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第29話 入浴剤と甘い罠(R-18)

 おねこと桐生さんに挟まれて帰宅する。なんか変な感じはするけれど、同居を始めたらそれが日常になってくるのだろう。部屋に着いた瞬間ケージの扉を開けると、おねこは真っ先に猫ベッドの上に乗って丸まった。随分ストレスを溜めてしまって申し訳ないが、これで雄猫特有の色々な病気や発情期の心配が少なくなった。お見合いしておねこに嫁さんを見つけてやりたい気もしたけれど、おねこの嫁さん共々産まれた子猫を飼えるほど今の俺は裕福な生活をしていない。無責任なことはしたくないので、泣く泣く去勢に踏み切った訳だ。猫と一緒に暮らしたことのある人は、多かれ少なかれ悩んだことがあるだろう。

「…あいつも今日から玉無しなんですね……」

「寂しそうに言うな。おねこ様はおねこ様のままだろう」

「そりゃあそうですけど、おねこの子供を見たいと思ったことありません?」

「……それは……」

 ぐうの音も出ないと言った顔で光さんが俯いてしまった。きっと多々あるに違いない。おねこが可愛いんだからおねこの子も可愛い筈だ。…猫は総じて可愛い生き物ではあるけれど。

 部屋に帰ってくると急に空腹感を感じて、光さんが買ってくれたパンを食べることにする。紅茶とコーヒー、どちらがいいかと聞いたら紅茶がいいと言ったので、やかんに水を入れ湯を沸かすことにした。黒猫と白猫のペアマグに紅茶のテトラパックを入れ、沸騰直前で火を止めてマグカップに注いでいく。俺が紅茶の準備をしている間、桐生さんはパンを袋から出してトースターで温めたり冷蔵庫からキャベツやらを出したりとそれなりに忙しそうだった。コンロの空いている口では小さいフライパンを熱して、冷蔵庫に入れていたフランクフルトを焼いている。

「光さんがパン食べるとことか、付き合う前は考えたことなかったです」

「なんだそれ…どんなイメージだよ」

 苦笑いしながら温まったパンを皿に出しつつ、コッペパンに切り込みを入れて千切りキャベツを挟み、その上に焼きたてのフランクフルトを挟んだ。手作りのホットドッグだ!

「めちゃくちゃうまそう…」

「遅い朝飯と早い昼飯を兼ねてるからな。これ食って着替えたら、いったん俺は帰るよ」

「えぇー!そんな…」

「…明日のデートに着ていく服がないから」

 ぼそ、と光さんが呟いた声には納得せざるを得ない。確かにホテルのスイーツバイキングにお揃いのスウェットで行くのはそぐわない。仕事用のスーツで行くのもなんか気分が乗らない。スーツの光さんも充分カッコいいけど、俺は係長の桐生光じゃなくて恋人の光さんとバイキングに行きたい。たらこチーズと野沢菜パン、ホットドッグの乗った皿をリビングに持っていきながら……職場で人目を掻い潜り、密室でキスしたことにちょっと反省した。

「…じゃあ、これ食べて一緒にお風呂入って、ひと眠りしたら帰っていいですよ」

「お前なぁ…。だったら、風呂入って今日の夕飯食べてから帰って明日の朝にまた会う。それでどうだ?」

「ん~……妥協しましょう」

「欲張りなヤツめ」

 マグを両手に持ち、テーブルに置いた光さんが呆れるように肩を竦めた。それでも嫌がっていないことはすぐに分かる。その証拠に、照れている彼の頬が赤くなっていた。

 焼きたてのホットドッグにケチャップとマスタードを掛けてひとくち頬張る。パリッとした歯ごたえと同時にこんがり焼けたフランクフルトの皮が弾けて肉汁が飛び出し、純粋にうまい。気づいたら完食していて、紅茶で口の中の油を流す。次は野沢菜パンに手を伸ばした。一口噛り付くと中から野沢菜のシャキシャキとした歯ごたえに驚いてしまう。

「…なんすかこれ…うんまっ…!」

 ちょっと甘めのパン生地に、ゴマ油で炒められている刻んだ野沢菜がびっしり詰まっている。今まで見たことのないそのパンは、光さんの故郷ではポピュラーらしいと聞けば何となく頷いてしまった。

「おれの育った地元では結構普通に置いてあるけど、こっちではなかなか見つからなくてな。あの店で見つけて感動して買って以来、ずっとハマってるんだ」

「へぇ…!」

「その…気に入ってくれたら嬉しい」

「滅茶苦茶好きです」

 光さんはにこにこと笑って紅茶を啜っている。皿の上を見てみると、既に空になっていた。

余程好きなのだろうと納得しつつ、もうひとつのチーズが掛かっているパンを食べる。中にタラモサラダが詰まっていて、尚且つ明太子風なのかピリッと辛くて美味い。トースターで温めたのでチーズがトロっとしてるし、一度食べたら病みつきになりそうな味だ。

 光さんの味覚はどうやら俺にも合致するらしく、俺がうまいうまいと言いながら食べていたら実に嬉しそうに笑っていた。その表情を見れるだけでもお腹がいっぱいになりそうだ。

 遅い朝食兼早い昼食の後、風呂を沸かして二人で入れるように準備する。着替えを二人分並べて置きながら、ぼんやりと初めて一緒に風呂に入った日を思い出していた。

 俺の部屋にいつの間にか光さんの着替えが置かれるようになって、どれくらい経っただろう。今日までの間に二人でお揃いのスウェットを買ったりもして、普段着の彼を見慣れるようになった。それでもデートの前はちゃんと着替えたいと毎回言う光さんは、毎度のことながら一度自分の部屋に帰ると言う。それから駅で待ち合わせしてデートに行くのは確かにワクワクするし楽しみが増えるのも嬉しい。そして毎回違うおしゃれをしてくる光さんにドキドキしている。惚れたもん勝ちと言うか、次第に俺の服の趣味も少しずつ変わってきている気がする。

「クリスマスまでずっといるって言ったのに…」

「もう少ししたら一緒に棲むからな。それまで少し、待っててくれ」

 予定変更に不貞腐れもするけれど、光さんの言いたいことも十分わかる。ムッとして突き出した俺の唇に、突然啄むようなキスが襲いかかってきた。いきなりはずるすぎる!

「…桐生さん??」

「や、すまん…美影が可愛くて」

 取り繕おうとしている桐生さんの方が可愛いなんて、きっとこの人は自覚していない。


×   ×   ×


 おれの好きな物を美味そうに頬張る美影の顔が、あまりにも可愛らしい所為で柄にもないことをしてしまった。しかし、後悔はしていない。

 先日の夜に擦れ違って以来、喧嘩らしい喧嘩もせず穏やかに過ごせていることが何よりも嬉しい。こうしてクリスマス前から一緒の時間を過ごし、尚且つイブも当日も傍にいられるのだと思えば舞い上がっても仕方がないだろう。

 思えば今まで散々なクリスマスばかり経験してきて、恋人と過ごせる甘美な時間など都市伝説だと思っていた。仕事、失恋、その他諸々が重なり「そんな日もあったな」程度の年末行事を誰かと共有しているのが未だに夢のようだ。おまけにかなりギャップがある、十歳年下の部下であり恋人と。

「……桐生さん」

「なんだ?」

「楽しいクリスマスにしましょうね!」

 奴の口からおれの心を読んでいるかのような言葉が出てきて、咄嗟にどう答えればいいのか分からずただ頷く。すると美影は食器類を素早く片付け、おれの手を握り引っ張り上げた。

「それじゃ、お風呂入りましょ?」

「ああ…そうしよう」

 ふたりで連れ立って入る風呂は実に楽しい。今日は美影が珍しいバスソルトを手に入れたとかで、やたらと浮き足立っているように思える。互いに服を脱いで全裸になり、おれは眼鏡を外してから浴室への扉を開いた。その瞬間、鼻先を掠めたのは強烈に甘い花の匂いだ。浴槽に張られた湯はオレンジ色に染まっている。

「ん…?いい匂いではあるが…一体何処で買ってきたんだ?」

「近所の薬局ですよ。『ふたりきりの夜を盛り上げる魔法のバスソルト』だとかなんだとか」

「くくっ…何だか胡散臭いな。でも、ありがとう」

 美影の背中から抱き締め、頬を寄せて素直に感謝する。この甘い匂いの正体は多分、金木犀だろう。他にも色々混ざっている気はするが、そこまで嗅ぎ分けられる程おれの鼻は良くなかった。

「っ…桐生、さん」

「ん?」

「それ、煽ってますよね」

「……いや、」

 シャワーを捻り、湯を出して二人分の素肌に掛ける。無意識に美影の身体を撫でたり摘んだりしていたらしく、それでも頭では冷静にこの状況を分析していた。足元の浮遊感は恐らくこの甘い匂いのせいだろうと推理する。酒に酔ったように頭がぼんやりしてきて、ひたすらキスがしたくなってきた。我慢できず、美影の肩に口付けて強く吸う。

「っ…んなっ、そこは駄目だって!、あぁっ」

「みか、好き」

「うわっ…そんな…そう言うの弱いんですって!」

 浴槽に入る前に、まず身体を洗うことにする。 シャワーを止めて手のひらにボディソープを出して両手で擦り合わせ泡立て、美影の身体を洗ってやる。指先に感じるしこりのような感触を摘み、捻って押し潰すように弄ぶ。おれの吐息が美影の耳元に掛かり、ぴくぴく小刻みに揺れているのが猫のようでかわいい。目を瞑り、何かを必死に耐えている彼の可愛くなるところがもっと見たい。

「はぁっ…きりゅ、さ……」

 口篭っているので何を言っているのか分からないが、悪くはないようでそのまま腰、脇腹、逞しい腹部と両手を滑らせて順番に洗ってやる。股間、尻の辺りまで洗い終えると、シャワーをひねり出して全身の泡を流していった。

「ほら、これで湯船に入れるから先に浸かれよ」

「……」

 何か言いたげな美影は渋々足を動かして、縁を跨ぎ浴槽に身を沈めた。何故かは知らないが頭を抱えている。浮遊感はいくらか収まり、おれも身体を洗って浴槽に入ることにした。

「光さん、俺の前に座って」

「ん」

 言われた通り美影の前に屈んで座り、肩まで浸かる。適温に調整された湯は金木犀の匂いも相まって、純粋に気持ちがいい。

「美影?」

 ずっと黙ったままの美影を振り返ろうとして、臀部に硬い感触が触れたのがわかった。

「…こっち見ないで」

 耳まで真っ赤に染め、顔を俯かせていた。

「ん?なんでだ」

 分かっていながら揶揄ってしまうのを許して欲しい。小さく呻くような声と同時に、おれの腹に美影が両腕を回してくるのがわかる。


「手加減できなくなるから」


 湯船の中で再び身体が浮き上がる。その後に続く感触を思い浮かべ、おれは僅かに口角を上げた。


×   ×   ×


「光さんの中、熱い…」

「うあっ…や、やめっ…」

「ねぇ、ここ…分かります?俺が入ってるの」

  桐生の腹に手を伸ばし、撫で擦るようにくるくると円を描く。音無が小さく呻き、下腹部に触れると少しだけ力を込めた。中と外から与えられる刺激に桐生が背中を逸らして首を左右に振り、駄々を捏ねる子供のように浴槽の水面を揺らした。

「むりだ…おかしくなるっ!」

「そんなこと言って、ほんとはおかしくなりたいんでしょう?」

 しっとりと濡れた首筋に口づけを落とし、湯の温度で火照る肌を強く吸う。桐生の背中に鳥肌が立ち、か細い声が聞こえると音無が恍惚とした表情で腰に力を込めた。

「…おかしくなるの、俺の方かも」

 浮力で浮きそうになる桐生の身体を引き寄せ、更に奥へと進み柔らかい扉を叩いた。返ってくるのは言葉になっていない声で、桐生の薄い色の瞳から生理的な涙がぽろぽろと零れる。浴室に甘い悲鳴が何度も響き、音無は目から耳から身体からだから桐生を感じていった。

「はぁっ、ひかる、エロすぎるっ…!」

「ンっ…無理、むりっ、もう駄目だ…あぁっ!」

 桐生の胎内が音無の肉棒を締め付け、最奥へと誘い込んだ。普段ベッドの上で淫らに打ち鳴らされる水音は全て浴槽に吸い込まれ、代わりに水面が揺れて浴槽を叩く音が鳴る。

「もう…気持良過ぎますって。中、出そ…っ」

 音無の胸元に背中を預けると、桐生の無防備な乳首を音無が両手で優しく摘まむ。その瞬間桐生の身体が大きく跳ね、黄金に染まる湯の中に白濁が漂った。

「駄目、も、あっ…イッてるから…」

「くっっ!そんなの、反則ですって…!」

 音無が桐生の欲に片手を添えて、片方の手は引き続き乳首を、もう片手の親指では亀頭を捏ね繰り回した。断続的に訪れる絶頂に桐生の腰が何度も痙攣し、音無の肉棒を思いきり締め付け頂へといざなう。

「っ、イくっ…出る、ひかるさん、全部あげる…!」

「うわぁぁぁっ!」

 音無が桐生の胎内へ精を放っても、すべての痕跡を浴槽が掻き消してしまう。残るは二人分の荒い息遣いと、浴槽の栓が抜かれて吸い込まれていく排水音だけだった。



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