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第2話

なんで死んでしまったのか。

何が原因だったのか。


子どもの頃は、やはり死の体験が壮絶すぎてなかなか表現ができなかったけれど、今は違う。

私は、旅館に来たお客さんの自殺に巻き込まれて一緒に転落死したのだ。

サスペンスの世界かもしれないけれど、旅館には色々なお客さんが来る。

お金持ちから一般人、芸能人、外国人、政界人、どんな人でもきた。

そして連れてくる人も違う。

家族ではない人を連れてくるのなんて、当たり前の世界。

お金をいただく限りは、私たちはそれを黙っている。

同時に巻き込まれるのはごめんだと、思って、見て見ぬふりを続け、何かあった時だけ口を開く程度。


幸せそうな家族旅行もある。

外国人が大騒ぎすることもある。

目を合わせられない相手もきたし、美人なお姉さんを連れたオジサマも来る。

サングラスをかけていても、誰か分かるくらいの有名人だっていた。


でも、そのすべての人はちゃんと帰って行く。

ちゃんと帰る場所があるのだ。


でも、帰る場所を捨ててきた人も来る。

そんなお客を祖母は絶対に見逃さなかった。

でも運悪く、父が通してしまったのである。

『死ぬ前に、立派な旅館に泊まりたいという願望を持った人』を。

唯一私が祖母から受け継いだものは、そういったことを察知することかもしれなかった。


どんなお客さんでも、ある程度は大丈夫だ。

でも駄目なお客さんの区別は、母よりも父よりもできる。

それがあるから、祖母は私を跡取り娘と言ってくれたのかもしれなかった。

だからあの人に会った時、一瞬で分かったのだ。


死ぬ、と。


それが分かると気が気じゃない。

何をしていても気になって、気づけば結局その人のところへ足が向く。

夜中に部屋を抜け出して、観光名所の山へ入って行く。

そして飛び降りようとしたのを止めた時、私が先にひっくり返って落下した。

思い出すとゾッとする。

人間ってすぐには死なない。

即死なんて言葉はよく聞くけれど、そんなことはないのだ。


まるで、この紅茶がぬるくなるかのように。

まるで、このケーキが膨らんで焼き上がるように。


その瞬間まで意識と痛みがあって、その痛みで気が狂いそうになって、最期には痛みが薄れていって意識が消えた。


『東堂ひばり』という女の子は、もういない。


あの日、あの場所から転落死して、いなくなった。

でも魂はなぜかこの『本の中』に入り込んで、新しい人生を歩んでいる。


「お姉様、紅茶が冷めてしまいます」

「そうね、ごめんなさい」

「何か考え事ですか?」

「いいえ、大丈夫よ」

「そうですか?」


心配そうに私を見つめる妹の目は、本当にきれいだ。

まるでアニメのキャラみたいに、目の中に空があると、褒めたたえている。

この子は、本来は『私という姉』はいない存在だった。


友達と遊ぶことも許されず、部活もバイトもできなかった私が唯一できたことは、部屋の片隅で本を読むことだけ。

キラキラ輝くようなフランス人形のような女の子が、イジメられたり、つらいことがあったりしても、前を向いて生きていくというどこにでもあるようなストーリー。

最後には身分を隠していた王子に見初められ、ゴールイン。


綺麗な花嫁衣裳を着た主人公の姿に、いつか私もと、希望を抱いては祖母に怒られて夢が消えていく日々。

毎日毎日、私は気物を着て、慌ただしく働くばかり。

父に捕まれば経営の話、母に捕まれば美容の話。

祖母からは姿勢が悪いと打たれて、仲居さんたちからは可哀想にと、裏で言われているのが分かっていた。


そんな私の楽しみが、読書だったのである。

本を読むのは好きだった。

読んで妄想して、夢に浸って、現実に戻る。

そんなことの繰り返し。


でも別に、『本の中の世界に転生したい』と思ったわけじゃない。

本屋さんでこの本の隣には、いわゆる転生モノとか、悪女モノとかがたくさん並んでいたけれど、そんなのに興味はなかった。


私は純愛ストーリー派なのである!

可愛いものが大好きなのである!

フワフワのキラキラが好きなのだ!


そう思っていたのに、自分が転生していた。

しかも死んで転生していたのだから、もう日本?本の外?には戻れないのだろう。

むしろ逆転生なんてしたら、この目の前にいる可愛い妹と離れ離れになってしまうから嫌だな。


私は、転生前の知識が戻ってからこちらの世界での生活が一気に楽になった。

一応貴族かそれなりの家らしい、この実家で、女の子はレディになる為のマナーを受けさせられる。

でもそれってどれも楽な話じゃない?

こちとら、老舗旅館の跡取り娘として厳しく殴られて育ったのだ。

ピアノを覚えるのはちょっと苦労したけれど、その他のことは本当に楽だった。

一番楽だったのは、ドレスの着替え。

本来ならメイドに手伝ってもらって着替えるのだけれど、私は1人で着替えができるし物凄く早い。

兄が紅茶を飲み終わる前に着替えて出てきたことがあって、兄の目玉が落ちそうだった。

どこの令嬢も着替えに何時間とかけるらしい。


人生は有限だ。

時間には限りがある。

スピード勝負に決まっている。

早寝早起き、三食しっかり食べて、仕事をする。

レディだからと言って、遊んでばかりはいられない。

特に私はこの家の血筋じゃないのだから、しっかりしていなければいけなかった。

同時に、両親が自由奔放というか、事業をしていることもあって、妹を育てたのはほぼ私なのである。

幼い妹の世話をすると同時に洗脳だ。

最高のレディに育て、最高の女にする。

ゆくゆくはこの国の妃になる娘!

そう思って、時には優しく、時にはちょっぴり厳しく、しっかりと育てたら、見事なシスコンに育ってしまった。


まあ悪くはないか、これくらいなら。

大目に見よう、と思って目をつむってきた。

熱い紅茶を淹れ直し、妹の前に出す。


笑顔が眩しい、なんて可愛いの。


私のアリシア。

未来の妃。

私の憧れ、私の大事な妹。


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