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第26話 お迎えとバイキング

「……さん…て…」

「んん……?もう朝なのか…っ…!」

 身体に感じる違和感で目が覚めた。特に腰の辺りが生温かく、掛け布団を捲ると悲鳴を上げそうになる。

 おれの股間の辺りで、茶色い綺麗な毛並みの猫が身体を丸めて香箱座りしていた。おねこ様ではない、見知らぬ猫だがなんとなく既視感がある。ありえないとは思いつつ、確かめてみないことには分からず声を掛ける。

「まさか…音無……?」

「にゃっ」

 返事をするように一声鳴くと、彼(?)はあろうことかおれの下着の隙間から、顔を突っ込んで内部に入ろうとしていた。鼻をスピスピと鳴らしつつ、局部の匂いを嗅いでいる。

「おい、やめろ、何して…」

 抵抗虚しく奴はおれの身も心も弄ぶ。ざらざらとした舌で敏感な箇所を舐められ、頭の奥がおかしくなりそうだった。陰茎の先端から中腹、根元に至るまで…舐めている音がリアルに聴こえる。

「そんな場所、舐めるなよっ…おい、や…馬鹿っ….!」

 猫の姿はいつの間にか音無の頭部に代わり、既に下着も脱がされていた。離そうと抵抗すればする程深くまで咥え込まれ、耐え難い刺激に流されぬよう必死だった。背中がベッドから浮き上がる感触がして、足の指でシーツを掴む。例えて言うなら、ぞわぞわと背中を這い回る快感が脳天を直接愛撫しようとしている。無理、だめ、きもちい、それしか頭に浮かばない。

「きりゅ、さ、きもちい?」

「ああああっ!!」

 頂点を迎えると頭の中が真っ白に塗り潰された。それと同時に、自分の声で意識がはっきりと覚醒する。

 今までのは全部、夢だった。

「みかっ…!」

「んん…へへ…」

 それなのに一箇所だけ夢じゃないところがある。むしろ夢より生々しい光景から視線を逸らした。

 美影が、おれの局部を…根元まで咥えていた。それも、美影の尻で。

 どういうことだ?

「???」

 混乱するおれを他所に、美影はうっとりと更に腰を落としている。

「はぁっ…ひかるさん、俺の中…きもちい…?」

「く、っ…!そんなの、おまえが一番良く知ってるだろ…!」

 美影の中は、ねっとりと纏わりついてこちらのすべてを持って行かれそうだった。蠢く肉襞に包み込まれて、形容し難い感触から逃れることができないでいる。

「一回出したばかりなのに、元気ですね?」

「おまえっ、何で…」

「光さんが後ろで何度もイクの見てたら、俺も我慢できなくなっ、てっ……あぁっ…!」

 美影の最奥を突き上げるように、奴の腰を引き寄せた。彼が望むなら、どうなったって構いやしないと半ば身勝手に突き上げる。

「っ…!」

 自分はこの感覚を一度も味わうことはないと思っていたのに、おれの上に乗る美影の恍惚とした表情はとてつもなく美しい。この光景を独り占めできるのは、間違いなくおれだけだ。


×   ×   ×


 身体を重ねるのは久しぶりな上に、初めての経験を光さんとしたかった。

 気が付けば目の前には無防備な光さんがいて、記憶を探るように辺りを見渡す。ぐったりと重怠い身体を、気が抜けた光さんに預けた筈だ。規則的な心音を刻む光さんの胸元に耳を寄せ、夢のような幸せを噛み締めた。光さんのキスは初回と打って変わりたどたどしくなくて、がっつくような激し目のやつだ。どうしたい?と可愛く問い掛けてくるから、今度は俺が光さんに身体を委ねてみたいと答えた。

 でもいつの間にか二人とも眠っていたようで、気が付いたら朝と言って良い時間になっていた。先に目が醒めたのは俺の方で、裸の光さんに覆い被さるように温もりを抱きしめる。十二月ともなれば肌寒いけれど、ふかふかのベッドと光さんが傍にいれば怖くない。ここにいつもならおねこがいるのに、今日は生憎といなくて寂しい。

「…寝顔もカッコいいなんて、卑怯だよなぁ」

 何度も触れて柔らかいことを知っている唇に、食むようなキスを繰り返し目が醒めるのを待った。そして、光さんのソレが生理現象により起立していることに気が付いてしまう。最初からどちらが受け・攻めなのかなんて示し合わせてはいないし、もし光さんが嫌がるならと、心の準備は予てからしていた。元より好奇心から後ろで試したことは一度だけあり、確かにこれは癖になってしまいそうだと恐ろしくなってからはしていない。ベッドの上で横になる光さんの腰に跨り、すっかり元気な光さんのそれを俺の中にゆっくりと迎え入れる。どちらも経験しておくこと自体に抵抗はなかったし、俺の中で善がる光さんの顔を見てみたい。そんな欲望だらけのまま、思い切り腰を落とす。眠っている光さんは小さい声で呻き声をあげた。

 下から突き上げられて、奥の方がむずむずすると途端に目の前がはじけ飛んだような衝撃が走る。光さんが蕩けた顔で「もっと」と言う理由が分かった気がした。

「あっ…やば…きもちい…」

 光さんが譫言うわごとのように何か言っていて、眠っている筈の表情が僅かに揺らいでいる。もしかして寝ながら感じているのではと思うと、余計に興奮してしまった。

「っ…これ、もしかしてスイカンってやつ…?うわぁ…!」

「ん…くっ…みかっ…!」

 ようやく目が醒めた光さんは、何が起きているのか分からないといった表情を浮かべていた。それもそうだろう、今まで散々尻で俺を抱いてきたのに、今はポジションが真反対になっているのだから。

「はぁっ…ひかるさん、俺の中…きもちい…?」

 苦悶の表情が物語っている。

「みか、締め付けるなっ…!はぁっ、ぁ、んっ…」

 いつもとは違う感覚に困惑しているけれど、その身体は抗えない快楽を享受しようとしているようだ。確かによくあるBLの話なら、逆カプと呼ばれる関係性は受け取る人によって地雷を生みかねない。今は俺たちがその当事者同士になっているなんて、よくよく考えると不思議な話だと思う。

「おまえっ、何で…」

「光さんが後ろで何度もイクの見てたら、俺も我慢できなくなっ、てっ……あぁっ…!」

 奥に捻じ込まれた光さんの欲棒が、俺のイイところを突いている。使われることはないと思っていたのか、はたまた油断していたのか…。今まで見たことのない顔をしている光さんの顔も、雄剥き出しの身体も正直言ってスケベすぎる。

「んっ…光さん、えっろぉ……あれ、もうイきそう…?」

「…あ…、くそっ……もう……」

 言葉にならない声を何度も上げて、光さんが俺の中に二回に分けてぶちまけては陶酔した顔で俺を見上げる。その表情が堪らない…とてつもなく色っぽい。美影、と下の名前を呼ばれると、どうしてもこそばゆくなってしまい身を捩った。

 本来なら俺が攻められている方なのに、心までは変わらないようでひたすら光さんは喘ぐような呼吸を繰り返していた。光さんの善がる顔を見たくて更に俺が腰を動かすと、光さんはもう無理だ、と悲鳴を上げる。

「……っ…美影…おまえ、そっちがよかったのか?」

「いいえ、俺はひたすら光さんを善がらせたいから…何処までいっても攻めですよ」

「……まったく…寝込みを襲うなんて卑怯だぞ」

「でも良かったでしょう?知らない事を経験するのは悪い事じゃないって、桐生さんが言ってたじゃないですか」

「……」

 図星だったのかまんざらでもなさそうな無言に安心しつつ、どうやら彼は攻められる方が好きなようだと確信した。そんなことを考えながら結合したままで動きを止め、乱れた息を整えるために光さんに被さり唇を吸った。

 態勢を変えた俺の臀部から光さんの出した精液が零れ、光さんの肌に落ちていくのが分かる。ぬちゃぬちゃと湿った音を立てた上と下の口を擦り合わせ、お互いに我慢できなくなってきたのが分かる。俺の中で、光さんがまた硬くなっているから。

「っ、あ、ダメ、もう無理…我慢、できなっ…!」

「我慢する必要なんてないだろ…ここには俺たち以外誰も居ないんだからな」

 光さんの指先が俺の乳首を転がし、散々弄んだあとぎゅっと握ってきた。堪らず俺が光さんの腹上を目掛けて放出し、綺麗な肌を汚してしまう。この感じ、癖になりそうだ。

 まるで底なしだなと光さんが笑えば、人のことを言えないでしょうと俺が囁き返す。光さんは恥ずかしそうに目を伏せて、何か言いたげな表情で俺をじっと見ていた。

「……おまえがそうさせたんだろうが」

 ああ…ホントに我慢するのはむりだ。ほんとうに、あなたは可愛い上司だよ…。


×   ×   ×


 窓の外が白み始める頃、二人は汗や体液で濡れた互いの裸体を拭き合って再び布団に潜り込んだ。桐生の腕枕に頭を預け、うっとりと彼の顔を眺める音無はいつまでもこのままでいたいと思ってしまう。

「…音無、おねこ様のお迎えは何時だ?」

「動物病院が八時半からなんで、九時くらいには行こうかと」

「なら八時にはここを出るか。病院までは歩きだろうし、ついでにパン買って帰ろう」

「あ、いいですねぇ…じゃ、それまでちょっと寝ていいですか」

 ふわふわと浮遊するような心地よさに包まれて、音無がぼんやりする視界に目を細める。桐生はうん、と頷きを返すだけで、腕枕をしている左手で音無の髪を撫でた。

「おねこ様の迎えに行ったら、今日はゆっくりしよう。明日はスイーツバイキングだしな…クリスマスだから混んでるかも知れないけど」

 桐生の言葉には音無がやや小さい声で呻いたが、直ぐにその表情は笑顔に変わる。クリスマスを恋人と過ごすなんて、どれだけ贅沢なことなのだろうと改めて幸せを噛み締めた。

「でも…クリスマスにバイキングデートって、なんか恋人っぽいじゃないですか」

「『ぽい』じゃなくて…おれたち、恋人…だろ?」

 少し不安そうな声で問い掛ける桐生の顔を見上げ、音無が顔を桐生の脇下に押し付ける。声にならない声を漏らし、顔を真っ赤に染めた。

「~~!桐生さん!それずるいって!あなたはもう少し自分の顔がイケメンだってことを自覚してください!」

「いや、そんなこと言われてもだな…」

 しどろもどろに言い返す桐生の頬にちゅっと口づけを落とし、身体を寄せて目を瞑る。

 アラームがけたたましく鳴り響き、おねこが待っている動物病院に二人揃って迎えに行くのはもう少し後のことである。

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