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第8話

「もういいんです、お姉様」

「アリシア!私が必ず助けて……」

「今日は帰ります。グラース様のお邪魔のようですから」

「そんな、もう遅いのよ!危ないわ!」


妹を1人で帰すなんてできないと、思ったけれど、妹は私の腕に優しく触れた。

そして微笑む。


「お父様の馬車があります。心配なさらないで」

「でも」

「お姉様に迷惑をかけたくないんです。また今度来ますから」


微笑む妹はいつものあの子のような気がしたけれど、心なしか手が冷たい。

冷やしてしまったのかなと、思いながらそれを尋ねることもできなかった。

こうして、妹は父の馬車に乗って帰って行く。

見送る時にはたくさんのお菓子を持たせ、精一杯見送った。


とにかく今、頭に来るのはこの男の方だ。

妹のことをネズミなんて言うし、もう日暮れだというのに家から追い出した。

あの子はまだ12歳だ。

馬車があるとはいえ、危険じゃないかと思うと、余計に不安になってきた。


「奥様、旦那様が食事の席にとお呼びです」

「結構です。今日はもう休みたい」

「奥様、本日旦那様は奥様との夕餉を楽しみにして、早く帰られたのです」

「……え?」


楽しみ?

私との食事を?

疑問しか浮かばない。


「わ、私と夕食をとりたいってことですか?」

「そうでございます」

「そんな話、聞いてなかったけど……」

「今朝、出立される前に私にだけ言づけておられました」

「どうして……」


どうしてと、私が言った時ハンスは少し寂しそうな顔をしたと思う。

この人はずっとルイを見てきたから分かるかもしれないけれど、私にはまだまだ分からないことだらけだ。


「……分かりました。行きます」

「それはよかった。ではこちらへ」

「はい」


ハンスの後ろを歩き、食堂へ招かれる。

広い食堂は、この家の豪華さと同じ。

でもそこに座っているのはルイただ1人だった。

料理はマリアさんが仕込んだのだろう、美味しそうな匂いがする。


「戻ったか」

「はい」

「今日は魚の煮込みを頼んだんだ」

「魚……こちらの地方では珍しいのでは」

「川魚だ。マリアは魚の泥を吐かせるのが上手いからな」

「調理法をよくご存じで……」


会話は弾まないと言えば、弾まなかった。

でもポツポツと話す会話の中に、彼がちゃんと存在している。


料理のことは、騎士団で学んだらしい。

出兵するとその先で口にできるものは限られる。

料理番を連れて行くことができないから、新兵が作ることが多いらしい。

彼もかつてはそういうことをしていたと、教えてくれた。


食事はとても美味しくて、一度断ったことを申し訳なく思ってしまう。

ルイは私の顔など見もせず、食事と会話だけだった。

それでも楽しみにしていたと言われれば、少しは嬉しくも思うもの。


「……妹が、不躾で申し訳ありません」

「アレが妹だというのは事実だったようだな」

「アレって……」


どうしてそんな言い方なのかと思った。

まだ12歳の少女だというのに、彼の目には憎しみしか宿っていない。

どうしてと口を開こうとした時、彼の方が早かった。


「世界の半分を滅ぼした魔女の話を知っているか?」

「……稀代の悪女だとか」

「そうだ。俺の一族は長年その魔女を滅ぼす為に戦ってきた」

「え?」

「12年前、我が父と母が命を懸けて戦い、魔女を殺したが」


まさか、この展開。

まさか、この流れって。

手の中からフォークが落ちる。


「お前の妹は、その魔女の生まれ変わりだ」


ちょっと待てーッ!?

姉は異世界からの転生者で、妹は魔女の転生ってどういうことだー!?


ガタガタと手が震えて止まらない。

え、こんなストーリー、あるわけがない。

こんな話じゃなかった。

食べたものの味を忘れてしまうくらいに、私はどうしたらいいのか分からなくなる。


「魔女は魂だけを転生させる。器となる人間は今までも幾人かいたようだ」

「ど、どうして、そんなことが分かるんですか……人違いかもしれない」

「……魔女の側には必ず赤髪で新緑の瞳を持つ聖女がいると」


サーッと血の気が引いた。

私の髪の色は赤い。

そして瞳は綺麗な緑だ。

私は、それを転生した赤毛のアンだと思って過ごすしかなかった。

でもそれに意味があったってこと?

いやいや、今ソレは大事な妹を魔女の生まれ変わりだと決定づけてしまっている要素じゃないか!?


「先の魔女は母の姉だった。俺の母は赤髪に新緑の瞳を持つ女性だったんだ」

「え、要素、ゼロ……」

「どうした?」


ルイの顔面を直視しながら、私は思った。

あれ、この人には赤髪で新緑の瞳の要素ゼロじゃない?

金髪に赤い瞳なのに、母親の要素ゼロ。

遺伝子の不思議なのか、異世界の不思議なのか。


「でも、私は聖女では……」

「別に聖女だからなんでもできるとは言っていないぞ」


クッソ。

なんだか見透かされたような気がして、頭に来る。

ルイはワインを飲みながら、静かに言った。


「魔女の転生を止めるのが俺の使命だ」

「そうですか……」

「騎士団の本来の目的はそれだけだからな」

「でも騎士団って王や国を守っているのでは」

「それは後付けの理由だ。本来は騎士団の団長にだけ、魔女を倒す力が与えられる」


そうなのか。

まるで映画の世界ではないかと、思った時、ここが異世界であったことを思い出す。

ゴブリンもスライムもまだ見たことはないのだけれど。

でも魔女がいるということは、魔法はあるってことなのか。


「その代わり、赤毛で新緑の瞳の聖女を妻にもらうことになっている」

「髪と目は合っていますが、聖女は合ってないかなぁ……」


合っていないというか、彼が私を婚約者に選んだ理由を知って、ショックというか。

やっぱり愛のない結婚だった。

その事実が、重くのしかかる。

別に愛して欲しいとか、恋愛をしたかったわけじゃない。

でもちょっとの期待はあった。

彼の役に立てるとか、実家の役に立てるとか、そんな些細なもので構わなかったのだ。

でも、そんなことを彼は求めていない。

彼が求めているのは『一族の悲願を達成すること』つまりは魔女を殺すことだ。

そのためには、私みたいな存在でもお守り代わりにはなるのだろう。


「聖女は別に何も特殊なことはないぞ。母上もそうだったからな」

「そ、そうですか……」

「お前はこの家にいればいい。そしてこの家を絶やすことなく引き継いでくれればいいだけの話だ」


彼は席を立ち、もう休むと言ってハンスを呼んだ。


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