光さんの柔らかい場所を触れる度、自分が自分でなくなるような感覚に襲われる。俺の先端が彼の入口に触れた瞬間、まるでそれを覚悟していたかのように光さんが笑った。
「痛かったら言ってくださいね…?」
「いい、そのまま…」
彼が息を呑む音と同時に、光さんの中へと吸い込まれるように侵入する。熱くて柔らかくて、二度と離れたくないと思ってしまうその場所は光さんが弱い場所。
「うぁっ…!」
「ひかるさん、光さん、大好きっ…もっとちょうだい…」
湯舟の中、水圧で引き締まる光さんの腹部を持ち上げて手を放す。俺の根本まで咥えると光さんは背筋をぴんと伸ばして、俺の胸元に背中を預け寄り掛かった。露わになっている乳首を指先で抓ると、腰を跳ねさせて喉奥で嬌声を漏らす。ひたすら乞うように年上の恋人が自分で尻を捩らせ、俺の先端を絶頂まで誘導した。はっきり言ってスケベすぎて、浴室内に響く光さんの声に耳まで犯されそうだ。
「みかっ、そこ…ぉ」
「ふあっ…やば、もうイく…あっ、あ、…」
「っ…!」
オレンジ色の湯に白が混じり、音もなく光さんが湯舟の中で射精したのが分かる。俺も早々に限界を迎えて光さんの中に吐き出すと、光さんがゆっくりと立ち上がって浴槽のへりに手を掛けた。うっすらと赤みを帯びた光さんの孔から俺の白が流れ出て、それを食い止めようと卑猥な音を漏らしながら、自分の指で穴を塞いでいた。
「…みか…、早く」
俺の頭の中でスイッチのようなものが切れる音がする。
「それ、煽ってるって言うんだよ」
湯舟から勢いよく出て、そのまま光さんの背中に覆い被さる。
頭が真っ白になっていくのを感じながら、再び光さんの身体に俺の一物が溶け込んでいく快感に腰を穿ち続けた。
× × ×
ベッドに横たわる桐生の首筋に縋り付き、何度も口付け耳元で愛を囁く。浴室で既に熱を交換しているにも関わらず、まだ足りないと言いたげに音無はその身体を何度も暴いた。
既にベッドと一体化しつつある桐生はぐったりと四肢を伸ばし、甘えんぼうの大型犬のような恋人を見上げる。
「…やりすぎだ」
体中に鬱血痕をこさえられ、息も絶え絶えに乾いた喉から声を絞り出し、音無の腰をぺちんと叩いた。後に確認したが使用した入浴剤には僅かに催淫作用のある香料が使われ、元々アルコール類に弱い桐生と嗅覚の鋭い音無には効果が絶大過ぎたらしい。
「…まさか入浴剤で…その……あんなことになるなんて思いもしませんでした」
「今度からちゃんと効能確認しろよ?肩こりとか腰痛とか、普通ので良いんだから」
苦笑いしつつも音無の髪を撫で、大きく息をつく。壁掛け時計は午後の四時を回ろうとしており、このままいつの間にか寝ていたのでは明日のデートに仕事用スーツかお揃いのスウェットを着ていくしかなくなってしまう。少し休んでから夕食を作り、予定通り帰宅して明日に備えようと思った桐生はぼんやりと電車の時刻を思い出そうとした。
「そうだ、夕飯何がいい?遅くても八時の電車に乗って帰れば、明日の支度は十分にできる。夕飯は何か作ろう。そんなに手の込んだものは作れないけどな」
「う…ほんとに帰っちゃうんですか…」
「ファッションチェックできて楽しいって言ったのはおまえだろ?おれも居たいのは山々なんだが…着替えも何もないからな」
「それなら今度はデート用の着替えを持ってきてくださいね。絶対に」
「ああ。約束しよう」
微笑みながら桐生が手を差し出すと、その手を握った音無が手の甲にキスを落とした。
「…それなら、カレーが食べたいです。桐生さんの作るカレー、冷凍しても美味しいから」
「ああ、いいぞ。それじゃ早速、材料を買いに行くとしよう」
「がんばったおねこにもご褒美買わなきゃな」
「んにゃっ!」
名前を呼ばれて反応したおねこが猫ベッドから一声鳴くと、ふたりは顔を見合わせて穏やかに笑った。
× × ×
昨日の出来事を反芻しながら、二人で買い物に行きカレーを作っている最中の恋人を思い返す。エプロンをつけ包丁を握る姿も、木べらで鍋を掻き混ぜる姿も、味見している横顔すらも様になって見惚れてしまった。料理を手伝ってもすぐに触れたくなってしまう為、下ごしらえ以外は大人しくリビングから彼の背中を見守ることしかできなかった。それでも充分手伝いになっていると桐生は言っていたが、見ているだけでいいならどれだけでも見ていたかった。夕飯にしたカレーはとても美味く、一晩寝かせてから今朝小分けして冷凍したばかりだった。買い物の時におねこに買って貰ったおやつは大層好評で、おねこは美味そうに完食し口の周りをぺろりと舐めていた。彼の好みも把握している桐生の心遣いには感謝しかない。
結局、入浴中と桐生の帰り際にヒートアップしてしまったため、桐生はスーツの皺をアイロンで直してから一度自宅へ帰らなければならなくなったのだった。申し訳ないと思いつつ、桐生自身もまんざら嫌ではなさそうだったので余計に嬉しくなってしまう。
(はぁ~…しあわせすぎる…)
油断していると緩んでしまう頬を無理やり持ち上げ、音無美影は駅の改札口をじっと見つめる。ホテルバイキングの待ち合わせに指定した場所で、数時間ぶりに彼と再会するために。
白い長袖シャツの上にグレーのジャケットを身に着け、黒いカーゴパンツ姿の音無は一見するとサラリーマンには見えなかった。道行く人が何人か振り返っている。
「へへ…桐生さん、こっちです!」
目当ての人物を見つけると笑顔で手を振り、その名を呼んだ。
「おはよう。…お前は朝から元気だな」
「当然ですよ!なんてったってデートなんですから…!」
はしゃぐ音無の頭にぽんと手を乗せ、桐生も嬉しそうに頷いた。一夜明け、私服姿の桐生はジーンズに黒い襟シャツ、ベージュのジャケットとラフな格好をしている。首元には珍しく、黒い薄手のストールを巻いていた。
「へへ、今日もカッコイイです…って、ストールなんて珍し…」
普段目にしないストールを巻いた姿に怪訝な表情を浮かべ、音無が何か察して動きを止める。
「何言ってんだ。…おまえが散々痕残すからだろ」
音無の耳元で恥ずかしそうに囁き、桐生はふんと鼻を鳴らした。暫くじっと桐生を見つめていた音無は、言われた言葉の意味を反芻するとにんまり笑って桐生の腰を片手で引き寄せる。
「むふふ…その痕、今夜にでも濃くしてあげましょうか」
「ばかっ!」
顔を真っ赤にして音無の尻をぺしりと叩き、彼を引っ張るように促して歩き出す。ホテルに向かうと自動扉を潜り抜け、まっすぐフロントへ向かう。普段は人懐っこい大型犬のような男だが、夜になりスイッチが入るとその人懐っこさが豹変してしまうのを桐生はよく知っていた。そんなところも含めて彼に絆されているのだが、嫌とは言わず受け入れるようになり早くも四ヵ月が過ぎようとしていた。
スイーツバイキングに行こうと約束してから同じだけの月日が流れており、桐生は時が経つ速さに思わず音無の横顔をじっと見つめてしまう。彼が変わらず、自分のことを好いてくれている現実を噛み締め、喉奥がきゅんと音を立てるかのように甘酸っぱくなる。
矢印と案内が書かれた看板を頼りにバイキング会場へ向かうと、既に何組かのグループが列を成していた。
「スイーツバイキング、大人ふたりで…チケットはこれです」
受付で音無がチケットを見せると、フロントマンに促され座席に向かう。通り過ぎたテーブルには所狭しと冷たいデザートや和洋菓子にアジアンスイーツ、チョコファウンテンが並んでいた。
「わ!桐生さん!チョコファウンテンですよ!うわー!あっちには切り出されたばかりのバウムクーヘンが!」
「落ち着けよ。見れば分かるって」
興奮する音無を嗜むように、苦笑いした桐生が声を掛ける。テーブルの椅子にジャケットを引っ掛け、早速品定めしている音無の後を追い掛けた。手にしたトレイに皿を二枚置き、端に置かれているスイーツをひとつずつ載せていく。カヌレ、チーズケーキ、クレームブリュレからミルフィーユまで、大きな銀色のトレイに手頃な大きさで並んでいた。
「はしゃぎ過ぎて取り過ぎないようにな」
「はぁい!」
見えない尻尾と犬耳が振られているような気がして、桐生は小さく「可愛い奴め」と呟いた。
× × ×
日曜日ともあり、座席や待機列は徐々に混雑してきていた。バイキングのオープン時間と同時に滑り込むように受付へ向かったのが、実に正解だったと思う。
番号札で案内された席につくなり、音無はあれやこれやと皿に盛り付けてテーブルに持ってきた。朝飯を抜いたらしく、皿の上のケーキたちはあっという間に音無の胃袋へ消えていく。 入れ替わりでおれが取りに行こうと立ち上がり、目的のひとつだったガトーショコラとチョコフォンデュを確保する。マシュマロとカステラ、苺やバナナなどを串に刺し、湧き出す溶けたチョコレートの噴水に潜らせて皿に乗せる。こんな贅沢なメニューを食べられるなんて、チケットを今まで使わずにいた音無に感謝するしかない。
次はプリンにミルフィーユ、胡麻団子に桃まんと目ぼしいものを取って席に向かうと、音無は惚けたように虚空を見つめていた。
「…どうした?」
「俺には…コスモが見えます……」
「は?」
「こんっっな美味いもんに出逢えるなんて…はぁ…生きてて良かった」
「それは良かったな。そんなに美味いのか?」
音無の皿に乗っている食べかけのプリンに目線を落とし、おれも同じものを取っていたことに気が付く。早速スプーンを手に取り一口掬って口に運ぶ。
口入れた瞬間、口の中の温度で溶けるように消えて行った。確かに美味い。卵とミルクの味が程よく、バニラの風味が生きている。専門的なことは分からないが、職場にいる甘党二人組を連れて来たら喜び勇んで食べたことだろう。
「うん...美味い……」
「でしょう?これ、バケツで食べたいくらいです...でもこのサイズが一番いいんですよね」
はぁ、と大きく溜息をついて頭を抱えている様子に思わず笑ってしまう。まるでアイドルに恋をしているファンのように「尊い…」と呟いて最後のひと掬いを口に入れた。
「そこまで喜んでもらえたのなら、きっと職人たちも喜んでいるだろうよ」
「はい…」
制限時間は90分と長いようで短いが、端から端まであるメニューをひとつずつ取る。皿の上のスイーツ類を食べ尽くし、この後どうしようかと予定を聞かれた。
「その…」
「ん?」
音無には内緒で組んでいたプランをやっと言うことができる。今まで贈り物らしいものを贈れていなかった彼に対する、クリスマスプレゼントになると良いのだけれど。
「…このホテル、ペットと一緒に泊まれる部屋があるんだが...」
「え?」
「その部屋を予約しておいた。おれとおまえと…おねこさまのクリスマスディナーつきでな」