01
雪枝と正樹の話が終わってからもう30分が経ったのにも関わらず、
悠治は石化状態のままだった。
おかしいことにも、大介が雪枝と正樹を見送った。
帰る前に、雪枝は大介と連絡先を交換し、
「今の私じゃだめだから、代わりに、お兄ちゃんを見ててくれませんか?」
と頼んだ。
(何故オレはそんなことを承諾したんだ……?)
大介は頭を抱えながら、部屋に戻って、石化中の悠治と対面した。
でも、悠治はこのまま再起不能になったら、その小説は放置される危険がある。
名誉回復は難しい。
(そう言えば、あの小説の描写が気になる。)
知り合いじゃないのに、コーヒーの好み、電車を待つときのくせい、よく寄っている洋服の店、行きつけのレストラン、サロン……全部当たった。ひょとしたら、誰かを雇って、ストッキングしているかもしれない。
(念のため、それも聞いたほうがいい)
「おい、シスコン」
「……」
「小説の件、どうするつもりだ?もうわかっただろ?オレに関係ないことだ」
「…………」
パタンと、悠治は仰向けに倒れた。
「おい!死ぬな!どうしてもなら、オレの名誉を回復してからにしろ!」
大介はさっそく悠治の頸の脈を確認した。
「救急車を呼ぶか……」
大介は携帯を出したら、悠治の喉から声が漏れた。
「………………無理だ……もう終わった……俺の人生は……」
「シスコン人生なんか知らないけど、こっちの人生まで台無しにするつもりか?お前が何もしないなら、本当に訴える。そうなれば、賠償金も取られるぞ!」
「……賠償?いいよ」
悠治は意思のない人形のように、ゴミだらけの床から一本の通帳を拾って、大介に渡した。
「どうせ、俺には意味のないものだ、全部、やる……」
大介が怪訝な目で通帳を開くと、そのとんでもない大金の残高に言葉を失った。
!?!!
(こいつ、おかしいお金持ちか?)
(いいえ、宝くじとかにあたって、お金持ちになってからおかしくなった可能性も……)
(違う、こういうことを考える場合じゃない!)
「こんなものはいらん」
大介は通帳を悠治の顔に投げ返した。
「オレの名前をその小説から削除して、名誉回復の声明を掲載しろ。サイト運営と妹さんのほうにも伝えておく。逃げられると思うなよ」
「……!」
悠治の指は小さく動いたが、やっぱりそのままゴミの中に沈んだ。
今日はもう無理と大介は判断し、玄関に足を運ぼうとした。
「!!」
身を翻ると、何かすべすべなものを踏んでしまい、床に倒れた。
「……なんて部屋だ……」
身を起こして、大介は自分を転がせた物を掴んだ。
「!?」
長い金色のウィッグだった。
そのウィッグの下に、深紅色のワンピースが落ちてある。
この二つの組み合わせは、大介にある夜の不思議な経験を思い出させた。
02
おしゃれ女子アレルギーとはいえ、大介自身はおしゃれ好きだ。
スタイルもファッションのセンスもいいし、町中でよくスカウトされていた。
でも、その外見で困ったことも多い。
ある夜、酔っ払った女性に付きまとわされた。
「もう一杯、一杯でいいから……付き合ってよ、イケメンのお兄さん!これ、あたしの最後のお金よ!あ~げ~る~」
「すみません、用事があるので……」
大介は女子を追い払おうとしたら、その女子はいきなり彼に抱きついて、号泣し始めた。
「お願い、あたしを捨てないで!二股でも三股でも、あたしの居場所さえくれれば、なんでもするから!!あたしの中に、もうあなたの子供が宿ったの!」
「!!!」
これはやばい……
冤罪だけど、大介は通行人の視線からすごいプレッシャーを感じた。
本当に妊婦だったら、女子を付き飛ばすのは危険だ。
早く病院へ、お巡りさんのところへ連れてい行かないと……
でも、その前に、アレルギー症状が出てくる!自分が先に救急車が必要となるかもしれない!
その時、助けの船が現れた。
「ごめんなさい、この人は、もう私が予約したの」
「!」
金色の長い髪に、深紅色のドレス、映画にも出そうな背の高い女性が寄ってきた。
女性は片手で大介の腕を組んで、片手で何枚の万円札を酔っ払った女性に渡した。
「お金が必要だったら、これをどうぞ」
二人のおしゃれ女性に挟まれて、大介は早く離れなければ!と思いながらも、金髪の女性が酔っ払った女性にかけた言葉を聞いて、動きを止めた。
「あんた、何日もこの辺をうろついていたのね。詐欺なら、ほかの人にしてちょうだい。この人を潰すのは、私だから」
「!!」
すると、酔っ払った女性の表情がピンッと冷静に戻った。
「チッ、同業者か!」
お金を受け取って、自称捨てられた妊婦の女性は不機嫌な顔で逃げ出した。
「同業者?詐欺師……ですか?オレを潰すってどういうこと?」
「違います」
金髪の女性はにっこり大介に微笑みをかけた。
「ああでも言わないと、私はあなたの浮気相手にされて、一緒にお金を要求されるかも知れませんわ」
「なるほど……ありがとうございます。さっきの代金は……」
大介は懐から財布を取り出そうとしたら、金髪の女性に止められた。
「いいの、ギャンブルで入ったお金ですから、人助けに使ったほうがいいと思います」
女性はさりげなく大介の胸に手を当てて、そして、顔に触る。
「人間はね、普段の所業から報いを受けるの。どんなことをしてきたのか、いつも自分胸に手を当てて確かめてくださいね」
「はぁ……」
「だって、報いが来る時に考えるのはもう遅いですから」
金髪の女性は意味の分からない言葉を残して置いて、その場を去った。
03
その時、金髪の女性に触られても緊張感がなく、アレルギー反応も出ないことに不思議と思った。
その後も、町中で何回もその女性を見かけたような気がする。
まさか……あの女性は、この悠治という男が扮装したのか?
あの格好で、ずっとストーカーをやっていたのか?!
「……」
感謝すべきか、怒るべきか、何がどうなっているのか、大介はもう分からない。
ただ、寒い秋風のなかで希望を捨て、命が消えていくのを待つ無力な虫のような悠治を見たら、こんな変人と二度と関わらないほうが賢明だと思った。
(ああ、とんだ悪夢だった。)
04
翌日、大介は悪夢を早く忘れるようにパソコン作業に集中した。
いきなり、「ドンドン」と激しいドアノックが響いた。
確かに、今日はアシスタントたちを呼んだが、もう来たのか。
でもなぜドアノック?
「ベルが壊れたのか……?」
妙だと思っても、大介は玄関に向かった。
「……!!」
扉を開いて、玄関の前に立っている人を見たら、大介はまた悪夢に連れ戻された――
金色の長い髪に、深紅色のワンピース、あの悠治が扮したストーカーらしい美女が、ドアの前で仁王立ちしている。
昨日の夜と立場が逆転し、今回は大介が慌ててドアを締めようとした。
だが、その女性は力勝負でドアを押しのけた。
「さあ、大介くん、昨日やったことの報いがもう来ますよ!素直に受け取りなさい!」