01
クリスマスが嫌い、新年が嫌い……家族団楽な日はみんな嫌い…
が、家族団楽と関係のないバレンタインデーがなにより大嫌い。
14年前のあの日、クズみたいな両親は自分と妹を家庭教師に押し付けて、二人の世界を過ごしに行った。
そのまま帰らなくてよかったのに、二人は、最悪の中の最悪な形で戻ってきた……
02
再び目が覚めたら、悠治は病院のベッドにいた。その手に、点滴の針が刺しこんでいる。
「お兄ちゃん!また無理をして!」
彼の目覚めを迎えるのは妹の雪枝の暖かい抱擁。
そして、雪枝の後ろにいる大介の何とも言えない眼差し。
「医者さん呼んでくる」
大介が一歩離れたら、彼の後ろに立っている人が見えた。
雪枝とそっくりの顔を持つ穂香だった。
「よかったですね!雪枝さん!」
「ええ、ありがとう!穂香さん!」
「いいえ、私は何もしていないわ。ちょうど大介さんが悠治さんを運んだところを見て、付いてきただけです」
同じ顔を持つ二人の少女が初対面で、お互いに不思議を思っていても、すぐ相手から親しい感情を覚えた。
悠治はちょっと複雑な気持ちで二人を見守っていた。
「あら、雪枝、何時分身術を習得したの?」
突然に、大人の女性声が部屋に入った。
「黒河さん…分身じゃないの。こちらは小日向さんです」
「ごめんね、最近オカルト絡みの事件が多くて、ついに――」
その女性が穂香に軽い挨拶をしてから、悠治のベッドの前まで来た。
長い黒髪にスーツ姿の凛とした女性は、お見舞いプレゼントっぽい白犬のぬいぐるみを抱えて、捨てられた子犬を憐れむような目で悠治を見下ろした。
「黒河さん、なんで……」
悠治は体を起こそうとしたが、黒河と言う女性は犬のぬいぐるみを悠治の顔にぶつけた。
「!!」
「お前がダメだからでしょ?体から精神まで引きこもりになって、妹に心配させるばかり」
「……」
「ゆ、悠治さん!」
こんなやり取りを初めて見た穂香は驚きの声を上げた。
「悠治はどうした?」
廊下でその声を聞いた大介は足を速めた。
「だ、大丈夫です、いつものことですから……」
雪枝は大介たちを落ち着かせて、医者さんと看護婦さんを部屋に案内した。
「小さい頃から大変お世話になっていた黒河さんです。警視庁捜査一課の警部さんです。」
医者が悠治の検査をする間に、雪枝は大介と穂香に女性のことを紹介した。
「黒河です。よろしくね」
「捜査一課の、警部さん……っ!」
大介は驚きのあまりに舌を噛んだ。
「どうしたの、青少年?」
大介の大げさな反応を見て、黒河の目がきりっと光った。
「い、いいえ。ドラマや漫画でしか見たことのない職業なので……」
悠子が言っていた――
悠治に何かあったら、大介の「罪の証」を警察に提出する件、もしかしたら、この人と関係があるかも……
大介の脳内整理はまだ終わっていないのに、黒河のほうから攻めてきた。
「雪枝から聞いたわ。悠治を雇用するなんて、普通に考えられないと思う。ひょっとして、訳アリ?」
「!」
(さすが警部さん!その訳アリだ……)
「そ、それは、ただ、悠治くんの才能に惹かれて……別に、深い理由とか……」
何かを見破るオーラを発している黒河に迫られて、大介が思わず後退ろうとした。
「ほう、深い理由、ね――」
「もう、黒河さん……」
雰囲気がまずくなったら、雪枝が中に入った。
「大介さんはいい人です。もともと、お兄ちゃんがいけないことをしたから……」
「いけないことって?」
「後で話します」
医者さんの検査はそんなに時間がかからなかった。
大介たちに注意事項とかを伝えて、医者さんと看護婦さんは部屋から退出した。
大したことがないと知って、大介たちも一安心。
「相変わらずダメな子だけど、雪枝以外にもお見舞いの人がきているのはでかい進歩だ」
黒河はベッドの隣に座って、思いきり悠治の頭をいじった。
その遠慮のないしぐさと口調に、大介はデジャブがあった。
「しかしね、妹とそっくりな子を彼女に選んだとは、お前のシスコンも変態級に入ったのね」
「!ち……っ」
「違います!」
悠治が口を開く前に、穂香のほうは先に否定した。
「私じゃないです!」
黒河は意外そうに振り向いた。
「そうか?勘違いしたの?」
「そ、そうです!誤解しないでください。みんなも困りますから……」
「その言い方だと、ほかに誰かがいるみたいね」
黒河に聞き返されたら、穂香は視線を大介のほうに投げた。
警察の直感と女の勘、両方も優れている黒河は秒で悟った。
「なるほど、そっちだよね。通りにこんなダメな子を雇ってくれたわね。まあ、驚くことはないわ。今の時代じゃ普通のことだし。で、結婚はどこの国?ドイツ?カナダ?」
「それもまたとんでもない勘違いだけど……」
大介の弱い否定は、全く黒河の耳に入らなかった。
03
悠治は数日入院することになった。
黒河の誘いで、お見舞いが終わった大介たちは四人で食事に行った。
その間、雪枝は悠治の勘違い小説のことを黒河に説明をした。
短い時間だけど、雪枝と穂香はすっかり仲良くなった。二人が共通話題で盛り上がっていて、食事の後にカラオケしに行った。
大介はそのまま仕事に戻ろうとしたら、黒河に引き留められた。
「悠治のことなんだけど――」
「さっきも言ったけど、オレじゃないんだ……」
よろしく頼む!の匂いを嗅いだ大介は、さっそく否定をした。
「知ってるよ」
意外にも、黒河はその線に行かなかった。
「!」
「女だろうと男だろうと、あの子、人と恋愛するはずがないもん」
「……どうして?」
大介は思わず聞き返した。
「あら、悠治のことに興味があるの?」
「……それは…訳アリだ」
あまり認めたくないけど、悠治に好奇心があるのは確かだ。
「名誉棄損されても悠治を訴えない、それどころか、彼を雇って世話までしている――」
美しい黒河警部は鋭い分析力と女の勘ですぐ理由を見つけた。
「もしかしたら、女の悠治に脅かされたの?」
「?!!」
「その様子だと、図星だね」
「……」
黒河に事情を悟られた以上、もう隠す必要がなくなる。
大介は開き直った。
「その通りだ。黒河さんは、悠子……あいつの女の人格を知っているのか?」
「もちろんだよ。私が生み出したと言っていい人格だもの」
「?!!」
その一言で大介はピンッと来た。
なるほど!黒河の口調としぐさは誰かに似たような感じがしたら、
悠子か!
「でも、どうして……?」
にっこりと笑顔を見せた黒河の誘いで、二人は近くのカフェで二次会をした。
「あなたの質問に答える前に、一つ聞きたい。悠治の両親のこと、どのくらい知ってるの?」
「交通事故でいなくなり、その日は、14年前のバレンタインデー、あっていますか?」
「基本的に間違いないわ。そのほかは?」
「悠治くは、両親にひどい恨みを持っているらしい。その恨みの理由は分からないが、雪枝さんに知られたくないみたい」
「へぇ、恨みを見せてもらったのか」
黒河は興味深そうに眉を吊り上げた。
「見せてもらったというより、勝手な推測です……やはり、両親を恨むようなことがあったのですか?」
「あったわよ」
黒河は嘆きながら、五本の砂糖を一斉にコーヒーに入れた。
「……」
「『あの件』を知った夜、彼は自分を警察署のトイレに閉じ込めていたの」
(引きこもりの原点は警察署のトイレか、なかなかやるじゃないか……って、感心する場合じゃない‼不謹慎だ!)
大介は急いで飛ばしすぎる脳電波を回収した。
04
14歳の悠治は自分を警察署のトイレに閉じ込めた。
大人たちからどんなに話をかけられても出てこなかった。
我慢の限界に、両親の「事件」の調査を担当する黒河は男子トイレに突入し、一蹴でトイレの鍵をぶっ壊した。
「いつまで引っ込んでるつもり?クソ親でもクズ男でもビッチ女でも、言いたいことがあったら大声であの二人に言え!」
「……」
便座の上で膝を抱え込む悠治はおどおど頭をあげて、驚愕と恐怖に震えた。
でも、すぐにまた引きこもった。
「……いまさら何を言う……どうせ、僕たちはどうでもいいものだ。ほっとけ……そのうち、どこかに消えるから……」
「『僕たち』とはなんだ?妹まで道ずれにするつもり!お前が立ち上がらなかったら、彼女はどうするんだ!」
黒河は強引的に悠治の顔を持ち上げて、彼の目を自分の目に合わせた。
この人は自分を励もうとしている。
もう子供じゃないし、そのくらいのことが悠治には分かる。
けど、ずっと愛している両親、自分と妹を愛していると思われる両親の本当の姿は、あまりにも受け入れがたいものだ……
黒河に向かって、悠治は一夜に溜まっていた感情を爆発させて、真っ赤な目で訴え返した。
「そう簡単に立ち上がるものか!僕は普通の人間だ……あんたみたいなバカ強い女じゃないんだ!」
それでも、黒河は退かなかった。更に強い力で悠治の胸倉を掴んで、言い放った。
「じゃあ、あたしみたいなバカ強いやつになればいいだろ!このだめガキ!」