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第24話 説明会とアドバイス

 11月末にしてはよく晴れた空を仰ぎ見る。

 通い慣れた母校へ、初めて社会人として門をくぐる。

 石造りの門に変わらない守衛室、代わり映えなかった前庭もあの頃のままだ。

 守衛室の受付に行き要件を伝えると、守衛さんはまだ俺の事を覚えてくれていて「みっちゃんか!」と声を掛けてくれた。恥ずかしいようで嬉しい妙な気分になりつつも、入場許可証を首から提げてキャンパス内に入る。

「音無はここに来るの、何年振りだ?」

「えっと…三年、ですかね」

「俺は何年か前にも説明会の手伝いで来たことあるけど、その時は経済学部の教授が結婚してて驚いたよ」

「えっ!あのおじじが?」

「そうそう。俺も驚いた…しかも相手は同い年だと」

「へぇぇ!そう言えば髙野さん、経済学部でしたもんね」

「まぁな…あまり優秀ではなかったけど」

 苦笑いする髙野係長と連れ立って久しぶりに訪れた母校は、一見すると何も変わっていないように見えた。講堂にはそれなりに学生が集まってくれたようで、空席が無いのを確認した髙野係長と目が合えば小さく頷かれ、自然と気合いが入る。

 冬のインターンシップに参加する前に現場の空気を吸ってこい、と上長に背中を押されてやって来たはいいけれど、懐かしむ余裕もなくその時は訪れた。他の企業が説明を終えて、ついにうちの番となった。

 緊張で頭の中が真っ白になるかと思えば、意外にもすんなりと口が回った。『まずは社名を覚えてもらうこと』からはじめようと打ち合わせした通りに自己紹介を始め、髙野さんと自分はこの学校の卒業生であること、東栄商事の業務内容、そこに就職すると決めた理由などを簡単に話した。

 俺が学生の頃に参加した企業説明会を思い出しながら、あの時の忘れられない衝撃を口にする。見て、聞いた何もかもが新鮮で真新しく、外の世界を知ったこと。俺の好きな作家が、過去にこの会社で本を作っていたこと。キッカケは些細なことでいい、そこから踏み出すことが大事なのだと話していたら、髙野さんが半べそかいてグスグス鼻を啜るもんだから学生たちに笑われてしまった。質疑応答の時間になって真剣に聞いてくれた学生の中から手が上がり、「好きな作家に会える可能性はありますか?」と質問された時は素直に「はい」とだけ返した。ただ、当然ながら100パーセント会える訳ではないことも正直に伝える。基本的にインターネットを通じての注文や対応になるので対面式ではないこと、本当に俺は運が良かっただけだと言うことも。

 続いて髙野さんが入社した動機と経緯を伝え、同期にはいつも支えられていると語る。寄り良い関係をつくるにはまずコミュニケーションからと言われるが、コミュニケーション自体や相手が苦手な場合はどうすればいいのかと考えた時に『好きな物を教え合うことからはじめよう』と意識したのだと言った。そこから始まる信頼関係を少しずつ蓄積していき、より良い職場環境を自分からつくることの大切さも話していた。


『……以上で東栄商事、企業説明会を終了します!ご清聴ありがとうございました』


 拍手喝采とまではいかないけれど、パチパチと聞こえる拍手の音に安堵する。

 冒頭に社名だけでも覚えてね、と言っただけあって、冬のインターンシップに関するフライヤーのはけ具合はなかなか良く、準備していた100部が何時の間にか無くなっていたことに驚いた。これは大成功、と言っていいのではないだろうかと思いながら、片付けを終えて元学び舎を後にする。駐車場に停めてある社用車まで、のんびりと歩き出した。

「髙野先輩、改めてお疲れ様でした」

「うん、音無…さんもお疲れ様でした」

「ははっ!いつも通りでいいっすよ。それにしても凄かったですね、説明会…あんなに人が来るとは思わなかったです」

「うん。今回も俺で良かったのかなと思ったけど…出てみると改めて自分の仕事と向き合えた気がする。直前までの不安は吹き飛んだよ」

「あー、分かります…俺も初めてで緊張してたんですけど、前に出たらそれすら真っ白になってました」

「だろ?来年はどうなるんだろな」

 社用車の後部座席に持ってきた資料やポスターを入れて、助手席のドアを開き座席に座る。運転は髙野さんに任せっきりだったけど、彼自身運転が好きなようで自分からドライバーを引き受けてくれたので有難く甘えることにした。シートベルトを締めると、何か思いつめたような声で髙野さんが言葉を続けた。

「…あのさ、音無」

「はい?」

「聞いていいのか迷ったんだけど、おまえ…桐生係長のこと」

「あれ…?言ってませんでしたっけ?」

「…いや、無理に訊くつもりはないから」

 車のエンジンが掛かり、発進して駐車場を出るまでの間無言だった。ぎくりとしつつもこの人なら良いかも、と思い、どう説明しようか考える。単刀直入に言った方が良さそうだと判断したとこで、先に口を開いたのは髙野さんだ。

「まぁ、言いたくないだろうし無理には」

「…好きですよ」

 ハンドルを握る手がぴくりと動き、赤信号で停まった瞬間。髙野さんがこちらをチラチラと見ているのが分かり、それも仕方ないことだと諦めていた。

「その…へんなこと聞くかも知れないけど、告った?」

「こく…え?」

 突然の言葉に、思わず俺はその言葉を聞き返していた。高野さんの顔は真剣そのもので、その先が気になると言った様子だった。

「もしかして、髙野さんにも好きな人がいるんですか?」

「あ、うん…まぁ、そんなとこだ。で、実際はどうだったんだ?」

「俺も無我夢中と言うか、後先考えてなくて…最初は凄い葛藤があったと思うんですけど、言ったあとは頭の中がからっぽでした」

 改めて言われると恥ずかし過ぎる。本当に衝動的な告白だったし、段取りも何も考えていなかった。どう捉えられるかも分からなかったし、断られる前提で思いをぶつけただけだ。実は両思い、だったのは奇跡的な偶然でしかない。

「俺から言えるアドバイスなんて、大したものじゃないですよ」

「いや、でもなんと言うか…。おれの相手も同じ職場にいる奴でさ。近くに居すぎたから、今まで分からなかったと言うか……」

 その『相手』には大体の見当がついてしまっていて、俺は思わず苦笑いした。随分と…分かりやすい人だなぁ、と思う。

「…それならクリスマス、誘ってみたらいいんじゃないですか?ほら、あの人甘いもの好きだし」

「甘いものか」

「クリスマスにはまだ早いですけど、もし覚えていたら…誘ってみても良いかも」

 瞬く間に月日は過ぎて、いつの間にか12月に入ろうとしている。自分で言いながらもクリスマスの存在を忘れていて、どうしようかとぼんやり考えた。

「音無たちは何か考えてるのか?」

「うーん…何処も混んでいるだろうし、大人しく家でケーキつついてるかも?」

「はは、案外それが正解だったりして」

 笑っている髙野さんが運転する車は見慣れた通りを走り抜け、会社の駐車場に入った。

 狭い駐車場内での横列駐車までスムーズにできるこの人の運転技量には、素直に敬服する。

「……よし、着いた。忘れ物するなよ」

 停まった車のドアを押し開いて出ると、すぐ近くに桐生さんが佇んでいた。余程心配していたのか、顔に「よかった」と書いてあるような表情を浮かべて俺たちを見ている。

「ただ今戻りました!」

「おふたりともお疲れ様でした。髙野係長は昨年に引き続き、ありがとうございます」

「いえいえ、音無さんのアシストがあったからこそですよ。桐生係長もお疲れ様でした」

 社用車から資料や展示パンフレットを取り出すと、桐生さんが手を差し伸べてくれた。紙袋を渡し、一緒に歩き出して社屋に向かう。髙野さんは社用車の鍵を金庫室へ返しに行くと言い、俺たちとは違うルートを歩き出した。

「…おかえり」

「!はいっ、ただいま戻りました」

 思わずにやけそうになるのを抑え、軽く会釈すると桐生さんが俺の耳元で何かを囁いた。

 クリスマスに、スイーツバイキング行こう...そう聞こえた気がする。

「へっ、あの、…いいんですか?」

「うん」

 二人で横並びになり、ぽつぽつと言葉を返す。お互い忙しくてまともに会話することなかったから、何て言ったらいいのか言葉に詰まりそうになって…ようやく絞り出した声は、嬉しいですのたった一言だけだ。

 そして、その日の夜は…どう過ごすのだろう。

「…当時のお楽しみだ」

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