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第4話

でも分からないなら、分からないなりになんとかすればいい。

お嫁に行った先で打たれたなら、今度は打ち返すくらいの気合で行こう。

一度死んだ身なのだから、何を恐れることがある。

そう思いながら、自分が嫁ぐ相手が騎士団長だったのを思い出して、ちょっと冷や汗が出た。

喧嘩でもして剣とか拳とかで来られたら、負けるんじゃないか。

さすがに令嬢の作法一式は身に着けてきたが、護身術までは習っていない。

今からでは遅いのか?と思いながら、詰め終わった荷物を見た。


こんな形でこの家を出て行くと思ってもみなかったけど、お嫁にいけるだけいいんだろうか。

行った先でどんなことが待っているか分からない。

そもそも、騎士団長っていう人の顔も知らないのだ。

噂では、ライオンのような髪に筋肉隆々の男の中の男のような人だと聞く。

戦場では100人斬り、その金髪が血に染まるほどの強さだと。

なんでそんな人が結婚する気になったんだと、私は大きなため息をつく。


でも仕方ない。

選ばれたのは私なのだから。

せめて、彼の金髪が妹に似ていたらいいなと、淡い期待を抱いている。


翌朝になり、結婚相手であるグラース家所有の馬車がやってきた。

少し使い込まれたような印象を受けるけれど、手入れの行き届いた馬車だ。

荷物を乗せていると、妹が大泣きして私に抱き着いてきた。

行かないでと言って、泣いている姿も可愛らしい妹。

その頭を撫でて、私は内心嬉しかったけれど、顔は平静を保つ。


「ごめんね、アリシア。もう行かなくてはいけないの」

「いやだわ、おねえさま!!いかないでください!!」

「アリシア」

「おねえさまがいなくなっちゃうなんて!!ゆるせません!!」

「わがままを言わないで、アリシア」

「おねえさまが結婚するくらいなら、私がします!!」

「それは絶対に駄目です。断固として許しません」


私は泣いている妹の頭を撫でて、心を鬼にした。

この子は王子と結ばれるのだ。

この国を希望と幸せに満ち溢れさせる、王妃になる。

こんなところで、泣いていてはダメ。

必ずお姉ちゃんが守ってみせるから!


「おねえさま~~~!!!」


涙の止まらない妹を残し、私は馬車に近づく。

白髪頭の初老の男性がやってくる。


「グラース家の執事をしております、ハンスと申します。奥様、私に何でもお申し付けください」

「ありがとうございます、ハンスさん」

「ハンスとお呼びください。ただの執事でございます」

「分かりました、ハンス。あの、不躾とは思ったのですがアレは持ってきていただいてますか?」

「はい、奥様より事前にいただいたお手紙にご準備するようにとのことでしたので」


ハンスは荷物入れから何かを持ってきた。

私は妹のためにこれを頼んでいたのである。

それは、嫁ぎ先の銘菓である。

私が嫁ぐ先は、騎士団長家が長年領主を務めている割に、穏やかな気候と街並み、人柄の場所だと聞いた。

その街では牛乳と卵が名産なのである。

そこで作られた焼き菓子は絶品なので、妹に渡したいと、頼んだのである。


「アリシア」

「おねえさまぁ」

「騎士団長様から、あなたに贈り物よ。あなた、チーズケーキを食べたことがないでしょう?チーズケーキにミルククッキー、卵のマドレーヌに……」


そこまで言うと妹の目は輝いていた。

まだまだ幼い子だ。

だってまだたったの12歳。

お菓子の詰め合わせを握り締めて、彼女は泣いた。


「お会いしに行ってもいいですかぁ、絶対に行きますぅ!!」

「大きな声で泣かないなら、いいわよ」

「わかりましたぁ!!」

「それから、お菓子は一度に全部食べては駄目よ。この前もお腹を壊したでしょう?」


そんなことを話しながら、私はまた妹の頭を撫でた。

フワフワの金髪。

青空のような瞳。

雪のような白い肌。

美しくて、愛しい子。

絶対に幸せになって。

お姉ちゃんは……なんとかなるから!


こうして、私は馬車に乗り込み、泣き続ける妹を置いて出発した。


知らない場所、知らない道。

馬車の中に揺られて、眠くなってくる。


日本で18歳の頃、何をしていたかな。

そうだ、確か初恋をしたっけ。

大学にも行けなかった私は、同級生の男の子には初恋をしたのだ。

彼はとてもまじめで、不器用で、自転車に乗ってばかりだった。

大会に出るとか、レースに出るとか、そんな話をしていたのを覚えている。

でもそれはただの淡い片想い。


彼に話しかけたのは、進学先が遠くだと噂を聞いたから。

私は進学できないのと、言った時に彼は真面目に問いかけてくれた。

あの時初めて、他人に家のことを話したと思う。

真剣に聞いてくれた彼は、自分が立派な社会人になったら、真っ先に旅館に泊まりに来てくれると、言った。


彼はきっと、私が死んだことを知らない。

私が死んでしまって、自分が予約をする頃には誰も私の顔を覚えていない。

そうなって彼は何を思ってくれるんだろうかと、思うと瞼が重くなる。


「奥様」


呼ばれて目を覚ます。

しまった、寝てしまっていたのか。

恥ずかしくなって顔を上げると、お疲れ様でしたとハンスが言ってくれた。


「長旅でしたね。申し訳ありません、もう夜中です」

「いえ、今日中に到着できてよかったです」

「旦那様は中にいらっしゃいます」


中、と言われて顔を上げるとそこには立派な屋敷が立っていた。

うちの比じゃない。

本当の貴族?金持ち?ってこうなのか。


「お荷物はお部屋に運びます」

「あ、重たいので」

「老兵ですが平気でございますよ」

「そ、そうですか?」

「ご安心ください」


私はそう言われて、お言葉に甘えることにした。

室内に入るといい香りがする。

生花が活けてある。

これはいい花だ。

お祖母ちゃんがいい花の匂いを教えてくれたから、覚えている。

とても好きな香り。


「だから時間がかかると言ったではないか」


男の声がして、私は驚いた。

その方向を見れば、そこに立っていたのは金色の髪に赤い瞳をした男性。


イケメンだった。

え、この人が、私の結婚相手?

この人が旦那様になるの?


「お前がセシリアか」

「は、はい」

「今日は食事と風呂を済ませて休め。何時だと思っている」

「え、えっと」

「俺は明日が早い。手間をとらせるな」


ぶん殴ろうかなと、一瞬思った。

噂と少し違うけれど、この態度は何なのだ?

嫁に欲しいと言って来たのはそちらだろうに、手間を?取らせるな?

私の方が身分が低いからなのか、養女であることを知っているからなのか。

どちらにせよ、来たばかりの私にその態度はないだろう。


「あ、あの!」

「なんだ、まだ何かあるのか?」

「旦那様と、お呼びしても」

「好きにしろ。お前に任せる」


そう言って彼は去って行った。

どうやら寝室も別らしい。


温かい食事を出され、お風呂に入り、シルクのネグリジェに着替えて、私は就寝した。

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