結論から言うと、一応、街では人の肉の売り買いはされていないらしかった。
真っ赤なボルシチと真っ赤なワイン。
真っ赤な血の滴るローストビーフを食べながら、赤いレタスの乗った料理をセルジュとイリーザの二人は泊まっている宿で提供された。
「料理の味はどうかな? 私は美味しいいなあ」
イリーザは無邪気な顔でローストビーフの肉を切り分けて口にしていた。
食器類は銀色をしている。
セルジュは心を落ち着かせる為に、食器を眺めていた。
「なんでナイフやフォークは紅く染められていないんだろう?」
イリーザは素朴な疑問を口にする。
「肉やソース、スープなんかが赤いだろ。食事する時も汚れ落とす時も困るから、赤に染めてないんだろ。歯ブラシのブラシの部分もそうだった。その辺りは合理的なんだな」
「そ。私はフォークやナイフも赤色でも面白いと思ったんだけどね」
イリーザは宿の店員に聞いてみた。
宿の店員は快く、実は用意していたらしい赤いフォークやナイフ、スプーンをイリーザに渡す。イリーザは楽しそうに食器を持ち換えて食事を続けていた。
「マジでお前、おかしいって。気持ち悪くならないのかよ」
セルジュはゲンナリした顔になる。
「セルジュ食べないの? 明日は大変かもしれないよー」
「食うよ。でも内臓の海に落とされたみたいな感覚がずっとあって、気持ち悪くなりそうだ」
セルジュはガツガツとローストビーフを口の中に押し込んだ。
†
歯を磨いてシャワーを浴びた後、髪を乾かす。
バスタブやシャワー、壁のタイルなども真っ赤なので、流れ出る水の仄かな青。手の中、自らの黒髪に滴る水の色を見て心を落ち着かせる。当然のようにバスタオルも赤だ。セルジュは紅い寝間着に着替えて、赤いベッドの上に横たわる。
……正直、何もかもが不快だ。
まるで自分が巨大な化け物の胃袋に飲まれて、全身が圧死したり、全身を針で刺されるような感覚に陥る。きっと今日は悪夢を見るだろう。
イリーザは楽しそうに、隣のベッドではしゃいでいた。
「風呂入れよ、臭ぇーよ」
「うーん。そんなに私、汗臭いかなー?」
「臭ぇーって」
セルジュは腹立たしい顔をしながら、ドライヤーで濡れた髪を乾かす。
「分かったー。入るー。覗かないでねー」
「覗かねぇよ」
セルジュは中々、髪が乾かなかったのでイライラする。
バスタブに入ったイリーザは鼻歌を歌っていた。
しばらくして長い黒髪を乾かし終えると、セルジュは今度こそ眠りに付く。
天井も真っ赤だ。
天井が巨大な化け物の歯茎のように見えた。
†
案の定、悪夢を見た。
化け物に全身を喰われるろくでもない夢だった。
セルジュは真っ赤なドレスを翻しながら、この街の君主が住んでいると言われている場所へと向かう事にした。
君主は山の上にある城に住んでおり、馬車でそこに向かわなければならない。
ご丁寧に、馬も赤毛のものが使われていた。
セルジュとイリーザは馬車の代金を払って、城へと向かう。
森の葉も木々もご丁寧に真っ赤な品種だ。
まるで、紅蓮の炎が山全体を覆っているかのようだった。
しばらくの間、馬は山の道を走り始めていた。
一時間程、経過しただろうか。
御者は困った顔をする。
「道が幾つか壊れていました。魔物が襲ってくるかもしれません」
真っ赤に塗られた十字架を握り締めながら、御者は震えていた。
「おい。お前、何年、この仕事しているの?」
セルジュは不快そうな顔をしていた。
「こんな事は珍しいのです。もしかすると、君主様がよそ者を嫌っているのかも」
「あ、そう」
セルジュは腰元に得物の柄を握り締める。
近くから、巨大な怪物が姿を現した。
それは巨木程の大きさの巨大な真っ赤なヘビだった。
まるで、血管そのものを抜き出したような姿をしていた。
セルジュは柄から得物を引き抜く。
刃の代わりに、多頭の狼の頭が現れて、現れた赤いヘビへと襲い掛かる。
セルジュは面倒臭そうに、真っ赤な怪物を撃退したのだった。
それからしばらくして、何度か魔物に襲われながらも馬車は城へと辿り着く。
バートリィ城。
壁やステンドグラス、尖塔などが、真っ赤に塗り潰されたその城は、不気味にそびえ立っていた。
しばらくして、扉が開かれる。
城の中は真っ赤な回廊が広がっていた。
†