目が覚めて。
おかしいだろってやっぱり思う。
朝が早いと彼は言っていた。
こっちだって負けてられないと、お得意の早着替えをして部屋を飛び出す。
騎士団長の朝は何がそんなに早いのか、見せてもらおうじゃないの!
声がしたので外へ出る。
敷地内の一部が稽古場になっていて、彼はそこにいた。
小さな子供や青年を相手に剣の稽古をつけている。
楽しそうな横顔を見て、アレがライオン?と思ってしまった。
子どもたちの楽しそうな声と、彼の指導する低いけれど優しさのある言葉。
ハンスが朝食の準備ができたと呼びに来ると、稽古は終了だ。
そのまま外にテーブルが出されて、子どもたちにも朝食が振舞われる。
彼も同じ席に着き、同じものを食べていた。
その時、グゥと私の中にいる別の私が主張をし始める。
我慢ができなくて、私は彼の横へやってきた。
「旦那様!」
「はぁ、朝からなんだ」
「私の席はどこですか!」
「ハンスに聞いてくれ。中にならお前の口に合うものが……」
「ここで結構!旦那様と同じもので構いません!」
妻ですから。
旦那と同じものを食べるのは当たり前!
そう思って、旦那様の横に座り、汚い木や埃も気にせずにいる。
「奥様、奥様は中でお召し上がりくださいませ」
「嫌です。ハンス、私にも旦那様と同じパンとスープを」
「承知しました」
ハンスを困らせてしまったけれど、私は気にしなかった。
横の男はため息をついているけれど、そんなの知らない。
昨日からの態度に頭に来ているのだから。
しばらくして、ハンスさんはパンとスープ、野菜を包んだオムレツを持ってきてくれた。
明らかにメニューが違う。
「メニューが違うわ。子供たちも旦那様も卵は食べてない」
「奥様、卵は高価なので」
「なら、これはみんなに切り分けて」
その時、子どもたちの目が輝くのが分かった。
私は少しずつではあるけれどオムレツを切り分けてやった。
喜んで食べる子どもたちを見ていると、妹を思い出す。
そして私は子どもたちが食べているパンが黒くて固いことにも気づいた。
これだけの数を出すなら安価なものしか出せないのだろう。
しかし旦那様だってその黒いパンを食べてる。
私は自分に与えられた白いパンも、子どもたちに与えた。
スープは野菜が入っていて美味しい。
これは時間のかかったスープだと思う。
柔らかくなった人参の甘さが好きだな、と思った。
ふと旦那様が横から黒いパンを差し出してくる。
「食べかけ」
「文句を言うな。お前の分がないだろう」
「仕方ないですね、夫婦ですもんね」
黒いパンは固かったけれど、ハード系のパンが好きな私には合っていたかもしれない。
固くて黒いパンでも気にせず食べる令嬢。
それを珍しいものとして子どもたちは眺めているのだった。
子どもたちが帰って行くと、私は旦那様に詰め寄った。
ライオンなんかに負けてたまるかと、強気でいる。
「旦那様」
「なんだ」
「朝がお忙しいのはこのせいですか?」
「毎朝ハンスと交代でな」
「どうしてそんなことを?」
「貧しい家の子はまともに食べられない。施しを持って行っても、結局は大人に奪われるだけだからな」
彼は頭がいい。その通りだ。
確実に与えたいなら、集めるしかない。
でもただでは恐がって集まらない。
だから剣の稽古だの、読み書きの練習だのと理由をつけて集め、食事を確実に与える。
この人頭いいし、上手いし、さすがは騎士団長だなと、感心してしまう。
「旦那様」
「ルイでいい。お前の声は耳につく」
「で、は!ルイ様!」
「様も要らん。鳥肌が立つ」
「ルイ!これには明日から私も参加します!私は何を教えればいいんですか?」
人間は驚きすぎるとポカーンと本当になるのだ、と知った。
イケメンが間の抜けた顔をしている。
「お前は何ができるんだ」
「お前ではありません、セシリアです!」
「そうか、ではシシィ何ができる?」
「シシィ!?」
「おかしいか?お前の愛称だ。お前が私をルイと呼ぶのだから、お前はシシィで十分だろう」
そんな呼ばれ方、この18年されたことがなかった。
恐ろしい。
鳥肌が立つのはこっちだわ。
「いいな、まるで赤毛の猫みたいで愛らしいじゃないか」
朝日の中、私の旦那様は初めて笑った。
金髪が朝日に透けて、美しい。
妹以外で美しいと思った人は、この人が初めてかもしれなかった。
その美しい人との生活は、想像通りだった。
この男は綺麗な顔をしながら、中身はガサツな男。
確かにマナーだとかルールだとかはちゃんと守るけれど、もちろん騎士団長というにふさわしい気品も持っているけれど、それ以上に何よりも私に対してが雑なのだ。
毎朝、私たちは子どもたちに剣の稽古をつけたり、文字や計算を教えてやり、朝食を与える。
それが繰り返されるたびに、子どもたちと私は打ち解けることができた。
私は剣を教えることはできないから、文字や計算だ。
女の子には髪の手入れの仕方や、裁縫も教える。
「お前は見た目よりも手が器用なんだな」
「見た目というのはこの前おっしゃった、猫のようということですか?」
「いや、あれは見た目ではない。中身、いや、髪だけか」
気にしている赤毛のことを言われて、私はムカムカしていたけれど、そんなことで喧嘩をしてここを追い出されるのも困る。
一度家を出た娘に帰る場所などないのだ。
この世界では結婚後に離婚という概念はほぼない。
戦争や何らかの理由で夫が死ねば、未亡人。
妻が先に死ねば、役立たずと罵られて、後妻をもらう。
別れるというものはない。
もしも離縁されるなら、それはよっぽどの理由からだろう。
「お前は、どうしてそんなに何でもできる?」
「優秀だとお認めになったんですね」
「その口をふさいでやりたいぐらいにな」
「……まあ、養女ですから。いつ一人になってもおかしくないと思っていましたので」
「だから何でも学んだと?」
「はい」
「そうか。したたかな女だな」
「褒め言葉と取っておきます」
「ああ、褒めたさ。それくらいの強さがなければ、生きてはいけまい」
子どもたちの書いた文字を見ながら、ルイはそう言った。
私の夫となる彼は自分のことをルイと呼ばせたがった。
そもそもルイフィリアという名前が嫌いらしい。
まるで女のような名前だと言って、昔から誰にでもルイと呼ばせている、と言った。
確かに響きは女性のようだけれど、綺麗だからいいんじゃないか、と思ったのは黙っておく。
名前のことを言われると、彼は途端に機嫌が悪くなった。
いつもツンツンしているタイプなので、機嫌がいいのか悪いのかよく分からないのだが、悪いと明確に分かる時がある。
それはきっと私や長年一緒にいるハンスくらいしか分からないんじゃないだろうか。