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第14話 チョコレートの甘い罠

01

「その後、悠治は一度意識を失って倒れた。再び目が覚めたら、すっかり元気になった。ただ、口調もしぐさもは私に似たようなものになって、自分のことを女性だと認識した」

「……」

(元凶は、お前か……)

大介は心の中で仰天した。

この人の一言で、自分はどんなひどい目に遭ったのか、彼女には理解できないだろう……

「私は責任を感じて、その後もあの兄妹の世話を見ていた。男の悠治はインチキ引きこもり廃オタシスコンになったのは残念だけど、女の悠治の身体能力が高くて、性格も強気ってのはラッキー。格闘技をいろいろ教えたの」

(何がラッキーだ……どおりで、悠子がオレを制圧した動きは警察が犯人を制圧する動きに似てるんだ……って、元凶はやっぱりお前じゃないか!なんで格闘技なんか教えたんだ!まず心理治療を受けさせるべきだろ!)

ツッコミしたい気持ちは一杯だけど、悠治のことについてまだ聞きたいから、大介はとりあえずその衝動を抑えた。


「あの子はね、本当はやさしくて賢いの。あの件の前に、成績優秀で、学校ではみんなのアイドル的な存在なの」

嘆きながら、黒河はもう二本の砂糖をコーヒーに入れた。

「……信じられない」

「だよね。両親の件以来、すっかり感情を閉じ込める人間になった。男のほうだけじゃないわ、女のほうも、ああみても何事も自分の中に抑えているの」

「……信じられない」

(あれでも抑えているパフォーマンスなのか……?)

「だから、両親への恨みを見せてもらった大介くんは、悠治にとってきっと特別な存在だと思う」

「!」

大介は思わずぞっとした。

「違うんです。見せてもらったんじゃない。悠治くんの行動がおかしくて、やり取りをしているうちに、推測を……」

「それもまた、あの子は大介の前で隙ありってことよ。悠治とまともに会話できる人はそこそこにいると思う?」

「……それは、確かに、そんなにいないと思いますが……」

「でしょ。これからも悠治ことを――」

(ちょっと待って、やっぱりこの線に来たのか?!)

「あの、黒河さん……聞いてもいいですか?」

黒河が例のパターンを言い終わる前に、大介はさっそく話を切り替えた。

本当に聞きたいことはそんなんじゃない!

「悠治くんの両親は、本当はそこまで恨まれるようなことをしたのですか?」

黒河はコーヒーカップ回しながら、もう二本の砂糖を手に取った。

「……私は警察よ、遺族を守るために、言えないことがあるの。でも、大介くんは悠治が心を許した相手だし、悠治のためにどうしても知りたいと言うのなら、ヒントをあげるわ」

「……」

(勝手な判断をエスカレートしないでくれ……)

悠治が自分に対する態度はともなく、彼が異常になった原因を究明すれば、厄介な性格を治せるかもしれない。

そうすれば、小説のことも解決できるし、なにより、まともに仕事ができる。

いろいろ利害を考えてから、大介は頷いた。

すると、黒河はさりげなくコーヒーを大介の前に送り込んで、「どうぞ」と言った。


02

「当時、保険会社や車会社、新聞記者たちは結構騒いでいた。調べてみれば、見えてくるはずよ」

この時代だから、黒河のヒントで、大介はすぐインターネットで関連記事を見つけた。

14年前のバレンタインデー、悠治と雪枝の両親らしい夫婦が運転した車は、真夜中の高速道路から飛び出して、崖の下落ちた。夫婦二人が同時に亡くなった。

発表された事故の理由は、車のブレーキ故障だったが、車の生産会社は最後まで認めなかった。

夫婦二人は生前、高い金額の生命保険に入っていた。そして、二人それぞれ会社を持っていて、両方とも経営不振だった。保険会社は自殺ではないかと疑っていて、警察に捜査を促したが、最後は保険金を出したようだ。

悠治が持っている巨額なお金は、両親の保険金だろう。


しかし、やはり不思議だ。

事故であろうと、自殺であろうと、両親をそこまで恨む子供がいるのか?

子供を捨てて自殺したとしても、子供のために巨額な保険金を残したし、子供を愛しているだろう。恨まれる理由には不十分だ。


保険金が出たということは、自殺ではない。

でも、車会社は事故だと認めない。

それなら、他殺の可能性がある。

でも、警察は「事故」のままで完結させた。

車会社は不服なら、訴訟をかけて、警察にプレッシャーをかけて、原因をはっきりさせればいいのに、そうしなかった。

会社の名誉にかかわっているのに、訴えられない理由でもあるのか?


怪しい「事故」、巨額な保険金、経営不振の会社……

夫婦が別々経営していた会社……子供からの恨み……

更に、黒河が言っていた「遺族を守るために」の言葉を思い出すと――

「まさか……」

とある恐ろしい可能性が大介の頭の中から浮かび上がった。

この時、彼は自分の飛びすぎる発想力を責めた。

よくもこんなひどいことを考えたな……

悠治に恨みでもある…………いや、恨みがあるのは否定できないが、さすがこの発想はひどすぎる。

しかし、もしこれは真実であれば、すべてのつじつまが合う。


考えれば考えるほど、悠治の顔を見たくなる。

今考えていることを口にしてはいけないと知っている。

ただ、もう一度、悠治という人間をよく見てみたい。

彼の「変態ぶり」の後ろに、一体どんな闇が隠されているのか……


大介はポケットから一枚の名刺を取り出した。

それは黒河からもらったその「事故」をしつこく追いかけていた新聞記者のものだ。

一夜も躊躇った後、大介はその新聞記者に電話をした。


03

数日後。

大介は何事もないように、悠治の見舞いに来た。

病院の入り口で、お見舞い帰りの穂香に会った。

「反町さんも悠治さんのお見舞い?偶然ですね」

穂香はいつものように陽気に挨拶をした。

「偶然…か。そうだな」

大介は一度視線を下に向けて、軽くうなずいた。

「どうしたの?元気がなさそうですね。まだ悠治さんのことを心配していますか?普通の風より長かったけど、もうすぐ退院できるって」

「それはよかった」

「申し訳ありません。もともと、勝手に二人を図書館に誘った私の責任ですから……」

「いいえ、悠治はそう思わないだろう」

「悠治さんは、やさしいですから……」

大介の慰めを聞いたら、穂香はちょっぴり苦い笑顔を見せた。


「じゃあね、また」

「ああ、また」

いつもぽかぽか微笑んでいる穂香に、大介は初めて違和感を覚えた。


04

大介は悠治の病室に入って、誰も見てなかった。

外に出て探そうとしたら、トイレのほうからうがいの声が聞こえた。


「いつまで病院で引きこもるつもりって言いたいところだけど、もう少し時間がかかりそうだな……」

トイレの洗面所で青ざめた顔でうがいをする悠治を見たら、大介は長いため息をした。

「……うるさいな」

悠治は何とか息をつなげて、大介を睨み返した。


「何しに来た?」

「お見舞いだ」

大介はのフルーツゼリーの入っている手提げ袋を揺らした。

「なるほど、弱い人間に元気な姿を見せつけて、さぞいい気分だろう……入院料も代わりに払ってもらって、本当にありがとうよ。利子を付けて倍でお返しする…お前に借りを作りたくない……じゃな、お疲れ」

悠治は大介に目もくれずに、棒読みしながらベッドの中に潜り込んだ。

「その人間の敵みたいな考え方は何時になったら……まあいい」

悠治の大人げなさも今日のことじゃないし、一応病人だし、大介は目をつぶった。

「医者さんを呼ぼうか」

「いらない……」

悠治は亀みたいに頭を布団の中に引っ込めた。

「……」

大介は仕方がなく、手提げ袋を置こうと目を机に向けたら、チョコレートの箱が置いてあるのに気付いた。

二十個くらいのチョコレートが入っている箱は、三分の一が空きになっている。

なんとなく、悠治がうがいをした理由が分かった。

「チョコはだめじゃなかった?」

「……」

「小日向さんからもらったのか?」

「……」

「苦手だと伝えて、食べない選択肢がはないのか?」

「……できるもんか、あの雪枝にそっくりな顔に向けて」

悶々と布団から出された声を聴いたら、大介は深いため息をした。

彼は椅子をベッドの隣に移動して、そっと座った。

「何事も雪枝さん、そして小日向さん。自分のことをちゃんと考えてた?」

「!」


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