01
大介は至急に車を出した。
穂香がかなり混乱しているようで、電話で詳しい事情を伝えきれなかったが、大介は事情の異常さを悟った。
「……私が両親のことで悠治さんに迫ったら、悠治さんはすべてを持って、両親のところにいくって言い出して…そのまま飛び出したのです……こうなるなんて思わなかったのです、悠治さんは、危険なことをしないですね!?」
「オレは探しにいく。小日向さんはそこで待ってて、しばらく置いたら、電話を掛けてみてくれ」
とにかく、穂香を落ち着かせて、大介は出発した。
この前、病院で小日向さんを助けて云々と言われた。
あの時から妙だと思った。雪枝とそっくりの顔を持つ穂香が応募しに来たのは偶然なのか?
図書館で悠治の両親の件に触れたのは偶然なのか?
新聞記者から聞いた悠治の両親のことを考えると、穂香の身分はかなり怪しい。
この間まで、悠治の自滅傾向がもうなくなったと思ったが、やつは穂香に悪質な冗談をしないだろう。
穂香から聞いた時間を見ると、あの小説が投稿されたのは、悠治が飛び出した後のことだ。
いきなり変わった小説の流れ、投げっぱなしのあとがき……
人の将に死なんとする其の言や善し、ということわざを思い出させる。
どうも不吉な予感がする。
そう思うと、大介はもう一足エンジンをかけた。
02
「調べれば調べるほど、ドロドロだったぜ」
新聞記者の言葉は大介の脳内で響いた。
「男は結婚前にいろいろやらかしたから、言いなりになる女がほしくて結婚したって思ったら、女のほうも負けないくらい気持ち悪いことをしてきた……二人とも相手を利用するつもりで結婚したから、あんな結末になったんじゃない?まあ、確かに子供たちは可哀そう。だから、俺は追い詰めるのをやめたんだ。あんな真実、暴いてもしょうがないじゃない……」
「……」
「お前さんみたいなクリエイターにとっちゃ、いいネタになるかも知れないが」
過去の暗雲を振り払おうとするように、50に近い記者のおじさんは苦笑した。
「創作のためではありません……友人のためです」
大介は苦笑でも笑えなく、真面目に訂正した。
「かっこいいのは顔だけじゃないな、青少年」
記者は感心しそうに嘆いた。
「忠告までとは言わないが、人生の先輩として助言をあげよう。子供時代の傷は一生についていくものだ。両親に裏切られたのは最悪の中の最悪。人間に対する信頼は根底から潰されるから。ああいう経験のある人は、大体、ただの友達では救われない」
03
悠治は本当にバカなことをするなら、場所はどこだろう……
とにかく、緊急事態だから、雪枝に電話して聞いていみよう。
「お兄ちゃんが思い入れのあるところ?」
「理由は後で教えるから、とりあえず、心当たりの場所を教えてくれないか。好きな旅行地や小さい頃よく行てた公園とか、昔住んでた家とか……」
「お兄ちゃんはずっと引きこもりで、ほぼどこにも行かないです。どこが好きなのか、よくわかりません……小さい頃よく行ていた公園も数年前にデパートに改造されました……」
「昔住んでた家は?」
「それもかなり前に売られました」
「一応、場所を教えてくれないか?」
「はい…あの……」
いつもの大介と別人のような早口と固い質問方に雪枝は我慢できずに疑問を口にした。
「お兄ちゃん……お兄ちゃんは何かあったのですか?!」
「……」
あっても、雪枝だけには知られたくないんだろう。
そう思うと、大介はハンドルを強く握り、すべての事情を胸に抑えた。
「……大丈夫だ。ちょっと喧嘩しただけだ。オレは必ず彼を連れ戻す」
大介はまず雪枝の言った昔の家に行ってみた。
高級住宅区にある立派な一戸建てで、窓に光が灯っている。
もう終業の時間になって、帰宅途中の住民が多くいる。
とても自殺できる場所じゃない。
悠治は「両親のところにいく」と言い出したから、両親と強いつながりのあるところに行った可能性が高い。
家族が一緒に暮らしていた場所じゃなかったら、ひょっとしたら、あの事故の場所か……
大介はもう一度あの事故の場所を確認してから、ナビの案内で例の高速道路に向けた。
04
事故が発生した道路は、かなり辺鄙な崖の上にある。
大介がその近くに到着したとき、空はもうすっかり暗くなった。
幸い、近いところに駐車場があった。
大介は車を泊まったら、急いで事故の現場に駆け付けた。
「!!」
崖の上に、ひょろひょろと動いている人影を見たら、大介は神様を感謝した。
推測が当たったようだ。
「悠治!」
「……」
呼ばれ人影は機械みたいに振り向いた。
やはり悠治だった。
「そこに居ろ、動くな!」
いまでも崖の外に落ちそうな悠治に向かって、大介は大声で呼び止めた。
「……」
「何があったのか分からないけど、バカなことをする必要はないんだ!」
これ以上悠治を崖のほうに押さないように、大介は刺激を与えない安全距離で足を止めて、悠治と対峙した。
「たとえ何があっても、自殺で解決できないだろ」
「……」
悠治は数秒間大介と見つめあったら、ゆっくりと口の元を上げた。
「できるさ」
「!?」
「俺がその秘密を持って、あの世に行けば、これぞとんでもない不祥事になる。これ以上もう誰も聞けなくなる」
「バカか!お前が秘密を守るために死んだら、妹さんや黒河さんたちも死ぬほど辛いだろ!」
「大丈夫さ、俺のことなんかきっとすぐに忘れる、もともと血が繋がっていないし、気持ち悪い陰気引き込みりシスコンだし」
「何を言っている。雪枝さんは実の妹だろ……」
後半が否定できないが、大介はとりあえずそれを無視した。
「あら、知らなかった?」
ちょっと意外そうに悠治は少し目を開けた。
「この間、お前の病院での気持ち悪い態度を見たら、てっきり全部知ってたと思ったのに」
「……」
ここまで悟られたら、隠す意味がない。
大介は率直に返事した。
「知っているのは、お前の両親が――」
「お互いに手をかけたクズだったことだろ」
「……」
嘆くのように、悠治は笑った。
「相手に微塵の愛情もない男女は利益のために、知り合った三日で電撃婚。女は男の会社からの資本が目的で、男は女の会社を利用して脱税を謀ったが、どっちも相手を信じていないから、いっそ結婚で利益関係を作った」
「でも結局、両方の会社も経営不振で、倒産寸前まで迫られていた。すると、二人はお互いに巨額な生命保険をかけて、誰が先に相手を殺せるのか、密かに競い合っていた」
「14年前のバレンタインデー、二人は辺鄙な洋館で夫婦デートをした。その間、女は人を雇って男の車のブレーキに小細工をして、男は女のワインに毒を入れた。すると、男は車で女の死体を運ぶ途中で、ブレーキの故障で女と共に崖から飛び出した」
「フン、悪人たちに相応しい、人を笑わせるような話だ」
「……」
そこまでの話は、大介はすでに新聞記者から聞いた。
しかし、雪枝が血が繋がっていないのはどういうこと、まさか……
悠治の次の話は大介の疑問を解けた。
「残された子供を保護するために、警察はその事実を伏せて、いろいろ斡旋した。何だって、子供たちに関して更に気味悪い事実が隠されていた」
「二人の息子は、男がどこかの愛人との間で生まれた隠し子、ずっと田舎の施設に預けられていた。男がその息子を迎えたのは、女から財産を守るためだった。娘は、女が結婚後に元カレとの不倫で生まれた子。女はその娘で男を牽制するつもりだったが、男はすでに娘の身分に気付いた。女を始末したら、次はその娘だと計画を立てた」
なるほど……
おそらく、悠治の保護心が歪んでいて、実の妹ではない雪枝に恋愛にも似たような執着心を持っている。
だが、いろんな意味でその気持ちを伝えられない。
だから、陰気なシスコンに……
って違う、納得する場合じゃない!
大介は心の中で自分の顔にピタンした。
「それは、確かに、受け入れがたい事実だ。でも、お前に間違いがあるわけじゃないだろ!ここで死んでもどうしようもないんだ!」
大介の話を全く聞いていないように、悠治は夜風に向かって、更に冷たく笑った。
「結婚したら愛情が生まれる、子供が産んだら夫婦円満になれる云々、腐るほど聞いたが、人間の本性はそう簡単なもんじゃない。人間の醜さを認めたくない無能で愚かな人間はよく結婚を万能薬だと勘違いする。彼らは忘れていた。結婚は、あくまで法律上の契約だ」
「純粋な愛情で結婚する人は極稀、人生の利益を考えて契約を結んだのはほとんど。その利益は大体自分に相応しい相手とか、世間体上の家庭や安定な生活とか、だから、多くの人々は妥協できる。しかし、あの男女みたいな絶対的利己主義者は、結婚くらいで変えられない。更なる醜い悲劇を生むだけだ」