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第6話 憎ませるために

01

「俺、なぜ、ここに……?」

悠子が退却してから一分も足らず、寝ぼけ目の悠治が戻った。

「悠子のこと、覚えていないのか?」

まだ少し疑いがあるが、大介は慎重そうに声をかけた。

「ああ、悠子様か。また、いらっしゃったのか……」

(なんで自分の別人格に「様」をつけるんだ!?)

というツッコミは差し置いて、まず悠子のわがままを果たそうと大介は決めた。

失敗したら、小説だけではなく、リアルでクズにされる危険性がある。

下手にすれば、見殺しという罪を背負わせられる。

「その悠子様が、お前の保護者として、オレと約束をしたんだ」

「約束?」

(それでも、憎まれ役を演じるのは、神経を使うものだ……)

憎ませるために、大介は知恵を絞って、雇員の自由意思と労働者権利を無視するブラック会社社長のような陰険なドヤ顔を作った。

「お前はこれから、オレのところで働くことになる。そのデタラメ小説の文字数と同量のシナリオを書き終えるまでにな」

「はぁ……」

悠治はただぼんやりと息を吐いた。

「給料ゼロ、休日なし。もちろん保険も手当もつけない。職場でオレの命令に従う、オレが呼んだらいつでも駆け付けてくる、オレがOKを出すまで書き直しつづける」

「……」

「文句があるなら言え」

「……」

(無反応?せめて、デタラメだ!と叫べ……)

大口を叩きながらも、大介は密かに緊張した。

「悠子様に迷惑をかけたみたい……」

すると、悠治がぼそぼそと一人言を始めた。

「この間も、引きこもりで小説を書かないで、取材とでも思って何処かに遊びに行こうって勧められた。目が覚めたら最頂上から落下しているジェットコースターの上……小説の件をきっかけに、人との交流を増やしてほしいというお気持ちは分かるけど…今回はさすが無理だ……こんな憎々しい男のために文字を書くくらいなら、死んだ方が楽なんだから……」


だめだ。

もう完全に壊れている……

大介は心の中で手を上げた。

どうしても死ぬのなら、せめて自分の名誉を回復させてから……

「それに、あの小説の削除と、オレの名誉回復も約束された」

それを聞いて、悠治はふわっと頭を上げた。

「それは嘘だろ」

(なぜこっちは嘘だと決めつけるんだ!!)

大介の心の声を顔から読み取れたように、悠治は根拠を説明した。

「悠子様は俺と雪枝以外の人に気を使わない。お前のその乱れた服も、おそらく悠子様がお前を懲らしめるために何かをなさった結果だろ?」

(……妙なところで鋭い……手ごわいな)

(でも、そんなに冷静な分析ができる人は、本当に死ぬのか?)

(悠子にも申し訳ない気持ちがあるようだし、オレが憎いという概念もうまく持ったらしい。ひょっとしたら、少し生き延びる意欲が出てきたのかも)

(もっと憎ませるために、もっと酷い手を考えよう。)


02

シスコンにとって、一番我慢できないのはやはり妹のことだろう。

でも悠子は言った、雪枝のことを思い出すと余計につらくなる……

でも、さっきほど、悠治は確かに雪枝の名前を口にした。

もしかして、彼氏のことに触れず、雪枝単独で行けるかも!

そうと思えば、大介はさっそくスマホで雪枝に電話をかけた。


「雪枝さんですか?昨日の反町大介です」

「!」

大介の思った通り、雪枝の名前を聞くと、悠治が一瞬で目を開いた。

「雪枝に何を……」

大介は反応早くて、取り掛かってくる悠治をやり過ごしたら、悠治が勢いでバランスが崩れ、床に突っ込んだ。

「……」

どうやら、悠治は悠子のような身体能力と反射神経がない。

それをいいことに、大介は悠治を下敷きに床に座り、片手で悠治の両頬を掴んで、彼の呻きを殺した。

「大丈夫、荷物が倒れた音です。」

悠治にも聞こえるように、大介はスマホのスピーカーをオンにした。

「実は、お兄さんがオレのチームに入ることになりました」

「えっ、お兄ちゃんが!?」

雪枝はを驚きの声を上げた。

「オレはリアル脱出ゲームを作っています。お兄さんに、ぜひゲームのシナリオに携わってほしいと頼まれたので、50本ほどのシナリオを依頼しました」

「50本も!?」

「ううぅ……!!」

「完成しましたら、雪枝さんにチケットを送るから、ぜひ、遊びに来てください」

「は、はい!リアル脱出ゲームが好きです!とても楽しみにしてます!」

「ううぅ……!!」


電話の向こうに、微かな喚きらしい不調和音があったけど、引きこもりの兄が仕事に出たことに興奮する雪枝にとって、気になることではなかった。


「雪枝さんもたまにうちのスタジオにいらっしてください。雪枝さんの応援があれば、お兄さんも喜ぶでしょう」

「はい!応援しに行きます!お兄ちゃんのこと、ぜひ、ぜひよろしくお願いいたします!!」


「大好きな妹さんが前の仕事を応援している。仕事の成果を期待している。どうだ?妹のがっかりした顔、見たいのか?」

電話を切った大介は勝利者の目で悠治を見下ろした。

「なんて卑怯なっ!!」

悠治は悔しそうに床を叩いた。

(名誉棄損の上に偽の証拠をでっち上げ、被害者に冤罪を擦り付けて、死んでも人を道連れしようとするお前ほどではない。)

大介は口から滑りそうな文句を押し殺した。

「それなら、それなら……」

悠治は全身震えて、目が真っ赤になった。

「悠子様のお気遣いに申し訳ないけど、クソシナリオでお前のプロジェクトをダメにしてやる!」

黒いオーラを生み始める悠治だが、そんな彼を見て、大介は逆に安心を覚えた。

(まあ、その様子だと、当分死ぬことはないな……)


03

悠治の件が一旦落ち着いたので、大介はアシスタントたちを呼び戻した。

改めて、悠治をシナリオライターとしてみんなに紹介した。


「グラフィックデザイナーの彩夏です」

「道具模型担当の辰です」

「建物模型担当の小春です」

三人の親切そうなアシスタントに対して、悠治は目を下に向いたまま「どうも」って挨拶を終わらせた。

それ以上は期待できないと分かって、大介は話を別方向に誘導した。

「さきほどお前たちが入ったとき、ちょうど、アクションのポーズを試しているところだった。変な誤解をするなよ」

「アクションか……」

三人の中で、一番落ち着いた雰囲気を持つ辰は何かを心得たようで、恥ずかしそうに頭を掻いた。

「大介さんがそう言うのなら……」

「アクション?今作っている奴の中でそんなものがないような気がするけど、新作か?どんなテーマ?」

「小春!」

模型青年よりスポーツ青年に見える小春が聞き返したら、彩夏に肩を叩かれた。

「そんなの、聞いちゃだめじゃない!」

高校生の雰囲気が残っている彩夏だが、三人の中で頭の回転が一番速い人だ。

「……」

(その態度だと、やっぱり誤解したな……)

理不尽だと思うが、大介にはもう説明する気力がない。

これからは、このとんでもない迷惑なシナリオライターの対応を最優先しければならない。


04

三人が各自に仕事を始めたら、大介はソファでゾンビ化中の悠治に一ダースの資料を投げた。

「検討中の企画だ。興味あるものがあったらそれから始めよう」

「……興味?」

悠治は片方の口元を上げて、資料に目もくれなかった。

「ねえよ」

「ないなら、新しく企画してもいい」

「じゃ、落ちこぼれのゲームデザインナーが悪徳ホストの道に踏み入れて、無知な少女たちを魔のハウスに誘い込む……」

「それしかないのか!」

大介が思わず悠治に吠えたら、作業中の三人は一斉にこっちに注目した。

三人とも大介が怒ったことを見たことはないから、興味津々に次の展開を待っている。

「……」

雰囲気を和らげるために、大介は適当に言い訳をつけた。

「セリフ…を検討してるんだ。いろいろ試すつもりだ。気にしないでくれ」


「いろいろね」

辰は息を吐いて、恥ずかしそうに笑った。

「いろいろって?」

小春は問い詰めようとしたら、また彩夏に頭を叩かれた。

「だから、聞いちゃだめって言ってるでしょ!」


「……」

三人に妄想のチャンスを与えないように、大介は今度音量を抑えた。

「ところで、その小説、何時削除してもらえるんだ?」

「しない」

「いい加減にしろ、名誉棄損で訴えるぞ!」

「しないと言ったらしない!訴訟でも暗殺でもかけて見ろ!死んでも削除しないからな!」

「!!」

残念ながら、悠治の大声で、三人のアシスタントはまった二人に注目した。


「セリフの検討、張り切ってるのね」

「そう……?止めなくていいの?」

「部外者が入ってどうするのよ!自分の仕事に集中して!」

「はぁ……」


「ここにいるのは悠子様と雪枝のためだ……二人の期待を満足させる前に、できるだけのことをする」

悠治は泣き泣きな顔で資料を拾ったら、羊から狼に変わったように、充血な目で大介を睨んだ。

「だが、お前の言いなりに絶対にならない!必ず、お前を潰すからな!」

「……」

(チクショウ……)

大介は心の中で罵った。

うまく自分を憎ませたが、小説の件は解決できなくなりそう……

悠子に弱みを握られた今、軽々しく訴訟をかけない。

この人の卑劣さだったら、訴訟が終わっていないうちにいろんな手段で小説や証拠写真を拡散する可能性もある。

悠治が自分をどれほど憎んでいるのか分からないが、そのうち、自分のほうもそれに負けないくらいの憎しみが生まれるだろう。

「……」

そうとなれば、本当にやりきれなくなる。

シスコンと対抗するには――やはり、妹のほうに当ててみよう。


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