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第15話 脅かしor気遣い

01

「…………?」

意外な言葉に、悠治は思わず布団を掴む力を緩めた。

「妹たちに迷惑をかけたくないのが分かるが、お前が倒れたら、かえって大きな迷惑をかけるんじゃないか?彼女たちに心配させたくないなら、まず自分のことを大事にしろ」

「……ベタな説教か」

「そのベタなこともできない人間には必要だと思うけど」

「……一体何しに来たんだ?」

大介の態度が妙だと感じて、悠治は布団からちょっとだけ頭を出した。

布団の出口で彼を待っているのは、開けられたフルーツゼリーだ。

しかも、彼が一番好きな黄桃のもの。

はちみつも入っているのか、甘い匂いが溢れている。

「お見舞いと言っただろ。聞く耳を持て」

大介はスプーンをゼリーに差し込んで、カップを悠治に押した。

「……」


02

悠治はもくもくとゼリーを食べ始めたら、大介はチョコレートの箱を片付けた。

そして、さりげなく悠治に話をかけた。

「前回言いそびれたけど、シナリオの件は悪かった。急ぎじゃないと一言を添えるべきだった。徹夜で修正しただろ」

「……」

また思わぬ言葉を聞いて、悠治は一度動きを止めた。

「……別にお前のために修正したんじゃない。それに、悠子様が決めたことだから、言いたいことがあるなら悠子様に言え……」

悠治は目をつぶってスプーンをガリガリ噛んだ。

「お前が拒否したら、悠子は勝手に修正できないだろ」

「いいえ、俺は決定権がないんだ」

「……そう考えたほうが楽かもしれないが」

大介はもう一度ため息をついた。

「オレから見て、お前も悠子も、同じ目的を持って行動する同じ人間だ。その時に都合のいい人格を出すだけだ」

そう言いながら、大介は一杯のお湯を悠治の前に置いた。

「例えば今、正面からオレの詫びに返事しにくい場合、悠子に投げる。シナリオの件も、本当は修正すべきだと気づいたのに、悠治のほうでオレに強く反発したから言いにくかったから、悠子のほうで修正を承諾した。違うのか?」

「……」

微かだけど、悠治の陰気で曇った目から、鋭い眼差しが発された。

「……黒河さんに何か言われた?」

「不本意だけど、お前のことをよろしく頼まれた」

大介は適当に誤魔化した。

「だからこんな気持ち悪いことをしに来たのか?今更お人よしのふり?」

悠治は皮肉そうな笑顔をみせた。

「お人よしのつもりはないが、仕事仲間の体調に気を遣わず、徹夜で仕事させるブラック社長になるのもごめんだ」

「仕事仲間?俺は給料ゼロ手当なし言いなりに聞くだけの奴隷じゃないか」

「そこまで言っていない……」

大介は仕方がなく、一度深い呼吸をして、悠治の真正面にまわした。

「これは真面目な相談だけど、オレを憎むことで生きる動力を作るのはやめろ」

「なんの話?」

悠治は鼻で笑って、白を切った。

「お前がとぼけていても、悠子には分かるだろ。とにかく、オレを憎むことなんかより、自分の幸せを生きる目的にしろ」

大介はまっすぐに悠治と目を合わせた。

悠治は不服そうにフンっと視線を下げた。

「……やっぱり、黒河さんから何か言われたのな」

「気になるのか?オレにどう思われようと気にすることはないだろ」

「当たり前だ!お前がどう思っても俺と関係ないことだ!ただ……」

「ただ、雪枝さんに知られたくない」

「……」

ズバリと言われて、悠治は拳を握りつぶした。

大介はそっとベッドの際に座って、悠治の顎を掴み、彼の目を自分の目に合わせた。

「どうやら、オレも脅しの材料を手に入れたようだ。交渉しよう――」

「!」

悠治はビシッと背中を伸ばした。

大介の表情は冷徹にも近いポーカーフェースになった。

今まで散々嫌がらせをしてきた自分が弱みが掴まれた。

どんなことを要求してくるのか……

なぜあんな不用心なことをしたんだ!

シナリオで親への恨みをまる出したのだけじゃなく、黒河さんに念を押すのも忘れた!

でも、後悔するのはもう遅い、とにかく、どんなことが要求されても、秘密を守り切るんだ!

「オレはお前が雪枝さんに知られたくないことを黙ってやる。お前はあの名誉棄損の小説からオレの名を消す」

「……」

「…………」

「………………」

悠治が大介の続きを待っていたら、30秒もかかった。

「どうした?まだ不満か?」

「名前を消す、だけ?」

そして、大介に催促されてから口が開くまでもう20秒がかかった。

「どうせ、削除しろと言っても、お前は自由表現とか著作権とか騒ぐだろ」

大介は固い表情を解いて、もう一回短いため息をした。

その想像よりもはるか弱い主張に、悠治はちょっと取り乱した。

「それは、そうだけど……お前、交渉の基本って分かる?普通に、まずハイレベルの要求を出して、相手が拒絶してから……」

「それは普通の場合。お前は普通じゃないんだ」

「……」

「……」

「やっぱり、お人よしか……」

悠治は頭をだらんと下げて、独り言のように呟いた。

「そんなつもりはないと言った。お前の人間の敵みたいな思考を何とかしろ」

大介の抗議に聞こえなかったように、悠治は独り言を続けた。

「だから、悠子はお前を……」

「悠子はオレを……?」

その妙な呟きを、大介は聞き逃さなかった。

でも悠治はその話に触れずに、交渉の話題に戻った。

「……それ以外の条件がないなら、俺からもう一つ追加する――」

大介に是非を答える時間も与えず、悠治は条件を述べた。

「お前がどんなことを聞かされたのか、どんなことを知ったのか、俺には関係ないことだ。だが、お前はそれを雪枝に教えてはいけない。そしてもう一つ、小日向さんにも黙っていてほしい」

「小日向さん……?どうして?」

大介は穂香からの違和感を思い出した。

「別に」

悠治は視線を下げた。

「小日向さんは雪枝と仲がよさそうだから」

「そうなのか……」

「それに、もしも、小日向さんに何かあったら、助けてほしい」

躊躇いながら、悠治は一言を添えた。

「……?」

「もう検査の時間だ」

大介に疑問を残したまま、悠治は会話を終わらせた。


03

病院から出て、大介は例の新聞記者との電話を思い出した。

「あの黒河警部の紹介で?」

「……会って話してもいいけど、ドロドロな事件だったぞ……あの時、遺族保護のためとかもう追うなって警察にうるさく言われてたし…なんで今さら?」

「ちなみに、遺族たちとはどういう関係……?」

記者の反応から見て、自分の推測が大分正しいだと大介は分かった。

それでも、低い確率のハズレを祈りながら、記者と約束したカフェへ向かった。


04

数日後、悠治は退院した。誰にも教えず、自分で家に戻った。

荷物を片付けたばかり、玄関のドアが開けられた。

「あらお兄ちゃん、またドア締めを忘れちゃったの?」

「雪枝……?」

悠治は怪訝そうに花束を抱えて入ってくる雪枝を見つめる。

「この間、病院に頼んだの。お兄ちゃんが退院したら私に連絡を入れてくださいって」

「……」

「やっぱり一人で帰ってきたのね」

雪枝は軽いため息をして、花束を机上に置いた。

「お兄ちゃんは昔からこうだから……何事も、自分の中で抑え込んでいて、一人ですべてを背負う……私がどんなに心配してるのも分からない」

「ご、ごめんな、雪枝……心配させちゃって」

悠治は慌てて誤魔化そうとした。

「でも、本当に大したことないから、俺はすっかり元気になったぞ!」

雪枝は目を伏せたまま、小さい声で呟いた。

「お父さんとお母さんのことだって、何も教えてくれなかった」

「!」

「私はもう子供じゃないの、本当のことが、知りたい……」

「……」

悠治と雪枝の間に、しばらく沈黙が続いた。

そして、悠治は真剣な眼差しと口調で聞き返した。

「あなたは、小日向さんですね」

「!!」

その一言で、「雪枝」の肩が震えた。

「雪枝は、俺に両親のことを訊きませんよ」



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