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可愛い妹が悪女になるなんてお姉ちゃんは許せません!
竜樹あさみ
異世界恋愛ロマファン
2024年08月06日
公開日
143,575文字
連載中
主人公は孤児院から引き取られた貴族の養女。けれども貴族の娘になれたからと言って、大きな幸せはなかった。唯一の幸せはお人形のように可愛い妹が生まれたこと。しかし可愛い妹の誕生と共に、自分自身が大好きだった本の中へ転生していることに気づいてしまう!でも気づいたものの、特に変わりのない日常が過ぎていき、異世界転生ライフを妹と幸せに送り続ける。でもある時、騎士団長から強引に結婚の申し込みをされ、結婚することになってしまった!?そこから妹の様子がおかしくなり、主人公の知っている本の世界と違う展開を迎えていく。

第1話

「お姉様」


そう呼ばれた時、私はハッとして顔を上げた。

ついつい荷造りするのに熱中してしまっていたようね。

荷造りするほどのものが、いっぱいあるわけでもないのに。


「お姉様」


もう一度呼ばれて顔をあげると、そこには金色の髪に青い瞳を持った妹がいた。

なんてかわいい子。

『初めて』見た時から、この子のことをずっとずっと可愛いと思っていた。

ううん、私の憧れ。

なりたい私の姿は、この子だった。

そんなこの子が私を姉と呼ぶ。

何があったのか。

何が起こったのか。

それを説明するには、クッキーをたくさん焼いて、紅茶もいっぱいミルクを入れないと間に合わない。


「どうしたの、アリシア」

「お姉様、本当に明日、騎士団長様のところに行ってしまうのですか?」

「ええ。挙式は来月だけれど、もう一緒に暮らすことになったの。説明したでしょう」

「そうですけれど……」


今にもこぼれそうな瞳。

美しくて、目の中に空があるみたいだと、何度思ったことか。

私は自分の荷物をグッと鞄に押し込んで、ベッドに置く。

妹へ振り返り、笑顔で言った。


「今日は特別にレモンケーキを焼いているのよ」

「お姉様のレモンケーキ?」

「そうよ。あなたの大好物」

「私はお姉様が作ったものならなんでも大好きです!」


かわいいことを言って、妹は私に抱きついてきた。

温かくて小さくて。

柔らかくていい匂い。

『本』の中からは伝わることのなかったこの感覚を、忘れたくない。

抱きしめた妹と一緒に、ティータイムにしよう。

そして、ゆっくりと『私』に何が起きたのかを思い出そう。


今日のティータイムには新鮮な卵を使ったレモンケーキを焼いた。

レモンの果汁とレモンの皮を使ったこのケーキは、甘くて美味しいのに爽やかなのだ。

レモンの皮は薄切りにして細かく砕き、上に散らす。

見た目もきれいで、香りもいい。

初めて作った時は薄く輪切りにしたレモンを載せてしまったから、アリシアがかぶりついて泣いていた。

酸味が強かったのだろう。

それ以来、私は必ずレモンの皮だけを薄く切り取って、さらに砕いて載せることにした。


すべては妹のため。

愛する妹のため。


美味しそうに私の作ったケーキを食べる妹は可愛らしかった。

紅茶もいい温度で抽出できているし、自分で自分を褒めたいくらい。


目の前にいる妹は、アリシア・ウォーレンス。

金髪に青い瞳、白い肌を持った、この『本』の主人公である。

ここは『本の世界』つまり、私は今、『本の中』で生きているのだ。


私の名前はセシリア・ウォーレンス。

このウォーレンス家の長女であり、養女でもある。

なかなか女の子の生まれなかった母が、どうしてもと願って孤児院から引き取ってくれたのが2歳の頃。


それから数年して奇跡的にアリシアが生まれた。

私の上には5歳離れた兄がいるが、この兄は見た目は悪くないものの(この人はアリシアと血が繋がっているから、見た目が悪いはずがない)間が抜けているというか、あまり才覚のはっきりしない兄だった。

遊んでいるわけでもないのに、遊んでいるように見えるような、なんとも言えない人なのである。

そんな兄と妹に挟まれて、私は養女でありながらずっとこの家に置いてもらえた。


ただ、それが『この本にとってイレギュラーなこと』であるという認識はある。


それに気づいたのがアリシアが生まれた時だ。

それまでは特に変わったことなどなく生きていたのだが、あの子が生まれた瞬間に私はすべてを思い出したのである。


『私は、この世界の人間じゃない』

『この世界は、私が読んでいた本の世界だ』


それを思い出したというか、なんというか。

幼心にまさかこんなことが起きるなんてと、思っていたのである。


かつて私は、老舗旅館の跡取り娘だった。

旅館は本当に老舗で、簡単に予約が取れないと有名だったし、一度の宿泊が何万円という世界の旅館だ。

でもそこで生まれた私は、旅館の湯船に入ることも許されず、豪華な料理を口に入れることも許されずに育った。

跡取り娘だからと言って甘やかされることは一切なく、むしろなんで娘なんだと祖母からは大きなため息と、失敗すれば酷く打たれることばかり。

娘ですと、自分から言わなければまるで仲居さんと同じ格好。

でもそれは母も同じだったろうに、祖母は次も女かと言って、私のことをとても厳しく躾けてばかりだった。

母は老舗旅館の娘として生まれたけれど、器量はいいし、美人だし、仕事もできて、とにかく人当たりがいい。

お客さんの中には母を目当てで来る人もいるくらいの、そんな美人だった。

カエルの子はカエルなんじゃないのか。

いい意味でも、悪い意味でも。

でも、私はまるで白鳥がヒキガエルを生んだかのような扱いだった。

実の娘だよね、と何度も疑ったくらいである。

母は、祖母が私に厳しくするのを当たり前のように見ていたし、婿養子に来た父はかつてホテルの経営をしていたというので、旅館の経営にしか興味がない。

娘である私が打たれようとも、朝の四時に叩き起こされようとも気にしない人だった。


血が繋がっている家族なのに、いびつ。

血が繋がっているはずなのに、疑う。


学生の頃から学校が終われば、友達と遊ぶことも許されなかった。

仲居さんと同じように仕事をこなし、タダ働き。

今思えば、バイト代くらいお小遣いでくれてもよかったんじゃないか、と思ってしまう。


あの頃の私の名前は『東堂ひばり』


名前負けしてしまっている、昭和の歌姫と同じ名前。

なんでそんな名前をつけたんだかと、死んだ祖父の墓前で呟いたこともある。

祖父は孫娘が生まれてからすぐに、事故で他界した。

それ以来、あの場所は家でもなければ居場所でもない。


私はそんな場所で育って―――死んだのだ。



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