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第10話 両親に訳アリ

01

ほかの人が帰ってから、大介は資料を持って、悠治のいる部屋に入った。

エネルギーを使い切ったのか、悠治の体は活気が一切消えて、芋虫から繭に進化した。

大介は悠治の寝込んでいるソファに資料を落とした。

「クォリティは褒めてやる。親とエンディングのとこを修正しろ」

「……」

「小日向さんに確認した。ほぼお前の仕上げだろ」

「……」

「二人の名前で作品を出すから、小日向さんが親に恨みを持つ変態に思われてもいいのか?」

「……」

穂香の事ときたら、悠治はやっと動きがあった。

「……嫌だ……」

「お前の言いなりになりたくない」

「お前の言いなりになりたくない」

悠治がいつものセリフを返したら、大介は同時にそのセリフを喋った。

「だが、これはオレの言いなりではない。オレたちは商売をしてるんだ。ユーザーの気持ちを考えなければならない。ワンパターンのオチは飽きちゃうし、ネタバレにもなる」

「気にいらないなら使わなくていいだろ」

振り向かずに、悠治は悶々と拒絶し続けた。

「気に入ったから、修正してほしんだ」

「……」

大介は口調を強めた。

そうくると思わなかったのか、悠治は思わず耳を立てた。

「やればあのエロ小説くらいのクォリティを上げられると思ったが、思った以上だ。正直、驚いたよ。オレが思っていることをこのようにピッタリ表現できたシナリオライターは初めてだ――」

「……」

その予期せぬ褒め言葉に、悠治が少しだけ活気を取り戻し、毛布もほんの少しだけ解いたが、

「親のオチさえ修正すれば」

「……」

その最後の一言添えに悠治はまた繭の状態に戻った。

「修正しろ。お前には才能がある。オレのとこでまともに働こう」

穂香に悠治の仕事について詳しく確認したら、大介は悠治の実力を把握した。

いままでの予感は正しかった。

悠治は思った以上の仕事能力を持っている。

そもそも、無名な個人クリエイターとして、エロ小説を一夜で人気ものにして、さらに思うままに読者たちを「潰したい相手自分」のところに誘導するなんて、奇跡と言えるほどすごいことだった。

その性格さえ治せば、待ち望んだ仕事パートナーになる可能性はなくもない。

だから、今までの恨みを水で流すつもりで、誠意を込めた誘いを出した。


しかし、悠治はその誘いに鼻で笑った。

「そんなことを言いつつも、結局修正修正修正ってくるだろ?放送禁止用語でもあったのか?法律違反したの?この世の中には、似たようなオチのクソ作は山ほどあるんだ。気に入らないら自分で直せ」

「お前が書いたものだから、まずお前を尊重すべきだと思う」

大介の正論に、悠治は更に冷ややかな口調で返した。

「それはどこが尊重だ?自分の脆い価値観に合わないだけで、他人に改変を強要する。しかもそのやり方を思いやりだのビジネスだの美化する。お前みたいなのが、自由表現の妨害者なんだよ。一緒に働くもんか」

「……意味が分からない」

悠治から初めてこんな長くて、真面目なセリフを聞けたのに、大介は二人の会話がはき違えたような気がした。

自分と一緒に働かないことだけが分かった。


穂香のためにも動いてもらえないなら、本物の妹を出すしかないん。

そう思って、大介は雪枝に電話をかけた。

「雪枝さん?いきなりすみません、大介だ。お兄さんのシナリオがあがったので、試し読みを……」

パッ!!

大介が反応もできない瞬きに、携帯が飛ばされた。

「――!!」

悠治はいつの間にか繭から飛び出して、大介の前に立っている。

携帯を叩き飛ばしのは彼の一蹴りだった。

「悠子……?」

その動きに見覚えがある。

大介は相手が悠子だと認識した。

しかし、今回は違う。

「悠子様じゃない……」

悠治は目線を伏せたまま、陰気な声を絞った。

「そのシナリオのことを、雪枝に言うんじゃねえ」

「……」

さっきまでの陰気と違い、大介は今の悠治から憎しみにも似たような重い感情を感じた。

これ以上踏み込んではいけないという警告音が心の中で響いたのにもかかわらず、言葉で悠治を試した。

「お前の無責任を知られたら困るか?」

「違う…」

「小日向さんを彼女の身代わりしたことを知られるのが怖いのか?」

「違う!」

「ワンパターンのつまらないストーリーしかできないから、彼女の期待に裏切ったことに悔しかったのか?」

「違う!!」


「ご両親と、何かあったのか?」

「!!」

「……」

悠治がピタッと動きを止めたら、大介は「両親の線」が図星だと分かった。

「……」

大介は一度ゆっくりため息をして、道に迷った羊を導くつもりで、悠治にアドバイスを上げた。

「雪枝さんはお前が思ったよりしっかりしている。過保護のシスコンから卒業したらどう?お互いの幸せのためにも」

「お前に何がわかる!!」

定番のように、悠治は大介を突き出して、部屋から逃げ出した。


「そのセリフ、古いと思うけどな……」

幸運にもソファに突き飛ばされた大介は、やれやれと起き上がった。

これで、悠治の両親に訳アリだと確定した。


「あの、大丈夫ですか?」

再び顔を上げたら、穂香がびくびくと扉の向こうから顔を出した。

「小日向さん?」


02

「すみません、どうしても悠治さんのストーリーに気になって、話を聞こうと戻ってきました……」

「いいえ、いいんだ」

悠治が去ったので、大介と穂香は程よい距離で座ってゆっくり話をした。


「すみなせん、あたしがもっとしっかりしていれば、何本のオチを変えられるはずなのに……」

「小日向さんに非はない。あいつの考えは固執すぎるだ」

「……正直ね、あたし最初、悠治さんが変な人だと思って、うまく仕事ができるかなと心配したけど……」

「最初だけ?」

大介は思わず口を挟んだ。

「?」

「いいえ、なんでもない、続けて」

「はい……」

穂香はとりあえず、気にせずに続けた。

「でも、悠治さんが修正してくれたものを見て、同じ物語を作る人として、負けた気がしました。反町さんが彼と一緒に仕事したい理由もちゃんとわかりました」

「いや、それは……」

大介は反論しようと口が滑ったが、さっそくブレーキをかけた。

「?」

「なんでもない」

「はい」

穂香は多く聞かずに続けた。

「両親にトラウマがあるかもしれませんが、悠治さんは、本当にこの仕事が好きだと思います」

「……」

なんだか、話の噛み合わない人間が一人増えたようなが気がした。

大介は眉間を摘んだ。

「いつも真面目に直してくれて、一緒に雰囲気を盛り上げるためのセリフを検討してくれて、いろいろおもしろいトリックを加筆してくれました……このままギクシャクになって、進めなくなったら、悠治さんも寂しいと思います。ですから、あたしが直してあげてもいいなら、精いっぱいやります」

「それはありがたい……」

今となって、大介は不思議に思った。

最初から穂香に頼めば済むことなのに、なんでわざわざ悠治の奴に頼んだ?

深く関わらないと決めたんじゃないか……

やっぱり、一瞬でも悠治がまともな仕事仲間になれると思った自分はバカだった。


「でも、悠治さんのことは……やはり、反町さんが何とかするしかないと思います」

穂香の声は大介を思考から呼び戻した。

「聞いたのか、悠治の家庭のこと?」

「ええ、両親のほうに何かあって、妹の雪枝さんに知られたくないようですね。あたしも反町さんと同意見です。妹さんに本当のことを知る権力があると思います。どうか、悠治さんを説得してください」

「オレには無理だろう……」

大介はため息をついた。

「どうしてですか?あんなに仲がいいのに……」

穂香はがっかりそうに小首を傾げた。

「……違うんだ。仲がよくないんだ」

「でも、あんな悠治さんでも、諦めずに彼を支えているのは反町さんでしょ?仲が悪いはずが……」

「それも訳アリというか、実は憎み合っているというか……とにかく、オレがあいつと一緒に働くのは、言えない事情があるからだ」

「言えない事情……まさか、言えない関係、とか……ドキッ」

穂香はぼそぼそ呟いてから、パッと目が光った。

「……ドキッ?」

大介が疑問したら、穂香は慌てて手を振った。

「いいえ、気にしないでください!ちょっと美味しい…じゃなくて、尊い…でも…違います……えっと、二人はどんな関係でも応援します!」

「……」

これはまた変に誤解されたみたい。

大介の憂鬱に気づいたのか、穂香はフォローを入れた。

「事情があるのが分かりました!あたしも手伝います!ほら、もうすぐ新年でしょ。悠治さんを誘って、何処かに気分転換しに行きます!」

「それは助かったな……」

その気分転換の誘いがトラブルになることを、大介はまだ知らない。

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