週末はお互いの部屋に行き来しないか、と桐生さんから提案されて、この上なく嬉しいことだと俺も思った。未だに知らないお互いを知る、いい機会だから。
そして桐生さんの部屋に行くときは、必ずおねこを連れてくるようにと釘を刺されてもいる。一匹で寂しく数日を過ごさせる訳にはいかないから、と。桐生さん自身もほんとうに猫が好きなんだなぁ、と嬉しくなった。
バーテンダー姿の桐生さんはとても恰好よくて、初めて見る素の表情にくらくらする。おねこが居るとなかなか切り出せない話題を、奴が猫ベッドですやすや寝ている間に話してみる事にした。
「あのっ!ヘンな事聞くかもしれませんけど、いいですか?」
「何だ?」
「…桐生さんは……俺とえっちしたい、とか思ったことありますか?」
飲みかけの緑茶を噴き出しそうになりつつ、慌てる様子もなく口元を拭いて桐生さんが言葉を返す。
「どうだろう……おまえがしたいなら、考えなくもない」
「えっ!」
「……前に言っただろ。本番はまた今度…ってな」
いつからか、こういう事をしたいと俺の中でも桐生さんの中でも願うようになっていたらしい。それがLIKEと言う気持ちを超えたLOVEなのだと、改めて知ることができた。
こうして一緒に過ごすようになってからまだ日は浅いけれど、長い間付き合っていたかのような錯覚に陥ってしまう。平日の夜に俺の部屋ないし桐生さんの部屋に来て、夕飯を一緒に作り食べるだけ。その後は帰るか一緒に入浴して一晩明かし、同じマンションから出勤した。週末は他愛のない話しをしながら、おねこと遊んでベッドに入り、緩やかな夜を過ごした。翌日の朝は桐生さんが俺の胸やら背中に抱きついて、散々甘えてくるのに応えたくなった。
それなのに。未だにまだ『本番』はできないでいる。
× × ×
きっと今夜もお預けだ、と半ば諦めていた時だった。
明日は土曜日だしどうせならもっと飲んじゃえと、桐生さんが作ってくれたカクテルや瓶の酒で酒盛りを始めた。カウンターバーからソファに場所を移し、隣り合わせで腰掛ける。お酒の他にもつまみをササっと作るあたり、本当に気が回る人だ。桐生さんは酒をあまり飲まないからなのか、棚に並ぶ酒瓶は全て練習用に買ったものらしい。もっと早く出会っていたら練習相手になったのに、今となってはもう遅い話でしかなくて何だか切なくなった。
そして桐生さんはノンアルのサングリアにしていたのに、間違えて俺の赤ワインをひと口飲んでしまったのが運の尽きだった。さっきまでカッコいい姿で、シェイカーを振るっていた桐生さんが……知的な雰囲気を湛えていた、色素の薄い瞳がとろんと蕩けて俺をじっと見つめている。
「どうしたんですか…?もしかしてちゅーしたいの?」
冗談で言ったつもりなのに、桐生さんは顔を真っ赤にして頷いた。
「うん…いっぱいして。こんなおれじゃ…ミカも嫌いになる…?」
酔って火照った顔で上目遣いに見られた挙句、頭が沸騰しそうな殺し文句を言ってくる。嫌いにならないよ、と言葉を返し桐生さんを抱きしめて、彼の耳たぶに俺の息がかかると背中がゾクゾクしているのが分かった。
「んっ……ぁ………」
自分でも予想していなかった。まさか酔った桐生さんがこんなにも敏感になるなんて、アルコールが入るとここまで積極的になるなどと。
「ひかるさん、かわいい…」
「…うっ……ちが…かわいくなんかない…」
「こんなふにゃふにゃになった桐生さん、初めてだ…お望みのもの、あげるよ」
熱い吐息を漏らす桐生さんの唇に噛み付くようなキスをすると、それに応えるように分厚い舌が絡みついてきた。舌同士がねちょねちょと絡み合う様子はまるで舌同士が求め合っているようで、堪らなくスケベだ。
「ふぅ…ん…っ…」
「…これ、好き?」
焦点の合わない目で俺を見ながら、桐生さんは俺の唇を離して恍惚とした顔で笑った。
「ん…すき」
キスだけでこんなにも蕩けた表情をしているのだから、桐生光という人は本当に
「ね、光さん…どうして欲しい?」
「…めちゃくちゃにして……」
そう言われると本当に滅茶苦茶にしたくなるのを分かってて言ってるのだろうか。
「もう我慢できないのは…俺も同じですよ。でも、抱くなら素面のあなたを抱きたい」
「……いけず…」
ぽつんと呟かれた言葉に、自分の理性が持たなくなりそうだと俺は自覚した。そんなにも俺のことを求めているのなら、お望みどおりにしてやりたくなった。
「なら…覚悟しとけよ」
いつ酔いが覚めるとも知れないのに、無防備な姿を晒していた。
このままの流れで桐生さんを抱いていいのかと、自分の中の良心が悲鳴を上げる。カマーベストのボタンを外し、脱がせると薄い生地のワイシャツから素肌が透けて見えた。その瞬間、煽ったこの人が悪いのだと責任を全て不埒な恋人に押し付ける。首筋にキスすると擽ったそうに笑って、俺の髪を優しく撫でる感触に俺のぜんぶを差し出していいとさえ思ってしまう。
「…っ……ん…」
「ひかるさん…ここ、ですか?」
シャツの上半分だけはだけさせ、デコルテに顔を寄せて唇で赤い痣を拵える。そこから唇を這わせると、桐生さんはくすぐったいのか恥ずかしそうに身を捩った。声を押し殺すため、俺の頭に口を押し当てて必死に喘ぐのを我慢している桐生さんが堪らなく愛おしい。
俺は桐生さんの身体を気遣いたいのに、彼自身がそうさせてはくれない。鎖骨、胸元、それから薄紅色の頂点に至るまでキスを落とす。ひたすら嬌声を堪えようと歯を食いしばる姿を、こちらも酩酊したような頭で見つめる。白い肌のあちこちについた赤黒い痣は、俺しか知らない証になっていた。
それなりに酒には強いと自負しているけれど、この人にはめっぽう弱くなるのは仕方がないことだった。惚れた弱みって奴だろう。
まだ何も出しちゃいない、俺の腹に当たる桐生さんの雄がズボンを押し上げて辛そうにしているので、俺はズボンの上から桐生さんのそれを優しく指先でなぞる。先端から付け根まで。
「っ…そんな触り方、卑怯だ…!」
「…ほんとに、いいんですか」
最後の確認をするように囁けば、頷きだけが返ってきた。僅かに笑みを含んでいて、もしかしたらと彼の顔を食い入るように見つめる。
「我慢してたのはおまえだけじゃないからな」
「!」
まさか。
酔いはとっくに醒めていたり…するのだろうか。
「ひ、ひかるさん?あの…酔ってたんじゃ…」
「いや…さっき、酔いが醒めた」
「さっきっていつ?」
「覚悟しとけよ、の辺りだな」
そう言うと桐生さんは俺のネクタイを掴んで引き寄せ、にたりと笑い俺の耳元で笑った。
「やれるものならやってみな」