお弁当だ。
私はその手伝いをすると言って、後を追いかける。
「坊ちゃま」
「坊ちゃまと呼ぶな、ハンス」
「すみません、旦那様。だから申し上げましたでしょう、奥様には直接お伝えになる方がよいと」
「ああ、その通りだった」
2人がそんな会話をしているなんて、私は知りもしないのだった。
◇◇◇
「サンドイッチにしましょうか、奥様」
「そうですね。後は昨日焼いたクッキーとケーキも持って行っていいですか?」
「ケーキはカットしておきましょう」
マリアさんはテキパキと準備を進めてくれて、新鮮なリンゴやブドウも準備してくれた。
必要な物はすべてカゴに入れてくれたから、私はこれを持っていくだけでいい。
「奥様」
「はい」
「坊ちゃまは、女性と出かけたことがございません!」
「は、はあ……」
それは私も同じなのだけれど。
でもマリアさんはとても真剣な顔だった。
「何か失敗なさっても、大目に見てあげてくださいね!」
「だ、大丈夫ですよ、わ、わ、私も、初めて……なので」
「まあ……!なんて初々しいの!」
「は、恥ずかしいので、そんなに期待しないでください、マリアさん……」
こうして私は荷物を受け取り、ルイの元へ行った。
この世界でのデートは、ほとんどがピクニックや貴族なら買い物だ。
日本のようにテーマパークはないし、日帰りできるような場所もない。
今日は彼に任せるしかないだろう。
ルイを探していると、彼は馬を準備しているところだった。
あの真っ白な馬を大事そうに見つめている。
「馬の名前は……なんですか」
彼の背中に話しかけると、彼は振り返った。
「ユキ。母が名付けた」
「ユキ……」
「雪のように白いからな」
ちょっと日本みたいな名前だなと思ったけれど、彼は気に入っているようだった。
優しそうな顔をしている彼は、本当に馬が好きなのだろう。
「あの、私の馬はどれをお借りしていいのですか」
「好きな馬を選べ」
「分かりました」
私は馬小屋から気に入った子を連れてきた。
そして自分で鞍を準備し、さっさと馬にまたがる。
「本当に馬に乗れたんだな」
「嘘だと思っていたんですか?」
「貴族の娘は、そういうものだろう」
「普通の貴族の娘じゃありませんので!」
私はそう言って馬を走らせた。
この子はとても賢くて、私によく合わせてくれるいい馬だ。
私のことを気遣うように走ってくれる。
ルイは後から追いかけてきて、すぐ追い付いてしまい、気づけば隣にいた。
「道に迷うぞ!」
「ルイがいるのに、どうして道に迷うんですか!」
「まったく……」
2人で馬に乗って、丘を越える。
その先には黄金の麦畑。
この世界は日本と少し違うようで、季節の植物が違うのだ。
理由は知らない。
「きれい……」
「この近辺はすべてグラース家の領地だ。お前の土地になるんだぞ」
「私の土地?」
「そうだ。俺は騎士団を任せられているから、家のことまで手が回らないことがある。それをお前がするんだ」
「それって、聞いてませんけど?」
白馬のユキを撫でながら、ルイは当たり前のような顔で話し出す。
「何の為に貿易をしている家の娘をもらったと思っているんだ」
「事業をしろと?」
「そこまでは言っていない。お前の髪と目、そして貿易をしている家の娘。そのすべてを発揮しろ。それで十分だ」
「私、父の仕事は何も手伝っていませんけど」
そう言いながら、私は手綱を握る。
馬はゆっくりと歩き出し、ルイと私の会話は続いた。
「お前は兄よりは優秀だと聞いている」
「兄ですか?まあ兄はちょっと事業には向かない人ですね」
「悪い奴ではないがな。何度か食事をしたが、人間性は嫌っていない」
「兄をご存じだったんですね」
だから。
会ったこともない、私の容姿などを知っていたのかもしれない。
私たちは麦畑の間を馬で歩き続けた。
「お前が男だったら、家督を奪われていたかもしれないと、嘆いていたぞ」
「褒め言葉にとっておきます。でもそんなことを兄が言っていたんですね」
「酒に酔っていて、どこぞの令嬢に相手にされなかったとも言っていたな」
「あの人、見た目は悪くないんですが、駄目なんですよねぇ。ご令嬢の好みではないようで」
私がそう言った時、ルイは少しだけ笑ったように見えた。
そんなにおかしな話だっただろうか。
ルイに声をかけようとした時、麦畑から汚れた格好をした男がやってくる。
どうやらこの麦畑を管理している人のようだ。
ルイが話をしている間、私はこの広大な麦畑と青空を眺める。
こんなに広大な麦畑があるなら、もっと立派なパンを作ってもいいかもしれない。
事業をしろとは言われなかった。
でも家のことは任せられるのか。
それならいっそのこと、何かやってみる?
妹が魔女として覚醒しないように、いいことをさせてみるってのは駄目なのかな?